貴方の美しい角(下)
上下同時投稿です
念のためですが、史実でも江戸時代までは、「京は都」「公家も実装」「壺装束も現役」でございます。
「検非違使」は鎌倉時代には確実にあり。室町時代に消滅とか。
ちょっと血迷っていたため記載ミスがあり少々訂正。
まあ、もとより「和風異世界ファンタジー」ですからね。
そんなわけで、後編キュー!
そこへいきなり、若者が飛び込んできた。
「叔父貴!」
服装は人間の京に住む貴人のようだ。親爺と随分差があるな。
丸い銀の縫い取りが散らされた上等な青い絹物は、たっぷりとした船底袖で、ゆったり膨らんだ裾窄まりの袴を身に付けている。履物だけは、森に適した地下足袋のようなかっちりとした作りである。
後ろで束ねたやや長い黒髪を割って、側頭部からは見事な巻き角がふたつながらに天を指す。
端正な顔立ちだが、どことなく親爺に似ている。
「騒々しい。休暇か?」
「いや、逃げてきた」
「ばれたのかっ」
「つけられてはいない」
そこまでやり取りして、若者は私に気付く。
「叔父貴?」
「森で拾った。侵入者じゃない」
「叔父貴っ!お人好し過ぎる」
鬼でもお人好しって言うんだな、などと呑気なことを考えながら、叔父と甥の会話を眺める。そうこうする間に、着替えは済んだ。
「なんだ、怪我は無いのか」
「ほらみろ叔父貴」
「お前は黙ってろ」
「あ、ええ、返り血だけで」
「ふうん。やるな」
「いえ、運が良いんで」
親爺が感心するので、慌てて否定する。強者と誤解されたら、今度こそ昇角族に引き渡されてしまうかも知れない。
「へえ?」
「だから、お前は黙ってろ」
疑わしそうに品定めしてくる若者を、親爺が嗜める。
「それより、どうしたんだお前は」
部屋の隅で火をおこしながら、親爺が若者に問う。
「それがさあ」
「どうした」
「京のお公家の姫君と婚約したんだけど」
「目出度いな」
何だ?京の貴人は鬼なのか?それとも、人の京ではなく鬼の京があるのか?
「三ヶ月の夜に角を洗おうとしてるとこ、見られてさ」
「追われたか」
「うん、まあ」
若者は、歯切れが悪い。どうやら、人に化けて人の京で暮らしていたのだろう。しかし、鬼だとは隠したまま人と添おうとは。食人鬼よりたちが悪いのではないか。じわじわと緩やかな血の侵攻だ。
「追手は何人だ」
「ひとり。姫君だけ」
「武姫か!豪気な」
「いや、違うんだよ」
「何が違う」
変な雲行きだな。
「風切さまあー!」
その時、小屋の外で鈴を転がす超絶高音域の女声が響き渡った。
「な、なんだあ」
たじろぐ親爺。
「しいっ、俺いねえ」
若者は、私の脱ぎ捨てた血塗れの衣類に埋まる。ほとんど見えているが、気持ちだけでも隠れたいのだろう。
「風切様いのー!」
ぱきぽきと小枝が折れる音がする。
親爺は粗末な木の引戸を見詰めている。私も一緒になって見詰める。
「小屋じゃわいの!」
姫君らしき女人の声とともに、がらりと引き戸が開かれた。つっかい棒もない軽い板戸など、子供の手でも簡単に開く。
「風切さま!ああ、やっぱり素敵な角!」
壺装束に市女笠の若い女性が、狭い小屋にしゃなりと入って中を見回す。勿論、直ぐに踞る若者を見つけた。隠れたとは言えない若者に突進し、姫君は優雅に巻き角を撫でる。
「ひいー!」
若者は踞って悲鳴を上げる。
わかる。
勢いが怖いよな。
「姫君、少し落ち着かれては」
「なんじゃ、下郎!」
「や、せめて笠を脱がれては」
「無礼な」
