勝利こそ全て……?
もはや、彼の努力さえもが妬ましい。
「ブラン、リリシア、俺は【アルベルデ・シャール】が羨ましいよ……!!」
腹の底から出た愚かな言葉。会場がシンッと静まり返り、誰もが苦虫を噛み潰したような顔をする。甲冑を脱ぎ散らかした吸血鬼は、呆れて何も言えないようだ。胸の中で「言ってしまった」という虚無感だとか喪失感だとかが俺に重くのしかかる。
精神的な重みは、やがて体を縛る鎖となり、俺の動きを鈍くした。
「期待外れか……。少しは楽しめるかと思ったんだがなぁ……?」
片腕のみを俺へと向ける。最後の最後まで睨みつけるが、すでに視線を合わせようともしない。ひどく退屈そうな顔を浮かべて俯くだけだ。しかし、アルベルデの体を巡る違和感に気づいたのか、慌てたように腕を引っこめる。
「どうした? 俺を吹き飛ばさないのか?」
「クーリア、お前、俺に何をした……!?」
今の俺は、奇跡の価値を使うことはもちろん、まともに動くことすらままならない状態。それを感じ取ったうえでアルベルデは失望したにもかかわらず、俺への攻撃を辞めた。
それはまるで、火車を封じられているかのようだった。
「どうした? 頼みの綱が使えないと戦えないか?」
「おぬし、何をしたんじゃ……? お前たち2人とも吸血鬼としての格が下がっているようじゃが……?」
愚者の嫉妬。
それは、愚か者が努力もせずに人を羨むばかりであることから生まれた罪。自分が努力するわけでもなく、他者を自分の土俵まで引きずり下ろすだけの迷惑極まりない能力。
最低で最悪、あまりにも理不尽で間違いだらけの感情。
そんな薄汚い感情に頼らないと、アルベルデと勝負にならないと公言しているほかなかった。
「テメェが強くなるわけでもなく、ただ、俺を弱くする。その代償が、お前自身の首を絞めるとはな。全くお前は愚かだよ、クーリア!!」
アルベルデは、もう片方の腕の再生を試みるが、完全に止まっている。彼が今まで見せた驚異的な回復能力も、足にパワーを込めたジェット推進も、自傷を伴う爆発も、全てに嫉妬して封じている。
けれど、俺の方も体が動かないほどに弱体化している。
陽の光による縛りとは違い、痛みを伴わずに身体能力が低下するのだ。
「どうせ一時的な能力だろう? お前に勝てばそれで終わりだ!!」
苛立ったようなアルベルデが緩慢な動きで俺の鳩尾を打つ。きっと、人間が食らっても耐えられるだろうというほどの弱々しいパンチだったが、俺は避けることも出来ずに甘んじて受け止めた。痛覚すら鈍っていて、何とも思わないが、俺の体は力なく折り曲がる。
欠片ほどの抵抗力もないせいだ。
「奇跡の象徴よ。愚者に神秘を……与えろ!!」
魔導書のページすら重い。ペラペラとゆっくり開いて魔法が紡ぎあげられる。俺が必死な顔をして唱えた炎の魔法は、マッチの火の方が強いだろう。
まるでスローモーションの景色でも見ているかのようにゆっくりとアルベルデに向かっていく。
何の気なしに手で払いのけようとしたようだが、アルベルデの魔法耐性も低くなっているわけで、彼の手の甲が炎に触れた瞬間に業火へと変わる。(といってもたいしたものではないが)
「ああ!! お前はクソだ。クソ!! ふざけんな。俺との勝負を何だと思っている!? 俺がこの1週間、どれだけ楽しみにしてたと思う? そのためにクソみたいな連中を片付けて技の強化にいそしんだのに!!」
アルベルデは、子供のように地団太を踏んで叫んだ。技を封じられたことに腹を立てているというわけではないようで、アルベルデの考えるまともな勝負とは程遠いことに憤っているようだ。
当然、その怒りは装丁の範疇だったし、むしろそれを狙っていた。
「アルベルデ、お前、俺を倒したっていう功績が欲しいか?」
