はしゃぎまわる後輩ちゃん
何とか時間の少し前にライブハウスに到着し、チケットを受付に見せて中に入る。
人はまばらであり、そこまで大きなイベントという感じではない。
隣でうずうずしているように落ち着きなく動く奈恵の方を見ると、視線に気付いた奈恵に袖を引かれ、ライブハウス内を移動する。初めてくる奈恵にとっては物珍しいものばかりなのかせわしなく動き、目を輝かせている。
「お、いたいた。兄貴」
「加苅、部活終わったのか」
「まあ、格好見りゃわかると思うけど直行で来た。時間前に来れてるみたいだけど道に迷わなかったのか?」
「いや、迷ったから逆ナンしてきた大学生二人に道を教えてもらった」
「どういう状況だよそれ」
加苅は苦笑しながら僕たちに並んで歩く。
「部活どうだ?みんな元気か」
「うん。兄貴のころと変わってないと思う。OBのひともちょくちょく来るし、相変わらず『お前の兄ちゃん連れて来いー』って言われるけど」
「僕助っ人しかしてないんだけどな」
「何故か引退試合に出てたよな」
「正式に所属する気はなかったけど蓮に入部届を勝手に出されてたから仕方なく」
「サボればいいのに、ちゃんとやったんだから真面目だね」
「楽しかったしな。サッカー」
「それに、そのころはまだ母さん、父さんの死から現実逃避してたから、何でもいいから逃げたかったんだ」
加苅と雑談をし、中学生の時のことを話す。
蓮に押し切られる形で助っ人になり、そのまま入部したことになっていて、後輩に慕われ、なんだかんだ言って奈恵も付いてきて、間違いなく周りに恵まれていたと思う。
「それでエースしてたんだから本気ではあったみたいだな」
「先輩、結局最後まで大活躍でしたもんね」
「…そうだな、マネージャー」
「先輩が入ったから入りましたけど、楽しかったですよ?」
奈恵はくすくすと微笑むように笑い、僕の方に体ごと振り返る。
「兄弟そろって〝天才〟なんて言われてますもんね」
「…そうなのか?」
加苅に問い返すと、加苅はまた苦笑いを浮かべて話し出す。
「兄貴は初心者だったのにエース級の活躍して、俺は現エースで」
「それに加えて、二人とも動きが独特だから知ってても少し困るって言われてました」
「……誰に聞いたの、義姉さん」
「この前、近くを通りかかったらばったり後輩の子と会って、自慢されました」
「愚痴じゃないか?」
「それ愚痴だと思う」
「ええ…?そうですかね……?」
真剣に悩み始める奈恵を見て、加苅が隙を見て僕を引っ張り、奈恵に聞こえないように小声で話しかけてくる。
「義姉さんって、天然はいってる?」
「大分入ってる」
「…兄貴、大丈夫?」
「なにが」
「なにって…そりゃ夜n「やめろ」はい」
加苅が何か駄目なことを口にしようとしたような気がするので止める。
奈恵の方へ戻ろうとすると、周囲に人がさっきにもまして少ないことに気付き、それとほぼ同時に音楽がライブハウス内に響き渡る。
スマホの画面を見ると、既に始まっている時間だった。
「…戻るか」
「だな」
「奈恵ー、始まったぞ」
「えっ、あっ、はい!行きましょう」
奈恵が少し焦り気味に走り出すので僕と加苅もそれに続く、どうやら明佳たちを見逃すことを心配しているようだが、明佳たちの出番は後半であり、あのまま道に迷っていてもなんとか間に合ってはいただろう。
会場となっているホールに着くと、人で埋め尽くされているというほどではないが、かなり多く、会場内には浮ついたような雰囲気がある。
人が多いということで、それなりに熱気もあり、冬場にもかかわらずかなり暑い。いやもう、暑いではなく熱い。熱気が凄い、小さなイベントとは思えない熱狂ぶりだ。
それが不思議に思え、ステージを見ると、そこに立っている人達に驚き、そして同時に納得した。
どうやら、ゲスト出演枠で最近CDのCMも流れるくらいの有名なバンドが来ているらしい。
まあ僕は名前以外知らないので何とも言えないが、確かにその演奏には引き込まれるものがあり、隣で目を輝かせている奈恵と加苅を見れば、凄いのは一目瞭然だ。
演奏が終わり、次のバンドが出てくるが、明佳の言っていた通り有名、と言うほどではないらしい。さっきほどの熱狂もなく、最初が凄すぎるとハードルが爆上がりする。というのを身をもって体感したらしい五人は、少し肩を落としてステージから去っていった。
「ゲストは最後やった方が良かっただろ、これは」
「そうですか?すごく楽しいですよ?」
「ハードルが上がりすぎて姉ちゃんたちが心配なんだろ?」
「まあ、そうだな」
「大丈夫だって、姉ちゃんプレッシャーに負けるような奴ならとっくの昔に引きこもりになってるよ」
「そうだけど、やっぱ妹は心配なもんなんだよ」
「まあ、明佳さんなら上手くやるでしょう」
その後も、最初程のインパクトはないものの大いに盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていく。
そして、明佳たちの番。
後半は学生だけであり、その一番最初に明佳たちが演奏することになっているらしい。
ステージに向けてスポットライトが点灯し、先ほどのバンドと同じように明佳たちが光に照らされて姿を現す。
ステージ上の全員が顔を見合わせ、その後前を向き、ボーカルと思われる少女から話始める。
『どうも、ボーカルの赤木奈々未です』
『ベース、音海花楓。です』
『キーボード、重音深明佳!』
『そしてっ、ドラム!小園瑞奈!』
『私達…あー、名前なんだっけ?』
『Tale』
『そうそう!ありがとう花楓ちゃん』
スピーカーから全体に響き渡る緊張感の無いようにも感じる会話に周囲から微笑むような笑い声が漏れる。
ステージの四人は自然と会話しながら、その場の誰もが聞いたことのない曲名を口にする。
『これなんの曲だっけ』
『自分の曲ぐらい覚えといてよ!』
『オリジナル曲…』
『お客さん待たせすぎだよ~』
再度行われる会話に、今度はドッと笑い声が起きる。
一通り笑いが収まると、ステージ上へ向けてこれまでで一番の応援と、期待の言葉が寄せられる。
『じゃあ、はじめよっか』
『うん』
『いけるよ!』
『曲名……』
『『『『NextDairy!!』』』』
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