ガーディニア村の惨劇
馬車を走らせること1時間。
途中で街道は途切れており、妙に若々しい背の低い雑草が生い茂る草原を駆け抜けていった。綺麗な花の密集地が所々に点在しており、細い水路らしきものも見える。
似たような景色が続いていたが、ライが正確に道案内をしてくれたおかげで迷子にならずに済んだ。やはり、イカレた価値観を持つ吸血鬼の案内は信用できないな。
「ねぇ、クーリア。変な匂いしない?」
「焦げた匂いに、芳醇な血の香り……。間違いないじゃろうな」
シャルハートの形容に人間2人はムッとした表情になる。確かに問題のある言い方ではあるが、俺たち吸血鬼にとって、血の匂いは嫌悪すべきものではなく、ご馳走の匂いだ。
頭では不謹慎だと思っていても、本能が渇きを訴えてきて抗えない。生唾を飲み込みたくなるような香しい匂いから意識を逸らしつつ、御者台に座るリリシアを急かす。
「リリシア、もっと急げないのか!?」
「これでも最高速度だよ!! 事故起こしちゃうから、焦らせないで……!!」
手綱を強く握り、土を跳ね飛ばしながら草原をさっそうと走る。荷台を激しく揺らしながら水路に沿って道を行くと、匂いだけでなく、建物の倒壊する音や真黒な黒煙が立ち込めるのも見えてきた。
素早く辺りを見渡すが、吸血鬼の気配はない。
――逃げられたか!!
そこらの民家はごうごうと燃え盛っているが、その元凶となる吸血鬼は見当たらない。
全ての建物が焼かれ、壊され、住んでいたであろう人間も惨たらしく殺されていた。元は作物が豊かだったと思われる畑は人間の血で染められている。
「そんな、ひどい……!!」
「なんという有様。間に合わなかったようじゃのう?」
悲惨な光景を前にライは茫然とする。
汚れたワンピースの裾を強く握りしめて、俯き涙を堪えている。
「まだ諦めんな。誰か、生きてるかもしれない」
ライの背中を軽く叩いて、燃え盛る火の中に飛び込んだ。灼熱が肌を焦がすが、吸血鬼を殺すには至らない。陽の光に比べたら、肌をくすぐられている程度の感覚だ。
根元が燃えて倒壊した柱が重くのしかかる。
軽く払いのけて、炎に包まれた遺体を外へと運び出した。
「ああクソ。人間ってのは、死んでも重いのか!!」
炭化する家に足を踏み入れ、ほんの少しの可能性を探す。赤毛の少女は、俺が誰かを運び出すたびに悲痛な顔を浮かべた。リリシアも思わず目を伏せているが、結局、誰一人として生存者を見つけることは出来なかった。
「他に家はないのか?」
「クーリア」
「村の外れとかは?」
「クーリア……」
「どこかに、子供の秘密基地とかは無いのか?」
「クーリア!! もう、いいよ。コレで、全員だと思うから……」
唯一被害の少なかった水田に、20以上の遺体が並べられている。どれもこれも、苦しさの中に死んだのか、その表情はひどい者ばかりだ。
「んぎゃあ、んぎゃあんぎゃあ……」
吸血鬼の聴覚に届く、甲高い赤ん坊の泣き声。力ない足取りで声のする方へと歩き出すと、不審そうな顔を浮かべてリリシアとライも着いて来た。
そこには、木の陰に隠れるようにして死んでいる夫婦の死体。
男の方は妻に覆いかぶさりながら背中にピッチフォーク(三叉の農具)が突き刺さっており、妻の方は煙の吸い過ぎで死んでしまったようだ。2人に抱きしめられながらおくるみの中に居たのは、生後間もないであろう赤ん坊。
腕に抱かれた赤子は、火から離れていたこと、タオルに包まれていたこと、両親に抱きしめられていたこと、その他さまざまな理由があって、すんでのところで生きていたようだ。
けれど、夫婦の努力もむなしく、苦しそうに咳をしていた。
「ねぇ、クーリア!! この子何とかできないの!?」
リリシアが今にも泣きそうな声で俺に縋りつく。夫婦に守られた赤子を虚ろな表情で抱き上げたライは、小刻みに肩を震わせて嗚咽を漏らしている。