ぎっと睨まれた。
人間の姫君だ。鬼の里で角を隠す意味はないので、今角が出ていない私と姫君は、明らかに人である。
やっと会えた、人間だ。
だが、嬉しくないのは何故だろうか。
「みんな、こっち来い」
親爺の一喝で、私と姫君と若者は小卓に集まった。私は元から小卓を支えにして立っていたので、先程座っていた椅子にさっと腰かけた。
若者は渋々血塗れの衣類と具足の残骸から抜け出して、私の隣に腰かける。
「ほう!これが椅子と言うものか」
姫君は眼を輝かせて座る。京の貴人は、分厚い畳のようなものに脚を折って座るそうだ。海辺の私達も森の巻角族も、普通に小卓と椅子を使う。
文化の違いは、種族とは関係がなさそうだ。
親爺の出してくれた薬湯を呑みながら、私達は小卓を囲む。
「婚約は2人の意思か」
「まあ」
「言わずもがな、じゃ」
「姫君は角を気に入ったのだな」
「左様じゃ!」
「で、お前はそれが嫌なのか」
「ちょっと異常だろうが」
確かに、愛しい人の外見を誉めるという域を出ている。しかも、恐れて然るべき鬼の正体を見たというのに、検非違使へと走るでもなく、自ら美声を張り上げて森の奥まで追いかけてきた。
「風切様、二世を誓いましたのに」
「100年の恋も冷めるわ」
「私に角が無いからですか?」
「姫が角に執着するからだ」
「まあ」
姫君は、さも驚いた風に口を押さえる。
しばし沈黙が落ちる。
親爺は再び席を立ち、かけてあった兎粥を皆に配った。4人で美味しくいただく。
「なあ、姫君さん」
親爺が静かに語りかける。
「はいなあ」
「お前さん、こっちに住まねえか」
姫君は、親爺の穏やかな顔を見る。若者の渋面も見る。それから若者の角を嘗めるように見る。更に親爺の角をじっくりと見る。
気持ち悪い。
「ここには幾人おるのかえ?」
「ここは番小屋だから、俺だけだが、村は50人程度だ」
「ご、50人」
姫君が、身を乗り出す。若者の顔がひきつった。
「あ、いや、わが背。二世は風切様と添うぞよ?」
姫君が言い訳を始める。
「じゃが、じゃがな?のう、そこな下郎」
私にいきなり話題を振られても、困るのだが。
「美しく巻いた角は良きものじゃろう?」
「えっ」
「親爺さん、応えなくていい」
若者が助け船を出し、姫君が不満顔を作る。
「村には、姫君の巻き角愛に応えられる男もいるかも知れんぞ」
親爺が平和的解決策を提案した。若者が一瞬不安そうな表情を見せる。
「嫌じゃ」
姫君は即答し、若者はほっとする。親爺がにやりと若者を見た。
「ほれ、答は出てるじゃねえか」
親爺に諭されて、若者はばつが悪そうにもぞもぞ口を動かした。
「まあ、落ち着いてくれたら」
「む。善処しよう」
薬湯と兎粥の効果なのか、姫君の興奮も大分冷めてきた。親爺は水瓶で軽く食器を洗う。
「怖かったですよ」
若者がぽつりと溢す。
「悪かったの」
姫君がしゅんとする。
「怪我も無いようだし、村に案内するよ」
若い2人を残して、私は親爺に従って森の更に奥へと入って行った。もう人の世には帰れないかも知れない。磯の香りが、急に恋しくなってしまった。見上げる空には、あいも変わらず差し交う枝から下がる奇妙なつる植物が、螺旋の花を咲かせていた。
※いのう(いのー)
終助詞・い+終助詞・のう
呼び掛けや念押しに使う
子別れの場面で子役に「ととさんいのー、かかさんいのー」などとやられると、あざといと解っていても、泣ける。
お読み下さりありがとうございました(@_@)