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「初めまして……じゃないよな」
隣国の勇者がキルシュ国に入国し、私との面談の席での開口一番の言葉だった。
微かに知り合いに似ているけど、勇者と彼がイコールで結びつかない私に勇者様は私としばらく二人っきりにして欲しいと宰相閣下に願い、渋々ながら認められた。
ちなみに渋々認めたのは宰相閣下ではなく勇者様がお連れになった取り巻きお嬢様達です。
ええ、例に洩れず勇者様は立派なハーレムを築いておいででした。
ちなみに、今回同行されたのはハーレム要員のごく一部だそうです。
熾烈な争奪戦を勝ち抜いて同行されているとか……ご苦労様です。
お嬢様方の私を見下す視線に思わず苦笑いです。
宰相閣下がこの世界では珍しいお菓子があると告げたら即座に退室していったけどね。
最近ウラボスの地位を魔術師団長に譲渡したのではないかと思うほどラスボス感が感じられない宰相殿。
アーシャさん曰く『聖女様を制御できないことで心が折れたのでは?』ということらしい。
逆に魔術師団長は『聖女様』相手に、自分の意見をバシバシ伝えているので『聖女様』に煙たがられているとのこと。
宰相殿が告げた珍しいお菓子とはもちろん、私の世界お菓子の事だ。
本当は嫌だけど『聖女』様の為にいくつか簡単な(特に高カロリーの)レシピを渡しておいた。
『聖女』様のご機嫌を取るとき用のお菓子として国王すら滅多に食べられない貴重なお菓子になっているらしい。
平民魔導士の食堂では月一で提供されているけどね(もちろん師団長には報告済みだが魔術師団長が自分のところで情報を止めているらしい)
王侯貴族よりも平民の方が食しているという現状が面白いんだと。
魔術師団長も月一の施設視察の時に堂々と食しているからね。
ちなみに師団長の好物はチーズケーキだ。
特にスフレチーズケーキがお気に召したらしく、魔術師団長の視察の日はスフレが出ることが多い。
その次に気に入ったのがジャガイモで作ったポテトチップスとのこと。
『悪魔の実』と言われていたジャガイモ(毒である芽や緑色じゃなければ安全だと教えた)で作った時は『悪魔がいる~』なんて言われたけど、今じゃ平民魔術師の中でトップ3に入る人気のお菓子だ。
作り方も簡単だしね。
今では厨房のコックたちが試行錯誤しながらいろいろな料理を作ってくれている。
「おまえ、ナルだろ?成宮……じゃない『井成霧子』だよな」
突然元の世界での名前を呼ばれて持っていたティーカップを落としそうになった。
こっちの世界で私の元のフルネームを知っているのはごく僅か。
しかも『キリコ=イナリ』ではなく勇者様は日本での呼び方だった。
勇者様をじっくりと見つめると肌は日に焼けてこんがりキツネ色ですが、髪と瞳の色が黒いですね。
背もさほど高く……いえ、気にしているようなのでそこには触れないようにしましょう。
だからといって日本人とは限りませんけどね。
「俺だよ俺!大友和成!」
「オオトモカズナリ?」
はて、どこかで聞いたことがある様な名前……
首を傾げる私に勇者様は懐からあるモノを取り出しテーブルの上に置いた。
そのモノには見覚えがあります。
10年前、行方不明になった遠縁の親族であり幼馴染モドキであった人物に私と彼の兄弟が誕生日プレゼントとしてあげた(強請られた)物に瓜二つです。
まあ、10年と歳月が流れているので傷などがついていますが……
勇者様の許可を得て手に取っていろいろと調べてわかりました。
これは確かに私と彼の兄弟が彼に上げたこの世界ではたった一つしかないであろう某アニメの懐中時計のレプリカです。
予約締切直前に強請られたので苦労した思い出があります。
「カズ君なの?」
半信半疑の私に彼は大きく頷き、私が知る『大友和成』に関する質問をいくつかさせてもらった。
まあ、簡単に生年月日、星座、干支、家族構成と名前、小中学校名などなど。
こちらの世界では知ることができないことを思いつく限り質問した。
その結果、私が知っている『大友和成』であることが判明したのだった。
「まさか、異世界で再会できるとはな!」
あははと笑う勇者様に私は盛大なため息しか出なかった。
「キリ?」
「ねえ、10年前突然姿を消したのはこっちに召喚されたから?」
「いや、知らねえオネエさんに『あなた勇者やってみない?』って誘われたから」
「は?」
「俺だって最初は冗談だと思ったんだよ。でも話のネタにはもってこいだと思って頷いちゃったんだよな。そしたらまばゆい光が発せられた次の瞬間、こっちの世界にいて勇者に祭り上げられた」
「……………………」
「で、国の周辺を徘徊していた魔物を斃して、今に至る」
「……………………」
「気づいたら10年たっていたんだよな~ほんの数か月のつもりだったんだけど」
あははと再び笑う勇者……大友和成の言葉に私はにっこりと笑みを浮かべた。
内心、腸が煮えくり返っているけどな。
「ねえ、その10年の間、元の世界の事を思い出すことは?」
「なかった」
「へえ~」
即答ですかい。
「元の世界に帰れる保証あった?」
「あー、気にしてなかったわ。でも簡単に行き来できるんじゃねえの?あの時のオネエさんのように」
「聞かなかったの?その『あの時のお姉さん』に」
「聞いていない」
「その人は今どこにいるの?」
「墓の下」
「は!?」
「俺を連れてきた翌日にポックリ逝ってしまった」
「…………」
フツフツと怒りが倍増していくのは何でですかね~
「そのお姉さんの仕事場仲間は?」
「いないらしいぞ。国で唯一の召喚士だったらしいからな。ちなみに後継者もいないから俺が呼ばれた国では二度と異世界から人を呼び寄せることが出来ないらしい」
つまり、あちらの世界に行く方法を知る人がいないと?
