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魔術のことは何一つ知らないのでいきなり魔術団には入団できない。
ついでに未だに文字というか文章も書けません。
単語がやっとである。
第一試験の筆記で落ちること間違いなしです!
というわけで、しばらくシュナイダー家にお世話になることになった。
いや、むしろ『ぜひ我が家に!』と宰相閣下とクラリス様の勢いに流された。
個人的には遠慮したい家なんだけどな......
王城を辞する時、国王から
「数々の無礼、申し訳ない。出来る限りそなたの希望を叶えよう」
と申し出があったので、最低限の『お願い』をしておいた。
ふふ、その時の国王と王妃の表情は面白かったわね。
え?不敬罪?
今更でしょう。
それに私は『異世界人』ですからこの国に従う義務はない。
今のところは......
国王と王妃は自分の息子が今、どんな状況か知らなかったみたい。
公務で隣国に赴いていたらしいわ。
帰国したのが夜遅くで、私室にたどり着いた途端、宰相閣下から留守の間の出来事を聞いて叫んだそうだ。
この時(王子からさっさと立ち去れと言われたので)すでに私が翌日城を去ることが決まっていた。
国王は何としてでも引き止めようとあれこれ考えたらしいが
「(王子から撤去命令が出ているので)無理ですね」
宰相閣下のこの一言で膝から崩れ落ちたらしい。
国王といえども王族の発言を簡単に覆すことはできないからね。
国王不在時の王位継承者の言葉となれば尚更だ。
謂わば、国王代理人という立場での発言と捉えられているからね。
今回の王子の発言と行動は。
国王がなぜ私を必死に引き留めようとしていたのかは不明だが。
お言葉に甘えていくつか『お願い』を聞き届けて貰ったわけです。
その1:『聖女』と同郷であることは隠匿する事。
あんなのと同一視されるのは今後ゴメンである。
一部の人達には知れ渡っているけど『知らぬ存ぜぬ』を押し通す所存です。
その2:『聖女』(と下僕達)と鉢合わせないよう便宜を図る事
誰が好き好んであんなのと会いたいと思うか!
金輪際関わりたくない!と力説しておいた。
え?当然、過去の出来事(元の世界での出来事)も包み隠さず話しておきましたよ。
スマフォに残っていた写真や映像(浮気の物的証拠)を見せながらね。
鮮明な映像にいろんな人が興味を示して何度も再生させられた。
おかげで電池が一気に減ったが、びっくり仰天!
翌日にはフル満タンになっていたよ!ラッキー♪
あとは元の世界と繋がってくれれば……と思う。
せめて両親や友人に連絡が取れればと……
お姉様方からプレゼントされた証拠品がここで役立つとは……
個人的にはさっさと削除したいがバックアップを取ってないので消せない……
消したらあの元同僚と元婚約者に負けた気がするから慰謝料たんまり貰うまで消さないわよ!
はぁ、元の世界では使う機会がなかったのにね~
届いたのが修羅場の当日の夜だった。その時には既に破談になっていたし、彼の両親とうちの親の間で色々とやり取りして一応円満解決していたから裁判沙汰にもなっていないしね。一応は……
あとあの女の取り巻きにも絡まれたくないので『聖女崇拝者』(予備軍含む)も条件に含んでおいてもらう。
この契約締結時点で、第一王子、神官長の息子、騎士団長の息子が対象になった。
あの女は電光石火のごとく、王子周辺の見目麗しい男達を落としている。
(契約書にその名前が次々と浮かんでくるのでわかりやすいな。現在進行形で増えていっているよ)
その3:この国の戸籍を作る事
一応この世界にもちゃんと戸籍制度はあるらしい。
管理はおおざっぱらしいけどね。
『聖女様』からは特に問い合わせがないので彼女の戸籍はまだない。
戸籍さえあればあれと同郷だと言われても言い逃れはできると思う……たぶんだけど。
戸籍を貰えれば必要最低限の義務は果たしますよ?当然でしょ?
その4:私が持つ属性について他言無用(極秘事項にする事)
特に聖属性は保持者が少ないため、いろいろな思惑に巻き込まれないためだ。
とりあえずこの4つをその場で宣誓(約束)してもらった。
もちろん公式文書にも記しましたよ。
ええ、口頭だなんてそんな恐ろしい契約できませんからね。
契約は『魔法契約』という一般的な契約よりも重要度が高い契約になった。
なんでも、契約違反をした場合、違反した方に罰が下るらしい。
その罰内容は様々なので一概にどうなるとは言えないが、軽いものから生死を彷徨う事柄まで多種多様だそうだ。
これは契約した人の魔力量に左右されるとか。
私の場合?
