ザ・セブンス
これ以上戦おうとすることすら無駄だと悟ったのか、あっさりと負けを認めたアルベルデは、観客席で立ち上がっているリリシアに呼びかける。
「ほら、魔石もくれてやる。こんなつまらない戦いは久しぶりだ……」
「相手が悪かったろ。俺がもう少し賢ければ、お前の言うまともな勝負とやらは出来たかもな」
自虐的に笑うと、チラリとフラッシュに目を向けて大きなため息を吐いた。俺に勝ってから渡すつもりでいたであろう指輪をブランの魔石と一緒に投げてくる。
意味が分からずに指輪を返そうとすると、それを手で制す。
「その指輪、もう必要ない。フラッシュ、お前は俺と離婚したいのか?」
「……私の裏切り、気づいてたの?」
フラッシュから耳打ちされた内容は、アルベルデの必殺技についてだった。火車も勝利も、あの一瞬で全て聞かされている。火車が腕でしか使えないことも、技を挟み込むときの癖も、勝利の特殊な構えも、全部知っていた。
なぜ、アルベルデを裏切るような真似をしたのかは分からないが、少なくとも嘘を言っているような雰囲気ではなかったので、一種のアドバイスとして参考にさせてもらったのだ。
「一応聞いていいか? フラッシュ、なぜ裏切った?」
「言っておくけど、先に裏切ったのは貴方よ。人間相手に指輪を渡すなんて、何考えているのかしら」
リリシアが言うには指輪を渡すことはサプライズであり、フラッシュは事情を知らないはずである。ましてや、この指輪はフラッシュに渡す物であって、人間に向けてのプレゼントではない。
「ちょっと待て、何か誤解してないか!?」
「そ、そうだよ。私、アルベルデから指輪なんて受け取ってない!!」
「吸血鬼に嘘は通じないわ。貴女の寝室で指輪を渡しているのを見たのよ!!」
互いに会話がかみ合わず、3人の頭に疑問符が浮かんだ。それぞれが困惑の表情を浮かべており、なぜか俺の顔を見つめてくるが、一週間ヴィクトレースから離れていた身としてはさっぱり分からない。けれども、それぞれの口ぶりから、なんとなくの事情を察する。
「多分、リリシアをフラッシュに見立てて練習してたところを、フラッシュがのぞき見しちゃったってことじゃないのか? アルベルデとしては、リリシアに興味が無いんだろう?」
「ああ、目元はフラッシュそっくりで好みだが、やっぱり一番はこっちだ」
「アハハ。心配しなくてもフラッシュは愛されてるよ。いろいろサプライズのネタを考えてただけで、何もやましいことはないよ」
リリシアは黄色の髪を揺らしながらケラケラと笑う。自分の早とちりであることに気づいたフラッシュは見る見るうちに頬を染めて、アルベルデへと抱き着いた。
突然のことで、爽やかな笑みに驚愕が混じるが、すぐに柔らかい表情になる。
「これで、誤解も解けて一件落着ってわけか?」
「おい愚者よ。アルカナ因子をもらうことを忘れておらぬじゃろうな? 何のために力を貸してやってると思っておるのじゃ!!」
せっかくの雰囲気をぶち壊して割って入ってきたのはシャルハートの老骨な声だった。まるで駄々をこねる子供のような口調だが、しわがれた声とウザったい輝きに思わず肩をすくめる。
あいかわらず、自分勝手でわがままなおじいちゃんだ。
「なぁ、アルベルデ。『戦車』のアルカナ因子を分けてくれないか? 少し吸血させてほしいんだ」
指輪を返して甘い空気を漂わせる2人に向けて申し訳なさそうに言う。仲良く抱き合っている2人に声を掛けるのは憚れるが、シャルハートの頼みを無視するわけにはいかない。ヘソを曲げられて『太陽』の力を失ってしまってはブランの魔石を取り戻せなくなる。
