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白烏(シロガラス)

 副校長室で志帆が自習していると、コンコン、と扉が叩かれた。

 ーー誰だろう?

 由愛はノックなんてしない。橘先生はノックしてくれるけど、先生のやり方とは違う。

 誰か、橘先生に用事だろうか。

 ーー先生はいないって言わないと。

 志帆は立ち上がって、ドアを開けた。

 バサバサ、と羽音を立てて白い鳥が数羽、飛び込んでくる。

「きゃっ!?」

 小さい鳥達は副校長室のそこここで自由に羽を休めたが、大きい一羽は志帆の周りをくるりと回って、来訪者の肩に留まった。

「よう」

 そこには志帆の幼なじみが立っていた。

「……雄哉くん」

 明光院(みょうこういん) 雄哉(ゆうや)。志帆の家の執事の息子で2歳年上の彼は、幼い頃から手品が得意で、昔から志帆を喜ばせてきた。

 そして、彼も忘れ人。

 ここは薫風学園。忘れ人と呼ばれる、前世の記憶を残す人々が、通う学校。前世の願いを忘れられない存在が、新しい人生を歩む道を見つける場所。

 雄哉は誰に教わるでもなく手品を身に付けたらしい。それが、忘れ人と認定されるきっかけになったらしい。志帆も同じように、誰に教わるでもなく座敷芸ができるようになって、忘れ人と言われるようになった。

 家にいた頃は忘れ人と言われるのが自分を否定されているようで辛かった。両親に忘れ人という存在を教えた雄哉を恨みもした。

 しかし、学園に来て由愛に出会った今、志帆は忘れ人である自分を受け入れている。まだ折り合いのつかない部分もあるものの、志帆は前へ進み始めたのだ。

「……どうしたの?」

 そこに現れた過去の履歴を知る人物に、志帆は少し警戒した。

「親父から連絡があってな。お嬢様のご様子を報告しろだとさ」

 その言葉に、志帆は思わず微笑んだ。秋山(あきやま)さんーー雄哉の父親で、志帆の父親の執事ーーは、志帆のもう一人の父親のような存在だ。

「そういえば秋山さん、学園のこと詳しかったわね」

 学園に行くのを嫌がる志帆に、秋山は行事や先輩達の話を面白おかしく話してくれた。

 それを思い出して笑う志帆とは対照的に、雄哉は顔をしかめた。

「アレな……お嬢様がこの学校に入るかも、ってなってから根掘り葉掘り聞きやがって。オレが入学する時は何もしなかったクセに」

「そうなんだ。秋山さんらしい」

「で?実際のところどうなんだ?随分と高い買い物をしたらしいが」

 言われて、どきりとする。由愛に与えた指輪は志帆の小遣いで買ったとはいえ、馴染みの宝石商に頼んだのだ。家に情報が行ってもおかしくない。

「……えっと」

「しほー!!」

 唐突に副校長室の窓が開いて、由愛が飛び込んできた。彼女の首元の指輪を見逃すほど、雄哉は愚かではない。

「にゃっ?」

 一方の由愛は、志帆が男子生徒と話しているという珍しい光景に首を傾げた。ちゃり、と首元で指輪が音を立てる。

「……ふぅん。そいつが新しいお友達か、お嬢様?」

 由愛は素早く二人の間に割り込んだ。

「誰にゃ!?しほに何の用にゃ!?」

 志帆は由愛を抱きしめた。

「由愛は私の前世からの友達……ううん、たった一人の大切な人よ。何かあったら、許さないから」

「……」

 志帆と雄哉の視線がかち合った。その間で、由愛だけが頭に?を浮かべている。

「……ふはっ」

 雄哉が吹き出した。

「ははは!言うようになったな、お嬢様。前世なんてない、って言ってた頃とは大違いじゃないか。……はじめまして、オレは明光院雄哉。志帆お嬢様の幼なじみってところだ。お名前は、マドモワゼル?」

