帰り道とクレープと後輩ちゃん
「あ、先輩!」
昇降口の近くで蓮達と雑談していると、奈恵がやってきて声を掛けられる。
僕は「また明日な」と告げてから奈恵の方へ向かい、奈恵の鞄を持つ。すると奈恵は、少しだけ不服そうな顔で
「いつも持たなくていいって言ってるじゃないですか」
僕は苦笑しながら「持ちたいから持ってるんだよ」と言うと奈恵の歩幅に合わせながら校門を抜ける。日の入りが早い季節とはいえ、まだ十分明るい。
僕は奈恵の隣を歩きながらスマホを取り出して、既に帰っているであろう弟にメッセージを送信する
>夕飯何がいい?
≫カレー食いてえ
>OK、明佳に聞くわ
≫いいじゃん、作ってよ~
>昨日もカレーだっただろうが!
≫兄貴は毎回味変えるから実質別物でしょ
>とりあえず今日は明佳に聞く
≫へいへい、でも姉ちゃんに作るように言うんじゃねえぞ
>逆に言うの無理だって、家ごと料理始めんぞあいつ
「先輩、せんぱーい」
「あっ…どうかしたか?」
「誰と、話していたんですか?」
「弟だよ、夕飯の話」
スマホの画面を見せ、疑いが顔に残っている奈恵をなだめる。
それでも奈恵は頬を膨らませながら裾を軽く引っ張る。
「私といるときは、私だけを見ててください」
「…ごめん」
「いえ…分かってるならいいですけど。あ――」
奈恵の動きが止まり、視線が吸い寄せられるように動く。奈恵の視線を追うと、ポップな字で『クレープ』と書かれた看板が目に入る。
奈恵の視線はその看板の下、実物の写真に釘付けになっている。
僕はそれを見て、少し安心した。奈恵は結構淡白な性格(僕の前とは言っていない)なのでこういう普通のものに興味がひかれることが分かって嬉しく思う。
「クレープ、食うか?奢るよ」
「えっ!?いや…でも、悪いですし」
「別にいいよ、普段のお礼も兼ねて」
「お礼を言いたいのは、私の方です」
「じゃあ僕が奢りたいだけ、行くよ」
「何でこういう時は強情なんですか…」
不満そうな口調とは裏腹に目の奥をキラキラさせながついてくる奈恵にみえないように笑いながら店員に話しかける。
「チョコバナナを一つ、奈恵は?」
「えっと…じゃあ、練乳イチゴでお願いします」
財布から代金を取り出し、カウンターの上に置く。
そうして少し待っていると、奥からもう一人出てきてそれぞれ注文したものが手渡される。
僕と奈恵は家の方向へ歩きながらクレープを一口ずつかじる。
「んっ…おいしいです」
「それは良かった」
奈恵は自分のクレープを小動物のように両手でつかみながらはにかむ。
僕が頬にクリームがついているのに気づいてふき取ると、少しだけ頬を赤くしながらそっぽを向いた。
そのまま少し歩いたところで、先ほどから奈恵がこちらを見つめていることに気付く。
「食べるか?」
「えっ、いや…そういうわけでは」
「あははっ、じゃあ一口ずつ交換。そっちの味も気になってたし」
「…そういうことなら……どうぞ」
奈恵は少しためらいながら自分のクレープを差し出す。
それを受け取って一口食べ、奈恵に返す。僕が受け取った時、奈恵は少しだけ残念そうな顔をしていたが気付いていないふりをする。
「ん、美味しい。じゃあ、こっちもどうぞ」
「はいっ……よし」
奈恵は小声で何かを呟くと、僕の手からクレープを受け取らずにそのままかじりつく。少し頬を赤くして「…おいしい、です」と言うとまたそっぽを向いてしまった。
「…恥ずかしいならやるなよ」
「だって、いつも先輩にドキドキさせられっぱなしですから」
いじらしく言う奈恵に、いつも心臓に悪いが今日は一層悪いと思った。
ため息をつきながら自分のクレープをまた食べ進める、そのまま文化祭の古本市の話をしていればいつも奈恵と別れるところに着く。
「じゃあな」
「はい…あの、先輩」
「ん?どうした」
「クレープ、ありがとうございます。今度、なにか買ってきますね」
「別に、ただ食べさせたかっただけだから。そんな気にしなくていい」
「……ありがとうございます」
そう言うと、奈恵は体を反転させて帰路に就く。
僕はスマホを開いて妹の明佳にメッセージを送りながら近くのスーパーの方へ足を向ける。
>夕飯は何が食べたい?
≫お兄ちゃんが作りやすいものでいいよ
>じゃあカレーだな
≫加苅もお兄ちゃんも好きだよね、カレー
>作りやすいし余れば朝飯と弁当になるからな
≫お弁当にカレーってよく考えればすごいよね。お兄ちゃん
≫私、お兄ちゃん無しじゃ生きられなくなりそう
>せめて家事ぐらいできてくれ
そう打ちながらも明佳が家事をちゃんとできる日が来るのか不安になりながら材料をかごに入れていく。
一言で言うなら、明佳は料理の神様に呪われている。
例えではなく本当にそれ以外で理由が思いつかないのだ。タイマーまで使って正確にルーの箱に書かれているレシピ通りに作っているのに爆発しそうになったのだ。
鍋が
いろいろとツッコミたいが、僕も弟の加苅も生前の父母も苦笑いでそっと明佳に調理器具を触らせないようにしたレベルだ。
またため息をつきそうになっていると、明佳から再度メッセージが届く
≫三者面談があるから、お兄ちゃん出席してね。帰って来た時にプリント渡すから
>…爺ちゃんじゃ駄目か?
≫おじいちゃんは今…確かボランティアでアフガニスタンだって
>あの人本当に今年九十!?
≫今更だね、お兄ちゃん
≫別に今に始まったことじゃないでしょ…(゜-゜)
>おっそうだな
画面を見ながら苦笑いする。
我が家の祖父は見た目だけ高齢者と言ってもいいほどに元気だ、武勇伝だけなら数えきれない。もちろん誇張も入っているだろうが「爺ちゃんならやりかねない」と思ってしまうほどに
「…もうこんな時間か」
画面から目を離し、外に目をやると既に窓の外は夜の帳が落ちていた。
僕はエコバッグを握りしめると、少し歩くのを速めて家へと向かった。
評価、ブックマークありがとうございます。
ちなみに、どうでもいい話ですが仲弥君の爺ちゃんのモデルは私の爺ちゃんです(さすがに紛争地域まで行ったりはしないだろうけど)でも朝五時に起きて畑仕事して飯食ってパソコンで色々しちゃうぐらいにすごい爺ちゃんです。ちな元教師(多分英語)です