愚か者の大罪・嫉妬
甲冑の隙間から銀色の光が漏れ出て、内部でエネルギーが暴れているのを感じ取った。
「くたばれ、クーリア。火車!!」
短い一言と共にアルベルデの右腕が吹き飛んだ。血や骨が一瞬で蒸気や砂に変わってしまうほどの高威力の攻撃に、観客席からも悲鳴が上がる。濁った色の煙が立ち込める。アルベルデは輝くような緑髪から脂汗を垂らして、爽やかに微笑んだ。
してやったりという顔である。
「奇跡の価値……。あまりに単調で読みやすかったよ」
「クヒャヒャ。俺の目は節穴じゃなかったみたいだな。期待通り、面白くなってきやがった!!」
整った顔を思いきり歪ませて、狂人のように笑う。血が零れる右腕を庇いながら振り向くと、俺の顔面をアルベルデの左手が覆った。そのまま地面へと叩きつけられる。覆い隠された視界の先からエネルギーが膨れ上がっていくのを感じ取り、2度目の火車だとすぐに気づく。
「クーリアッ!!」
俺が八百長を断ったのを知っているのか。はたまた、そんなことも忘れてただ単に俺との勝負を楽しんでいるのか。シンプルに俺をいたぶりたいのか。とにかく理由は不明だが、確かな殺意を持って自身の左腕を爆発させた。俺の頭蓋が面白いように吹き飛んでいって、辺りに真っ白な髪の毛が散乱する。
「クヒャヒャ。まだやれんだろう? ジョークにしてはつまんねぇぞ」
「そりゃ気付くか。悪いな、少しバカにし過ぎていたみたいだ」
グシャグシャになった俺の体が霧へと変わっていき、アルベルデの背後で人型へ形を作っていく。アルベルデと同じく、2度目の奇跡の価値だ。
奇跡の価値は、『魔術師』のヴァンパイアスートであるリラ・ストレガが使っていた幻覚魔法であり、自分の体を霧へと変えて、霧中の相手に一時的な幻覚を見せる。幻覚の方はアルベルデクラスの吸血鬼にはほとんど意味がないが、一時的な緊急離脱には十分な時間稼ぎができる。
「さて、両腕を吹き飛ばしたなら、火車はしばらく使えないな……」
「クヒャヒャ。すぐに治せば、まだまだ戦えるぜ?」
光源も無いのに輝いている緑髪をかき上げようとして、肘から先がないことを思い出す。仕方なさそうに首を振って、垂れた前髪を払いのけると鎧がガシャガシャと音を立てた。
「それよりお前、どうして腕以外で火車が使えないことが分かった!?」
「ただの予想だよ。足は前進を使うし、近接特化にとって機動力は重要だ。だから、足から火車は撃てねぇ。2発躱せばこっちのターンだ」
ベラベラと適当に考えたでっち上げを話すと、甲冑を着た吸血鬼は忌々しそうに俺を睨む。影の中でシャルハートが薄気味悪い笑い声を響かせるのを無視して、魔導書を開いた。
淡く輝く魔導書のページは紫色の中扉。『魔術師』のアルカナ因子が刻まれたページである。ずば抜けた身体能力を持つアルベルデへの対策は、覚えたての魔法である。
モーブやステッキのような上位魔法は使えないが、アルカナ因子は継承している。
「奇跡の汎用……!!」
アルベルデは逆立ちをしても及ばない相手。たかがヴァンパイアスートでしかないステッキの必殺技なんて気休めにもならないだろう。
魔導書から巨大な火の玉が出現し、一直線にアルベルデに向かう。ステッキがモーブに憧れて編み出した特別な魔法であり、奇跡の性質に限りなく近い。さすがに、再生能力の停止なんて芸当は出来ないが、太陽のように体を焼き尽くす炎は、一時的に遅くすることは出来る。
火車のためにも一刻も早く腕の再生をしたいであろうアルベルデは、特に気にした様子も無く炎の中で佇んでいた。
「温いな。あの時の赤黒い炎の方が熱くさせてくれたぞ!?」
今、喰らっている炎を無視して、直撃していない憤怒の炎に思いを馳せる。俺だって出来ることならそっちを使いたいが、邪魔な感情が大きすぎて、怒りが湧いてこないのだ。強力な感情を必須とする愚者の大罪は、犯されていない。
奇跡の汎用を抜け出して、徐々に距離を詰める。熱された甲冑が歪むのも構わずに俺へと切迫すると、手首の無い腕を俺へと叩きつける。
完全に回復してからでないと、火車は使えないようだ。
頭に響いた鈍痛を無視して小さな魔法を連発する。もう1度奇跡の汎用を使うことも考えたが、あれだけ再生させたのなら、いくら時間稼ぎをしたとしても無駄骨だ。
さらに1歩。前進により踏み込んでくるアルベルデをバックステップで躱す。
紫色に輝く魔導書から、いくつもの魔法が展開される。
魔力を限界ぎりぎりまで練り上げて不可視の魔法さえも織り交ぜた。しかし、アルベルデは、その全てを喰らっても気にした様子も無く、全くの無傷のままに突っ込んでくる。
「昔から『戦車』の連中は頑丈さと回復力の高さがウリじゃったからのぅ。戦いにくくて嫌いじゃ」
私怨混じりにシャルハートが教えてくれる。
それを知ったからといってどうにもならないが……!!
