涙の理由
顔をしかめながらも手を止めることなく、マズいサンドイッチを食べるリリシアに、戦々恐々とした。
「お前、やっぱり料理するな……」
全く心当たりがないと言わんばかりの表情でリリシアは驚いた。深いため息を吐き出すと、残っているサンドイッチを全て胃の中に放り込む。幼気な少女にこんな渋いサンドイッチを食べさるなんて、あまりに悲惨すぎる。
「あ、じゃあ、また玉子サンド作ろうか?」
「料理のレパートリー、サンドイッチしかないのか!?」
なぜかサンドイッチに拘るリリシアだが、コーウィン村に居た時は父の言いつけでたまごサンド以外を作らせてもらえなかったという。他の料理もレシピは知っているが、父と一緒じゃないと作ってはいけないと教わったらしい。……彼女が料理をするときはなるべく目を離さないでいよう。
とりあえずリリシアには少女が食べる分のサンドイッチを作ってもらうことにした。その間に馬車の周りに結界を張ったり、スープを温め直したり休憩の準備を整える。せっかくなので、気を失っている少女の隣にブランも寝かせておいた。
影の中に閉じ込めておくのは、可哀想だからな。
しばらくすると、微かに少女が身じろぎをする。幼女2人を寝かせている白髪吸血鬼なんて、はたから見れば怪しさの塊だ。あらぬ疑いを掛けられないようにブランを影の中に沈め、卵を細かく刻んでいるリリシアに声を掛けた。
予想通り、すぐに目を覚まし、気だるげに目を擦る。微かな息遣いと共に俺とリリシアの顔を交互に眺めると、不思議そうに目を細めた。
「誰……? 夢?」
「夢じゃないよ。君が倒れてるを見つけて馬車の中に保護したんだ。私、リリシア。よろしくね」
「吸血鬼のクーリアだ。助けると言ったのはそっちの黄髪の女であって、俺じゃないからな」
俺が吸血鬼であると知るや否や、煤で汚れたワンピースの肩紐を掴んで自分の身を守るような体勢を取る。裸足だったせいで土で汚れた足をバタつかせながら後ずさると、壁に背を付けて悲鳴を漏らした。
警戒や恐怖は予想していたが、こうも露骨に示されると腹が立つ。
色の抜けたような薄い赤毛のおかっぱ少女はリリシアにだけ礼を告げる。見たところブランの外見上の年齢よりもいくつか年上のように見えるが、ずいぶんと礼儀知らずのようだ。
「あのな、たしかに俺はお前を助けるつもりはなかったが、結果から言えば礼を言われもいいと思うんだが? それとも偉大な吸血鬼様にビビって何も言えないのか?」
「まぁまぁ、クーリア落ち着いて。ごめんね、怖いと思うんだけど、何があったか教えてくれないかな?」
俺が詰め寄るとクソガキは涙目を浮かべる。これでは俺が子供をいじめているようではないか。あくまで、年齢にかかわらず受けた恩には礼を返せと常識を説いているだけなのに。
リリシアが俺を宥めなければ、いますぐ馬車から叩きだしている所だった。名目上は馬車の所有権はリリシアにあるので、彼女が望まない限りクソガキを追い出すなんて真似は出来ない。人に礼節を説く以上、俺もその辺りは厳格であるべきなのだ。
俺が怖いのか、目に雫を溜めるが決して零れることはない。唇を噛んで必死にこらえているようだ。リリシアが優しく諭すと、徐々に口を開き始めた。
おかっぱ赤毛のクソガキの名前は『ライ』というらしい。祝福の国『ブレッシュ』にあるガーディニア村というところからここまで歩いて来たという。
「倒れるほど歩いたのか?」
「うん。多分半日は歩いてたと思う」
ライの言葉に絶句した。思わず俺とリリシアは顔を見合わせて驚く。煤で汚れてほつれているワンピースの様子から察するに親とはぐれたか、あるいは……。なんにせよ、シャルハートの言う通り面倒事であったし、ブレッシュの現状は予想よりも悪いもののようだ。
「言いたくなかったら言わなくいいんだけど、どうしてそんなに歩いていたのかな? どこかに行くの?」
「……」
またも少女は無言のまま唇を噛む。
