第5話 想定外規格外、それは可能性の話。
「では、見て下さいますか?」
そう言うやいなや、ハーシィーは魔法を発動させた。
何時も練習している通りに。
周りに浮かぶのは球体が4つ。
ふぅ、と一息ついて、ふと前を見ればネルフェが呆然としていた。が、次いでわなわなと震えだす。
「嘘だ、ありえない。まだたったの三歳で…そんな、無詠唱?それに四属性、いや、それを閉じ込めているのは空間属性か……しかもこれらを発動させているというのに揺らぎもしていない精密さ、制御の高等さ、魔力量………」
ぶつぶつと自分の世界に入っているのか、顎に手を当てて呟くその様は一種不気味である。
「あ、あの……」とハーシィーが声をかけ、ハッと顔を上げたネルフェは悩む様に口をもごもごさせ躊躇っていたが、決心したのか口を開いた。
「率直に聞くよ。君が使えるのは、四大属性と空間属性かい?」
その問いに、ハーシィーは首を横に振った。
答えは否。
にこりと微笑み、キリッとした顔をしてネルフェを見返したハーシィー。
「いいえ。私は、全属性使えます」
浮かび上がる光と闇を閉じ込めた球体。
そして先程まで球体の中で揺れ動いていた炎や水が、今は動きを止めている。
もちろん、ネルフェはそれに気付く。
「凄すぎる…こんな事が……信じられない」
ハーシィーがどれだけ凄い事を成し遂げているのか。
ギルドマスターであるネルフェは理解している。だからこそ、行使している魔法をまじまじと
観察し始めた。
そして出した結論は、もちろん。
「参った……。これで才なしだなんてありえないよ」
ネルフェのその一言で、ハーシィーはもちろん、皆が笑顔になる。
「空間属性による、四大属性と光属性と闇属性を球体に閉じ込めている事や、それらを完璧に制御している事、しかもそれらを無詠唱で行ったのも凄すぎるのに、さらに時間属性で動きを止める。これで才なしなんて事にしたら、私が才なしと判断されるよ」
そうネルフェは流石ギルドマスターに選ばれる事はあるのだろう見識の深さを披露した。さらに、おそらくなんだが、と付け足して。
「水晶が壊れているわけではないのだと思う。今まであの水晶で才を測ってきて不具合も、もちろん何か判定が間違っていたという報告はないから。……私が思うに、想定外、なのだと思う」
「想定外」
「そう、想定外だ。君は、八属性使う事が出来る。まずそれが想定外と言えるだろうね。それと今見せてくれた魔法。どの属性も均等に効率よく発動していた。私が見た限り、あんなに綺麗に発動し維持されている魔法は初めてかもしれない。それを踏まえて考えると、君は各属性における適性が最大値あるんじゃないかと私は思っている」
昔に作られた水晶が、ハーシィーの様な全属性適性持ちを想定していなかったのも考えられるし、さらにその力が均等に最大を示す、という規格外である可能性も考慮していなかったかもしれない。
通常は一つ才があれば良く、複数才のある属性を持つといっても、その属性の強さはばらつきがあるのが普通と考えられているのだから。
だからこそ、水晶はまったく反応しなかった。出来なかった、と言うのが正しいのかもしれないが。
「だから、もしかすると均等に力があると、打ち消し合って…というよりも、それに対応出来ずに光らない可能性が、ある」
ネルフェはそう言ってがっくりと肩を落とした。
「これ、もしかすると、今まで才なしとされた子も本当は才があったのかもしれないんだ…どうするんだ、今更………」
うわぁあああああと頭を抱え込んで項垂れているネルフェにハーシィーは申し訳なく思った。
真実が本当にそうなのか解らないが才なしとされた子ももしかしたら才がある可能性があるのは喜ばしい。けれども、これが本当に正しかった場合は今まで才がないとされた子の可能性を摘み取ってきた事になるのだ。それを公表しても良いものなのか。
辺境伯領の一ギルドマスターでしかないネルフェには荷が重い。
「今まで、才がないと断じられた子の記録はあるのですか?」
ハーシィーの突然の言葉にやや茫然としつつもネルフェは「ある」と答えた。
「確か、ギルド本部になら、各ギルドからの記録が集まっているはずだ。才なしと出た子供は少ないし珍しい事ではあるから、記録自体を探すのは簡単だと思うけれど」
それならば、こういうのはどうだろう。
ハーシィーは思いついた事を、正確に言うのならばここ最近過去を踏まえて考えていた事を皆に伝えた。
「ほう、なるほど。それならば……」
イジェットが面白そうに頷き、ダンへと目配せすればダンも同じ様に頷く。
二人が頷いたという事は、リングドット領にとって悪くない提案だったのだと理解してハーシィーはホッとする。
「しかし、三歳でこの聡明さ…。イジェット、ハシェリナ、君達の孫はかなりというか、そんな言葉で表して良いのか迷うのだけれど、優秀なんだね」
「ははっ、何言っとるんだ、今更だ今更。ハーシィーは自慢の孫だ」
「ええ、私の、いえ、このリングドット領の宝ともいえますわね」
なんとも恥ずかしい台詞を惜しげもなく告げるイジェットとハシェリナにハーシィーの顔は真っ赤に染まった。嬉しいけれども、恥ずかしい。
そんなハーシィーの姿に、ネルフェは微笑んでいた。