表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

野菜づくし 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 へえ、大豆ミートのから揚げねえ。油を使っているのはともかく、お肉までお豆でカバーしようって、少し前にはなかなかなかったものだと思わない?

 少し考えてみると、畜産ってものすごく「緑」を使うのよね。私たちがメインで食べる、牛とか豚とか鳥とかのエサは、草や穀物とかでしょ? 

 彼らが何も食べず、おいしく育ってくれるなら、肉食おおいに結構と私は思う。けれど、いざとなれば私たちが食べられるものを、彼らに分けてでも、肉を食べたいと考えちゃう人間の食欲ってすごいと思うわ。

 

 私、前々から思っていたのよね。

 生態系への影響とかひとまず置いといて、もし彼ら家畜がいなくなると、その分の食料が私たち人間に回ってくるじゃないかって。

 肉好きな人には地獄でしょうけど、そこで好き嫌いを超えることができたなら、食糧問題は好転、あるいはもう少し先延ばしができるんじゃないかと。

 人類総ベジタリアン、できればヴィーガン化こそ、長い目で見た生存確率を高めるんじゃないかってね。日本人の腸も、西洋人に比べると草食向きなつくりをしているというなら、なおさらと考えていたの。


 だけど母親から、そうは問屋が卸さないとばかりに、聞かされた昔話があるの。

 よかったら、聞いてみない?



 むかしむかし。あるところに、菜食を心がけるようにした青年がいたそうよ。

 彼は親がいる間は、むしろ肉を食べることを好んでいた。ただしそれは、親がすでに食べるための加工を済ませた姿しか、見ていないためだったの。

 親を亡くしてより、初めて目にする、生きている動物が、死して肉になるまでの過程。それは彼に大きな衝撃を与え、肉に対する食欲をすっかり失わせてしまった。

 くわえて、己の身体以外から出る血に対しても、強い恐れを抱く自分にも気づいてしまったの。


 彼は血を出さない野菜と穀物のみで、生活することを望むようになったわ。

 あらゆる血肉を遠ざけて暮らす彼の生活は、食事においては修行僧のそれを思わせる、精進料理づくしだったそうよ。そのおかずは木の根や樹皮にも至る。

 あくまで食べることのみで、精神は俗っぽいまま。出家するなどの道は、彼の考えにはなかったそうね。

 それでも生き物が苦しんだり、血を流したりするさまを見たくないと、彼は水や森に近い場所を避け、だだっ広い野原の真ん中へ小屋を構える。

 そこで彼は野菜を作るなど、生き物をできる限り傷つけない、傷つくところを見ないようにして生活していたそうなのね。


 その彼だけど、付き合いのあった友人からすると、怖さを感じるものがあったそうね。

 食事に対する神経質さばかりじゃなく、こなす仕事の量が異常なのよ。

 天涯孤独の身となっていた彼が持つ耕地は、兄弟を多く抱える家庭と同等以上の広さがあった。一人ではたとえ寝ずの番を続けたところで、世話が行き届くとは思えない。

 なのに、彼にはそれができた。七、八人が分担して、半日はかかるような仕事を、誰の手も借りず、半分にも満たない時間で完璧にこなしたそうなのよ。

 仕事の一部始終を見ていた友人にしてみれば、ひとつひとつの動作が俊敏に過ぎるらしかったの。それでいて手を抜いているわけでもない。


 彼は自分が食べる分以外は、市へと卸し、かの友人にもおすそ分けをしてくれたみたい。傷ませるより、ずっと良いと。

 そうして食べてみる彼の野菜ですが、特に彼の年下の兄弟たちには好評を博したみたい。

 食感が他の野菜と、明らかに違かったらしいの。それは彼自身も口にしてみて、はっきりと感じている。

 肉肉しい、と形容すればいいかしら。

 彼の野菜からは鳥や魚をむときのような、肉汁がにじむことがあったの。

 けれども、その歯ごたえやのどごしは、間違いなくその野菜そのもの。舌に絡みつく味、頬に張り付くその香りは、肉のものとしか思えない。

 また市での彼の野菜は、かなりの売れ行きを誇ったらしいのよ。

 野菜の苦さ、青臭さをうとましく思う人が、大っぴらに買うことのできる肉、という認識だったのかも。



 彼はそれから20年に及ぶ歳月、同じような生活を続けたのち、息を引き取ったらしいわ。その末期の時まで、彼の畑で取れる野菜からは、肉の味がし続けたらしいの。

 彼は亡くなる時まで、妻も子供も持たずにいた。あの肉の味がする野菜を失いたくない一部の人は、仕事の様子をうかがっていた件の友人から、秘密を聞き出そうとしたそうなのね。

 友人が彼から聞いたことからは、その異常な仕事量をのぞき、さほどおかしいところは感じなかったらしい。

 ただ、あの広大な農地に対し、肥料に関しては自分の「し尿」のみでまかなっていたとのこと。


 亡くなった彼の身体は、荼毘に付されるより前に解剖されたそうね。

 結果、彼の身体の中には臓器らしい臓器は、存在していなかった。頭の中さえも脳が存在していなかった。

 代わりに、食べやすい形に刻まれた野菜たちが、その形状をふんだんに残しながら、彼の身体の中を埋め尽くしていたみたいなの。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