森の迷子と行き倒れた少女
「シャルハート、さすがに森を走るのが長くない?」
「まだ数分じゃろ? もうしばしまて……」
なぜか目を逸らすシャルハートに、どうにも嫌な予感がしていた。
そこらの木に触れて罠魔法を仕込む半裸の老人に疑いの目を向ける。視線に気づくと憤慨した表情を浮かべて、八つ当たりのように石礫の魔法を放った。
……分身体の癖に妙に表情豊かでイラっとした。
大丈夫だというシャルハートを信じてまたしばらく森の中を走った。しかし、徐々にシャルハートも不安そうな表情へと変わってきて、視線を彷徨わせることが多くなった。リリシアが言いにくそうな表情で「もしかして、道に迷った?」と控えめに尋ねると、自信無さげに「わからん」とだけ呟いた。
「なぁシャルハート、一度元来た道を引き返さないか?」
「もう少し……いや、やめておこう。一度戻る」
馬車をUターンさせて引き返す。逆に時間がかかる結果となったが致し方ない。むしろ、かなり早い段階でリカバーできたのではないだろうか。
そんな風に考えながら、また数十分森の中を歩いていた。しかし、一向に木が無くなる気配は見えず、街道の片鱗すら見えない。徐々に嫌な予感は高まっていき、シャルハートもブツブツと何かを呟いている。
吸血鬼の魔法に詳しくないリリシアだけが、シャルハートに不信感の視線を向けていた。
「のう、愚か者よ。伝説の吸血鬼に気づかれずに、ワシらを森に閉じ込める魔法が使えると思うか?」
「まちがいなく、野良やスートレベルの仕業じゃないな。どこかのヴァンパイアロード、あるいは……」
シャルハートに検知されないほどの魔法を使える吸血鬼――すなわち伝説以上ということであり、俺やシャルハートが知っている限り、そんな奴はいない。
全ての吸血鬼の始祖である『原初の吸血鬼』は永遠を生きることに飽きて、自分の能力をアルカナ因子として分割した。その結果生まれたのが『初代吸血鬼』であり、野良吸血鬼というわけだ。
原初や他の初代アルカナ因子たちは軒並み死んでいる。(吸血鬼に死という概念はないので、あくまで輪廻の輪に戻っているだけだが)
「愚者や人間ならともかく、シャルハートに気づかれずに閉じ込める魔法を使うなんてありえないだろ。よほどやべぇ敵がいるってことか……?」
吸血鬼避け、もしくは吸血鬼封印魔法。どちらにせよ強い吸血鬼であることに変わりはないし、俺たちに害をなしている以上、明確に敵だ。おそらく、『塔』か『世界』の差し金……。
「シャルハート、もう一度、道案内を。俺はコウモリを1匹空中偵察に向かわせる」
「わかった。上で不審な動きがあればすぐに戻すのじゃぞ?」
自分の体をコウモリに変化させる生活魔法は、とても便利な反面、操作が難しくコウモリが1匹死ぬと、太陽に身を焼かれるぐらいのダメージを負う。たとえコウモリが何匹死のうとも、吸血鬼自身は死ねないので、嫌がって使わない吸血鬼も多い。
元気よく飛んでいった黒いコウモリは森の上から俺たちを見下ろす。今のところ攻撃を受ける兆しはない。
再びシャルハートの分身体が馬車を先導し、空中からの案内とあわせて森の中を駆け巡る。元の道を戻るのではなく、あえて進むことで魔法の範囲から抜けようと試みている。
「ハァ……ハァ……。シャルハート、次はどっち?」
「右じゃ。小娘、息が上がっているようじゃな。もっと気張れ!!」
木々が生い茂る森の中という難しい地形で長時間馬車を運転していたことでリリシアに疲れが見え始めていた。終わりが見えないということもあって、吸血鬼である俺も疲労は蓄積していた。
しかし、休憩していては敵に襲われるかもしれない。彼女には悪いが、もう少し我慢してもらおう。
「シャルハート、その先、幹が邪魔で前に勧めないぞ」
「チッ!! またか。あちこち幹が邪魔しておるわい」
これで何度目になるだろうか。シャルハートが指示した道が塞がれている。しかし、何度試しても魔法の気配は感じ取れないので、自然に塞がったというわけだ。むしろ敵は、コレを利用して森の中で魔法を仕掛けてきたのか……?
「うん……?」
「どしたのクーリア」
空を飛んでいるコウモリとは視界を共有しており、俺たちが森の中を走っている様子が見えている。見えているからこそ、何かがおかしいと感じているのだ。
……さっきの道を右に行って、次を左、右を何度か繰り返して左。そしてまた右に?
