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第6話 リングドット辺境伯領からの触れ。


王国歴374年。

リングドット辺境伯領でとある改革が行われた。それは王国全体に発布され、平民貴族と身分の差に関わらず広く知られる事となった。


才なしと判断された者に、領内での仕事を与えるというのだ。


才がないとされた時点で、働き口はかなり狭められる。何か仕事を見つけ、働く事が出来れば恩の字。最悪は仕事が無く、飢えて死ぬか、路上で物乞いするか、悪事に手を染めるか。

それ程に才がないとされた者に対するあたりは強いというのに。

もちろんこれに何か裏があるのではないかと勘繰るものもいた。いたにはいたが、背に腹は代えられない。それに何より、期限付きではあるがリングドット領へ向かう馬車は無料で、どんな仕事かは記載がないが住み込みで三食きちんと食事が提供される、というのも決断を促した。

そしてリングドット領に到着し、リエッタの街へ案内され、向かわされたのは魔法士ギルドの訓練場。

そこで説明されたのは、仕事について、だった。


このリングドット領には亜魔森が近い事もあり、魔物が出る。その魔物の討伐に冒険者がいて、彼らのおかげでこのリングドット領は助かっているという。その冒険者相手の商売、宿屋や飲食店では最近人手が足りず困っている。実の所、冒険者ギルドでも、討伐された魔物の素材の仕分けや持ち込まれた魔物の処理の補助要員など、人手はいくらあっても足りない状態だ。

才のあるなしは関係ない。

働く意欲があるのなら、是非とも働いて欲しい。


この説明に涙を流す者までいた。

今までにそんな風に言われた事がない為に余計に心にくるものがあるのだろう。


ではさらに仕事についての詳しい説明を、となった所で説明をしていたギルド職員から改めてこの水晶に手を触れて欲しいと、懐から布に包まれた水晶を取り出して傍らの机にゆっくりと置いた。

才の判定をする水晶だ。

皆、ごくりと息をのんだ。


自分が、ここに集められた者達が、才がないと言われて、不遇を受ける事となった元凶。


一体これは?と集まった者達がざわめいていると、そのギルド職員から頭を下げられた。

「申し訳ない」と彼は続ける。


今まで使用してきた水晶は人種で使用してきたもの。けれども、亜人達には亜人達が使用している水晶があるという。

目の前にあるのはその水晶だと。

亜人と言われている者達の中でも魔法に長けたエルフの中で使用されていて、人種のものよりも精密に計測が出来る筈。もしかすると、この中に才なしではない者もいるかもしれない。


そう説明されて、部屋はしん、と静まり返っていた。


「先程も説明した通り、この水晶は亜人達が使用しているものなのです。亜人差別は、言いにくいのですが、才なしとされた皆さんなら、理解出来る方もいらっしゃるのではないかと思うのですが、酷いものです。だから、本当なら、この水晶を使用する事自体が許される事ではないでしょう。けれど、このリングドット領では違います。ここは開かれた地。流石に公にとはいかず、他領には他言無用という制約がありますが、領主様が許可を下されたのです」


そこまで言い終えて、そのギルド職員は ふぅ と息を整えた。


「もちろん、この中には他領から来られた方もいる。その中には亜人を受け入れる事の出来ない方もいらっしゃるでしょう。信じられないから、亜人のものだから、理由は様々あるでしょうが、触れたくなければそれで構いません。けれど可能性を示せる道が広がるかもしれない。領主様は、リングドット家の方々はそれを願って触れを出されたのです」


机の水晶へと彼は手をかざして、見る者の視線を水晶へと集める。


「名乗るのが遅れました。私はこのリングドット領リエッタの魔法士ギルド、ギルドマスターをしております、ネルフェ=オルドロダンです。それでは触れても良いという方は名乗り出て頂けますか」


ネルフェと名乗った、今までギルド職員だと思っていた男がギルドマスター?!という驚きよりも、この場にいるものはそのネルフェが示す水晶から目が離せなくなっていた。

誰かの喉が、ごくりと鳴った。


「お、俺は、触れるぞ!」


一人の男がそう言って前に出た。

このリエッタの街より少し離れた村に住む青年だ。彼は才なしとされたが村の者達は気にせず、気さくに接し、仕事も家畜の世話など任されて、こうして今まで無事に生きて来れた。しかし、村の者が魔法で仕事をこなしている姿や魔物や獲物を狩るのを見ていると、どうして…と思わずにいられなかった。