「ヴァンパイアがヴァンパイアを吸血? 別にいいが……」
不思議そうな顔をしているが、抵抗はないようだ。てっきり、アルカナ因子をくれる代わりにもう一度勝負しろと言い出さないか不安だったが、そんなことはないらしい。
杞憂で助かった。
「いや待て!! もう一度勝負しろ。今度は、嫉妬の能力を使うな」
全く助かってなかった。むしろ、予想よりも面倒なことを言われた。この提案を突っぱねられるほど強ければどれだけ楽だったろうかと、思わず自分の弱さを呪っってアルベルデに嫉妬心が芽生える。
だが、嫉妬を抜きに戦えば、俺に勝ち目はない気がする。
「イヒヒ!! 戦車よ、伝説の吸血鬼である、わしが戦ってやろう」
そう言ってシャルハートは魔導書から飛び出した。いつもの赤い光の姿ではなく、魔法で作り出した分身体の姿である。
老齢ながら精悍な体つき。惜しげも無く裸体を晒し青い腰布と赤いマントを羽織っているだけ。縮れた赤毛と淀んだ紅の瞳を輝かせながら現れると、アルベルデの前に立ちふさがった。ゾクゾクと身の毛のよだつような感覚が場を支配して、シャルハートの爺臭い笑い声が響いた。
「で、伝説の吸血鬼、初代『太陽』のヴァンパイアロード、シャルハート・ソル!? まさかクーリアが持っていた魔導書に封印されているなんて!!」
「違うわ!! 愚者がそんなこと出来るはずがないじゃろ!! 自分自身で封印したんじゃ!!」
アルベルデの天然な間違いにシャルハートは声を荒げてツッコミを入れる。おどけた冗談を零しつつも、互いにやる気満々のようだ。いまさら止めても止められないだろう。
「リリシア、観客席で見ていよう」
俺の呼びかけに対して頷くリリシアを連れて、観客席まで歩いて行く。フラッシュも巻き込まれるのは御免なのか、席の方へと向かっていた。
俺たちが席に座ると同時に、アルベルデは腹の底から叫び声をあげる。
目の前にシャルハートが居ることに対する恐怖を吹き飛ばすためか。はたまた、ただ単に自分に活を入れただけなのかは分からない。
「さぁ、伝説様よ!! 最初から本気で行かせてもらうぞ!!」
「安心せい。ワシはお前相手に本気では戦わん。出来る限り手加減はしてやる」
シャルハートは赤いマントを翻して余裕綽々に笑う。そんな様にワクワクしているのか、アルベルデの頬は紅潮しており、まるでヒーローを前にした子供のように興奮している。もしかしたら、先ほどの叫び声は、憧れを前にした喜びなのかもしれない。
「吹き飛べ!! 勝利」
両腕を天高くに掲げると、陽の光に紛れてアルベルデの腕が緑色に輝き始める。片腕のみであれだけの威力を叩きだした大技、それが両腕ともなれば、その威力は想像できない。
念のため、シャルハートの後ろからは外れて、アルベルデの背後へと観客席を移動する。
伝説の吸血鬼は、甲冑を纏う『戦車』を前に微笑みを絶やさない。
激しい轟音とフィールドが粉々に崩れるほどの砂煙が舞い散る。山に発生する濃霧よりも色濃い砂の目隠しに覆われてしまって、シャルハートがどうなったかが見えない。
「……ねぇ、クーリア!! アレ見て!!」
隣に座るリリシアが驚いた様子で向かい側を指さす。徐々に砂埃も薄くなっていくおかげで、観客席の反対側もくっきりと見えるようになっている。ちょっと瓦礫が飛び散っているだけで、普通に椅子が並べられているだけだ。そこまで驚くようなおかしい点はない。
いや、ちがう。
シャルハートの後ろ側が、一切の無傷であるはずがないんだ!!
