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滅国!? 祝福の国・ブレッシュ

 嫌な予感がして目を逸らすと、俺を見つけたヘンドラーが嬉しそうに近寄ってくる。


「『愚者』のヴァンパイア、クーリア様。ご健勝のようで何よりです!!」


「そっちもそれなりに儲けているみたいだな」


 アルベルデの宴会を利用して、人脈作りにいそしんでいた小太りの男に向けて嫌味混じりに言う。どうにも、客を金でしか見ていない商人というのは好きになれない。とくに『ドラマティック・エデン』の連中は守銭奴だけを集めたのかというほどに金にがめつい奴だけが所属できるらしい。


 ヘンドラーは薄茶色の髪を撫でながら、薄気味悪い笑みを浮かべていた。


「それで、クーリア様は次はどちらに行かれるのです? ご入用の物はございませんか。最高級の牛肉から処女の生き血まで、なんでもご用意いたしますよ?」


 彼の探るような視線に嫌気がさして、思わず目を逸らしてしまう。正直に話していいのか悩んだが、とくにそれらしい嘘も思いつかず、ブレッシュに行くことを伝えた。

 すると小太りの男は、背負っている大きなカバンが音を立てて揺れるほどに驚愕していた。


「なんだ? 祝福の国(ブレッシュ)に行くことがそんなに珍しいか?」


 シャルハートの話では、地図で見るとヴィクトレースの隣国であり、彼が治めていた時代にも何度か交流はあったそうで、とくに仲たがいをするようなことはないらしい。初代『戦車』のヴァンパイアロードからアルカナ因子をもらうときも、円満に継承できたという。


「ブレッシュが祝福の国と呼ばれていたのは、もう何十万年も昔のことですよ!!」


「どういう意味だ?」


 ヘンドラーの言っている意味が分からず、俺とシャルハートは怪訝な顔をする。先ほどまでは魔導書に引きこもっていた癖に、自分の国のことになると慌てて飛び出してくる辺り、少しはまともな感性を持っているのだろうか。


「ワ、ワシの研究設備は無事じゃろうな!?」


 全然違った。徹頭徹尾(てっとうてつび)、自分のことしか考えていない自分勝手なクソ野郎に変わりなかった。というか、いの一番に心配することが、研究設備って……。不老不死のためには必要なのかもしれないが、安直すぎるだろう……。


「ブレッシュが栄えていたのは、初代ヴァンパイアロード様の時だけで、それ以降は落ちる一方でしたよ。とくに隣国―ヴィクトレースじゃない方ですよ―の侵略がかなりひどい状況でしてね。まぁ、ヴィクトレースも何度か大きな戦争を仕掛けていたらしいですが……」


 ヘンドラーが持っていた世界地図を見せてもらうと、ブレッシュの領土はシャルハートから伝えられていた規模よりもかなり小さいものだった。ほとんどを『月』のヴァンパイアロードが治める国・ペティンシアに飲み込まれており、一部はヴィクトレースに奪われている。

 かろうじて、小さく主張しているようだが、都市と呼べるような規模の集落は軒並みペティンシアに潰されているようで、小規模の集落が点々と残っているだけらしい。


 地図を眺めていると、ふと、周りに立っていた人間たちが背を向けて離れていくのが目に入った。なにか秘密の話をしているというのを悟ったのだろうか……?


「クーリア様について行って、商売を広げようと思いましたが、さすがにブレッシュには同行できないですねぇ……。私は別のお客様と会うために『レリージェリーア』に行きますので、何かあればお声がけください」


 わざとらしいうなり声をあげて、地図をたたみ始める。逆に言えば、行き先がブレッシュでなければついてくるつもりだったのだろうか。この怪しい表情の守銭奴旅商人を連れてブランの魔石を取り戻そうとするなんて、おぞましくて考えるだけで嫌になる。


 服の露天商の老婆と話し終えたのか、リリシアがこちらにやってくる。ヘンドラーを見て軽く頭を下げると、茶髪の商人はわざとらしい慇懃なお辞儀をする。


「これはこれはリリシア様。聞けば、クーリア様の賭けで、それなりに儲けたそうですね?」


 嫌な笑みを浮かべてヘンドラーが告げる。思わず、俺たちの表情がこわばった。まだ数時間しかたっていないというのに、どれだけ耳が早いのか。どこで知ったのかと聞きたくなったが、予想される答えはろくでもないものだったのでやめておいた。


 ちょっとした好奇心まで売り物にされてしまっては敵わない。


「それで、わざわざリリシアが来るまで待ってたっていうのはどういうことだ? こいつになんか用があるのか? 俺が代わりに聞いてやるよ」


 やけにセクシーなドレスを着ているリリシアを庇うように前に立つ。死体販売の前科がある『ドラマティック・エデン』ならば、リリシアを攫って人身売買ぐらいやりかねない。

 ましてや、くだらない雑談を挟んだり、俺と2人きりで話す時間を作れるように人を誘導するなど、明らかに不自然さが目立っていた。何か企んでいると邪推しない方が難しい。


 まぁ、人の誘導はヘンドラーがリリシアを見る目が怪しかったから気付いたのだが。


「いやはや、クーリア様はご慧眼でいらっしゃる。じつはね、少し不都合なお話をさせていただこうと思いまして……。少しお時間よろしいですか?」


「まぁ、いいぞ。話してみてくれ」


 ブランの魔石がもう1つ奪われたというような話なら予想済みだ。どこかで取り返す算段を付ける必要があるとはいえ、まだ『世界』や『塔』を追いかけるような段階には至らない。

