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嫉妬する後輩ちゃん

 チャイムが鳴り、金曜日の授業に終わりを告げる。

後は部活の時間が終わってから下校するだけで休みが始まる、世の学生九割が望んだ瞬間。


「あ゛ー終わった……」

「あと少しで休みだな」

「おめえ、予定は?」

「多分すぐにできると思う」


 後ろの席の(みなと)が机に突っ伏しながら僕と話す、そうしていると蓮たちがやってきて話に混ざってくる。


「お、後輩を誘うのか」

「そんなとこだ」

「けっ、リア充が」

「うっせえ」


「先輩方、そろそろ行かないと先生怒りますよ」

「「「「「…あっ」」」」」


 運動部の後輩に呼ばれ、僕以外の五人が一斉に教室を飛び出していく。

 少し気なって窓から外をのぞいてみると、今は知って向かっている生徒に向かって顧問の教師が怒鳴っているのが見えた。時計を見ると部活開始から十分は経っている。


 どちらにしろ、あいつらも後輩も怒られるだろうなと思いながら自分の鞄を取り、ロッカーの上にある段ボールを抱えて部室へ向かう。


 ガラガラと音を立てる立てつけの悪いドアを開けると、奈恵が本から顔を上げて「遅いですよ」と言う。僕は謝りながら部屋の隅にある本棚にバイト先の本屋でもらった出版社に送り返す予定だった売れ残りの本を並べる。


「どうしたんですか?その本」

「ああ、バイト先でもらったんだ。送り返してもいつかは廃棄処分だから、どうせならもっと多くの人にここにある物語を見てもらいたいなって」

「先輩らしいですね…あ、この作家さん。先輩好きでしたよね?」

「まあ、それはあまり読めてないんだけどね」

「え!?先輩絶対読んでたじゃないですか」

「いやあ、完結編だからずっと追いかけ続けてきた作品が終わると、何でか自分の中だけでも終わらせたくない。ってなるんだ」

「買ってから寂しくなった、と?」

「そんな感じ」


 作品が終わる瞬間。それは美しくも、嬉しくも、悲しくもあり、寂しい。

 作品が終わる。僕はそれを、一つの世界の終わりだと考える。停滞し、二度と明日が来ない世界が生まれるのだと勝手に思っている。


 その世界にはまだ語られぬ続きがあるのかもしれない、そんな風に期待しながらあとがきを読んでいる。でも、それを期待すればするほど後で虚しくなる。そんな風に思ってしまう人も少なからずいるはずだ。


「先輩」

「ん?」

「私達で、本を作りましょう」

「…え?」


 突拍子もなく語り始める奈恵に、不意を突かれて困惑する。

それを横目に、奈恵は少しずつ話を進める。


「文化祭で、一緒に」


 その言葉が、やけに耳にこびりついた。

 気付いたら僕は頷いていて、奈恵は満足そうに笑いながら机のある方へ移動する。


「先輩、プロット。早く書かないと間に合いません」

「…そうだな、早く始めようか」


 そうして、ノートに世界観や設定、登場人物の特徴などを書き込む。

 その話は、全ての登場人物が暗い過去や誰にも言えない弱さを抱えながらも精一杯生きていく。主人公はそれを支え、時には救う。そんな、希望に満ちた『僕達』の理想にあふれた話。