先ほど、俺が勝利を喰らった際は、奇跡の価値で躱したからとはいえ、観客席が抉れるほどの衝撃であり、ちょっと頑丈なだけでは威力を殺しきることは出来ず、反対側に余波が残るはずなのだ。
つまりは、シャルハートがアルベルデの攻撃を止めたということになる。
「イヒヒ。見た目は派手じゃが、威力はそこそこといったところかのぉ……」
「クヒャヒャヒャ。さすが伝説というだけある。ふざけた強さだ」
片腕のみを差し出して、シャルハートは立っていた。勝利によって吹き飛ばされたアルベルデの両腕を掴んでおり、完全に威力を殺している。
「だったら、爆発を直撃させてやるよ。火車!!」
アルベルデが叫ぶと、シャルハートが掴む腕のエネルギーがどんどん高まっていく。一度切り離していても、火車によって爆発させることは出来るようだ。しかし、目の前で爆弾が爆発しそうになっているというのに狼狽える様子もない。
「くだらん」
たった一言で爆発を封じ込めると、マントをはためかせながら歪んだ笑みを浮かべる。細いが鍛え抜かれた体には傷一つない。
まさしく伝説の吸血鬼にふさわしい頑丈さだ。
必殺技を受け止められ、両腕を失ったアルベルデは、冷や汗を垂らしながらも興奮していた。俺と戦った時は見せなかった、楽しそうな心の底からの笑顔。不完全燃焼を晴らすかのように猛スピードでアルベルデへと接近する。
再生させた腕を振りかぶって、鋭い右ストレート。
しかしシャルハートは軽い調子で躱す。前進で背中から奇襲を仕掛けてみるも、むしろいなされて投げ飛ばされてしまう。
「クヒャヒャ。ああ、楽しいなぁ。この時間が永遠に続けばいいのに」
「全く持ってその通りじゃな。永遠ほど素晴らしいものはないじゃろうよ」
アルベルデが煌めく緑髪をかき上げる。少し曲がった鎧を脱ぎ捨てると、もう一度両腕を天に向けて掲げて勝利の構えを取る。アルベルデめがけて放つが、当然、受け止められる。
それでも、彼の目には勝利への執念が宿っていた。
「クヒャヒャヒャ……。全ては勝利のために!! 俺は全てを蹂躙する。【若き王】」
腕はない。足も弱々しく歪んでいる。アルベルデの顔に余裕はなかったが、最後の一言を告げると、天幕の隙間から、緑色の光が落ちてきた。
それはまるで、勝利の女神が顕現するように……。
「アルカナ解放。伝説を超えて見せる!!」
髪に隠れていた王冠に少しだけ触れると、時間が巻き戻っているかのようにアルベルデの体が再生する。さすがのシャルハートも彼の奇妙な再生方法に驚いていると、回復させた両腕を絡めてまっすぐに吹き飛ばした。
「勝利の連発!? 撃つたびに回復してるのか……!!」
自傷を伴う技だが、即座に回復するのなら関係ない。
どうせ痛覚だってまともに機能していない戦闘狂であるのなら、即座に再生させてすぐに自分の体を吹き飛ばして爆発させるというのは最も有効的な攻撃方法だ。
「イヒヒ。面白いものを見せてもらったよ。だが、精度はいまいちだな」
おそらく最後の一発であろう特大の勝利だが、たいして苦しむ様子も見せずに上へと弾き飛ばした。それはまるで、飛んできた石ころを払いのけるかのような軽さ。
「攻撃というものは、こうするんじゃよ。完全・大太刀!!」
シャルハートの手の中から緋色に輝く刀が現れる。徐々に輝きを増していくと、限界点を突破したかのように色が一転し、青白い炎を噴き上がらせた。そして、片腕で巨大な刀を振るうをアルベルデの胴体を両断した。
一泊遅れて、アルベルデの体の内部から燃え盛り、あっという間に火だるまへと変わる。
単なる分身体に過ぎないにもかかわらず、圧倒的な力量の差。高く険しい壁を見せつけられているかのようであり、あまりに遠すぎて嫉妬すら抱けない。ただ、誰も彼も、伝説を前に茫然としているだけであった。