私の場合は魔力量が天井知らずなので予測できないみたい。
聞いたところによると、私との契約を反故した場合、軽くて生き地獄を味わうのではないかと。
でもさ、生き地獄って人それぞれじゃない?
本人にとっては生きるのもつらいという現状かもしれないけど、他人から見たらそんなもん?って思えるものかもしれないわよ。
私の場合......すでに経験済みだけど他人からしたらそんな事かと思う程度なんだよね。
元の世界に居たときに遊んでいた最愛のアプリゲー(育成ゲームでお気に入りキャラにガッツリ課金していた)はこの世界では無意味(そもそも電波が届かないから遊べない)なので軽く生き地獄を見た後なのよね、私自身がすでに生き地獄(本人基準)を経験済みなのよ!
最愛のアプリゲーで遊べないこと以上に辛いことなんてないわ。
あと少しでお気に入りキャラのエンディングが見れるはずだったのに!
はぁ~、最後の選択でどんな結末を迎えるのか楽しみにしていたのにな~
私の息抜き………新しい息抜きを探さなきゃ!
リアル育成ゲーム…………もとい若紫でも見つけようかしら。
ってこっちの世界の事知らなすぎるから無理だわ。
面白い趣味が見つからなかったら考えましょう。
最愛のアプリの事を思い出して思わず『どんな地獄があるのかしら~ちょっと見てみたいかも』と笑ったらその場にいた全員が冷や汗を流しながら『絶対にお約束はお守りいたします』と更なる宣誓をしたのよね。
半分は冗談のつもりだったんだけど。
そもそもこの世界にも『地獄』って言葉というか概念があることに驚いたわ。
戸籍についてはラングハウス辺境伯の遠縁の娘ということになった。
これはシュナイダー侯爵家とラングハウス辺境伯家の間でもめにもめて決まったことだ。
両家とも私という『駒』が欲しいらしい。
純粋な親切心もあることはあるが、希少価値のある属性持ちですからね。
そりゃ、下心があるのは当たり前じゃない。
最終的には「辺境伯家の縁者の方が誤魔化せるんじゃない?ほら、ラングハウス家は特殊な(農民のような)家系だし」と私がポロッと呟いたのが決定打になったらしい。
シュナイダー家とラングハウス家が親戚関係にあることは誰もが知っている事(当時はかなり社交界を揺るがしたらしい)なのでラングハウス家縁の者がシュナイダー家にお世話になっても問題はないとのことだ。
そこで、魔術団に入団する為に私は魔術を習うことになった。
クラリス様は幼い頃から勉強をしているからすぐにでも入団試験を受けられるのだが、どうせなら私と一緒に受けたいという事で練習に付き合ってくれることになった。
お手本になる人が傍にいてくれるのは正直ありがたい。
アーシャさんは基本王城で働いているが、週末はシュナイダー家で過ごしている。
スパイ活動は継続中みたいですね。
シュナイダー家への出張(週末訪問)は国王からのお願いだそうだ。
『キリコ=イナリ殿の事を頼む(=様子を探って報告してくれ)』と。
命令じゃなくてお願いってところがすごいわね~。
だって国の頂点に立つ人が下層(平民)にいる人に頭を下げたってことだものね。
で、アーシャさんの気持ち次第で報告内容が変わるという。
『命令ならすべて報告しますけど、あくまでもお願いですからね』と満面の笑みを浮かべていたアーシャさんがちょっぴり怖いと思ったが、私に不利になることは絶対に報告しませんと約束してくれたのでまあ、いいか状態です。
今更だけど、この国大丈夫か?