「話を戻すけど……」
いったん落ち着くために冷めた紅茶を一口含むと口の中に苦味が広がった。
「10年間、家族や友人の事を思い出すこともなかったと?」
「別に、ファンタジー世界なら召喚された時間に戻れる……いや、待てよ。キリ、お前今幾つだ。俺の知っているキリより……老けて見える」
「……26……もう少ししたら27」
「……うそだろ?」
「嘘なんてついていない。カズ君は何歳なのよ。カズ君が行方不明になってから私の時間は10年経っている」
「そうだ!ファンタジー小説のお約束で時間の流れが……いやでも俺も27だしな……」
空中で指を振って何かを確認しているようだが……これはファンタジー世界のお約束のステータス画面でも見ているのでしょうね。
あとで魔術師団長にできるかどうか聞こう。
「まったく同じ時間が流れていると思われる」
「じゃあ、俺は……」
「元の世界で3年前に失踪宣告がなされた」
「つまり……」
「元の世界でカズ君は書類上、死んだことになっている。失踪から7年たっておじさんが失踪宣告をしたわ。それまでの7年間、ずっとカズ君を探して世界中を駆けずり回っていたわね。おばさんも」
「……まじか」
「ちなみに失踪宣告をするまでの間に掛かったあんたの捜索費用は一応我が家が出した」
「へ?なんで?」
「親戚なんだから当然だと毎日家の前で騒がれたから」
「誰が?」
「あんたの両親」
親戚といっても遠縁で、正直赤の他人に近いんだけど遠慮がなかったわ。
日本だけじゃなく海外にも足を延ばしていたからね。
カズ君を探すという名目で世界旅行していたと思われるけど、ちょっとでもこっちが資金打ち切りの話を出すと人を極悪非道人のように大声で近所に言いまわったのよね。
ちなみに一兄さん(長男)は失踪の翌年には『一年たっても戻ってこないなら諦めろ』と何度も両親を説得していたけどご両親とくに母親は聞く耳を持たなかった。
四人兄弟で上3人と年が離れていた末っ子で甘やかしてばかりいた息子だから余計に……ね。
まあ、どこかで生きていると信じたい気持ちはわからなくもない。
そこで、一兄さんとうちの両親が相談して資金援助は失踪宣告が可能になる7年を区切りにするって決めたのよね。
弁護士を通じてうちの両親に和成の兄弟が何年かかっても返済すると言ってきた時は正直驚いたけど。
うちの両親は表向きはその話を受けたが、裏でこっそりと弁護士と相談して和成の兄弟たちの家に生活に困らない程度の金額を渡している。
いろいろな理由(主にご祝儀…進級進学就職結婚など)をつけて。
まあ一番の理由は『きっぱりと断ることができなかった我々にも非はある。だが、我々からお金を借りたのは君たちの両親だ。まだ働けるうちは自分たちで返済させなければ今後、あの二人は君たちにお金を無心するだろう。ここは心を鬼にしてあの二人に返済能力というものを身につけさせようではないか。このお金はその教育費だと思えばいい』ということらしい。
うちの父はいい人と思われがちだがその実、裏でえげつないこともしているらしいんだよね。
娘の私の前では絶対に見せないらしいけど、言葉の端端にその片鱗が見えるらしい。
ちなみにうちの親は和成の兄弟が仕事でそれなりの成果を出してくれるのを見越して『捜索費(資金)』は融資だと言っていたらしい。
和成の失踪が発覚した当時、和成の兄弟は全員がうちの親の関連会社へ就職していたからね。
うちの親、ここ数年で親戚から会社経営をやたら引き継いでいたのよね。
もともとは母親の実家の小さな工場経営しかしてなかったのに……
ご両親とは資金融資の時、ちゃんと弁護士の元、返済義務有の誓約書も作成してあった。
ばっちりご両親のサインと拇印付です。
私が必要以上に口約束を信じず、形が残る書類を求めるのはこのことがあったからである。
父曰く『口約束ほど信頼できないものはない』らしい。
これは父の若い頃の失敗談からくるものらしい。
「で、異世界ライフを満喫中の大友和成さん」
「は、はい」
「私は『聖女』ではないので、今後一切話しかけないでくださいね」
「え?なんで?」
きょとんとする彼だが、私にとって彼はある意味疫病神的存在である。
もし、彼と私が幼馴染だと知ったらあの『聖女』が黙っていると思うか?
