後輩ちゃんの愛はやっぱり重い
家から数キロ先、隣駅のホームに奈恵とともに降り立つ。
「「…どこ?」」
二人そろって素っ頓狂な声を出す。僕も奈恵もかなりの方向音痴で、近所のスーパーの総菜コーナーで迷ったこともあるレベルだ。
二人して地図アプリに日々助けられ、自分たちの住む町なら何とか地図無しで移動できるようになった。
しかし、ここは僕は明佳の練習の送り迎えをしたことがあるので二回目、奈恵は初めて来た場所で互いにほとんどわからない。
「…西口か」
「みたいですね」
二人して迷うことなく地図アプリを開き、駅構内の地図と照らし合わせて出口を探す。
出かけるたびに地図アプリを使うので同じ高校なら僕と奈恵よりも地図が瞬時に読めるやつは数えられるほどだと思う…蓮あたりは一度地図見たらほぼ暗記できるからそれ以前の問題だが。
あの五人は立体マップを脳内で構築し、リア充の現在地と向かいそうな場所を予想して被弾を避けるという無駄に高度な技術を数年かけて会得したらしい
なんでリア充になる方向にその努力を向けなかったのかと問いたい。
「取り敢えず行くか」
「はい」
奈恵は僕の後ろにピッタリ、とまでは言わないが壁にするようにくっつき、人目を避けるようにしながら駅を出る。
駅から出て少し、地図を見ながら移動していると明佳から言われたライブハウスまであと数分、といったところで見事に道に迷った。
「うーん」
「「迷った」」
「どうしましょう」
「ナビ機能使っても迷うあたり重症だな」
二人そろって商業施設が集まる場所をうろうろして、ナビ機能ですら駄目にしながら元の順路に戻ると、すでに開始十分前という時間だった。
「あ!ねえねえ。少し遊ばない?」
逆ナンされた。大学生っぽい二人のギャルっぽい人に
実在したのか、逆ナン。
「すみません、今日は予定があるので」
「えー、あ。もしかしてあっちのライブハウスでやるイベント?」
「…そうですが」
「そんなのよりも私たちと遊んだほうが楽しいって」
そんなもの、という言葉が引っ掛かる。
そうして、僕が言い返そうとした瞬間、背中に冷や汗が伝った。
恐る恐る振り返ると、奈恵が「私怒ってます」とオーラを出して僕に圧をかけていた。
「ほんとうにすみません、連れもいるので」
「え?…あ、」
二人はどうやらやっと奈恵のことに気付いたらしい。
驚いた表情をしながらも、もう一人が奈恵に声をかけ始め、それを無視して奈恵は一歩前へ出る。
「そんなもの、ではありません」
「…なにが?」
「貴方が言いました。ライブハウスのイベント、です」
「そうなの?」
「ええ、ですよね?先輩」
目を見開く相手をよそに、奈恵はこちらに振り返り無表情のまま、だがその瞳にうっすらと怒りと期待を浮かべながら僕の方を見る。
僕は少しも迷うことなく、口を開いた
「ええ、妹の夢がかなう、その第一歩です。だから、兄として、最初のファンとして見に行かなきゃいけないですから」
明佳は、僕とは比べ物にならないくらい立派な妹だ。
小さいころから歌うのが好きで、今バンドを組んでいる友達と一緒に合唱したり、交流センターで開かれる音楽会に出たりもして、明佳の夢は決まった。
僕なんかと違い、夢を描いた。
夢は、描いた者にしか叶えられない。
当たり前だが、誰もが見落としている物。それを明佳は持っていた。
ずっと見ていた。だから僕は、明佳のファンで、支えてやるべき立場の兄で、そんな妹を大事にしたいと思う、ただの家族だ
「見たいんです、妹の晴れ舞台」
「私も義姉として、妹の夢を見届けたいですから」
「あといち早く先輩から離れてください、不快です。刺しますよ」
「ひぇっ」
奈恵が威圧し、女の人が冷や汗を浮かべながら後ずさる。
「そもそも、彼女がいるって言うのに話しかけるってことは先輩が浮気性に見えているんですよね?それならなおのこと不快です。先輩は私の物ですし、最後まで手放す気はありません。本来なら今みたいに他の女の人と喋っているだけでもどうにかなりそうなくらい嫉妬していますし先輩が私を置いてあなたのような人に靡くのを想像もしたくありません。もしそんなことがあれば私は関係者全員殺して自分も――」
「奈恵、スットプ。頼むからやめて、めっちゃ目立つから」
「関係ありません、この人たちにはこれくらい言わなきゃ…」
「そろそろいかないと間に合わない」
「…………わかりました」
奈恵はまだ喋り足りないような顔をしてそっぽを向く。
視線を前にいる二人に戻し、自虐的な笑みを浮かべながら二人に話しかける
「妹の夢は一番近くで見たいので、すみません。何と言われても、予定を開けることはできません」
両親を亡くし、一番悲しんだのも、一番早く立ち直ったのも明佳で、それであいつの心は、夢は少しだけ、歪んだ。
だけど、だからこそ、見て無くちゃいけない。
明佳はいつになっても、手のかかる可愛い妹だから。
「あいつが後悔の無いように夢を追わせるのが、僕のやりたいことです」
僕がきっぱりとそう言うと、目の前の二人は溜息をつき、顔を見合わせて歩き出した
「ごめん、引き留めちゃって」
「本当、いい話だね。いってらっしゃい」
「…さ、行きますよ。先輩」
奈恵に手を引かれ、歩き出す。
僕はあることを思い出し、振り向くと、二人に話しかけた
「すみません、ライブハウスってどっちですか?」
「「……はぁ!?」」
二人は呆れたような、怒ったような顔で、僕と奈恵に道を教えてくれた。
ブックマークありがとうございます。
最近仲弥君と奈恵ちゃんの砂糖を口の中に詰め込むような糖度MAXイチャイチャを書けていないので明佳のライブが終わったらめっちゃイチャイチャさせて作者の糖分補給に使います(願望)
なんなら次は一緒におふr(((((殴
はい、書けたら書きます




