野菜づくし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、大豆ミートのから揚げねえ。油を使っているのはともかく、お肉までお豆でカバーしようって、少し前にはなかなかなかったものだと思わない?
少し考えてみると、畜産ってものすごく「緑」を使うのよね。私たちがメインで食べる、牛とか豚とか鳥とかのエサは、草や穀物とかでしょ?
彼らが何も食べず、おいしく育ってくれるなら、肉食おおいに結構と私は思う。けれど、いざとなれば私たちが食べられるものを、彼らに分けてでも、肉を食べたいと考えちゃう人間の食欲ってすごいと思うわ。
私、前々から思っていたのよね。
生態系への影響とかひとまず置いといて、もし彼ら家畜がいなくなると、その分の食料が私たち人間に回ってくるじゃないかって。
肉好きな人には地獄でしょうけど、そこで好き嫌いを超えることができたなら、食糧問題は好転、あるいはもう少し先延ばしができるんじゃないかと。
人類総ベジタリアン、できればヴィーガン化こそ、長い目で見た生存確率を高めるんじゃないかってね。日本人の腸も、西洋人に比べると草食向きなつくりをしているというなら、なおさらと考えていたの。
だけど母親から、そうは問屋が卸さないとばかりに、聞かされた昔話があるの。
よかったら、聞いてみない?
むかしむかし。あるところに、菜食を心がけるようにした青年がいたそうよ。
彼は親がいる間は、むしろ肉を食べることを好んでいた。ただしそれは、親がすでに食べるための加工を済ませた姿しか、見ていないためだったの。
親を亡くしてより、初めて目にする、生きている動物が、死して肉になるまでの過程。それは彼に大きな衝撃を与え、肉に対する食欲をすっかり失わせてしまった。
くわえて、己の身体以外から出る血に対しても、強い恐れを抱く自分にも気づいてしまったの。
彼は血を出さない野菜と穀物のみで、生活することを望むようになったわ。
あらゆる血肉を遠ざけて暮らす彼の生活は、食事においては修行僧のそれを思わせる、精進料理づくしだったそうよ。そのおかずは木の根や樹皮にも至る。
あくまで食べることのみで、精神は俗っぽいまま。出家するなどの道は、彼の考えにはなかったそうね。
それでも生き物が苦しんだり、血を流したりするさまを見たくないと、彼は水や森に近い場所を避け、だだっ広い野原の真ん中へ小屋を構える。
そこで彼は野菜を作るなど、生き物をできる限り傷つけない、傷つくところを見ないようにして生活していたそうなのね。
その彼だけど、付き合いのあった友人からすると、怖さを感じるものがあったそうね。
食事に対する神経質さばかりじゃなく、こなす仕事の量が異常なのよ。
天涯孤独の身となっていた彼が持つ耕地は、兄弟を多く抱える家庭と同等以上の広さがあった。一人ではたとえ寝ずの番を続けたところで、世話が行き届くとは思えない。
なのに、彼にはそれができた。七、八人が分担して、半日はかかるような仕事を、誰の手も借りず、半分にも満たない時間で完璧にこなしたそうなのよ。
仕事の一部始終を見ていた友人にしてみれば、ひとつひとつの動作が俊敏に過ぎるらしかったの。それでいて手を抜いているわけでもない。
彼は自分が食べる分以外は、市へと卸し、かの友人にもおすそ分けをしてくれたみたい。傷ませるより、ずっと良いと。
そうして食べてみる彼の野菜ですが、特に彼の年下の兄弟たちには好評を博したみたい。
食感が他の野菜と、明らかに違かったらしいの。それは彼自身も口にしてみて、はっきりと感じている。
肉肉しい、と形容すればいいかしら。
彼の野菜からは鳥や魚を食むときのような、肉汁がにじむことがあったの。
けれども、その歯ごたえやのどごしは、間違いなくその野菜そのもの。舌に絡みつく味、頬に張り付くその香りは、肉のものとしか思えない。
また市での彼の野菜は、かなりの売れ行きを誇ったらしいのよ。
野菜の苦さ、青臭さをうとましく思う人が、大っぴらに買うことのできる肉、という認識だったのかも。
彼はそれから20年に及ぶ歳月、同じような生活を続けたのち、息を引き取ったらしいわ。その末期の時まで、彼の畑で取れる野菜からは、肉の味がし続けたらしいの。
彼は亡くなる時まで、妻も子供も持たずにいた。あの肉の味がする野菜を失いたくない一部の人は、仕事の様子をうかがっていた件の友人から、秘密を聞き出そうとしたそうなのね。
友人が彼から聞いたことからは、その異常な仕事量をのぞき、さほどおかしいところは感じなかったらしい。
ただ、あの広大な農地に対し、肥料に関しては自分の「し尿」のみでまかなっていたとのこと。
亡くなった彼の身体は、荼毘に付されるより前に解剖されたそうね。
結果、彼の身体の中には臓器らしい臓器は、存在していなかった。頭の中さえも脳が存在していなかった。
代わりに、食べやすい形に刻まれた野菜たちが、その形状をふんだんに残しながら、彼の身体の中を埋め尽くしていたみたいなの。