『戦車』の行軍
再び馬車に乗り込んで、城から離れた。
元来た道を引き返して、先ほどの露店に向かう。
服を並べていた老婆は別な客を相手していたが、俺たちの姿を見つけると、皺だらけの笑顔を向けて、手招きをする。リリシアが遠慮なく小走りで駆け寄ると、ロングヘア―の女性の隣に並んで、互いに気に入った服を見せあっていた。
「あの小娘、よく口が回るやつよのぅ」
「勝手に飛び出してくるなよ。でも、リリシアの話術には助けられてるな。正直な話」
俺のように高圧的なわけでもなければ、シャルハートのように好々爺じみた話し方をするわけでもない。俺たち3人の中で一番話しやすいのが彼女だろう。
打算含みで連れてい来たが、思ったより利用価値があるのでラッキーだった。
「む……。アルカナ因子の気配。『戦車』かのぅ」
シャルハートのつぶやきが耳に入らず、胸元がシースルーになっているワンピースをあてがうリリシアに近づく。
すると、ちらりと横を見た老婆の目つきが変わった。
「アンタら、アルベルデ様の馬車が通るから、少し大人しくしてな」
こそりと耳打ちすると、見ないふりをするかのように俯いて、知らんぷりを始める。喧騒が広がっていたストリートが静まり返り、巨大な馬が大きな蹄で整備された道を歩く音が響く。
ファンファーレも無ければ、ドラムロールも鳴っていないが、日差しを完全に遮った荷台から手を振る姿は、まるで勝利の凱旋、戦車の行軍のようだった。
巨大な馬ときらびやかな装飾が施された荷台。
その周囲を取り囲むように黄金で作られた鎧を着た兵士が規則正しく歩いている。
「アルベルデ様~!!」
「こっち向いて~!!」
「ヴィクトレースばんざーい!!」
アルベルデの乗った馬車が道の中心を歩き、小さな馬車たちが避ける。俺たちの乗っていた馬も、流れを察知したのか、それとも動物の本能か、端に寄った。
「やぁやぁ。どうもどうも。皆、元気そうで何より」
彼が通った道がお祭りのように騒ぎ立て、それにこたえるように手を振る。
馬の歩く音とは思えぬほどに重厚な音を響かせて俺たちの背後を通ると、いきなりピタリと止まった。荷台の中で手を振っていた甲冑の男と目が合う。
……マズい。少し見過ぎていたか!?
俺たちのよからぬ気配を悟られたのかと思い、冷や汗が浮かぶ。
前情報も無くアルベルデに挑むのはあまりに愚か。避けたい事態の一つだった。さすがのシャルハートも面倒なことになると思っているのか、小さな声で「まずいのぅ」と呟いた。
「そこの女、名前を教えてくれないか?」
馬車から降りてきた男は、吸血鬼らしからぬ爽やかな顔立ちをしていた。体のリミッターが存在しない吸血鬼は不健康な顔立ちになりやすいはずだが、目の前の男は少し顔がこわばっているだけで、健康そのものといった様子だ。
銀の混じった輝く薄緑の髪、丁寧に短く切りそろえていて、特別なセットを施しているわけではなさそうだが、清潔感が見える。まっすぐとリリシアを見つめており、少し鋭いが、微かに見せている笑みから察するに、今すぐ強引に連れて行くような気配はない。
銀の鎧の所々に金装飾が混ざっており、腰に下げている長い棒状の杖が印象的だ。
「急で申し訳ない。他国の人間では、俺を知らないだろう。俺は、アルベルデ・シャール。ヴィクトレースを治める王で、『戦車』のアルカナ因子を持った吸血鬼だ」
「あ、えっと……。リリシアです」
突然のことに驚きながらもリリシアは丁寧に答える。アルベルデの視線は値踏みするように彼女の体をあちこち行き来している。気恥ずかしそうにスカートを引っ張って太ももを隠そうとしているが、丈が短いので無理だろう。
「リリシア!! 綺麗な名前だ。手に持った服は今から買うところか?」
「いや、まだちょっと悩んでて……」
「あー分かる。俺も着る服には悩むからな。戦場に出る分、動きやすい格好でなければならないが、王たる者として相応しい格好をしなくてはならない。となるとやはり、鎧が楽でな」
随分とフランクに話しかける男は、ふと、俺を見た。