いや、ない(断言する)
きっとあることない事、彼に吹き込むことだろう。
彼が知らない10年間も捏造して……
それこそ、自分が悲劇のヒロインだと言いながら……
そういうのに弱いからね、カズ君は……
「ちなみにこの国の聖女様は私より4つ年上だから」
「は!?18じゃないの!?」
「なんで18だと思ったのよ」
「いや、『聖女』自身が手紙で自分は18歳だって……」
彼からの情報に思わず頬が引きつったのは内緒だ。
18……18……
まだ20半ばなら誤魔化せるとおもうが……
さすがに18はないだろう!
あ、でも待てよ。
そういえば私もアーシャさんと同年代に見られていたっけ。
でもな~18歳はないと思うんだけど……サバ読み過ぎじゃない?
「まあ、信じる信じないはカズ君次第だね」
もう、本人が直接会って見極めればいいよ。
うん、それが一番だね。
「なあ、キリが聖女じゃないなら、キリは何なんだ?」
「おまけじゃない?ほら、よく巻き込まれ召喚ってあるでしょ?」
「いや、知らない」
ぶんぶんと首を横に振る彼に、私と彼の間に10年の隔たりがあることを思い出した。
「ああ、そういえば私が知っているテンプレは最近のテンプレか」
一人納得してた私にカズ君はなんだそれといろいろと聞いてきたのでわかる範囲で教えた。
「そういえば、勇者召喚とかって俺が向こうのいた時はあまりなかったよな」
「ここ最近はやっているのよね。あと、ざまぁ系?」
「なんだそれ」
私も詳しくは説明できないが、お気に入りの作品を例に伝えたらなんとなく伝わったと思う。
まあ、ぶっちゃけハーレム主人公が悪役にコテンパンにされる話だと伝えておいた。
うん、違うという意見もあると思うが私にとって『ざまぁ系』とはそういうものだと理解しているので仕方がない。
「私は『おまけ』だから元の世界に帰るために足掻いているのよ」
「じゃあ俺も……」
「あのお嬢様方ときれいさっぱり縁を切れるの?」
今頃、宰相閣下が陣頭指揮を執っておもてなしを行っているであろうちょっと離れた部屋にいる彼女たちは十人十色。
いろんなタイプの女性陣でしたからね。
多分一番下は10台半ばの少女から上は……多分母親ほどの年齢の熟女まで。
ありとあらゆるタイプが侍っていたわね。
ストライクゾーン広くないか?
「…………無理」
「でしょうね。カズ君、行方不明になる前に一兄さんが隠していたエロゲープレイして『ハーレム最高!』って言っていたくらいだから今の状況を清算するのは無理でしょうね。むしろ増え続けてるんじゃない?」
「…………男のロマンだ」
「私は女なので理解できません」
「キリだって眼鏡を取ってその化粧を落とせば逆ハーレムくらい簡単に作れると思うぞ」
「私は大勢の異性に愛されるよりもたった一人の人に愛されたい。見かけで判断せずに中身を見て欲しい」
「……昔から変わってねえな」
「あんたが小学校時代にいろいろとやってくれたせいでしょうが」
ギロリと睨むと視線を逸らすカズ君に私は小さなため息をこぼした。
まあ、自分の男を見る目がないことは分かっているから、当分恋愛事はいらない。
今はこのファンタジー世界を堪能したいというのが正直な気持ち。