妹の飯は爆発する
〉今日奈恵が泊まりに来るで~
》その口調はなんだよ
》りょーかい。お兄ちゃんご飯何?
》カレーか?
〉軽いな、オイ
〉晩飯は肉じゃがだ
》わーい、あ、仕込みしとこうか?
〉やめてくれ
》カレーはいつだ?(ラーメンでもいいゾ)
〉じゃあ今から帰る
》心なしか俺無視されてね?
スマホの電源を消し、鞄を背負って自分の家から出てきた奈恵の手を取る。
「べつに、先に行っていても良かったんですよ?」
「もう暗いだろ、一人じゃ危ない」
「…先輩は、自然とそうゆうことができるのが凄いです」
「当たり前のことだろ」
両親からの数少ない教えみたいなものだ、実際はもっとあったはずだが忘れかけている。
人生において大切なことは十の頃に叩き込まれた、今思えば両親は死ぬことが分かっているかのように僕たちにそれを教えていた。
「そういや、なんで急に泊まりたいなんて言い出したんだ?」
疑問に思ったことを口に出すと、奈恵の体に少しだけ力が入る。
奈恵はそのまま顔を伏せ、少しだけ恥ずかしそうに手をにぎにぎと動かし、恋人繋ぎに繋ぎ直す。
その仕草に心臓が跳ねるのを感じながら奈恵の言葉を待つ
「…なんだか、嫌だったので」
「嫌?」
「……先輩と最後に話したのが他の女なの」
嫉妬しているようなツンとした声に思わず笑いが零れる。
それに反応し、奈恵が上目遣いで睨みつけてくるので軽く頭を撫でて、誤魔化そうとしていると思ったのか余計不満げにしている奈恵にさらに笑みが深まる。
「なんですか、さっきから」
「いや、僕の彼女は可愛いなと」
「…んぅ」
人差し指の腹で奈恵の頬を撫でながら呟くとくすぐったさや喜びを孕んだ甘い吐息が漏れる。
恥ずかしくなったのか歩みを速める奈恵にもう一度笑うと、少し涙目になった奈恵が振り返り「ばか」と呟く。
可愛い罵倒に自然と笑みが深まり、それを見た奈恵は僕の二の腕に体をぶつけて怒りを表現した。
「ただいま」
「…お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎながら奈恵と共に家に入る。
返事がないことに少しだけ違和感を覚えつつもリビングへ続く扉を開けると………
―――地獄が広がっていた
飛び散る肉塊、倒れる弟妹、まな板に刺さっている包丁、黒焦げの野菜のような形をしたもの。
「…明佳…加苅…大丈夫か?」
二人を揺さぶるが特に反応は帰ってこない。
明佳の手首には掴まれた跡、加苅の頬には青あざがある、一体何があったのかと立ち上がり周囲を確認すると、真っ黒のべっこう飴が入っている鍋が目に入る。
「…にがっ…これ野菜だな」
「先輩…何が?警察ですか?救急車ですか?」
何が起きているか理解しきれずにスマホ片手にオロオロしている奈恵に「どっちも大丈夫」と伝え、二人をソファに放り、がりがりと鍋に焦げ付いた野菜を剝がしながら周囲を掃除する。
掃除していると、鉄の破片のようなものがところどころに転がっていることに気付く。
「…やっぱりか」
「えっと…何かわかったんですか?」
「本人に聞いた方が早い」
破片を拾い、ビニールで包んで燃えないゴミに入れてから口を縛る。
ソファを見ると、音で気が付いたのか二人が起き上がっていた。
「明佳」
「ハイ」
「料理したな?」
「…ハイ」
「僕が見ているときにやれ、というか鍋爆発したか?」
「うん、何でだろうね?」
本当にどうやったら鍋が爆発するのかぜひとも聞いておきたいが、どうやら本人もわからないらしいので諦めて冷蔵庫を開く。
ほぼ空だった。それはもう給料日前のように
無言で閉じて、財布片手に靴を履く。
「兄貴、どっかいくの?」
「飯買ってくる」
「…ごめん、止められなかった」
「別にいい、二人とも死んでいるわけじゃねえし」
加苅が心底申し訳なさそうに言ってくるので苦笑いし、掛けてあるエコバッグを掴むと扉を開けて外に出た。
「寒っ」
想像以上の寒さに驚き、さっさと終わらせようと夜の街を全力で走る。
家の近くにある弁当屋に入り、適当にそれぞれが好きそうなものを選んで注文すると、十分もすれば温かい弁当が四つ出てきた。
財布から金を取り出してレジに置き、店を出てさっきとは違い弁当をぐちゃぐちゃにしないように早歩きで家に帰る。
「ただいまー」
「お帰りなさい、先輩」
「ん、これ机に置いといてくれ」
「はい。わかりました」
出迎えてくれた奈恵にバッグを渡し、洗面所で手を洗う。
リビングに入ると、テレビの音とともにおいしそうな匂いが漂ってくる。
「あ、お帰りお兄ちゃん」
「おう」
「先輩、温めますか?」
「いや、いい。腹減ったから早く食べたい」
「分かりました」
ダイニングテーブルに置かれた弁当から一つ取り、割りばしと共に自分の席に持っていく。
奈恵も席に座り、食べ始めると、先に座っていたらしい加苅が少しだけ安心したような顔でこちらを見ていることに気付く
「どうしたんだ、加苅」
「…いや、兄貴にもちゃんと良い人がいてよかったなって」
「なんだよそれ」
「父さんと母さんが死んでからの兄貴は自己犠牲の塊みたいだったから」
「それに、姉ちゃんも嬉しいだろ、予定とはいえ甘えられる人ができて」
加苅の目は、いつもの妙に明るいものではなくて心の底から安堵したような、思いやりと優しさを含んでいた。
知らないうちに思っているよりもずっと成長していた弟に嬉しさも感じたが、心配させてしまっていたことに情けなさを感じる。
それを察したのか、加苅は向かいの席に座る明佳に「姉ちゃんはどうだ」と話題を振った。
「…お兄ちゃんとられたみたいで嫌」
「実の妹さんでも先輩は渡しません」
隣同士で向き合って火花を飛び散らせる奈恵と明佳に加苅と二人そろって笑いが零れる。
こんな平和な将来が来てくれればと切に願った。
ブックマーク、評価ありがとうございます。
ちなみに明佳の料理の味は煮詰めまくったべっこう飴です、クソ苦いです。




