第8話 魔法の師。
教育…?
ネルフェに『教育は誰を?』と問われてイジェットは考え込んでいるようだった。
それはハーシィーの様に何を言っているのだろうという疑問符が頭に浮かんでいるという事ではなく、それを話していいものか、という戸惑いに近い様子。
イジェットと長く付き合いのあるネルフェにはその様子は解りやすかったのだろう。
「その考え込んでいる様子ならもう候補は決めてあるんだね」
解りやすいな、と言わんばかりに口に手を当てて ふふ と苦笑するネルフェをみてイジェットは眉間に皺を寄せた。
「……ダンとも話しているのでな。ここまで聡明な孫だ。出来るならおしみなく与えたい」
貴族が受ける教育というとその家や領によっても違ってくる。家格によっても違うそうだが、ハーシィーは大まかにしか知らない。
未来であった過去、ハーシィーは一応読み書き算術を習い、さらに王妃教育を受けている。基礎的なそれら読み書き算術はもちろん、国の歴史、経済、マナー、社交、外交、他国の歴史もみっちりと。才がないハーシィーだからこそ、その分を補う目的でかなり厳しく取り組んだ記憶がある。
これも王子と結婚したいと望んだハーシィーの為にイジェットやダン、ハシェリナが決めた事だ。ハーシィーはそれを解っているから有難い事だとしか思わない。
しかし今は王子と関わる気のないハーシィーである。
教育と言われてもあまりピンとはこない様だ。
だが、イジェットやダンは優秀なハーシィーへと期待をしているのは間違いない。だからこそ話し合っているという。
「そうか。それはそうだ。ここまでの聡明さなら、王家に嫁ぐ事も―――」
「ありえません」
イジェットの言葉を聞いてネルフェが話し始めた、その言葉を遮って、ハーシィーはきっぱり『ありえない』とそう告げた。
思わず零れた、と言わんばかりに次いでハッと口元に手を当てているハーシィーであったが、こほんと咳払いをし、ネルフェを見る目に宿る光は強い。
両親祖父母共にそんなハーシィーを見守ろうと言うのか言葉を発しずただ静かに時が流れる。ネルフェも同じくハーシィーの次の言葉を待っていた。
だからハーシィーは自分の考えを紡ぐ。
「私。王家と、いえ、王子に嫁ぐ気など一欠片もありません。私では重荷に過ぎず、嫁ぐと言う事さえ考えるのも恐れ多いですわ」
それに、と付け足して。
「今の私は、このリングドット領を盛り立てていきたいと考えていますもの」
「「ぐぅっ!」」
「まぁっ!」
「ハーシィーっ!」
「きゃっ?!」
ハーシィーのその言葉に感動したのだろう、ハシェリナとクミシィがいきなりハーシィーを抱きしめた。両隣から抱きつかれ驚いてしまったハーシィーが「お母様、おばあ様、く、くるしい、です…」と助けを求める様に周りを見回せばイジェットとダンは肩を震わせ目元を腕で覆っていたり手で押さえている。口元は震えておりどうやら嗚咽が漏れない様に必死らしい。どうやら先程「「ぐぅっ」」と唸る様な声はこの二人が思わず感極まって漏らした様だ。
目の前のネルフェはそんなリングドット家の面々をにこにこと微笑ましいものを見たと言わんばかりに笑んでいる。
流石にこのままでは話が出来る体勢ではないと思ったハーシィーは両親祖父母とも宥め、こほんと咳払いしてネルフェを見た。
家族だけであれば構わないのだが、そうではない第三者…ネルフェが見ていた事がどうにも恥ずかしい。顔は赤く熱を持つ。
イジェットやハシェリナ、ダンとクミシィも客人の前でする態度ではなかったと顔を赤くしている。まぁ客人と言ってもネルフェは知った仲ではあるのだが。
ネルフェも解っているから、見なかった事にしてくれる様で、態度を変えることなく口を開く。
「この領を盛り立てる、か。ならこの領の特性を考えれば、冒険者目線で知る事は役に立つと私は思うよ」
「冒険者、ですか…」
冒険者、と言われてハーシィーは考える。
確かにそれは一理ある、と思った。
このリングドット領は冒険者が多い。それは隣接している亜魔森があるからで、ここで現れる魔物や扱われる素材目当てに他領から移り住む者もいる。そういった者達が領に様々な形でお金を落としていってくれるのだ。だからネルフェの言う『冒険者を知る事』は理にかなっている。
「どんな魔物がいて、どんな素材が扱われているのか。魔物を倒す為に必要なものは。このリングドット領で、というより亜魔森のそばで暮している者にとっては必要な知識だ。それらを知るのであれば冒険者になるのが手っ取り早い」
冒険者目線で見た時には気付かなかった事にも気付けるかもしれない。
「現に、ここにいる者は冒険者として登録しているしね」
「え?」
ネルフェの言葉に驚きの声をハーシィーは上げてしまった。
ここにいる者、という事はイジェットやハシェリナ、ダンやクミシィも、それにネルフェにだって当てはまる事だからだ。
貴族当主が冒険者。
確かにイジェットやダンが強い事をハーシィーは知っているが。
それでも冒険者をしていた…いや、今もしているのだろうか?とは思わなかったのだ。
しかしながらそれは真実の様で、ハーシィーがクミシィを見てハシェリナを見ればその奥に座っているイジェットもダンも優しく微笑んでいるのだ。
「まぁ実際冒険者登録が出来るのは五歳からだけれど………そこで本題だ。ハーシィー、君は私に師事してみる気はないかい?」
「……ええと?」
一体どういう事なのか。
今日は何度驚き困惑すれば良いのだろうかとハーシィーは思う。
「イジェットやハシェリナから教えは受けているのだと思うのだけれどね、折角なのだしきちんと魔法について学んでみないか、というお誘いなんだ」
それはハーシィーにとってとても素晴らしい誘い文句であった。
そしてイジェットやダンにとっても願ったり叶ったりであった様だ。
最初に口を開いたのはイジェットである。
「やっぱりか。大抵そう言うんじゃないかと思っておったわ」
「おじい様?」
にこにことハーシィー達を見ているネルフェは一言も発しず、イジェットとネルフェを交互に見やるハーシィーはただただ困惑するばかりだった。
次いで口を開いたのはダンだ。
「父上や母上も魔法の才は素晴らしいと言えるのだがやはり本職には敵わない事は敵わないからな…」
ふぅ、と息を吐き出したダンを見てハーシィーは悟る。
今まで魔法について教えてくれていたのは両親祖父母であった。しかしそうそうハーシィーに教える時間をとる事は出来ないし、無理をして時間を作っていた事も否めない。大体もう上級くらいであれば一通り使えるようになってしまっているハーシィーに何を教えるというのか。
もっと専門的なものを教えるのであれば、適任な者は?
そう考え頭に浮かんだ信頼できる者はたった一人だったのだ。
「ハーシィー」
「はい」
父であるダンに名を呼ばれてハーシィーは返事をする。
「父上や私は、魔法の師にネルフェ殿を推す。それはもちろんハーシィーの才を伸ばす為だ。今まで以上に色々な事を知る事が出来る。実の所、私に魔法を教えてくれたのもネルフェ殿なんだ。だから、その腕に関しては間違いない事は解っているし、それもあってネルフェ殿なら安心なんだ。ハーシィーはどうしたい?」
ダンもネルフェから教えを受けていた事にハーシィーは驚きはしたが、どうしたい?と聞かれて、答えなど一つしかなかった。
「もちろんお願いしたいです」
「決まりだね」
こうして魔法に関してハーシィーはネルフェに師事する事となったのだった。
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