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御者台からの観察

 背の高い草が生い茂る草原。

 両断するように作られた街道を荷台を引いた馬車が駆け抜ける。照り付ける太陽は徐々に傾き始めており、心地良い風が私の黄色の髪の隙間を通り抜ける。


「もっとスピードを出せないのか? もっと急ぐのじゃ……!!」


「これ以上は無理だよ。あまり急がせたら馬が疲れちゃう」


 隣で点滅するウザったい赤い光が無ければ、最高の旅だった。


 私たちが『戦車』のヴァンパイアが治める国、ヴィクトレースを出てからずっとこの調子で焦らせてくる。何度かクーリアが注意してくれたが、全くやめるつもりはないらしい。


「ねぇ、シャルハート。気が散るからクーリアの所に戻っててよ」


「小娘が意見するな!! ワシの研究成果や封印していた魔力を奪われたら、2人とも殺すぞ!!」


 大声で怒鳴るシャルハートに驚いて手綱を握る手に力が入る。怯えが伝わってしまったのか、目の前を走る馬が微かに鼻を鳴らした。


「いい加減にしろシャルハート。吸血鬼(おれたち)が自分勝手なのは根からの性格だから治らないのは構わないが、リリシアを焦らせるな。事故を起こされたら困るのはお前の方だぞ」


「お前のような愚か者には価値の分からぬ秘術もあるのじゃぞ!! 奪われたらどうする?」


 荷台から顔をのぞかせたクーリアにも食って掛かる。大きなため息を吐くと影の中から赤い表紙の魔導書を取り出して、蚊でも潰すかのようにシャルハートに叩きつけた。

 モゴモゴという唸り声が魔導書の下から響く。しかし、しばらくするとその声も途切れた。


「これで少しは大人しくなったろ。急いでほしいのは俺もだが、焦る必要はないからな。どうせもうすぐ日が落ちるんだ。どこか野宿できるところを探してくれ」


「分かった。ありがとうね、クーリア」


 私のお礼を聞くつもりがないのか、言い終わる前に荷台へと引っこんでしまった。もしかしたら、日差しが眩しかったのかもしれない。ちょっと目を細めていたから、陽のせいだろう。


「おい、リリシア。少し肌寒くないか? これでも羽織っておけ」


 なぜかもう一度荷台から顔を出すと、クーリアが着ているローブが投げつけられる。たしかに風が冷たいとは感じていたが、ローブを羽織るほどではない。さらに言うなら、せっかく可愛いブラウスを着ていたのに、クーリアのダサいローブを羽織ってしまっては、それが隠れてしまう。


 まぁ、せっかく貸してくれたし使うけど……。


「そういえば、いつも素肌を晒してるよな。寒くないのか?」


 荷台の方から声を掛けられる。


「え、急に何? 別にそこまで寒くないけど……」


 私の故郷、コーウィン村の冬はひどいくらいに寒かった。海が近いので雪が降ることは稀だったが、風は肌が裂けるのではというほどに冷たかったし、雨が降った日は外に出られないほど気温が下がる。寒暖差のおかげで、飼育していた牛は味に深みが出るし、馬は強靭になるので、悪いことばかりではなかったし、私も寒さには慣れてしまった。


「勘違いなら別にいいんだが、もしかしてお前、俺を誘惑しようとしてるのか?」


「は!? いや、そ、そういうことじゃないし!! シンプルにオシャレでやってるの!!」


 確かに私はヘソや肩を出して体のラインを強調するような服を着ていることが多い。けれど、それはクーリアへの色仕掛けなどではなく、単なるオシャレである。あとは、ブランちゃんが大人っぽくてかっこいいと言ってくれたから、次に披露するのを楽しみにしてるという理由もある。


「あ、ああ。そういう趣味なのか。悪いな、数百年前の人間が色仕掛けで似たような服を着てたから」


 頬を染めたクーリアが焦ったように言う。吸血鬼に色仕掛けとは妙なことをする人間が居るんだなぁと考えていたが、はたから見れば私も同じように映っているのかもしれない。


 だとしたら恥ずかしすぎる……。けど、このスタイルを崩したくはないし……!!


