リベンジクッキング……?
雨風をしのぐためのテントを張って、火を起こす。点火の魔法や水を呼び出す魔法はあるが、さすがに食べ物を作り出す都合のいい魔法まではない。吸血鬼である俺とシャルハートはともかく、ただの人間であるリリシアを絶食させるわけにもいかないだろう。
夕食をどうしようかと思案していると、荷台から鍋を持った黄髪の少女がやってきた。
「……リリシア、お前もしかして料理をするつもりか?」
「え、そうだけど……。なんかマズかった?」
目が眩むようだ。ズキズキと鈍い頭の痛みが重くのしかかり、これ以上リリシアを同行させることが本気で心配になる。もしかして、人間には学習能力が備わってないのだろうか?
「リリシア、実はな、吸血鬼と人間の味覚って、そんなに変わらないんだよ」
「え、うん。前に聞いたから知ってるけど……?」
知ったうえで暴挙に出るというのだろうか。
目の前の少女がふんわりとしたツインテールの悪魔にしか見えなかった。
「頼むから料理はしないでください。もう、岩塩プレート入りコンソメスープは勘弁してください!!」
俺が吸血鬼として生を受けて1800年。何度か人間と交流することはあったが、初めて人間相手に頭を下げた。我ながら、あまりにみっともない姿だが、口いっぱいに広がる塩気はもう二度と味わいたくない。
大げさだと思うのなら、塩の塊を口に入れた後に、焼き魚とはちみつを同時に食べてみてほしい。勿論流し込むなんて真似はせずに、しっかりと舌で味わってくれ。
毒でも食える吸血鬼が、食事によって身の危険を感じたのは初めての体験だ。
「いいか、何度でも言うぞ!! 俺が料理をするから、その鍋を寄越せ」
「私だって成長してるよ!! 今度はちゃんとしたレシピでやるから安心して」
頬を膨らませてリリシアは怒る。たしかにヴィクトレースで料理に関する本を買っていたのは見ていたが、一朝一夕で上達するのだろうか?
疑いの視線を向けると、何を思ったかリリシアは頬を染めた。
「そんなに見つめられると照れる……」
……ああ、人間って面倒臭いな。
心の底からそう思った瞬間である。
しかし思い出してみれば、ミラクローアとヴィクトレースを繋ぐ街道で食べたたまごサンドは普通に美味しかったし、料理そのものが苦手なわけではない。きちんとレシピ通りに作るのなら、大丈夫なのではないだろうか……?
「はぁ、分かったよ。とりあえず、料理は任せる。が、隣で見てるからな!!」
また変なものを入れられては困る。
隣で見ていれば、いざというときに止められるだろう。
根負けしてリリシアに料理を一任する。しばらく不安いっぱいに眺めていたが、彼女は手元のメモ帳とにらめっこをしながら懸命に鍋をかき混ぜている。とくにおかしなものを入れる様子も無く、コンソメ粉末の量も適切のようだ。なにより、途中で味見をしてくれている。
大丈夫そうだと思って、荷台に戻る。いつまでもブランを影の中に閉じ込めておくのも忍びないし、それ以外にも旅荷物が多いせいで、影の中がごちゃごちゃしているのだ。ブランの前では立派なお兄ちゃんでいるために、頻繁に掃除をするようになってから、几帳面になった気がする。
「クーリア!! 出来たよ、食べてみて~」
荷台の外からリリシアの声。
外に出てみるとかすかにいい匂いが漂ってきた。
具材は入っていないが、シンプルで素朴なコンソメスープ。恐る恐る口に運ぶと、しっかしとした塩味と柔らかな野菜の甘みが舌をくすぐる。文句なしに美味い。無意識に顔がほころんでいたようで、俺の表情を見たリリシアは安どの表情を浮かべた。
「美味しいでしょ? これからも私が料理していい?」
「ああ、めちゃくちゃ美味い。疑って悪かったな」
素直に謝ると、リリシアは微かに頬を染めながらもドヤ顔を浮かべる。自分の分のスープを注ぐと、何度か息を吹きかけて冷ましてから口を付けた。
「ところで……すごく野暮なことを聞くんだが、スープ以外には?」
「え……」