「…先輩は、救ってほしい過去はありますか?」


 ふと、奈恵が口を開いて問う。

僕は少し考えて、過去の一場面を思い浮かべながら話し始める。


「ずっと、見て見ぬふりをした罪悪感を抱え続けていた時」


 僕は一度、目の前で起きたいじめを見なかったふりをした。

その子は、人と明らかに違った。でも、それはほんの少し色が違っただけだ。


 いまでも、そのころの罪悪感は僕に付きまとってくる、もっと早く動けばこんなことにならなかったのかもしれない、そんな暗い話。


「私のこと、ですよね」

「…そうだよ」

「僕は、奈恵を一度見捨てた。見て見ぬふりをした、もっと早く動いていればよかったと、今でも後悔し続けている」

「いいじゃないですか、ちゃんと、先輩は私を救ってくれました。誰がどう言おうと、たとえそれが本人からの否定でも、先輩は、私のヒーローです」


 笑顔を浮かべて、奈恵は言う。

 そう言われると、少しだけ救われたような気持ちになる。

「ありがとう」と奈恵に言って、ノートに向き直る。その瞬間


「うぃーっす、遊びに来たぜ~」


 気だるげな声と共にガラガラと扉が開かれ、丸眼鏡をかけた少し年上に見える人が入ってくる。

その人は机の上と僕らを見てから「久しぶり、我が部員」と、声をかける。


「お久しぶりです」

「顧問が来るの一体何か月ぶりだ…?」


 奈恵はすぐに外行きようの笑顔を浮かべ、僕は思ったことをそのまま口に出す。

 その人は気分を害した様子もなく、本棚に入っている本を抜き取り、それを読みながら机の上を覗き、苦笑気味で問いかける。


「文化祭か?これ」

「そうです、一応、活動の成果も出しておかないといけませんし」

「そーゆうこった。で、先生。アドバイスでも?」

「先生はやめてくれ…いや、君がよく知っている意味で」


 片手を振りながら、やんわりと否定してくる。僕が言ったのは、編集者やファンの人が作家に使う方の「先生」だ。

 この人は僕のクラスの副担任であり、僕がバイトしている本屋でサイン会を開いた今のところただ一人の作家だ。


「にしても、アドバイスねえ…題材は、救いと希望。であってる?」

「あってる」

「じゃあ、救いが必要な場面を入れると良い。読者も登場人物もどん底に落ちて救いを求めてしまうような『絶望』が必要になる」


 ノートにそれを書き入れ、プロットの大半はこれでできたと思う。

先生は「あと」と付け加え、自分のペンをポケットから取り出すとノートに『望みとなる繋がり』と書き加える。


「繋がり…家族とか、友達ですか?」

「それもあるけど、ここでは主人公という意味合いが強い。主人公が見つけてくれなければ救ってもらえないからね」


 先生は少しだけ寂しそうに言う。

この人は、どこかで救いを求めているんだと、直感的に思った。





「こんな感じでどうだ?」

「…はいっ、これにしましょう」

「よし…げ」


 プロットが書き終わり、窓の外を見ると空の色は黒くなり始めていた。

 また明佳に何か言われるかな、と思いながら鞄を取り、奈恵の手からも鞄を取る。

奈恵は少しだけ不貞腐れたような顔をしながら僕の手を取る。


「持たなくていいと…いえ、やめる気はないですよね」

「もちろん」

「本当に、変なところで強情です」


 美点でもありますが、と付け足して奈恵がこちらを向く。

口では不満げな声を出しているが、奈恵の目の奥は笑っていた。奈恵はもう片方の腕を僕の頭に伸ばし、わしゃわしゃと頭を撫でる。

男の頭など撫でても楽しくはないだろうと思いながらも、されるがままに身を預ける。

 奈恵は僕がなにも反応を示さないことに不服なのか次は頬をうにうにと引っ張りはじめたので、奈恵がすねる前に腕を解いて頭を撫でる。


「なっ…いきなりはびっくりするのでやめてください」


 奈恵はそう言うが、寧ろ頭をこちらにぐりぐりと押し付けて「もっと撫でろ」と言わんばかりに自分から頭を差し出してくる。


「頭を撫でればいいってものじゃないです」

「じゃあやめた方がいいか?」

「……もっとしてください」


 奈恵は顔を少し逸らして、こちらから目線を外す。

 笑いながら頭を撫でると、「馬鹿にしないでください」と言ったが目を細めておとなしくされるがままにしている。


「あ、もしかして仲弥君?」


 そうして奈恵と互いにちょっかいを掛け合っていると、背中に声がかかる。

それに気づいた瞬間、奈恵が僕を盾にするように背中に隠れ、何かを覗くように顔を半分だけ出した。


 目の前に現れたのは、見覚えがあるようでそこまで見たことがないような気がする女子高生がコンビニのコーヒーを片手に立っている。


「あ、小学生以来だから分かんないか、陽華(はるか)だよ」

「あー………」

「え!?私ちゃんと認識されてたよね?」


 ほとんど思い出せずに呻くと、少々オーバーな反応で後ずさる。そのやり取りに後ろの奈恵が明らかな不機嫌オーラを出し始め、僕の制服をぎゅっとつかむ。


「あ、いつも仲弥君と一緒にいた子?」

「多分そうですね。先輩、知り合いですか?」

「んー……ああ、いつも無駄に話しかけてきたやつか」

「無駄ってひどくなーい?私なりにコミュニケーション取ろうとしてたんだよ?」


 思い出したのは何かと理由をつけてみんなと話しているやつ。当時は比較的うるさいやつは嫌いだったのでろくに相手した記憶がない。


 陽華はケラケラ笑いながら飛び跳ねるようなハイテンションでバンバンと僕の肩を叩く。

 奈恵の不機嫌オーラが目に見えて重くなる。制服を掴む手が震え、陽華を見る目が睨んでるといっても過言ではない。


「…先輩に近づかないでください」


 奈恵が僕の肩にかけられた陽華の手を払い、睨みつける。

不機嫌な顔を隠そうともせずに前に出て、僕の腕を引っ張り「邪魔をするな」とアピールするようにそのまま腕にしがみついた。


「もしかして、付き合ってる?」

「……そうです。なので、他の女と話しているのは気に食いません」

「えー…めっちゃ可愛いじゃん!」


 陽華は奈恵に抱き着き、困惑で目を丸くする奈恵をかわいいかわいいと言いながらぬいぐるみのように撫でる。


「あ、あの、どういうことですか…?」

「他の子と話す彼氏に嫉妬するって可愛いじゃん…マジ尊い」

「うぅ…せんぱい、たすけて…」

「奈恵が困ってるから放せ、あと、もう暗いから早く帰れ」

「えー-、奈恵ちゃん、メアド交換しよ!」

「…嫌です」

「え~」

「先輩以外、登録しません」

「!!」


 陽華の目にさっきのような光がともり、ニマニマとした笑みを浮かべたまま「じゃあ仕方ないね」と言いながら去っていった。


 奈恵は僕の腕にくっつき、離れる気がないようだし、もう暗くて危ないので家まで送っていこうとしたのだが


「…先輩の家、行ってもいいですか」


 奈恵は暗くてもわかるくらい顔を真っ赤にして僕の腕を引っ張って引き留めた。

 ブックマーク、評価、ありがとうございます。

 そして、非常に私事ですがtwitterでこのシリーズがフリーメイソンの陰謀扱いされてて思わずリプしてしまいましたw

いやー知名度が上がって嬉しいですね

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