汚れた服を握り締める手は小刻みに震えており、感情を押し殺すように肩を震わせていた。俯いたまま答えようとしないライのことをリリシアは優しく抱きしめた。背中を一定の間隔で叩いて、詰まった感情を吐き出させようとする。
「どうせ老い先短いんだ。わざわざ堪えるなよ人間」
尚も涙を我慢しようとする少女。
おもわずブランにやるように薄い赤色の髪を撫でていた。
「お姉ちゃん、クーリア、助けて……」
嗚咽混じりに少女は吐き出す。しばらくは涙を流したままだったが、なんとか話せるぐらいまでには落ち着いたようで、リリシアから借りたハンカチを握りしめながら、今までの出来事を話し始めた。
「私の住んでたところが、変な吸血鬼に襲われてるの……。お母さんが、お母さんが……」
リリシアが目を見開き、悔しそうな顔をする。いつかの惨劇を思い出して胸糞が悪くなった。
「事情は分かった。村を襲ってるのはどんな奴だ?」
「分かんない。私が覚えてるのは、お家が燃えてたことと、紫髪の吸血鬼が家の半分を吹き飛ばしたことだけ……。」
「紫髪の吸血鬼……!?」
俺を含めてアルカナ因子を持った吸血鬼の髪色は、派手な色で生まれてくることが多い。たとえば、『愚者』は雪のように白い髪、『太陽』のシャルハートは血のような緋色、『戦車』のアルベルデは銀の混じった緑であるし、フラッシュは完全に銀色だ。
そして、俺とリリシアの知る紫髪の吸血鬼と言えば……。
「『魔術師』のアルカナ因子。モーブ・ストレガ……!!」
鬱蒼としたフードと毒々しい色の王冠で目立たなかったが、彼の髪色もくすんだ紫色だ。ヴァンパイアスートも4人中3人は色の明暗や強弱はあれど、ほとんど紫色だった。例外的にグラディウスはどちらかと言えば赤色だったが、シャルハートのようにはっきりした赤ではなく、朱紫といったところだろう。
「あのクソ野郎。もう二度と人間に手を出さないと約束させたはずじゃ……」
微かに憤怒の炎が漏れ出す。慌ててリリシアが止めてくれたが、今すぐにでもモーブを殴りたい気分だった。今度はブランの意思とは関係なく消し炭にしてやる。
そんな風に怒りに飲まれかけていると、ライは先ほどまでとは打って変わった様子で頭を下げた。
「2人はブレッシュの方に行くんだよね? ガーディニア村を助けてください!!」
「助けてと言われても、ここから半日は掛かるんだろう? 間に合うか……」
「きっとお母さんも逃げてるはず!! 村は壊されてるかもしれないけど、まだ、みんなは助けられるかもしれない!! お母さんだけじゃない、助けたい人がいっぱい居るの……!!」
その目つきは、先ほどまでの礼儀知らずのクソガキとは違った。覚悟を決めた目だ。俺は、この目つきを良く知っている。毎日飽きるほど、自分の顔で見ている目だ。
俺たちとしてもその紫髪の吸血鬼については気になる。ぜひとも同行させてもらおう。
なにより、『太陽』のアルカナ因子を完全に手に入れるための手掛かりにつながるかもしれない。
シャルハート曰く、スートたちに託したものを手に入れればいいと言っているが、肝心の物は分からないという。どうやら、自分を封印した時に元々の状態から変貌して、今どうなっているのかが分からないらしい。
「なぁ、リリシア。あの娘は、俺が遠回りをすることを許してくれると思うか……?」
「むしろ、ここで動かなかったら怒られると思うよ。それに、私からもお願い、ライちゃんを助けてあげて」
俯いた赤毛の少女と妹を重ねてしまう。
吸血鬼が自分勝手なのはいまさらだ。俺だって人間の倫理観から見れば最低な性格であると自覚している。けれど、何の罪も無く平和に暮らしている人間の生活を壊す権利までは持ち合わせていない。
どれだけ愚かであっても、そんな過ちは犯さなかった。
「吸血鬼ってのはクソばっかりだな。ホント、心の底から思うよ」
「イヒヒ。否定は出来んのう。ワシらは高位の種族。他の生物を凌駕し圧倒する権利を有しておるのじゃよ」
シャルハートが煽るように笑った。
「その傲慢さが許せねぇって話だよ!!」