「こんな小さな攻撃、全く効かんぞ? それを分かっていてなぜ続ける。愚かだからか?」
「どいつもこいつも愚者愚者うるせぇな!! こっちは好きでやってるわけじゃねぇんだよ!!」
腹の底から怒りを吐露するが、行き場の無い感情が霧散するだけで意味がなかった。憤怒の炎は、感情だけでなく火を向ける相手も必要なのだ。この場合、抱いた怒りを誰に向けるのが正しいのか分からないため赤黒い炎は噴き上がらない。
「さて、腕の再生も済んだ。次は躱させない!!」
紫色の魔導書が奇跡の価値のページを開くよりも先に、アルベルデの腕がはじけ飛んだ。あまりに一瞬の出来事で、威力はとても低い。
けれど、俺の体は容易く吹き飛んで、観客席の壁へと叩きつけられた。
「……直前で防御を挟んだか。なぜ、俺の攻撃のタイミングを知っている?」
アルベルデのもっともな疑問。それを笑ってごまかすと、爽やかな表情が冷酷無比な吸血鬼らしい顔へと変わって、俺の体を掴む。
……腕の再生速度がさっきより遅い!?
肘から先の無い右腕は再生を始めているが、あきらかにスピードが遅い。前進を連発した上に、小さな魔法を喰らい続けていたのが応えたのだろうか。
だからと言って、アルベルデの身体能力にかなうはずもなく、軽い調子で投げ飛ばされた。
浮き上がった体に腹蹴りが炸裂しゲホゲホと咳を漏らす。苦痛に伏せている間に腕の再生を終えたようで、左腕で俺の胸ぐらをつかんで持ち上げると、エネルギーを集約させ始めた。
急いで魔導書を開いてページをめくる。
――今さら奇跡の価値は間に合わない!!
「小賢しい真似をさせる間もなく吹き飛ばしてやる!!」
目の前で爆弾が爆発し意識が吹っ飛びそうになる。直前で頭と心臓は霧に変えることができたが、それ以外のダメージが大きすぎた。
アルベルデはこの後、2度目の火車のために微かに距離を取るはずだ……。
「クーリア。お前、俺の戦い方を見たことあるのか? そんなような動きをしている……」
「さぁ、どうだろうな?」
妙に勘の鋭いアルベルデの追及をとぼけて返す。一瞬どこかに目を向けたが、すぐに俺を見据えると、あえて俺の想定を崩すように飛び込んできた。
「逃がさないぞ。これも喰らえ!!」
吹き飛んだ体を強引に掴まれ、右腕での爆発。霧に変えていた急所も戻っていたせいでアルベルデの予想外の攻撃は直撃する。
「がはっ……!!」
体を振り回されて臓器の位置がめちゃくちゃになるような感覚。
体の内側から響く爆発が俺を苦しめた。
気が飛びそうになる俺を蹴り飛ばし壁へと押さえつける。右肩に鋭い蹴りを叩き込まれたかと思うと、足の骨を踏みつけられて折られる。執拗に顔面を蹴り続けられて、自分が何をしていたのかさえ分からなくなってくる。
腕が再生したらしいアルベルデは、俺の頭を片腕でつかむと、背負い投げをする。
背中から響く衝撃が、さらに臓器を揺らした。
……アルベルデと違って、再生しない。あまりに、遅すぎる。
観客たちの歓声はいつの間にか悲鳴と同情に変わっており、リリシアの顔つきは憐れみの混じった暗く濁った表情を浮かべている。
「ああ、どうして。どうして人間たちにそんな目で見られなきゃいけない……!?」
「教えてやるよ。それはお前が弱いからだ」
アルベルデが事実を告げる。
だが、俺は好きで弱いままでいたわけじゃない。俺とブランの平穏を守るために、誰ともかかわらず、誰も苦しめないように、自分たちを苦しめないように必死に生きていただけだ。
そのことの何が悪いというのだろうか。
あの娘の無邪気な笑顔を思い出す。俺は、世界で唯一大切にしていた妹を失いかけているというのに、今まで苦労もせずワガママに生きてきたこの男は、俺を踏み台に妻と功績を手に入れようとしている。
あまりに理不尽。
あまりに不条理。
許されざる大罪だ。
その、誰よりも優れた再生能力も。
人間の兵器を軽く凌駕する爆弾も。
全てに対して勝ちうる身体能力も。
何もかもが羨ましく。妬ましく。僻んでしまう。
「どうして俺じゃないんだろう……。なぜ、俺は手に入らないのだろう……」
「イヒヒ……!! 新たな大罪の解放か!? イヒッ!! さぁ、愚者よ。アルカナを解き放て!!」
燻っていた後ろ暗い感情が風船のように膨れ上がって抑えられない。頭の奥底までもが羨望で埋め尽くされると、その先にいるアルベルデがどうしようもなく理不尽に見えた。
もはや、彼の努力さえもが妬ましい。
「ブラン、リリシア、俺は【アルベルデ・シャール】が羨ましいよ……!!」