って思う事が多々あるけど、平民(下層)が飢えることなく平穏に暮らせているのなら問題ないだろう。
まあもっとも、王子や『聖女』の今後の行動次第ではどうなるかわからないけど。
***
魔術を習い始めて一月。
早くも挫折を味わっております。
術のイメージはできる。
イメージはできるのだけど、発動直前で不発となるのだ。
これは魔術の先生も首を傾げている。
「魔力量は問題ない、呪文も完璧なのに……」と。
ちなみに、魔術の先生は先代の魔術師団長だそうだ。
数年前に引退して暇をもて余していたとか。
宰相閣下の師匠でもあるらしい。
そうそう、魔術の勉強を始める前に、魔術と魔法の違いが全くわからないと正直に伝えたら
「魔術は手順を踏んで行い、魔法は不可思議な現象を起こすこと」
といわれたがさっぱりわかりませんでした。
ただ、魔法陣を使って術を発動させるのを魔術と捉えればいいと言われた。
「魔法陣に不備があるのでは?」
クラリス様が私が書いた魔法陣を見つめている。
「魔法陣は基本、魔力増強のために展開するのだが......」
「え?普通、魔法陣に魔力を注ぎ込んで術を発動するんじゃないの?」
魔術のイメージってそんな感じだったんだけど。
なんとなく、魔力→魔法陣→術の具現化ってイメージだったんだけど……
魔力を魔法陣に通すことで術が発動して炎や雷を具現化しているのかと思っていた。
「ええ、昔はそうでしたが、今は魔力の出力を最小限に抑える為です」
「魔力の出力を抑える?」
「一度に大量の魔力を放出すると生死にかかわるため、少量の魔力を魔法陣を通すことで増幅し術を発動させているのです。魔法陣なし、呪文なしで術を発動させられるのは魔力量が計り知れないほど大量にある者のみと伝え聞いております。私はお目にかかったことはありませんが……」
いや、それって……
魔法陣なし呪文なしだと大量の魔力が放出されるんでしょ?
それってすなわち死への直結なのでは?
「そのため魔法陣を使うのは魔力温存が主な理由です。戦争などで戦場に出るといつ終わるか分かりませんから魔力の温存は死活問題なんです~あの時は、魔力が枯渇しそうになって目の前に花畑が広がって死んだ祖父母が手を振っている幻想が見えましたからね~」
遠い目をしている先生は遙か昔に戦場に駆り出され、死にかけたことがあるらしい。
理由は魔力枯渇。
魔力が枯渇してそのまま放置していていると死ぬというわけだ。
先生は魔力回復薬を持っていたから生き残れたという。
「えーっとつまり、自分の最大限の力量を知っていれば魔法陣はいらいなと?」
「魔力計測具が破壊しない限りは必須とされていますが、基本自己責任です。術が暴走しても誰も助けてくれません。なので我が国の魔術師にとって魔法陣は必須アイテムになっています」
「……壊してしまった私は魔法陣がいらないと?」
魔力検査の時にほんのちょっと力を注ぐイメージで魔力計測具に触れたら一瞬で木端微塵になってしまったのよね。
あの時は誰もが言葉を失っていたわ。
5回ほど計りなおして(=5回道具を壊して)やっと全員が納得したくらいだ。
魔具の修理代はシュナイダー家が立て替えてくれるそうだ。
はやくも借金が出来てしまった。
あの魔具……いったいいくらなんだろう、宰相閣下は笑って『ああ、君が働き始めたら教えるよ』といって教えてくれません。
高くないといいのだけど……きっと高いだろうな。
検査員がものすごく遠い目していたもの。
ぶつぶつと俺の年収、数年分が~って呟いていたもの。
「ちなみに、陣なし、無詠唱での発動の仕方ってわかっているのですか?」
「脳内イメージだそうです」
「は?脳内イメージ?」
「ええ、遙か昔に別大陸から伝えられた書物には『思い描いたモノを具現化する』と書かれていたとか」
それって、まず『具現化』というものの練習からしないといけないのではないだろうか。
いきなり脳内に思い浮かべたモノが具現化(実体化)できるわけないじゃないか。
うーん、たとえば空のコップに水を注ぐイメージを浮かべてそれを具現(実体)化するってことよね?
「キ、キリコ様!み、水が~」
先生の慌てた声に自分の手元を見ると、何もなかった場所にコップが現れ、水が溢れ出ている。
「え?」
驚いた瞬間にカップも水も消えた。
が、地面にはこぼれた水跡がしっかりと残っていた。
「い、今のは?」
恐る恐る先生に視線を向けると、キラッキラ……いやギラギラした瞳を私に向けていた。
思わず一歩後ずさってしまったが、隣にいたクラリス様もキラキラとした瞳を私に向けていた。
「す、素晴らしいです!キリコ様!初歩的魔法は全然発動しないのに、最上級レベルの術が出来るなんて!!!」
興奮している先生の顔は真っ赤だ。
うん、興奮して血圧が上がって倒れないといいな~と思った瞬間に倒れた。
慌てる私に、クラリス様の護衛として傍にいた従者が適切な指示を出してくれたので、大事には至らずに済んでよかった。
翌日から、先生は医師によってベッドに(物理的に)括り付けられてしまった。
これ以上興奮させたら危ないと言われたらしい。
先生の代わりに現魔術師団長が、私の練習を見るようになったのだが……
「即・戦・力 確保!!」
ということで入団試験を受けることなく魔術師団への入団が決まってしまった。
一応後日、入団試験は受けました。
他の団員たちの手前、贔屓はダメだとコンコンと説明した。
スカウト枠があるというがそんな枠いらん!と突っぱねた。
そんな目立つ方法で入団したくない!
