だから私は、
『最初に、この髪の色が嫌いです』
『これのせいでいじめられて、嫌な目に遭いました。でも、先輩のおかげで少しだけ、好きになれました』
奈恵は、泣きそうな声で言葉を紡ぎ続ける。僕はどうすることもできずにただ黙って奈恵の話に耳を傾けていることしかできない。
『それと、自分の性格が嫌いです』
『先輩が誰かと話していると、嫉妬して、先輩を自分だけのものにしようとしてしまう自分が嫌いです』
『これのせいで先輩は、私と一緒にいて辛くないのか、いつも考えてしまいます』
「迷惑だなんて、一回も思ったことない」
『先輩……?』
奈恵が自分を嫌いなのも、僕を他に人に渡したくないのも、嫌と言うほど知っている。
だから、こういう時に奈恵がどうやったら泣かないでくれるかも知っている。けれど、安易な慰めをして自分の言葉を伝えないのは卑怯な気がする。
奈恵は自分を面倒くさい人だと思っているが、僕はそれも全部まとめて好きになった。
愚痴を受け止めることは簡単だけど、奈恵自身が傷つくようなことにはならないでほしい、奈恵には笑っていて欲しい、そんな、自分勝手な願い。
僕も大分重いな。そう感じながら奈恵を泣かせないための言葉を紡ぐ。
「僕には、奈恵がそうやって苦労してきたこと全部はわからない」
「奈恵が嫌いな部分も、好きな部分も、僕は全部まとめて好きになった。こう言っても、きっと奈恵は自分が嫌いなままなんだろうけど、でも、少しは好きな人が好きになった自分を、好きになってほしい」
『ありがとう、ございます』
先輩に「おやすみなさい」とだけ言って電話を切る。
駄目だ、先輩は私を泣かせないようにしてくれているのに、ここで泣いちゃだめだ。
そう思っても、視界が滲んで涙が溢れだしてくる。明日、どんな顔で学校に行けばいいんだろう。きっと、いつもみたいに笑顔ではいられない。
多分、先輩なら黙って頭を撫でたりしてくれる、理由も聞かずに甘えさせてくれる。
それが仲弥という人だと、知りすぎている。知りすぎているから、無性に甘えたくなってしまう。
「私が一番嫌いなのは、先輩になら何をしても良いと思う私なんです」
「こんな醜い私を、いつも肯定してくれるから好きなんですよ、先輩」
私以外がいない部屋、私以外がいない家で静かに、そう呟いた。
朝起きて、制服に着替える。
リビングのカーテンを開けて、テーブルを確認するといつも通りお母さんが作った朝食が置かれている。
朝食を食べ終え、歯を磨いても一時間は余裕がある。その間に、先輩に渡すお弁当を作り、SNSでニュースや話題を軽く調べる。
鞄の中を確認したら、家を出て先輩がいつもいる場所へ向かう。いる場所、と言ってもただの通学路だから時間を間違えなければすぐに会える。
そして、通学途中の幸せな時間を少しだけ噛みしめる。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、奈恵」
ここまではいつも通りだ。でも、今日は少し違った。
先輩の手が、私の手に重なる。恋人繋ぎと言われる繋ぎ方で
顔が熱い、心臓の音が聞こえてしまわないか心配になる。先輩の顔を見れずに目を逸らす。手が離れてしまわないように少しだけ、力を入れた。
奈恵は目を合わせないが、嫌と言うわけでないというのはわかった。
奈恵自身が気付いているかは知らないが、今日の奈恵は明らかに元気がない。挨拶されたときに気付いた、顔がいつにも増して白い。昨日の電話が原因かもしれない。
「奈恵、大丈夫か?」
「は、はい…大丈夫、です」
照れているのかこっちを向かずに俯いたまま言葉を返してくる。
空いている左手を奈恵の額に当て、その後に自分の額に当てる。奈恵の体温が、低い。三十五度前後だろうか、奈恵は低血圧だが、それにしても低すぎる。
「あ、あの…何でしょうか」
「いや、奈恵の体温低いし顔も白いから心配になって」
「そう、ですか?」
奈恵が顔を上げて、不思議そうに聞いてくる。
信号で止まると、奈恵がふらついたので慌てて抱きかかえるように支える。
「ありがとう、ございます」
「どう見ても大丈夫じゃないぞ…?今日は休んだ方がいい」
「いえ、大丈夫です。先輩」
「どうかしたか?」
奈恵は手を離し、深呼吸すると少し近づいて僕に抱き着いた。
そして、密着した状態でもう一度深呼吸する。
「よし、もうばっちりです」
「いや、どゆうことだよ」
「?先輩成分を補給できたので。もう大丈夫です」
「…まあ、元気ならいいや」
奈恵の頭を軽く撫で、手を繋ぎ直す。今度はちゃんと顔を上げて、はにかみながら奈恵は手に力を入れた。
「それで、何で僕に抱き着いたら治るんだよ」
「えへへ…昨日、電話終わってから急に恋しくなっちゃいまして」
「それで、先輩に会えないままでいたら足りなくなっちゃいました」
可愛すぎるだろ…と呟いて、奈恵から目を逸らす。
きっと真っ赤になっている顔をあまり見られたくなかった。
「あはは可愛いです、先輩」
奈恵は愉快そうに笑い、僕の腕に体をくっ付ける。心臓の音が聞こえてないか心配なくらい鼓動が早まる。
「………あんまからかうな」
僕は何とか、その一言を絞り出した。