 自分を見失って迷っていると、葦毛の馬が心配そうに振り返る。馬というのは賢い生き物で、御者の心を読み取ってくれる。だからこそ、一流の御者は不安や迷いと言った負の感情を伝えないようにするらしい。乗馬の練習の時、お父さんに何度か注意された覚えがある。


「ごめんね。大丈夫だよ……。そろそろ暗くなるし、少しペース落とそうか」


 私の服装問題については後で考えるとして、今は安全に走ることに集中する。


 しばらくはまっすぐな道が続くようで、少し手綱を握る手を緩めた。優れた御者は馬を走らせているときでも適度に休むらしい。馬と人間では集中力が違う。いざというときの判断は私が頼りである分、平坦な道では手を抜いて休憩する必要があるのだ。


 馬が草をかき分けて街道を走る最中、ふと白髪の少女のことを思い出す。


 ブラン・ナール。家族を失った私が、守りたいと思った吸血鬼の少女であり、クーリアの妹だ。子ども扱いをしているが、アレでも私より長く生きている。

 見た目は5歳児程度にしか見えない分、つい可愛がってしまう。


 話をしたのは一瞬だったが、優しい雰囲気とふんわりとした声に心奪われてしまった。

 私と同じようにお伽噺が大好きらしく、私が話す知らないお伽噺に目を輝かせて聞いてくれた。あんなに健気でいい娘だが、今は心臓に穴をあけて物言わぬ人形となっている。


 基本的に、クーリアの影の中で眠っているが、たまに出しては外の景色を見せている。その時には、私もお伽噺を語っているが、少しの反応も返してくれない。

 影に仕舞うとき、クーリアが物悲しい表情を浮かべるたびに胸が締め付けられるような思いになる。


 そして、そのクーリア・ナール(兄の方)であるが、はっきり言って顔が好みである。


 雪のように美しい白い髪(ブランちゃんも白髪だけど)

 アンニュイな表情だが目つきは鋭く、全体的に色気を孕んでいる。低く響くような声だが、長いこと『お兄ちゃん』をやっているためか、言葉に優しさや労りが見える。シスコン気味なのは何とかしてほしいと思っているが、家族を大切にするというのは好感触である。


 私から血を吸うとき、必ず自分の唇を舐める癖があるのだが、それがあまりにもいやらしすぎてヤバいのだ。その後に傷口を舐めるのも好きすぎる!!


「いや、私何言ってるんだろう。少し落ち着こ……」


 昔から吸血鬼との恋愛に憧れていたが、自分がここまで酷いとは思わなかった。我ながらあまりにも馬鹿馬鹿しい発言を繰り返しているのが恥ずかしい……。

 けど、クーリアと結婚すれば、ブランちゃんが義妹になるのか……。


「え、なにそれ最高過ぎでは!? 美形の吸血鬼兄妹と一緒に生活? 楽しすぎる!!」


「おい、全部聞こえてんだよ!! うるせぇよ」


 荷台から本気の怒号が飛んできた。


 照れているときの高い声は、はしゃいでいるブランちゃんに似ているなぁ……。


 余計なことを考えていると、夕焼けも終わりに近づいており、少し離れた時に森が見えてきた。野宿のためにテントを張るのなら、木のある方がロープを縛りやすいだろう。


「ねぇ、クーリア。少し森の方に入っていい?」


「ああ、野宿か? そうだな、危なそうな動物も居ないし、どこでも大丈夫だぞ」


 何かしらの魔法で安全を確かめたらしい。とりあえず、クーリアが大丈夫というのなら、向こうの大きい木の近くに馬車を止めよう。目印になるところの方が、万が一馬とはぐれた時も見つける指標になる。勿論、これもお父さんの教えだ。


 月が顔を覗かせ始める前に馬車を止めて野宿の準備を始めた。

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