 ぽん、と雄哉の手の中から赤いバラが飛び出す。

 由愛はそれを不思議そうに眺めた。

雉羽(きじば) 由愛(ゆあ)にゃ。ゆーやは錬金術師にゃ?」

「錬金術師?それは初めて言われたな」

 由愛はパン、と両手を合わせた。

「不思議なことを起こせるのは、錬金術にゃ!」

「ああ、ハ○レンか」

 にやりと雄哉が笑う。胸ポケットからゆっくりと白い手袋を取り出す。

「見てろよ。この手袋はかの発火布。これを付けて指を鳴らせば、これこの通り!」

 手袋に手を入れ指を鳴らす仕草。ふっ、と息を吹き掛ける。

 ボッ、と焔が立ち上り、消えた。

 近くにいた鳥達が慌てたように飛び立つ。

「にゃー!焔の錬金術師にゃ!」

「危ないじゃない!!」

「大丈夫だって。火力は調整してる」

「だからって……」

「はは、この世は全て物理現象。知識と技術でコントロールするんだよ。その証拠にスプリンクラーだって作動してないだろ?」

 ニヤリと笑って見せる雄哉に、志帆はため息を吐いた。

「ゆーやゆーや、錬金術はちゅーる出せるにゃ?」

「ちゅーる?ああ、今度用意しといてやるよ」

「やったにゃ!」

 笑顔を交わす二人だが、由愛の笑顔は心からのもの。一方雄哉の笑顔は造られた笑顔だ。やれやれ、と志帆はもう一度ため息を吐いた。




 鳩を回収して、雄哉は副校長室から出た。由愛とかいう後輩が鳩を襲うので無駄に苦労した。

「その点、お前は賢いな」

 肩に留まった白烏に話しかける。動物と人間の間で言葉が通じるとは夢にも思っていない雄哉だが、かわいがってはいる。

「……あなたも、動物と話せるの?」

「へっ?」

 唐突に水色の髪の少女に話しかけられて、雄哉は立ち止まった。

「わたし、龍に会うの。龍を知らない?」

「龍?」

 そんな名前の奴いたか?と雄哉は一瞬考えたが、該当者は思い当たらない。

 そんな雄哉を無視して、少女は白烏に顔を寄せた。

「……そう。コーウィンって言うのね。あなたは、龍を知らない?」

 カァ、とカラスが鳴いた。

「……そう。知らないのね。どこにいったのかしら」

「あ、あのー、お嬢さん?」

「なぁに、コーウィンのご主人様?」

「コーウィンって、こいつ?」

 雄哉は白烏を指さした。

 少女はうなずいた。

「オレは3年の明光院雄哉。お嬢さんの名前は?」

「……速水しづる。1-A」

「よろしくな」

 雄哉が差し出した手は、きれいに無視された。

 代わりに、速水は白烏ーーコーウィンを撫でる。

「何か辛いことがあったら、いつでも相談してね?」

 そう言い残して、速水は去っていった。

 雄哉はそれを呆然と見送るしかなかった。




「コーウィン」

「カァ」

「……」

 雄哉にとって、白烏は白烏でしかなかった。コーウィン、なんて名前を付けた覚えはない。だが、コーウィンと呼べば、カラスは返事をする。

 白烏とは、この学園で出会った。

 突然寮の部屋に飛び込んできて、それ以来雄哉の部屋に居ついている。大人しく、人慣れしているのでありがたく手品に使わせてもらっているが、それだけのだ。

「ぐっ……っ」

 キィン、と頭痛が走る。

 何かを、思い出しそうになる。

 こんな事は初めてだ。

 忘れ人、という単語が脳内に浮かぶ。前世の記憶を残す人々。前世の願いを忘れられない存在。

「冗談じゃ、ない!」

 オレはオレだ、と吐き捨てる。

「この世は全て物理現象だ」

 前世だの願いだの、非科学的な事象に囚われてたまるものか。

 とりあえずスマホを取り出して、知り合いの情報屋に連絡を取る。雉羽由愛について情報をくれ。

 志帆お嬢様ーーというより、高階家に害がありそうなら報告する必要がある。

 雄哉はため息を吐いた。

 前世の記憶を面倒だが、現世の関係も面倒だ。生まれた時から雄哉は高階家に仕えることが決まっているようなものだ。志帆にそんな気はないだろうが、お互いの両親はそう二人を育てた。それに逆らえない自分がいる。