「シャルハート、俺たち同じところをグルグル歩いてるだけだぞ?」
「何!? そういう魔法か……!? 術者はどこじゃ!!」
なぜか妙にキリリとした顔で空を睨む。赤いマントがひらりと揺れて、肩回りの筋肉美があらわになった。
「いや、魔法とかじゃなくて、普通にグルグル回ってるだけだって。あちこち曲がっててよくわかんないことになってるけど、ずっと同じ道走ってた」
「そ、そんなわけが……。だって、ワシの知ってる道は……」
見苦しい言い訳を続けるシャルハート。しかし、馬車から降りたリリシアが彼の前に立ち、上目遣いでまっすぐ見つめる。
「森が成長して、道分かんなくなったんじゃない?」
「グハッ!!」
断末魔のような声をあげて膝から崩れ落ちた。あまりのマヌケっぷりに慰める気すら起きずにいると、うなだれたまま分身体を自壊させる。不安定に揺らめきながら、赤い光となった老人が魔導書の中に引きこもる。アホすぎて掛ける言葉が見つからない。
「変わらないものなんてないんだよ、シャルハート」
人間であるリリシアが言うと妙に説得力のある一言。こころなしか色が薄くなった赤い魔導書に声を掛けて、再び馬車へと戻った。俺の修行も終わったので(終わったと言っていいのかは怪しいが)大人しく荷台に戻る。
その後、シャルハートが大まかな方向だけを指示して、道探しはリリシアと馬に任せたところ、数分もしないうちに街道に出た。が、あれだけ時間をかけたわりにはたいして進んでいなかった。大人しく街道に沿って馬車を走らせていると、道の中央で倒れている人間の姿を発見する。
面倒事の予感がするが道の真ん中で倒れていては無視するわけにもいかない。フードもローブも羽織っていないリリシアに貸してやろうと思っていると、倒れている人間は12才程度の少女だった。それなら、リリシアが原因でおかしなことになる心配はないだろう。
「祝福の国はペティンシアのせいで滅びかけておるのじゃろう? そんな最中、道で倒れている人間なんて、面倒でしかないぞ」
シャルハートの言うことも一理ある。さすがにまだ魔導書から出てこれる精神状態ではないようで、俺の影の中から声だけを飛ばしている。なんか、逆に恥ずかしい気がするんだけど……。
「ねぇ、クーリア。助けてあげられないかな。せめて、安全なところに送り届けるだけでも」
まぁ、リリシアならそういうだろうと思っていた。少ししか話していないブランのためにもこんなに熱心に動いてくれるほどだ。助けないわけが無い。
それに、ブランだって、人間の女の子を見ててまで助けてほしいとは思っていないだろう。むしろ、ここでこの人間を見捨てたと知ったら悲しみに暮れるだろう。
そういえば、100年ぐらい前に遊びで狩りをしていた人間が、鳥を仕留め損ねたことがあった。羽を撃たれていて、致命傷は免れていたが自然界では生きていけないだろうと思っていたが、ブランが甲斐甲斐しく世話をして、数十年後に寿命で死んだ。
「リリシア。荷台に乗せてくれ。それと、ここらで休憩だ。昨日のコンソメスープ温め直そう」
「……クーリア!! ありがとう。本当に優しいね」
いや、優しくはない。
俺の本音だけで言えば、明らかに罠臭い人間を助けるのは嫌だ。怪しいと思っているし面倒だとも思っている。どちらかと言えば、シャルハートの意見に賛成なのだ。
少女は気を失っているだけのようだった。顔色から見て栄養失調のまま歩き疲れて倒れたといったところだろう。温いスープをスプーン1杯分だけ口に含ませると、無意識のまま飲み込んだ。まだ喉を動かす程度の体力は残っているようで、そこまで死にかけているわけでもないようだ。
「クーリア。自家製ジャムのサンドイッチ食べる?」
「一切れ貰う。もう一切れはコイツの分として取っておいてくれ」
4切れ分のうち、2つをリリシアが食べて1切れは残しておく。ほのかな酸味を漂わせるフルーツジャムサンドを齧ると、雑草を煮込んだ汁を食べているのかと思うほどに渋味が口に広がった。
「なんだコレ!? その辺の雑草でも淹れたのか!?」
「うへぇ、すごい苦いね……」
顔をしかめながらも手を止めることなく、マズいサンドイッチを食べるリリシアに、戦々恐々とした。
「お前、やっぱり料理するな……」




