奪われた吸血鬼の修行
遡ること6日前……
敗北を悟った俺は、目を輝かせるアルベルデに背を向けて、国を出て行く。
あまり時間がない以上、少しの暇も惜しい。
ヴィクトレースを出て、当てもなく川の方へと歩いていく。影の中から魔導書を引っ張り出すと、うんざりしたように光るシャルハートが飛び出してきた。
「ああも、やられたままとは……。情けなく愚かじゃのう」
「分かってんだよ。『戦車』のアルカナ因子も欲しいんだろ? 俺を強くしろ。魔石もリリシアもアルカナ因子も、全部奪ってやる」
「ずいぶんと息巻いておるのぅ。最短じゃが、なかなか厳しいぞ?」
前回、元の家からミラクローアの道中にも修行をつけてもらったことはあった。けれど、今回は、アレよりも厳しいだろう。だが、それを望んでいるのは俺だ。ギラギラと目を光らせて外壁から見えるヴィクトレース城を睨んだ。
「ブランを取り戻すためなら、どんな無理難題も乗り越えてやるよ」
フワフワと怪しく揺れる赤い炎を前に決意を告げる。
河原の石の上に魔導書が落ちると、淡い光と真っ黒なコウモリが無数に飛び出し、すぐそばで人型へとなり替わった。
「いつぞやの分身!?」
「血の貯えはそれなりにあるようじゃからの。直接、手取り足取り教えてやる」
細く引き締まった身体の老人が、奇妙な構えをとる。
脳内では大音量の警告音が流れているにもかかわらず、威圧感により動けない。それはまるで、『戦車』のヴァンパイアロードと相対した時以上の恐怖。
今すぐ逃げなければ死ぬだろう。けれど、そんなことができるとも思えない。
「さて、愚者よ。『太陽』のアルカナ因子を、しっかりと体に刻むが良い」
「ガフッ!!」
下あごへの強い衝撃。
眩い光と全身を火であぶられるような肌を刺す痛みが脳内を支配する。即座に冷や水を浴びせられ、少し遅れて、川の方へ投げ飛ばされたのだと気づいた。
金色の×印があしらわれた俺の普段着は、雑巾のようにびちゃびちゃになる。
「いいか。陽の光を恐れるな。『太陽』の恩恵を信じろ!!」
シャルハートの分身が、ザバザバと川の中を突き進んでいく。まだ目は眩んでいるが、徐々に青い腰布の老人が近づいてくることだけがわかった。
「ほら、起き上がれ。魔法を肌で感じろ!!」
体の奥をかき回すように、いくつもの魔法が展開されて、胃を圧迫していく。
魔法で作られた石鎖が足に絡まりついて、身動きが封じられる。瞬間的な直観は、臆病なウサギのように大きな警告音を鳴らしている。
――また魔法が来るッ!!
分かっていても躱せない衝撃に身構える。
予想の通り、風の刃が手首や足首を切り裂いた。腕の先端から真っ赤な花が咲き誇る。吸血鬼の特性上、即座に回復が始まるとはいえ、ここまでのダメージ。痛くないはずもない。
どうして、今俺は一方的にリンチされているのだろうか?
こんなものが本当に修行になるのか?