「ん…………!?」
火の爆ぜる音だけが響いて、気まずい沈黙が続く。火から離されているが湯気を立たせる鍋の中には、今作ったばかりのコンソメスープが残っている。しかし、それ以外はない。先ほど整理した影の中に数日分の食品は仕舞ってある。材料はあるが、作っていない。
それはすなわち……
「ゴメン、作るの忘れてた」
ということである。
形容しがたいため息が体の奥底から漏れる。やっぱり人間は『愚者』よりも愚かなのではないだろうか。先ほど払しょくされた不安感がもう一度襲い掛かってきた。
もう一品作るというのは馬鹿らしいので、とりあえず、その日は味のない食パンで済ませた。コンソメスープに浸して食べると、妙にマッチしていて美味しかったのが余計に腹立たしい。
「次からは、2人で料理はしような」
「なんか、ほんとゴメン」
申し訳なさそうに謝っているが、吸血鬼である俺は1食抜いたところでどうということはない。むしろ問題なのは、リリシアの方である。明日も馬車を引くというのに大丈夫なのだろうか。
翌日、朝日に焼かれながら目を覚ますと、すでに起きていたリリシアが馬を洗っていた。昨日の夜に水浴び用として生活魔法で生成したものをつかっているらしい。葦毛の馬も茶色の馬も気持ちよさそうに鼻を鳴らしており、艶やかな毛並みが日に照らされて輝いていた。
馬の世話をしているリリシアはとても楽しそうで、無邪気に野を駆けまわっていた妹を思い出す。あの娘を取り戻したら、年の離れた仲良し姉妹のように遊ぶのだろうか? だが、種族が違う2人の運命は、バットエンドと決まっている。
「……リリシア、そろそろ行こうか」
「あ、待ってクーリア。地図を出してもらえる?」
言われた通り地図を渡すと、何かを考えながら街道と森を見比べている。
何のつもりかと観察していると、影の中から魔導書が飛び出してきた。赤い光がリリシアの方へと向かい、一緒になって地図を見始める。
「ねぇ、クーリア。森を突っ切ると近道になるみたいなんだけどどうする?」
「いや、街道沿いに歩いた方が確実だろう。それに、ブレッシュの現状が分らないから視界の利かない森を走るのは危険だ」
シャルハートとの相談事はそういうことか……。彼が焦る気持ちは理解できるが、急いでいるからこそ、安全で確実な道を通った方が良い。
「そこは心配せんでも良い。腐ってもワシの国じゃ。勝手はわかる」
俺の反論にシャルハートがかぶせてくる。不安は残るが、何度も点滅する赤い光が鬱陶しいので、森の中を進むことにした。シャルハートの分身体を2体呼び出し、1体は馬車とリリシアを先導する役、もう1体と俺は、森の中を走って敵の警戒と俺の修行を兼ねていた。
「まぁ、そこまで考えるなら森の方が都合がいいか」
「そうじゃろう? 自分を封印していても、ワシは伝説。愚か者には到底理解できぬ熟考を経ておるのじゃよ」
だてに4万年も生きているわけではないらしい。
同じ見た目の木々と視界を塞ぐ背の高い草という複雑な地形ながら、2体の分身体を巧みに操作して、俺の修行のために幾重の魔法を作り上げる余裕まで見せる。どこまで嫉妬しても落ちてこないだろうと思えるほどの力量の差。軽薄な表情に変態みたいな恰好の老人だが、その実力は本物のようだ。
「ねぇ、シャルハート!! 今地図で見るとどのあたりを走っているか分かる?」
「心配せずとももうすぐ森を抜ける。ほれ、愚者よ、この魔法が躱せるかな?」
「クッソ……。これだけの猛攻の隙間に反撃を叩き込めって言われても……」
設置された罠魔法を交わしながら分身体からの攻撃もかわす。その上で、シャルハートの分身体を破壊するほどの攻撃をする。なかなかのハードミッションだが、コレが出来ないようでは『太陽』のアルカナ因子を使いこなすなんてできない。
「シャルハート、さすがに森を走るのが長くない?」
「まだ数分じゃろ? もうしばしまて……」
なぜか目を逸らすシャルハートに、どうにも嫌な予感がしていた。