 少し前かがみになって、ヘンドラーの話を聞き入る。リリシアのツインテールから香る甘い匂いとヘンドラーの加齢臭が混ざり合って鼻が曲がりそうだ。


「それがですね、私、クーリア様とリリシア様の情報を売っちゃったんですよ……!!」


「そういうことか……」


「えっと、それって、ヤバいよね……?」


 誰に情報を漏らしたのかを尋ねると、「それは個人情報ですので教えることは出来ません」と冷たく突き放す。あくまで無言を貫くヘンドラーだが、リリシアが懐から財布を取り出すとニヤリと笑みを浮かべた。結局は、金儲けの一環のようだ。


「このぐらいの金額でいいか?」


「ええ、十分でございますとも!! こちら、情報を買いたいとおっしゃったお客様の名簿になります」


 個人情報が……と言っていたにもかかわらず、へらへらした調子で客の名前が書かれた紙の束を渡してくる。どこまでも拝金主義なヘンドラーを睨むが気にした様子も無く渡した金を数えている。

 ブランを取り戻した後も、コイツとは絶対に会わせないと誓った。


 ……あまりに教育に悪すぎる!!


 貰った紙の束に目を通そうと思ったが、シャルハートがブレッシュに行くようにと急かしてくる。ブランの魔石についての情報は、また今度でいいだろう。すくなくともブレッシュには無いらしいし、さらに向こう側の国、ペティンシアでも魔石を拾ったらしいとは聞いている。


 急いで旅支度を整えると、アルベルデへの挨拶も早々に切り上げてヴィクトレースを飛び出した。シャルハートが妙に急かしているというのもあるが、アルベルデがどこかで喧嘩を始めたという話を聞いて、面倒ごとに巻き込まれたくなかったのだ。


 ヴィクトレースの出国管理を尋ねると、見覚えのある人間の兵士が警備をしていた。たしか、数日前は入国管理をしていた兵士だ。シャルハートとの再戦の時にも俺の入国手続きをしてくれたのを覚えている。


「よお、やっとこの国を出ることになったよ」


「『愚者』の吸血鬼様!! このたびは、見事な勝利でしたね」


「それは嫌味のつもりか? あんな泥仕合で、どこが見事な勝利だよ」


 柔らかな笑みを浮かべる兵士だが、微かに引っ掛かる物言いにちょっとしたジョークで返す。クスクスと押し殺したような笑顔を浮かべながらも出国用の書類を作る手は止めない。軽くサインをすると手続きが済んだのか大きな門が轟音とともに開いた。


「ところで『愚者』の吸血鬼様はどちらに向かうんですか? こちらから出て行くということはレリージェリーアでしょうか?」


「いや、ちょっと用があって、ブレッシュの方に行くんだ。分かるか? 一応15万年以上前にあった国で、ペティンシアの方角にあるんだけど……」


 どう伝えるべきか悩んで遠回りな言い方をしてしまう。

 すると、男は驚いた表情で俺を見つめた。


「本当にブレッシュに? あそこには何もないですよ」


 ヘンドラーはブレッシュを滅んだ国と呼んだのに、何やら知っているような雰囲気だ。おもわず、大声をあげて兵士にブレッシュについて尋ねた。頼みの綱であるシャルハートですら現状を把握できていないということもあって、どんな些細なことでも知りたかった。


「ブレッシュはペティンシアの侵攻を受けていまして。ヴィクトレースからの援護もあって、ぎりぎり持ちこたえていた状態だったんですけど、つい1か月ほど前から急に力が弱くなりまして。だから僕たちも撤退してヴィクトレースに戻ってきたんです」


 1か月前というと、俺とシャルハートが出会った時期と重なる。

 嫌な想像ではあるが、シャルハートが自身の封印を解いて、俺に力を貸したことによって、現『太陽』のヴァンパイアロードやスートに悪影響を及ぼしたのかもしれない。


「そうか。教えてくれてありがとう!!」


「いえいえ。良ければコレ、使ってください。どうか良い旅を……!!」


 そう言って兵士が渡してきたのは、ヴィクトレースからブレッシュまでの地図だった。普段、ブレッシュの援護に行く際に使っていた物らしい。


 魔導書から飛び出してきたシャルハートが馬車の方へと行って、御者台に座るリリシアに早く出発するように怒鳴る。ひどく慌てているようで、ガタガタと派手な音を立てて馬車が大きく揺れ始めた。


 しかし時刻はもうすぐ夕方。

 どれだけ走っても野宿は避けられないだろう……。

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