 思い切り舌打ちをして、目の前にいた和装の少女がびくっとしたことに気づく。

 雄哉は慌てて笑顔を作った。

「失礼、お嬢さん。機嫌直してくれよ?」

 ついでにぽん、と手から桜の枝を出して見せる。

 大抵は、これで笑ってくれるーーはずなのだが。

 少女は思いきり顔をしかめて、ローキックを放ってきた。少女の足が雄哉の向こう脛にクリーンヒットする。

「痛ってぇ!!」

 思わず屈み込む雄哉を少女は冷たく見下ろして、言った。

「桜は折っちゃダメなのよ」

 そして、去っていった。

 脛を庇いながら、雄哉は頭痛に苛まれていた。

 頭痛の原因は少女ではない。

 蹴られて、脛が痛いのは確かだ。だが、雄哉はまたか、という思いに囚われていた。

 雄哉は蹴られたことなんてない。喧嘩になりそうなときは口で誤魔化すし、さっさと逃げる。暴力が必要な立ち回りなんてしない。

 それなのに。

 この痛みを、知っている。

 そんな感覚が雄哉を閉じ込めていた。

 現世では知らないはずのことを知っている。

 ということは。

 これは、前世の。

 キィン、と再び頭痛が走る。

 幼い頃。

 食事を求めて物乞いをしていた。通行人から笑われ蹴られた。

 死ぬ直前。

 魔術師という烙印を推された。通行人から蔑まれ蹴られた。

「……」

 奥歯を噛みしめる。

 オレは、そんな人間じゃない。

「カァ」

 白烏が叫んだ。

 思考が止まる。

 頭痛が少し治まって、雄哉は息を吐いた。

 下校のベルが鳴る。寮に帰らなければ。




 寮に戻った雄哉がシャワーから出ると、白烏がいなかった。

 ーーまぁ、飼ってるわけじゃねぇし。

 鳩に麦を与えて、雄哉はベッドに潜り込んだ。

 白烏は、しづるの部屋にいた。

『貴女は、私の言葉が分かるのですね』

「……ええ」

『告解を。私の、懺悔を、聞いていただけませんか』

「……どうぞ」

『私も忘れ人ーーいえ、鳥ですかね。前世を覚えています。私は、裁判官でした』

「……賢いのね」

 烏は首を振った。

『いいえ……いいえ、愚かでした。私は、自身が信仰心に厚い、優秀な裁判官であると自負していました。ですが、それは盲信だった。私は数多くの人を裁きました。……魔女裁判です。私は、罪なき人間を、魔女や魔術師として処刑させました』

「……もしかして、あの先輩はその一人?」

『……はい。前世の名を、ウィル・ダンバースと。優れた手品師でした。……我々が、その手品を魔術と疑うほどに』

「……そう」

『私はこの忘れ人が集う島で、待っていました。前世、私が処刑させた人間が、忘れ人として新たな生を得ないかと。その人物を救うことで、私の罪を洗い流せはしないかと』

「それで、先輩と出会ったのね」

『はい。……ですが、彼はこの二年間、過去を思い出しませんでした。それが、今日になって突然、前世を思い出し始めたのです』

「……そうなの」

『つらい記憶です。思い出さないのなら、その方が良かったでしょう。私は、私は一体何ができるでしょうか?彼を救いたいと思いながらそばにいたくせに、いざとなると何もできない』

「……そばにいてあげれば、いいと思うわ。誰かがそばにいてくれるって、それだけで素晴らしいことだもの」

『そうでしょうか。何かもっと、具体的な』

「それだけでいいのよ。当たり前にそばにいる、って中々難しいことだわ。気が付いたらいなくなっていた、なんて事がないように、ちゃんとそばにいた方がいいわ」

 しづるは窓を指さした。白烏は迷いながらも、窓の外へ飛んでいった。

 翌朝、朝露に濡れた白烏を雄哉が発見するまで、白烏は静かに窓の外に控えていた。




「しほー!」

「由愛!」

 御令嬢とその飼い猫が裏庭で戯れている。

 雄哉はそれを屋上から見下ろしていた。

 『前世からの、大切な存在』。

 そんな風に言い切れる相手に出会えて、お嬢様は幸せなのだろう。吹っ切れた笑顔だ。

 ーーそれに対して、オレは。

「まーたなんか難しいこと考えてるな?」

 屋上に寝転がって雄哉が考え込んでいると、ボーイッシュな女性が雄哉を見下ろしてきた。

「げっ、七五三(しめ)先輩」

 七五三(しめ) (ゆかり)。薫風学園特別学年に所属する、雄哉と同じ行事委員会の委員長である。

「げっ、ってなんだ!げっ、て!!」

「なんでもありませーん。今忙しいので帰って下さーい」

「どう見ても暇だろ!?」

「いや事実メチャクチャ忙しいっすよ。……前世の記憶とか、出てきそうなんで」

 雄哉の言葉に、縁は片眉を吊り上げた。

「オマエもか。……やっとだな」

「……まぁ、そっすね。3年目にしてようやく、ですよ。……先輩は、思い出したりしないんすか?」

「アタシはまだだなぁ」

 からからと縁は笑った。

「のんきっすね。悪夢みたいな前世だったら、どうすんですか」

「それはその時考える!今は霧夜と凪紗がいるし、そんなことで凹んでられねーよ!」

「キリヤとナギサ?……ああ、先輩の知り合いの一年でしたっけ」

「そうだ!弟と妹みたいなもんだ」

「……そういえば、ウチのお嬢様がお世話になったそうで」

 縁は顔を歪めた。

「……その件は、悪かったよ。あいつ、ほんっとーにたまに、前世帰りするんだ」

「前世帰り、ねぇ。……なんか、今年の一年はキャラ濃いっすねー」

「アタシのキャラが薄いって!?」

「んなこと言ってないっすよ!?」

 ばさり、と白烏が羽ばたいた。

「……センパイ」

「なんだ」

「オレ、大学ハーバードかマサチューセッツ受けようと思うんですよ」

「お、おぉ?すげーな」

「それぐらい有名なとこ行っときゃ、親父からも高階の家からも自由になれると思うんですよ」

「別に、そこまでして気にすることかぁ?」

「関係ない、って証明したいじゃないすか。前世も、現世も」

 雄哉はパチン、と指を鳴らした。

 白烏が飛び立って、頭上で弧を描いた。空の青とも、この島を取り巻く海のあおとも異なる、孤独の白烏。

 それが酷く、羨ましい。

「この世は全て、物理現象だ」

 何にも囚われずに生きていきたい、と思う。






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