シャルハートだけは表情が読めなかったが、おそらく興味が無いのだろう。
「俺の血じゃ回復は無理だな。それに、責任も持てない俺たちが下手に延命させるより、ここで死なせてやった方がこの子のためになる。今なら、親にも会えるだろう」
煙を吸う量が最小限に抑えられたとはいえ、それでも十分致命的だ。一時的な延命魔法で苦しめるより、いっそ楽にしてやった方が……。
「だったら、シャルハートは!?」
「ワシの力でも無理じゃ。そもそも、助けられたとしても、ワシが人間なんぞを助けるわけが無かろう」
黄色のツインテールを揺らしながらリリシアが叫ぶ。魔導書から飛び出した赤い光は、赤子の頭上をフワフワと浮遊すると、苦しみなく命を奪う魔法を唱えた。
「……ごめんね。本当にごめん!! ごめんね!!」
赤子を抱く少女は耐え切れず涙を流し始めた。
火の爆ぜる音と、リリシアの泣き声。そして、赤毛の少女の謝る声だけが惨劇の中に響く。
それから数時間かけて、村人たちの埋葬を行った。民家に残されていた物も、変な輩に荒らされることが無いようにと、可能な限り村人と一緒に埋めてやった。とくに家族の写真などは、切れ端一つ残さないように探し回った。
当然、ライの母親も遺体の状態で見つかった。死因は背中からの刺殺であり、運悪くその上から火に包まれた瓦礫が落ちてしまったようで、顔も判別できない程だった。辛うじて残っていた衣服で母親だと気づいたようだ。
顔は焼けこげて分からないが、ライとは違うはっきりとした赤い髪色の女性だった。
どの家もぐちゃぐちゃに荒らされていたせいで、遺品探しにも時間がかかった。まるで、村を襲った吸血鬼が、何かを探し回っているかのように荒らしているようで、さらに怒りを募らせる。
「もうすぐ日が暮れる。これで一区切りついたと思うし、今日は休もう」
「まって、その前に行きたいところがあるの」
ライに連れられて、村から少し離れたところへ向かう。
だだっ広い平原の真ん中に、不自然な祠が一つ。遠慮なくその扉を開け放ったかと思うと、中には何もなかった。
「空の祠……?」
「違う。無くなってる!!」
驚きの声をあげるライに「何が?」と尋ねる前にシャルハートが反応した。
「も、もしかして!! ここには伝説の吸血鬼にまつわるものが残されていたのか?」
少女は、突然赤い光が現れたことに動揺していたが、あくまで平静を装って肯定を返す。こんな薄汚い祠に、警備の一つも無くシャルハートの物が残されているのは不思議に思ったが、案外そういうものなのだろう。
「ここにあったのは、シャルハートの王冠。ガーディニア村が農村として栄えていたのは王冠のおかげなの」
ガーディニア村は水も澄み渡っており、土壌も豊かで、天気もバランスがいい。この祠の付近は、不思議と自然環境が良い場所だったらしく、いっそ必然的に人間が集まったという。
ためしに王冠を動かした時には、しばらく天候が悪い日が続き、大雨が酷かったせいで畑が崩れて水路が壊れてしまった過去がある。
伝説と謳われるだけあって、遺物一つで村を起こせてしまうようだ。
その王冠が無いということは、誰かが奪ったということ。言う間でもなく、ガーディニア村を襲った吸血鬼だろうし、ソイツが村を襲った理由は、シャルハートの王冠を手に入れるため……。
「傲慢、強欲。許しがたいな……」
王冠を奪われたことで『太陽』のアルカナ因子を完全に掌握するための手掛かりは1つ潰されてしまった。ライが見た紫髪の吸血鬼が、『魔術師』のヴァンパイアロード、モーブ・ストレガだったとして、何の目的があるのだろうか。
考えても答えは出そうにないので、とりあえず一休みすることにした。
川近くの平原に馬車を移動させて、軽い夕食だけを食べる。昼間は遺体の埋葬と遺品の整理で動き回ったせいか、リリシアとライは先に眠ってしまう。
俺も、ブランに満月を見せたら眠るとしよう。




