ヴィクトレースでの宴会
「じゃあ、吸血するぞ?」
「ああ、構わない。いつでもこい。ただ、あまり痛くするなよ……?」
アルベルデの太い腕を掴んで、手首から血を吸う。人間とは違って美味しいともマズいとも感じない。ただ、血を通じて『戦車』のアルカナ因子が流れ込んでくるのが伝わる。
十分に吸血を終えてアルベルデの腕から口を外した。ついうっかり、リリシアに吸血している気分で傷口を舐めてしまうが、そんなことをしなくても彼の腕は再生を始める。
「終わったか?」
「ああ、終わった。ありがとう、アルベルデ」
吸血鬼が吸血されるという慣れていない感覚におぞましさを感じているのか、嫌そうな顔を浮かべて手首を強くこすっている。持ち前の再生能力のせいで傷跡一つ残っていないのだが……。
「なんか、イケメン2人が触れあってるの見たら、変な気分になってきた……」
「なんとなくわかるわ!! 人間でもそれなりに趣味が良いみたいね」
リリシアとフラッシュからの怪しい視線に背筋がゾクリと震える。不気味な舌なめずりをしているので、慌ててアルベルデから離れると、一瞬、般若のような形相を浮かべて舌打ちをする。
俺もアルベルデも吐き気を堪えるような表情を浮かべた。
ケラケラとアホみたいに笑っている赤い光を魔導書に挟み込んで黙らせる。
「そういえば、一つ聞いていいか。どうしてアルカナ因子を集めている?」
リリシアとフラッシュからの精神攻撃(2人が意図したわけではないが)から立ち直ったアルベルデが、甲冑を纏いながら尋ねてくる。試合の時に見せた緑銀色の鎧ではなく、ヴィクトレースの兵士たちが纏っている黄金の鎧だ。
「アルカナ因子を集めてどうするつもりだ? まさか、不老不死のお伽噺を信じてるとか言い出さないよな」
不老不死のお伽噺?
シャルハートもそれに近しいことを言っていたが詳しくは知らない。ブランが持っていた絵本の中に似たような話があった気がして、思わずリリシアの方を見る。目くばせで「有名な話なのか?」と尋ねると、「人間でも知っている吸血鬼の寓話だよ」と返された。
……今のよく伝わったな。
「なぁ、その不老不死のお伽噺?ってやつ、詳しくないんだがどんな話なんだ?」
「吸血鬼なら誰でも知ってる寓話だぞ。大昔に居たとされる伝説の吸血鬼が不老不死を求める話だ」
寓話と言われても、ブランへの読み聞かせはヒーローや特別な力を持った女の子が出てくるようなお伽話しかしてこなかったので、それ以外の話は知らないのだ。
なんとなくアルベルデとフラッシュに尋ねるのは癪だったので、後ろに立っていたリリシアに聞いてみる。彼女の趣味と口ぶりから察するに当然読了済みなのだろう。
「手短に言うと、伝説の吸血鬼が不老不死を求めて狂っていく話だよ。たしか、仲間の吸血鬼を惨殺して回って、最終的に原初の吸血鬼に殺されるって内容だった気がする。そういえば、その伝説の吸血鬼、シャルハートって名前だったような……?」
リリシアの最後のつぶやきと共に彼女の視線は魔導書へと向けられる。俺たちも思わずその視線を追いかけるようにシャルハートが封印された本を見つめた。赤い光が気まずそうに右往左往しているが、観念したのか蚊の鳴くような声で「その話は、おそらくワシがモデルじゃ……」と認めた。
「えぇ!! アレって実話だったの!?」
「クヒャヒャ。伝説の吸血鬼を貶めるホラ話だと思っていたんだが、違うのか?」
どうやら、そのお伽噺の中では伝説の吸血鬼が相当な悪人として描かれているようで、同族を殺したり人間を攫って人体実験を行ったり、怪しい儀式を行うために他の国の土地を使ったり、とにかく最低な所業のオンパレードだった。
そして、一番恐ろしいのは、そのほとんどが脚色なしの実話だということだ。
「吸血鬼は自分勝手なんじゃ!! 仕方がないじゃろう……」
ふざけた開き直りを見せるシャルハートは、憤慨しながら魔導書の中に戻っていく。俺たちは肩をすくめて彼を放っておくことにした。
(あ、そういえば……。シャルハートにどうして不死を目指しているのか聞くの忘れた)
胸の内に浮かんだ疑問は言う間が無くて尋ね忘れてしまったが、そこまで掘り下げる話でもないだろうと自分に言い聞かせて無かったことにした。不老不死を求めるというのは、全てが手に入るであろうシャルハートの願いにしては不自然だが……。
