第7話 神のいたずら。
ハーシィーは緊張していた。
それは今、目の前に座る魔法士ギルドのギルドマスターであるネルフェが原因である。
数日前にネルフェから手紙が届いた。
忙しくしていた案件も一段落したので会えないか、と。ハーシィーにである。三歳の、幼女と言ってもいいだろうハーシィーに簡潔にではあるが丁寧に文をしたためて。
この時点でハーシィーはネルフェが何か勘付いているのかと考えた。
いや、そう考えてもおかしくはないか、とも。
だって三歳児がこんないろいろと案を出す事が出来るか?と言われれば、否、と誰もが答えるだろう。
イジェットやハシェリナ、ハーシィーの家族や使用人はどうにもハーシィーが優秀だ、としか考えていない様なのだが。いや、もしかすると、知っていても知らぬふりをしてくれているのかもしれない。
ハーシィーをとてもとても大切にしてくれる、大事な家族だ。
いつかは、話さないといけないとハーシィーは常々思っている。
そこにこうしてやってきたネルフェからの手紙。丁度良い機会だとハーシィーは思った。
だからこそここに家族がいる。ハーシィーの左には祖父祖母、右隣りには母父。もちろんハーシィーをネルフェと二人きりになど出来ないと思ってくれてもいるのだろうが、都合が良かった。
聞いてもらおう、知ってもらおう。もちろんすべては話せないけれど。
そんな風に考えているとは知らないイジェットとネルフェは挨拶を交わし、話し始めていた。
「それで、今回はどうだった」
「上手くいきましたよ。大半の者が少なからず才があり、リングドット領の人材確保に役立ったでしょうね。才がない者もいましたが、その者達はこちらから魔法を使わなくとも充分働ける場所を提供する予定です。元々どこも働ける者を探していた所ばかりですから本人のやる気などもありますけれど、この分ならやっていけるでしょう」
「それなら重畳だな」
亜魔森のおかげでこのリングドット領は冒険者が多くその冒険者たち向けの施設も多い。年々冒険者が増え、人材不足で困っていたのは本当の事だ。
ハーシィーはその手の陳情書を見てどうにかする手はないかと悩んでいた祖父と父の姿を昔に見ていたから、少しでも役立てたのなら良かった。
やり直したい、と願って今を生きているハーシィーは、自分が持つ、過去の…いや、ここでは未来になる知識が役立つなら役立たせたいと思っているのだ。
それは、大切な人達の為。
「ハーシィー」
そう考えていたハーシィーを呼んだのはネルフェだ。
ハッと俯かせていた顔を上げ、ハーシィーはネルフェを見る。
「有難う」
座ったまま頭を下げてネルフェはそう言った。驚いたのはハーシィーだ。
ゆっくりと頭を上げるネルフェは苦笑しつつも柔らかく微笑み、ハーシィーへ向けて言葉を紡ぐ。
「君の案がなければ、こうも上手く話は進まなかっただろう。私があの時困っていたから、君は助言してくれた。本当ならギルドマスターである私が案を出し、救済の為に動かなければならないのにね」
ネルフェの言葉を聞いて、ハーシィーは首を横に振る。
それは違う、と示す為。
「いえ、私はただこうしたら良いのではないか、と思っただけで…お父様とおじい様が楽になれば、と。それをその後実行して行動に移されたのはお父様やおじい様、それにネルフェ様はじめギルドの方なのですから凄い事だと思います」
そうだ。
言っただけ、では意味がない。それを実行し結果を出す。それがどれだけ難しい事か。
本心からハーシィーがそう言っている事はネルフェにも伝わったのだろう。柔らかい笑みが深まった。
「ハーシィー」
「はい」
名を呼ばれて、ハーシィーは答える。
「君は『神のいたずら』に遭遇したのですか?」
ネルフェの言葉に一瞬、ハーシィーは息を止めた。突然の話題の転換に身体も不自然にびくりと震える。両隣のハシェリナとクミシィには気付かれているだろう。
『神のいたずら』
それはこの世界で時々起こる現象だ。頻繁に…とは言わないが、それでもこの現象が口に上るくらいには昔から知られているし、それらを題材にした子供向けの絵本だってある。
この世界とは別の世界が数多あり、その別の世界から、神によって選ばれた者がこの世界に来る事を指す。この世界の人間として生まれ変わる転生者、身体ごとこの世界に来る転移者が上げられる。
どちらもこの世界にない高度な知識を持っていて、後の世に大いに貢献した者もいるとか。転生者や転移者という言葉も『神のいたずら』にあった当人がそう言っていたから、言葉として残っているという記録もあるという。そんな彼ら彼女らが残したものはこの世界に多く影響をあたえていて、ハーシィーが興味を持ち読みふける魔法書に載る魔法も、そんな『神のいたずら』にあった者達がもたらしたものも多い。
しかし。
「私は『神のいたずら』には遭遇してはおりませんわ」
きっぱりとハーシィーはそう告げた。
事実だ。
そう、ハーシィーは違う。そんな高度な知識など持っていないし、知らない。
過去を遡ってやり直す機会を得た。それだけなのだから。
「……なる程。ハーシィー。君は。時間を―――」
ネルフェはハーシィーの告げたその内容から真実を導き出した様だった。
ハーシィーが時間属性を持つ事、そして三歳と言う年齢でこれだけの知性と流暢な喋りが出来る事を考えれば辿り着ける答え。
お伽話の一つとして語られる『神のいたずら』ではないとするのなら。
「その後のお言葉は、私から」
伝えさせて下さい、と。ぐっと身体に力を入れて、ハーシィーはしっかりとネルフェを見返した。
「私は、時間を巻き戻りました。ここにいる私は、未来を、経て、います」
口を開いて言葉を紡ぐ。しかしどうしても、聞いてもらおう、知ってもらおう、と思っていたのに、どう伝えたら良いのか、今になって躊躇いが出る。
けれども両親祖父母ともに慌てる様子もなく、やはり察していたのかもしれないとハーシィーは思った。奇異の目で見る事も猜疑の目で見る事もない。それだけで心が軽くなるのを感じる。
ハシェリナもクミシィも、イジェットにダンも。両親祖父母共に頬笑みをハーシィーへと向け、まるで安心していいのだと、気にする事はないと、そう言わんばかりにこくりと頷くのを見て、ハーシィーは温かな気持ちになった。
「そう、か…。そうだね。確かに『神のいたずら』でなければ時間属性を持っている君なら、遡れる事が出来ると思えてしまう。それ程の力はあると思う」
ネルフェはしきりにうんうんと頷きながらそう自分を納得させていた。
魔法に対する興味・興奮で顔が朱く色づいている。ギルドマスターになれる程の力量、そして魔法に対する理解もあるネルフェだ。これがどれ程凄い事なのかが解るのだろう。
そんなネルフェであるが、ふと何かに気付いたかのように一瞬ハッとした表情となると、身体ごとイジェットへと向けた。
「そういえば、ハーシィーの教育は誰を考えているんだい?」
するりと尋ねられたその言葉に、ハーシィーは目を瞬かせたのだった。
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サブタイトルに話数を載せる事にしまして、前話もそれに合わせてサブタイトルに話数を入れております。話の改稿等は行っておりませんが、今話と前話の更新が一ヶ月空いたもので、よろしければ前話も合わせて読んで頂けましたら幸いです。