「は、何の話だ? 功績? 愚者に勝ったからと言って何の功になる?」
誤魔化しているわけでもない純粋な疑問。
アルベルデは、俺やシャルハートのように、戦う理由を持っていない。誰かのため、何かのため、そんな理由すらなく戦っている。しいて言うのならば……
「俺は、戦うために戦っているんだ。お前との勝負も、それだけだ」
緑色の髪を煌めかせながら爽やかな笑みを浮かべる。今までの言動からして予想は出来ていた。フラッシュへのプロポーズも、『ついで』程度にしか考えていないのだろう。俺たち吸血鬼が低俗な人間の真似をするなんて稀なことだ。
「リリシアを使って、俺を煽ったのも、勝負の土俵に上げるためか?」
「クヒャヒャ。クーリアは『愚者』を名乗るには少し賢すぎるかもな。全てお見通しか」
片方しかない腕で自分の顎を撫でる。感心しているのか嬉しそうな表情をすると、弱体化したままで突進を仕掛けてくる。躱すことも、いなすことも出来ずに吹き飛ばされた。
馬乗りの状態で、何度も顔を殴られる。互いに弱くなっているせいで、子供の喧嘩以下だ。
余りに見苦しい。
「ああ、クソッタレ。こんな最低な舞台を用意して満足か?」
アルベルデが鬼の形相で睨みつける。先ほどまで瞳に宿っていた闘志は、退屈と怒りに変わっていて、振りかぶる拳に感情が乗せられている。だが、どれだけ殴っても児戯の域を出ないことにさらに腹を立てているようだった。
「クヒャヒャ。戦わないことで勝つつもりか? 俺が、そんなことを認めるとでも?」
「認めさせるよ。もう二度とテメェの舞台になんかのってやらねぇさ」
俺への怒りや敵意をにじませた拳を放つ。一瞬、アルベルデの力が強くなる瞬間があったが、同時に何かが奪われているようにも見える。嫉妬の大罪で奪われたものは、俺が解除するまで奪われ続ける。嫉妬の感情に際限はないからだ。
「クーリアッ!! 戦えよ、俺に勝てよクソ野郎!! そうやって他人の強さを僻んでるだけで強くなったつもりか? お前、ガキじゃないんだから、すこしはまともな感性を持てよ」
「アッハッハッハ。戦闘狂の吸血鬼が『まとも』を語るのか?」
天下無双のアルベルデ様にはジョークの才能がないようだ。
俺がやっていることが子供っぽいというのは認めるが、ブラン救出の障害になり、リリシアを一時的とはいえ攫ったアルベルデに説教される謂れはない。ましてや、くだらない2択を突き付けて、その答えが第3の選択肢であるというような理不尽にたいして、同じもので返しているだけだ。
「ああ、そうかい。戦う気がないっていうなら、無理にでもやってやるよ」
立ち上がったアルベルデは、奇妙な構えを取る。
片腕しかないのに、それを天空へと掲げると、目を瞑って何かを祈り始めた。
「『愚者』の嫉妬は、知らない能力にまで及ぶのか?」
「どうだろうな……。無知から嫉妬が生まれるとは思えないが」
アルベルデの問いかけに素知らぬふりをする。俺の言葉にニヤリと笑みを浮かべると、傷だらけの腕を掲げたまま仁王立ちをした。その不思議な立ち姿をみて、ただ一人フラッシュだけが焦っていた。拡声魔法によって、観客全員に呼びかける。
「今すぐここから出なさい!! 全ての兵士は民間人の非難を最優先。絶対にアルベルデの視界に入らないように!!」
突然の避難要請に観客たちは困惑したような声をあげる。けれど、フラッシュの様子が悪ふざけの類でないと分かるや否や、我先へと城を飛び出していく。
狼狽えたような表情のフラッシュと、なぜか観客席に残っているリリシア。何度か説得されているようだが、断固として動こうとしなかった。ちなみに、シャルハートの分身体は逃げていた。うっかり壊されると再生に血を使うからだそうだ。
「さて、人払いは済んだようだが、ぶっ放すのか?」
「当然だ。ここまで来たら、喰らってもらう」