平穏な生活を送るためには入団試験を受けて、ちゃんと合格通知を貰って入団するに限るのよ!
と最終的には涙ながらに宰相閣下に訴えたら私の望み通りにって話を通してくれたんだよね。
まあ、その時に宰相閣下が魔術師団長になにやら耳打ちしていたのは気になるが、大丈夫だろう。
魔術師団長の指導の下、なんとか初級魔術も陣を使って発動することが出来るようになったが……
とても面倒くさい。
脳内でこんな感じ!ってイメージして発動させた方が早い。
だが、いきなり無詠唱(陣なし)で術を発動させるのは目立つ。
だから頑張った!
張りぼての魔法陣を描けばいいと思いついたのだ。
ぶっちゃけ、魔法陣と私の脳内イメージに差異がでて、魔術が発動しなかったという事である。
魔法陣には事細かに情報を組み込む(模様一つ一つが組み込まれた情報らしい)のだが、私の描いた脳内イメージと魔法陣に組み込まれた情報に差異が出て私の脳内イメージの方が力的に強いので魔法陣を破壊していたということだ。
え?それって私の想像(妄想?)力が強いってこと?
例えば、私の脳内イメージで『花瓶』を思い描くとする。
材質は青みの掛かったガラス、模様は全面に可愛らしい花柄、大きさは両手で抱える程度など具体的にイメージをする。
それを魔法陣を通して具現化しようとするが、魔法陣には材質の種類、模様などの細かいものを組み込むことはできない。
よって、魔法陣が『ガラス?え?色まで指定してくるの?』『花柄!?小柄?大柄?』『両手で抱える!?誰基準!?』といった感じで私から流した情報を上手く処理できずに壊れてしまうというわけだ。
そもそも、モノを『具現化』できる人がいないので私のような人は今までいなかったという。
『具現化』するのにも大量の魔力が必要らしい。
それを聞いた時、人前で具現化だけは絶対にしないと誓った。
一般的に魔術師が使う魔法陣は属性と攻撃方法のみで物の具現化は関係ないらしい。
炎の玉を放つときは『火』を『丸め』て『投げる』という魔法陣があればすんなりと発動するらしい。
うーん、意味わからん。
魔術って奥が深い……
ただ、こういうものだと覚えておけと言われた。
先生や魔術師団長の講義を元に張りぼて魔法陣(意味なし魔法陣)を発動させて初級から上級までの術を発動させる。
見た目的には普通の魔法陣と変わらないが時々陣と術の属性が違う事があることを二人はあっさりと見破ったけど、まあばれないだろうという事で今後、この方向で行くことが決まった。
クラリスは最後の最後までわからなかったと悔しがっていたけど。
魔法陣には術者の名前、発動させる術の属性、術の規模、術の発動範囲、発動威力、発動場所などを組み込むそうだ。
だけど、私が作った陣はちゃんとした魔法陣に見えるけど実質白紙の魔法陣。
属性の違いだけはくれぐれも気を付けるよう魔術師団長に言われた。
魔術師団長が持っていた書物を読ませてもらったら、杖に魔法陣を組み込むという方法もあると書かれていた。
今この国では杖を使って魔術を使う人はいないという。
なぜだ?
杖に魔法陣を刻んでおけば魔力を流すだけで済むんじゃないのか?と質問したら
「違う属性のモノを同一物に刻むことはできないから、使用用途によって杖を持ち替えなければならない。戦場で何本も杖を持ち歩くのは不利だ」
という返事が返ってきた。
そもそも昔は一人一属性だったという。
複数の属性持ちは短命で成人まで生きられたのはほんの一握りだそうだ。
一人で複数の属性が持てるようになったのは数百年前、別大陸で行われていた『神子召喚』が廃れてからだという。
まあ、世界の神秘ってことで未だ謎だらけで研究中だという。
魔法(魔術)っていろいろ制限があるのね。
日本にいた頃は、あれば便利だな~って思っていたけど、実際に触れてみると制限ばかりで不便だ。
それゆえに、この世界では魔法・魔術を自由自在に操れる人は尊敬されるのだろうな。
あ、ちなみに私は杖を使って術を展開するってことにした。
何事にも形から入りたい私なのだよ。
魔法使いと言えば杖だからね。
あと黒猫かカラスがいれば……うん、それは後々考えようっと♪
それに、杖に術を埋め込んであると言えば一々白紙の陣を放つ属性の陣のように見せなくても済むからね。