両片想いの後輩ちゃん
僕の所属する文芸部には僕と一つ下の後輩を合わせた二人しか部員が居ない、僕が入った時には他に三年が四人いたので部活として認められたのだが現在は部員が先ほど言ったように二人だ。(一度認可されると部員がいる限りは廃部にならないらしい)
「こんにちは、先輩」
「…奈恵か」
「はい、私以外来る人はいないはずです」
扉を開けて入ってきたのは白髪の髪を腰のあたりまで伸ばし、どちらかというと冷たい印象を持たせる後輩浅野奈恵、僕が持っている狭い交友関係で恐らく彼女が一番距離が近いと感じているくらいには仲がいい後輩だ。
奈恵は一見無表情にも見えるが僕は彼女とは話しやすいし、まあ、普通に好意を抱いている。
理由は特にない、気が付けば意識していた、というのが正しいのだろうか
「先輩」
「ん、どうかしたか?」
「先輩にとって恋愛って何ですか?」
「えっ何でいきなり…」
奈恵は席に座っていつものように文庫本を開いたかと思うと、いきなりそんなことを聞いてきた。
――僕にとっての恋愛…か、そう聞かれてみるとなどういうものなのか思い浮かばない。
相手のことが好きなことを恋愛という人もいるだろうし、付き合うことが恋愛だという人もいるだろう。
はっきり言って僕にはうまくわかることじゃない、雲みたいにふわふわとした抽象的なイメージしか思いつかないのだ。
「わかんないな」
「そうですか、じゃあ私と体験してみますか?」
「…はっ?」
「?だから、私と恋愛してみませんか?」
「いや待て、なんでそうも軽々しく言えるんだ」
一切表情を変えずに言い放ってくるあたりに謎の恐怖さえ感じる。
というか、恋愛してみませんか?って恋人になるってことになるのか?願ってもないような状況だが、このまま自分の好意を伝えないのは卑怯な気がする。
「…先輩?」
「奈恵」
「もしかして、私と付き合うの嫌、ですか?」
「そうじゃない」
少しの間をおいて口を開く、自分が伝えたかったけど言葉にならなかった言葉を紡ぐ
「今こんなことを言うのはおかしいと思うが、僕は、奈恵のことが好きだ」
「はい」
「こうやって返すのはやっぱりおかしいんだろうけど…奈恵さん、僕と付き合ってください」
「…なんだ、両想いだったんですね」
「…へっ?」
両想い、この言葉を聞いて思わず変な声が出てしまう。
僕は顔を上げて、それから目を見開いた。奈恵が微笑を浮かべていたからだ、僕が見ている限りでは奈恵のいつも通り以外の表情を始めて見たと思う。
「先輩、では私からも」
「…ああ」
「私は、独占欲は強いし、自分だけを見ていてほしいです、先輩が別の人と話しているだけで嫉妬してしまいます。こんな面倒くさい私で良ければ、付き合ってください」
「そして、もちろん私の答えは〝はい〟です」
「僕も同じだ、改めてよろしく奈恵」
奈恵は世間一般で見れば、ヤンデレやメンヘラと言われる部類なのだろう。それでも関係はないと思った、だって僕は奈恵という人間そのものが好きなのだから…自分で言って数年後に後悔するタイプのセリフだなこれ
「先輩、連絡先交換しましょう」
「そういえば交換してなかったな」
人気のチャットアプリを開き、自分のIDを出して奈恵に見せる、奈恵が画面をいじり始めて少し経つとピコンッと軽快なアラームと共に奈恵のアカウントが表示された。
「結構かわいいアイコン使ってるな」
「先輩は…イメージとはかけ離れてます」
まあ、そう反応すると思う、というかクラスメイトにも言われた。奈恵のアイコンは恐らく飼っているであろうハムスターが小さな穴から顔を出している写真、それに対して僕は好きなアニメのキャラの画像だ。
僕ってそんなオタクのイメージないのか…?そう思いながら奈恵のトーク画面に挨拶のスタンプを送信する。
「先輩、アドレス登録している人って何人いますか?」
「七人」
「意外と少ないんですね」
「そういう奈恵はどうなんだよ」
「私は先輩だけです」
意外だった、え?今どきの学生って数十人登録されてるもんだとばかり思ってた…いや、奈恵が特殊なだけだと思うが
「それでは連絡先を削除してください」
「えっ何で」
「…?さっき言いましたよ、私だけを見ててほしいんですから当たり前です」
今後は交流関係にも口出しされる日々が続きそうだな…というかすごい自然に奈恵が膝の上に座っている、こちらを向くと上目遣いになるので少し心臓がドキリとする。
奈恵は反応を返さない僕に不満を抱いたのか腕をペシペシ叩いてくる。奈恵が動くたびに花のような匂いが漂うのでそのたび心臓が大きく脈打つ
「…とりあえず膝から降りてくれ」
「嫌です。今日はここで本を読みます」
「頼むから」
連絡先のことはいいのか…と思いながら奈恵を膝から降ろそうとする。だが奈恵はすごい力でしがみついてくるので一切動かせない、やがて僕が力を抜くともう抵抗はしないと判断したのか机の上から文庫本を取る。
僕のことを一切警戒せずに背中を預けてくる奈恵、そのまま文庫本を開いて続きを読み始める。
ページを少し手繰ってから段々と読む速度が遅くなっていき、最後には本をパタンと閉じてこちらを振り返った。
「ん…先輩」
「どうした」
「いきなりですが、一緒に住んで下さい」
「…何で」
「先輩に一番最初に『おはよう』を言って一番最後に『おやすみ』と言いたいからです」
「……」
表情は変わっていないのだろうが僕から見える耳が朱に染まっていることからかなり照れているのがわかる。
僕も少し照れくさくて黙り込む。
そのままどこか甘酸っぱい沈黙が続き、僕は口を開く
「まあ、考えてはおくよ」
「む、だめなら私が毎朝先輩の家に迎えに行きます」
「奈恵が大変だからやめてくれ」
奈恵ならやりかねなので一応止めておく、毎朝迎えに来てくれるのはうれしいがそれを続けて奈恵に負担がかかるならささっと同棲した方がいい。
そんなやり取りをしながら奈恵と過ごしているといつの間にか下校時間になっているのに気づいて残念そうな顔をしている奈恵を膝から降ろして自分の鞄を肩にかけ、そのまま奈恵の鞄を持つ。
「先輩…?」
「どうした?せっかくだし一緒に帰ろう、恋人なんだし」
僕が振り向いて手を差し出すとパアっと顔を輝かせながら奈恵がその手を握る。
ほんのり暖かい奈恵の体温が手から全身に伝わり自然とほおが緩む。奈恵は隣でニコニコしており、たまに手をにぎにぎして自分の存在をアピールしてくる。
「先輩♪」
「どうかしたか?」
「あとでちゃんと連絡先は私だけにしておいてくださいね」
「……それはさすがに無理かな」
「そこまで言うならもう言いませんけど、もしも浮気したら先輩を殺して私も死にますから、覚悟してくださいね?」
打って変わってぞっとするような冷たい声で囁かれる。
僕はその発言に恐怖すればいいのか、友達の連絡先が消されずに済んだことを喜ぶべきか、感情がごちゃごちゃになって分からなくなった。