一通り、頭のてっぺんから足の先まで眺められると、目をパチクリさせる。観察されるのは気分が悪かったが、俺とシャルハートもアルベルデの一挙一動に注目しているのでお互い様だ。
「その首輪『愚者』の吸血鬼だよな? この人間の飼い主か?」
「まぁ、そうだな。飼い主って呼び方が正しいかは分からないけど」
俺とリリシアを見比べるが、あまり興味をひかれなかったのか、またリリシアの方を向いてしまう。シャルハートに気づかず『愚者』だけだと思って軽んじたのだろうか。
「今の服も十分魅力的だと思うが、もっと派手な服もいいと思うぞ。スタイルが良いんだから、こういう胸元の開いた服とか、あとは、綺麗で細い足を見せるようなスリットの服とか」
「あー。これとかめっちゃオシャレかも!!」
「ふむ。悪くないな……。俺が買ってやるから、その服で食事でもどうだ?」
唐突な誘いに、リリシアは俺を見つめる。
助けてほしいという意味か、潜入するという意思か。若干判断に迷っていると、意味深な目配せを誤解したアルベルデが、わざとらしくリリシアを抱き寄せる。
「そういえば、『愚者』の吸血鬼は、何用があって、我が国に来たのかな?」
意地悪く、けれど、爽やかさを残した笑みを浮かべる。
急に肩を抱かれたことで、顔を真っ赤にしながら慌てているリリシアを無視して、ブランの魔石のことを話す。
……この女、吸血鬼大好きだな。
「近くの川で魔石が落ちたと聞いた。それを回収したのはお前らしいな? アレは大切なものだから、譲ってほしい」
「なるほど魔石目当てか……」
馬車の荷台に戻ると、ハンカチに包まれた魔石を持ってくる。
「これで間違いないか?」
無色透明な美しい結晶を見せられ、間違いないと頷いた。
特に何かを言うわけでもなく、魔石を差し出し、恐る恐る受け取ると、ハンカチをくしゃくしゃに丸めて、馬車の中に仕舞った。
「魔石なんて持っていても意味がないからな。欲しいのならくれてやる」
「ああ、そうなのか? ありがとう……」
「そのかわり、リリシアをくれ。嫁にする」
余りに突飛な提案だが、うっすら予想していた。彼の目線や仕草を見る限り、スタイルが良くて明るい顔つきのリリシアを偉く気に入っている様子だったし、今もリリシアのふんわりと膨らんだツインテールの片割れを指先で弄んでいる。
「ええっと、特にその人間に拘っているわけではないし、構わないよ」
「え!?」
リリシアの意思は知らないが、着いていきたいと言いだしたのは彼女だし、了承はしたが、特別守ったりする約束を交わしたわけではない。最低限死なないように配慮はしてやるが、ブランを失ってまで守る必要はない。
たとえ人間を連れて行くのが便利だったとしても、金や魔力と引き換えに人間から血を吸うことは簡単だし、適当な奴隷を買うことだって出来る。
つまりは、俺にとってリリシアは、使えるから使っていただけの駒。
彼女に抱いた同情心も、この国に居る限り寂しさは抱かないだろう。ブランには悲しい思いをさせるかもしれないが、二度と会えないわけではない。アルベルデは話が通じない相手ではないし、いつでも遊びに来れるだろうから、これ以上リリシアが俺に同行する理由はないわけだ。
……むしろ、リリシアはここに置いて行った方が幸せかもしれない。
「悪いな、リリシア。ブランかお前だったら、絶対にブランの方が大切なんだ」
「あー。まぁそうだよね。分かった。いいよ。吸血鬼の嫁とか特別感あって良いし」
「なんだ、お前たちはそういう仲だと思ったが違うのか?」
俺たちのドライな反応に、今度はアルベルデが驚く番だった。くだらない邪推をされていたようだが、誰が好き好んで人間などと添い遂げるものか。どうせ先に死ぬくせに……。
「それはつまらないなぁ。とても気に食わないぞ……」
短く呟き、先ほどまでの爽やかな笑みが消える。吸血鬼のお手本というような冷たい目へと変わり、緩慢な動きでこぶしを握った。
ガシャリと鎧が擦れる音が鳴ると、俺の鳩尾に鋭い一撃が叩き込まれていた。