淡い緑色の光を握り締めているかのようにアルベルデの右腕は輝いていた。火車や前進と違って、見たことがない技に対して嫉妬など出来るはずもない。
「仕方ねぇ。甘んじて受け入れてやろうかね」
「クヒャヒャ。くたばっても後悔するなよ、愚か者」
更に輝きを増す右腕を振りかぶる。とんでもないことが起きるということだけは分かるが、リリシアも固唾をのんで見守っているだけだ。フラッシュに至っては何かを祈っている。
シャルハートが警戒しろと忠告するが、なにをどう警戒すればいいのだろうか。
「その体に焼きつけろ。勝利!!」
ぎっちりと固めた拳を大きく振るって、目の前をパンチする。当然のように緑色に輝いていた腕は吹き飛び、直線上の地面が轟音と共に抉れた。アルベルデの向かい側の壁には大穴が空いており、観客席の最上階まで破壊されている。
少し先すら見えないような砂ぼこりが舞い上がり、真上から微かに木漏れ日が差してくる。
天上に張られた天幕が破れたらしい。はるか上空から陽の光が降り注いで、アルベルデとフラッシュがまぶしそうに目を細めた。
「なに、今の……?」
「まったく、相変わらずあの人は手加減を知りませんね……」
きっと今の轟音は城の外まで響いたことだろう。人間たちのざわめきがここまで届くほどだ。
両腕のないアルベルデは、体をフラフラさせながらも勝ち誇ったような笑みを浮かべており、抉れた地面を見て満足そうに「クヒャヒャ」というゆがみと爽やかさを孕んだ声をあげる。
「アルベルデ!! 『愚者』相手にそこまでする必要があったの!?」
「俺は誰が相手でも本気で戦る。それに、勝負を侮辱するようなクソ野郎にはこのぐらいしないと分からないんだよ」
灰色の砂煙の中、俺が立っていた場所に人影はない。俺だった肉塊がそこら中に散らばっており、赤く染まった砂埃が漂っていた。
「……死んだのか? 最後の最後までつまらなかったな、クーリア・ナール」
瓦礫に埋もれた俺の魔石にひびが入っているのを見たアルベルデが大きなため息を吐く。嫉妬の能力が解除されたことで、彼の体は再生を始めた。自分で脱いだ鎧を魔法によって作り出してひとりでに装着されていく。
「リリシア……。どうして【アルベルデ・シャール】はあんなに強いんだろうな? 本当に、心の底から羨ましいよ」
霧の中から吐き出した羨望。
突然破壊された城から響く俺の声に、3人が動揺を見せる。アルベルデに至っては、異常なまでの回避行動をとって、全神経を鋭く尖らせている。
「奇跡の象徴よ。嫉妬深い愚か者に奇跡の価値を与えろ!!」
「幻影!? いつのまに……」
砂煙が晴れていき、釣り糸を束ねたチョーカーを付けたコウモリが飛び回る。徐々に俺の形を作っていって、その上から金色の×印が描かれた緩い服が纏われる。
その手には、紫色の魔導書を携えて。
「クーリア……。愚者の嫉妬よりも早く始末してやる!! 俺は全てを蹂躙する。【若き……」
「羨ましいぜ、【アルベルデ・シャール】 お前がどうしようもなく妬ましい!!」
醜い嫉妬がアルベルデを捉えた。その瞬間に体に重くのしかかる感覚。力を押さえつけられるような気味の悪い感覚がお互いに降りかかり、彼の表情から爽やかな笑みが失われる。あふれだした怒りとは裏腹に、力は失われていった。
「前進、火車、勝利、再生能力、身体能力、全部を封じられた気分はどうだ?」
「最悪の気分だ。お前とは、2度と戦いたくない……」
ぐったりと膝から零れ落ちたアルベルデが両手をあげて降参する。その目には怒りと不満が込められているが、これ以上戦う気はないようだ。
ボロボロになった城から焼き焦がすような陽の光が差してきて会場を照らす。
二勝一敗。
紛れもなく、俺の勝ちである。アルベルデの思惑に乗ることなく、勝利した。




