朝陽のような貴方
教科書を抱え、廊下を歩く。
理由はわからないけど、何となく視界が低い感じがする。
ぼうっとしながら歩いていると、階段に差し掛かったところでいきなり視界が下に向く。
「あっ…」
勢いよく押されたのか大きく態勢が変わり、押してきた犯人の顔がよく見える。いつも私に何かといちゃもんをつけてくる女とその取り巻き。
すごく怖いはずなのに、死にはしなくても大けがは免れないのに、体には安心感に近い、温かい感情が渦巻いていた。
女の隣を駆け抜けて、誰かが階段を飛び降りる。すぐに私よりも下へ行き、足音が鳴る。トサッ、と軽い音を立てて私はその誰かの腕の中に納まった。
顔はパーカーのフードが邪魔で見えない。だけど、とてもよく知っていて、大切な人だというのはわかった。
「…蓮、撮れた?」
「おう、ばっちり撮ったよ。仲弥の雄姿」
「違う」
「冗談だって」
三階へ続く階段から、見知ったようで、そうでもないような顔の人がカメラを片手に降りてくる。なんで先生しかもっていないカメラを持っているんだろう、と場違いなことを考えた。
「大丈夫?」
「え…あ、はい。大丈夫…です」
地面に降ろされ、そこで初めてその人の顔が見えた。
初対面のはずなのに、なぜかとても見覚えがあって、顔を見るだけで安心する。
その人は、私から視線を外して、階段の上へ視線を向ける。
「ありがとう」
その場の誰もがポカン、と頭の上に疑問符を浮かばせ、蓮と呼ばれた人は笑いをこらえるのに必死な様子でしゃがみこんでいる。
「とりあえず、先生にカメラを渡せば終わるし、ちょうどいいタイミングでやってくれて助かった」
「じゃ、職員室行ってくる」
「おう」
固まっている周りの人を無視し、一人が職員室の方へ向かっていくと、はっと我に返ったのかややヒステリック気味の声で女が叫ぶ。
「ちょっと!固まってないで追いかけなさい!」
でも、それに応じるように動く人は一人もいない。驚きより、怒られる恐怖の方が強いのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
全員がどかに行くと、思い出したかのように助けてくれた人は私の教科書を拾い集める。
差し出してくれた教科書を受け取り、ぺこりと頭を下げてから私は口を開く
「あの…なんで助けてくれたんですか?」
助けてくれる人なんていない、そう思い込んでいた私には衝撃的なことで、聞かずにはいられなかった。
そうすると、少し口籠ってからその人は頭を下げた。
「ごめん、最初見た時に助けられなくて」
「え…」
そこで私は固まった。ただ見ただけ、そんな理由で私を助けてくれたのかと。しかも、みんなのように見て見ぬふりをしていることにそんな罪悪感を抱くなんて不思議だった。
「いえ…助けてくれただけで、本当に、ありがとう、ございます…」
体の力が抜け、その人の体にもたれかかる。涙腺が緩み、声を上げて私は泣いた。
服が濡れることも気にせずに、その人は頭を撫で続けてくれる。初めてのはずなのになんどもなんどもされてきたかのように体がその手の感覚を覚えている。
私を抱きしめてくれる。あたたかい、おひさまのようなおおきなて
その人の周りの世界は、私にとってとても眩しく、鮮やかに見えた。私にとって、この人は太陽そのものだと、そう、思った。
「せん、ぱい…?」
包み込まれているような、優しい感覚を感じながら重い瞼を上げる。
感じた通り、頭には温かい掌が私の髪にくしを通すように優しく一定の速さで動かされている。
頭を撫で続けている目の前の人は私が起きたことに気付いて、淡く微笑んだ。
「おはよう、奈恵」
至近距離で囁くように言葉が掛けられ、ゾクゾクと体が震える。
私は目の前に先輩がいる状況に困惑しながらも自身の欲に逆らえず先輩に身を預ける。
先輩が笑みを深めたところで、急に羞恥が込み上げ顔が熱くなる。
不思議そうな顔をしながらこちらを見つめる先輩をごまかすように私は口を開いた。
「ところで…なんで先輩が?」
「覚えてないのか…いや、覚えてないか、普通」
先輩は少し困惑気味になりながらも昨日私が何をしたのかを話した。
先輩の部屋に入り、出ていこうとする先輩を引き留めそのまま布団に引きずり込んだらしい…先輩が何か隠している気がするが、それを聞くとさらに私の恥ずかしい話が出てきそうなので、というかもう羞恥心が限界で今すぐにでも布団にくるまりたい気分なので聞きたくない。
「可愛かったよ、抱っこをねだってくる奈恵」
「~~っ」
先輩は笑いながらさっき言っていない情報を付けたし、ついに私の羞恥心が限界を超えて八つ当たりするように先輩の胸に頭突きする。
「…ありがとうございます。先輩」
「なんのことだよ」
夢のように、先輩が助けてくれなかったら私は今頃ここにはいられないかった。
そういう意味を込めて言ったが、何も知らない先輩はピンとこないらしい。当たり前だ、と思いつつも私はそれを教えることなく、先輩に向かって笑顔を向けた。
「なんでも、です」
「なんだそりゃ」
「先輩には、いつも感謝していますよ」
先輩は、困ったような笑みを浮かべながら私の頭をあの時のように優しく撫でた。
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