「ただ単純に、封印されてるテメェのストレス発散じゃねぇのか?」
「減らず口を叩く余裕があるのか。では、もう少し厳しくしよう」
「俺は、愚か者だからな。お前たちみたいに、最初から才能に恵まれてるわけじゃねぇんだよ!!」
燃え切らない怒りをにじませて、緋色の剣を作り出す。
連続で放たれた魔法を切り裂いてシャルハートの分身へと切迫する。老齢のわりに太い首筋へと刃を走らせると、手の甲で軽く弾かれた。
「まだまだ、アルカナ因子を使いこなせていないな」
剣を握りしめると、腕力のみでへし折った。
足元の影から同じように緋色の剣を呼び出すと軽く地を蹴って距離が縮まる。俺が呼び出す剣と歯全く違う様相。
振り上げられた剣は赤く濡れて、片腕の感覚がなくなっていく。河原に俺の腕が転がっているのを見つけた瞬間には、腹蹴りを喰らって川の中に沈んでいた。真っ白な俺の髪が赤く染まる川の水を吸った。視界に鈍い色が広がって、鈍痛が走る。
頭を切ったようだ。回復のために脳みそをかき回されるような感触が気持ち悪い。
「とりあえず、ここまででいいだろう。今の『太陽』の感覚を忘れるなよ」
腹の奥から焼き尽くされるような温かい感触。
今までは生活魔法しか使ってこなかったが、シャルハートの攻撃魔法を体感してみて、魔法に対する意識の違いというものが明確になった。むしろ、生活魔法を魔法と呼ぶことが烏滸がましいとすら感じる。あんなもの、子供の手品と変わらない。
「俺には使えないと思っていたが、なんだか掴めてきたかもしれないな……」
「そうじゃろうな。普通なら生まれつき感覚が身につくものじゃが、愚か者にはそれも無いからの。逆に言えば、余計な癖も無いから教えるのは楽じゃな。土台すらないから苦労もするが……」
今まで考えもしなかったアルカナ因子の力。
全身を巡る血がほんのり暖かい。まだ、局所的にポツリポツリと温かみを感じている程度だが、意識して血を巡らせれば、肌を焼くような気だるい感覚が薄れていく。これこそが『太陽』の恩恵。
祝福
「陽の弱体化……。こうやって無力化してるのか」
「それを無意識で出来るようなれ。身体能力の強化に直結するからの」
「分かった。しばらくは休憩か?」
「そうじゃの。あとは、自分一人で魔法の感覚を掴めるようにした方がいいじゃろ」
そういうと、赤いマントを羽織った老人は蝋人形のように溶けてなくなる。その中から赤い光が飛び出して、俺の影の中にしまってある魔導書の中に潜り込んでいった。こうも熱心に教えてくれるのはありがたいと感じる反面、なんだか疑わしいような奇妙な感覚さえ覚える。
いや、シャルハートが今の俺の裏切るメリットはない。ただ単純に『戦車』のアルカナ因子を手に入れるためなのだろう。けれど、それにしては嫌に試験的だったような気がする。
まるで、分身の力量を確かめているような……。
(いや、考えすぎか。単純に力の加減が分らないだけだろう)
先ほど受けたダメージが回復していくとともに、シャルハートが魔法を使っている最中のことを思い出す。あの時かすかに見えた魔力の流れ。ギュっと目を瞑って必死に思い出す。
「魔法の感覚……。アルカナ因子……」
今、俺の血には『愚者』と『太陽』そして『魔術師』のアルカナ因子が流れている。不完全な『愚者』と、封印されていて万全の力が使えない『太陽』
「1週間後までに『魔術師』の能力を使えるようにしなくちゃな……」
アルベルデの速度に対して、『愚者』や『太陽』の能力では相性が悪い。スピードの土俵から引きずりおろせるような奇術が必要だ。
冷たい川の流水が、足首を濡らす。
「思い出せ。魔法の痛み。剣の威力。シャルハートの気配。全部、全てを感じろ……」
それから1週間にわたってずっと、シャルハートの魔法を喰らっては、その時に感じたことを記憶に定着させていき、徐々にアルカナ因子の感触を覚えていった。事前にリリシアが相当量の吸血をさせてくれたことに加えて、ミラクローアでモーブがストックしていた血液瓶をいくつか分けてもらったことが功を奏した。
シャルハートは血が飲めるからと言って、さらに張り切って俺をボコボコにしたが……。
シャルハートが教えられるのは、あくまでも『太陽』のアルカナ因子だけ。『魔術師』の能力については、ほぼ独学で覚えるしかない。けれど、シャルハートの魔法を喰らうたびに感覚を掴み始め、ここ数日は『愚者の模倣』程度には扱えるようになっていた。
けれども繰り返すうちに、仄暗い感情が沸き上がってくるのだ。
才能あるシャルハートが羨ましい。4万年も生きながらえて、それ以上を望むことが許されている彼が妬ましい。
『戦車』のヴァンパイアロードであるアルベルデも『魔術師』のヴァンパイアロードであるモーブも全てが憎らしい。好きにふるまうことを許された強者たちに対する不条理。
「また、愚かなことを考えているようじゃのう?」
「ああ、シャルハート。最高に面白いものが見れると思うぜ。なんせ、俺は『愚者」だからよ」
そう言って悪辣に微笑むと、半裸の老人は恐ろしく歪んだ笑みを返してきた。




