縋りたい後輩ちゃん
「ただいまー」
「「おかえりなさい」」
家に入ると、リビングから二人の声とノートにシャーペンが走る音が聞こえてきた。
僕は手を洗うとキッチンへ向かい、棚から鍋を取り出す。
「今日の夕飯何?」
「キーマカレー」
「あれ?姉ちゃんに聞いたんじゃないの?」
「作りやすいものって言われたからな」
「明日の弁当カレー?」
「余ったらな」
「やった!」
加苅はガッツポーズをしながらソファに戻り宿題の続きを始める。
明佳もその隣でノートを開き、シャーペンを走らせる、僕は今日の宿題が何だったかを思い返しながら夕飯の準備を進める。
スマホアプリを開き、好きなアーティストのアルバムを再生する。
ありきたりだけど、少し泣きたくなるようなゆったりとしたラブソング。僕はそんな泣きたいときに聞くような曲を好む。
「兄ちゃんー!確率の求め方教えて」
「P=N分のA」
「Pって何?」
「確率」
「N」
「全部で何通りあるか」
「A」
「N通りのうち特定のことは何回起きるか」
「ありがと」
「お兄ちゃん。オームの法則って何?」
「抵抗を求める式と抵抗から求める式」
二人が話しかけてきたので、音楽を止めてから宿題を手伝う。
カレーはしばらくは煮るだけなのでキッチンから出て、ソファに座りながら二人のノートを見て、ヒントを出したり公式を教える。
「お兄ちゃん、最近帰ってくるの遅くない?」
「そうだな」
「どうして?」
「文化祭の準備とかいろいろ」
「へぇ……」
明佳は僕の顔、いや、少し下の首を睨むような目で見つめた後、肌が触れ合いそうな距離まで近づいて昼休みの時の奈恵のように鼻を動かす。
「お兄ちゃん、これ、何?」
「………」
「お、兄貴ついに彼女できたんか?」
カガリサン!?
「お兄ちゃん、どうなの?」
「はい、最近彼女ができました」
「あ、俺らが知ってる人?」
「奈恵…って分かるか?」
加苅は少し考えた後、分かったようだが明佳は変わらず?マークを浮かべる。
加苅は苦笑いしながら明佳に答えを教えるような口調で話す。
「ほら、小学校でいつも兄貴の後ろにいた人だよ」
「ああ、あのくっ付いていた白髪の先輩」
明佳も思い出したようで頭上の?が!に変わる。いや待て、何で見えてんのこれ?まあいいや。
スマホを開くと時間が意外と過ぎていたのでキッチンへ向かい、人数分の皿を取り出す。炊飯器と鍋のふたを開け、加苅と明佳に配ってもらいながら夕飯の準備を進めていると、スマホからピコン、と通知音が聞こえた。
テーブルの上に並んでいるカレーを食べながらさっき来た通知を確認する。
通知をタップしてメッセージアプリを開くと奈恵から未読のメッセージが来ていると表示された、そのままトーク画面を開き、文字を打つ。
≫先輩、少し電話してもいいですか?
>ごめん、返信遅れた。
今は弟妹がいるから、後からでもいいか?
≫はい、できるようになったら言ってください
>うん、あとでこっちからかける
奈恵に返事を返し、夕飯を食べ進める。
加苅がつけたテレビからは最近はやっているのであろう音楽が流れ、明佳は食べる手を止めてテレビを見ている。
「加苅、明佳からは三者面談のこと聞いたけどお前のクラスは大丈夫か?」
「あ!悪い、忘れてた」
「日付の記入欄書きたいから食い終わったら持ってこい」
「うぃ」
「風呂出たぞー、次入ってこい」
「私先でいい?」
「おう」
「じゃ、お休み」
「お休み兄貴」
言ってる途中で宿題が終わっていないため寝れないことに気付く。
部屋の扉を開け、鞄を投げ捨てると奈恵に電話を掛ける。すると呼び出し音が鳴ろうとしたところで奈恵が電話に出た。
『先輩?』
「ごめん、遅くなった」
『いえ、頼んだのはこちらなので』
「気にしてないならよかった」
『…あの、先輩』
「ん?」
『少し、八つ当たりします。できれば、嫌いにならないでください。何をするかわからないので』
「知ってる。あと、それで嫌いになるんだったらとっくの昔に関わるのやめてる」
『そう、ですね』
「おう、いくらでも八つ当たりしろ」
「少しでも楽になるんだったらそれでいい」
『優しすぎますよ、先輩』
心なしか、電話口から聞こえる声は寂しさをこらえているように聞こえる。
それを伝えず、気づかないふりをしながら僕は続きを促す。
奈恵は少し間を開けてから、ぽつぽつと喋り始めた。
『私は、こんな私が大嫌いです』
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