けれど、シャルハートの心中よりも考えるべきことがある。一刻も早くブランを助けなくてはならない。ブレッシュに行くまでの旅支度を整えようと思って、アルベルデの部屋を出て行こうとすると、慌てた様子で止められる。まだ邪魔をするつもりなのかと思って、軽く睨みつけると、アルベルデはたじろぎつつも爽やかな笑みを浮かべて影の中からワインの瓶を取り出した。
「まぁ待てクーリア。せっかく俺に勝ったんだから宴会をしよう!!」
俺の警戒とは裏腹に、黄金の鎧を纏ったアルベルデは思ってもみない提案をしてくる。はじめは冗談のつもりかと思ったが、アルベルデにはジョークのセンスがないことを思い出して、これが本気だと悟った。
そもそも、負けた側のアルベルデがその提案をする意味が分からないが、彼の背後で長い銀髪の女がもらったばかりの指輪を恍惚の表情で眺めている様からなんとなくを察した。ようするに、フラッシュとの結婚を祝ってほしいのだろう。そしてあわよくば酒に乗じて喧嘩をしたいのだ。
「俺たちはすぐに出るから飲まないぞ。それでもいいなら顔ぐらいは出してやる」
「えー。せっかくだから飲もうぜ~。そんで殴り合いしようぜ?」
腹立つぐらいに爽やかな表情をしながら嫌な提案をしてくる。それを突っぱねると不貞腐れたような顔をするが、フラッシュがレアな酒を持ち出して宥めてくれた。
ある程度は手筈を整えてあるのかアルベルデとフラッシュの結婚式はすぐに始まり、つつがなく終わった。どうやらフラッシュ以外の吸血鬼には話が通っていたらしい。終始フラッシュの驚いたような声と嬉し涙だけが会場に響いており、そんな2人の様子を人間たちが微笑ましそうに眺めている。
もっとも、まともな感性を持っていない俺たち吸血鬼は冷めた目で見ているだけだったが。
リリシアと一緒に用意されたジュースを飲んでいると、近くに座っていたツナギを着た男が声を掛けてくる。
「『愚者』の吸血鬼様、さっきの戦い、すげぇ盛り上がりましたよ!!」
「そうかい。それは良かったな」
ビールを片手に豪快に笑う男は、不躾にも俺の正面に腰を下ろした。大きな丸テーブルなので、案外距離はあるが、それでも唾が飛んでくるような大声で、アレが良かったとかコレがかっこいいだのと叫んでいる。
……さっきの戦いって、フラッシュとの一戦の方か。
そりゃ、誰が見たってアルベルデとの泥仕合をかっこいいとは思わないだろう。だが、男が「さすが吸血鬼様、派手でかっこいい」と持ち上げるたびに気恥ずかしさが広がっていく。ブランを除いて褒められた経験の少ない俺にとってみれば、単純な褒め殺しが弱点らしい。
「ワシは、あの魔法も好きでしたぞ……!!」
突然、後ろのテーブルに座っていた老人が振り返って告げてくる。何の話か分からず声がする方を見てみると、杖をついた白髭の老人が俺の目をまっすぐに見つめていた。俺もリリシアもグラスを持つ手が止まる。正面に座っていた男も頬を紅潮させたまま老人の話を聞く。
「ワシは、あの弱くなる魔法も個性があって良いと思いますよ。誰だって持っている嫉妬心。それを素直に吐き出せるのは難しいことです。強くなるには、まずは相手の強さを認めることから始まりますから」
老人にとってみれば素直な感想だったのだろう。特に俺を励まそうだとか、そういう意図がある発言ではないようだ。しかし、俺の胸の内に宿っていたわだかまりがスッと取れたような気がした。
確かに嫉妬の能力は自分の弱さに胡坐をかいて、相手を貶める技だ。けれど、その上で何が出来るかは俺次第ということ。嫉妬をただ悪いものとして忌避するのではなく、自分の心の弱さを認めて、それをどう乗り越えることが重要なのかという話だ。
「なるほどな、参考になった。感謝する」
「いえいえ、見たところまだ子供のようですし、老人からの要らぬ世話ですよ」
1800年生きた吸血鬼を見て、まだ子供のよう。とはまたおかしな話だが、あながち間違いではないだろう。いままで『愚者』を理由に引きこもっていた本当の愚か者だ。人間の短い命を必死に生きてきた老人に比べれば、子供と言われても仕方がない。
酒の飲み過ぎで倒れてしまった男と老人を置いて席を離れた。リリシアが服屋の露天を営む老婆を発見して、軽く雑談をしていると宴会から少し離れたところに『ドラマティック・エデン』に所属する商人であるヘンドラーが不気味な笑みを浮かべていた。
たしかミラクローアとヴィクトレースを繋ぐ街道で別方向に歩いていたはずだが、一体何の用なのだろうか。嫌な予感がして目を逸らすと、俺を見つけたヘンドラーが嬉しそうに近寄ってくる。
「『愚者』のヴァンパイア、クーリア様。ご健勝のようで何よりです!!」