贅沢な悩みだと思う。中には才なしとされた時点で家族親類友人にも縁を切られて路頭に迷うものだっていると聞く。自分はまだ恵まれている方なのだ。

けれど、才がない、魔法が使えない事が、どうしても淀みの様に劣等感となって己を苛む。


それが、もしかしたら、自分も才があるかもしれない。


そうなら、知りたい。


そう青年は思ったのだ。

そして、彼は水晶に触れた。


すると、水晶が仄かに光ったのだ。しかも中に光るは3つ。

弱々しいが確かに3つの光が瞬いていた。


呆然とそれを見ている青年に、ネルフェは告げる。


「この色は、水、風、空間を表しています。弱い光ですが訓練すれば使う事が出来る様になるでしょう。貴方には、才があります」


その言葉に青年は涙した。周囲に人がいる事など忘れて。

これを皮切りに、我も我もと水晶に触れていく。

これが亜人のもの、などと気にするものは誰もいない。


触れた者達の中には、本当に才がないという者もいたが、先程の青年の様に弱いながらも水晶が光り才なしでなかった者もいて、今後はそれぞれ出来る出来ないに応じて仕事を割り振られていく事となった。



その夜。

ようやく、なんとかギルドマスターとして処理しなければならない書類の処理を終え、ネルフェはギルドマスターに与えられる部屋のソファでぐったりと横になっていた。

ただ単に疲れたという事ではなく、ここ最近のとても忙しくけれどやりがいのある充実した日々がようやく一段落した、という気疲れの様なものだろうな、と彼は考えている。

しかし。


「あー…楽しいなぁ」


ふふふ、とネルフェは笑った。


実は、あの触れが出される前に、あの水晶にハーシィーにも触れてもらっている。

結果は魔法士ギルドの訓練場がそれはもう見事に光り輝いた。

ネルフェの予測は正しく、亜人の使用する水晶では、ハーシィーは才がある所か、とんでもない才能を秘めていた。輝く光に推測される力はネルフェよりも、だ。

人種で使用されている水晶と亜人で使用されている水晶との違いをリングドット家の人々、ネルフェと信頼している一握りの部下と試して確信した。

人種の水晶は不良品ではないだろうけれども、劣っている、と。

だがこの事実はおいそれと公表は出来ない事も解っていた。


ネルフェは横になったソファで仰向けになり方腕をその目に宛がい覆い隠した。


亜人より人種が劣る。それが知れた時に人種至上の者達が何をどうしてくるのか予想がついた事もある。このリングドット領はそうではないが、他領には存在しているのだ。

それが貴族には多い。選民意識というものもある。

だから、亜人達を差別せず、差別を許さない、リングドット辺境伯を疎む者達がいる事をネルフェは知っている。愚かな事だ。自分達は正しいのだと信じて疑わない傲慢さ。それが国益を損ねている事にも気付かぬ連中。


「まぁ、私にはそこまでしてやる義理はこの国にはないのだけれどもね」


そう呟き、ふぅ、と息を吐き出して起き上がったネルフェは傍らのテーブルに乗せていた書類の束を手にとり、ぱらぱらとめくる。

リエッタの街で新たに作成される事となった、才のあるなしの判定結果を載せている書類。これは機密事項として、領主とギルドマスターであるネルフェが責任を持って管理する事となっている。

こうして見れば思った以上の者が少なからず才があり、才がないものでも働く気概もあり、リングドット領の人材が潤いそうだ。

他の領と違いリングドット領は亜魔森と接している縦長の領地。何時だって人材は求めている。


「それにしても、すごいなぁ」


ぱらぱらと書類をめくり、一つのページで止めた。

そこに記されているのはハーシィー=リングドット。ネルフェの友人、いや、親友の孫。

三歳だ。それがあの聡明さ。

この案を考えたのもハーシィーだ。エルフは長命で魔法に長ける。リエッタの町で活動している冒険者の話を聞いて、それに本で読んだ事がある、と。それを判断する何かがあるのでは、というのとこのリングドット領を繁栄させるために人材を集めるのと。

イジェット達には優秀だ、と言ったけれどもそれ以上の逸材。それは間違いがない。

イジェット達は孫馬鹿、親馬鹿、というものかあまり深く考えずにハーシィーの事を溺愛しているけれども。


「もしかして…」


ネルフェの頭によぎる言葉。

それが真実なのかも知れないと思った。

魔法士ギルドのマスターをやっているネルフェである。どうにも気になる事は調べねばすまない性分をしている。


だから。


すぐに筆をとった。

紙に書きつけるは家への訪問の窺い。

さて、どんな返事が来るのか。そこにあるのは子供の様に破顔し笑んだ顔だった。



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