第20話 着実に進む変化。
そんな事があって数か月。
ハーシィーの周囲は慌ただしい日々が続いている。
とは言っても、ハーシィー自体はあまり変わりのない日々ではあるのだが。
あの日。執事とメイドの募集で採用され、捕まった二人以外の四人はあの時何が起こったのか解らぬ様子で戸惑いを隠せぬ様子ではあった。
邸へ入ったらいきなり牛の鳴き声を聞かされ、同僚となるはずの者が二人、騎士に取り押さえられるなどという場面に遭遇したのだ。驚くなという方が無理だろう。しかし四人は驚いていたものの、フェルドに何が起こっていたのかを聞かされ、今では落ち着き、この邸に慣れる為に学んでいる。
イジェットもダンも、ハシェリナもこの四人に関しては今後も問題はないだろうという見解が一致していて、ダンなどはクミシィの為にも早く邸の事に慣れて欲しいと話までしに行ったとフェルドから聞かされたハーシィーであった。
しかし問題は捕まえた二人である。
捕まった二人だが、尋問の結果判明したのは『愛に狂った者』と『壊された者』だった。
『壊された者』はレドである。
どうやら魔法による洗脳状態にされており、命令が遂行されない状態となった時には壊れる様にされていたらしい。今のレドはまるで人形のよう。生きてはいる。ただそれだけだ。
呼吸はある。虚空を見つめ、時折意味のない言葉を、いや、言葉と言えぬ単語を呻いている。
ネルフェによる見立てでは、通常であれば職務に忠実に演じるように仕立てられていて、魔法を施した相手による命令には逆らえず、疑問も持たず、与えられた役をこなしていたのでは、と。
身体の傷痕や筋肉の付き方などから、諜報や暗殺に長けていたのではという推察もされている。
ガドリア家は男爵家であるが、金のやり繰りに困り、侯爵家へ援助を願って、三男以下はそこへ預けられていたのは社交界に出ていれば入ってくる話。
実の所こういった話は珍しくない。同じ派閥内で、上の地位にいる者が施しとして、家を継げない三男以下の子供を預かり、教育を施し、最低限生きていける様に面倒をみる事は。預かった人数によって親元へ金を援助し、働く先を斡旋したりと、慈善事業の様なものとして。
応募の書類や面接の受け答えなどおかしい点はなかった。そういった事も踏まえてだからこそ採用したのだがさらに詳しく、とリングドット家から使者を出し事の仔細をガドリア家へ尋ねた際には、一切関与していないとの事だった。
男爵は「何かの間違いだ!」と喚き、男爵夫人も同じ様に「私達は何も!何も知らない!」と狂ったように頭を振り乱している有様だったという。長男も次男も一貫して「預けた後の事は何もしらない」と言い放ち、使者は呆れるしかなかった。
ならばと侯爵家へ尋ねれば、確かにガドリア家の者を数人預かってはいるが、レドなる者は預かっていないというのだ。預けられる前に姿を消す者は実の所珍しくない為に気にもしていなかった、と言いのけたのはその侯爵家の執事長だった。
「いえ、確かに男爵家から数人子供は預かりましたがね。なにぶん侯爵領へと馬車で運ぶ際に野宿もします。その時に道から逸れ獣道に入り込み、行方知れずとなる者もいるのですよ。何回かに一人は。他の者達もいますから捜しはしますが見つかる事はありません。こちらとしては金の代わりに預かり教育を施し色々な場所で働けるようにしなくてはなりませんから、いなくなった者に金をかけるわけにも…。しかしながら預かった身として、いなくなってしまったなど、不憫ですから告げる事も出来ず…」
などなどしおらしくしながらもこちらに非は一切ないと言わんばかりの態度だったと使者はイジェットとダンへと報告をしていた。
それが本当の事なのか、レドが壊されてしまった今となっては解らない。
さらには。
預かっていたガドリア家の者達は今回の事で、侯爵家から男爵家へ帰すとされ。
帰されたその数日後に、男爵家が全焼したのだ。
邸にいた者は全員死亡が確認され、何も残っていなかったという。
もちろんイジェットとダンはこれを聞き、憤慨していた。
証拠は消され、首謀者を辿る事さえできなくされたのだ。
男爵家が全焼したのは、火の不始末だろうと碌に捜査もされず打ち切りとなったのも怪しい事であった。
そう、どう考えても怪しいのは侯爵家だろう。
とはいえ、派閥も違う、男爵家がある領も違う、となればこちらからはこれ以上手を伸ばす事も出来ない。
一応この王国で、侯爵と辺境伯の地位は公爵に次ぐものとなっている。同じ位であれば、強く出る事も出来ず、レドの件はここで終わるしかなかった。
レド自身はここまで壊されていた事、男爵家が全焼し身元を保証するものもないという事もあり、一端リングドット家にて預かる事となった。
壊れた者が元に戻るかは解らないが、死んではいないのなら、と秘密裏にリングドット領の療養施設へと運ばれていった。
『愛に狂った者』はルルナだ。
この狂いっぷりは酷いものであった。
牢に入れられても喚き続け、牢番をほとほと困らせる。
喚いている中身も「私こそがあの人に相応しいのよ」「どうして私をこんな薄汚い場所に閉じ込めるの」「私があの人を御慰めしなくてはならないのに」などなど。
困りに困った牢番が訴えて猿轡をかませてうるさくはなくなったが今度は尋問官が辟易した顔でイジェットとダンへ報告に来た。
「私とあの方は本当は結ばれる筈だった」
「あの方が本当に愛しているのは、私」
「奥様はもうすぐお亡くなりになるのでしょう?だから私がここに来たのよ」
「あの方を御慰めするの」
「ふふ、でも私は奥様を献身的に介護するわ。そうしたらあの方は私を見て下さるわ」
「奥様より私の方を見て下さる、今度こそ」
「私があの方の妻となるのよ」
「子供は才なしなのでしょう?可哀そう。私が生む子はきっと素晴らしい才を持っているわ」
「でもあの方の子供ですものね、才なしでも愛せるかしら、いいえ、あの方の血は引いているのですもの。愛せるわ」
こんな事を延々と一方的にしゃべり続ける。
ようやく聞けたのは「あの小瓶はお父様から頂いたのよ。とても高価なもので、これを飲ませれば、痛みも忘れて眠れるそうよ」とこれだけだった。
それ以外は如何に自分がダンに相応しいのかを語り続けただただ狂った様相だという。
面接時やここにきて案内の最中もそんな素振りは一切なかった。けれどもこれがルルナの本性なのだろう。
愛に狂った者。
そのルルナが語った、子爵から渡された小瓶。
鑑定してみればやはり毒であり、これだけでも証拠は充分だった為に、ルルナは王都に護送された。もちろんこの事があり子爵家も調べられ、今までの悪事が晒され、裁きの場で子爵家は断絶とされた。
辺境伯の奥方を狙って毒を持ちこんだ事は疑いようもない事実であり、言い逃れは出来ない、と。
そして刑罰としては王族の直轄領にある鉱山での労役となった。
子爵家の者が辺境伯家の者を殺そうと企んだのだ。家は断絶となりはしたがすぐに死罪とされぬだけ良かったのかもしれない。いや、鉱山の労役ならば死んだ方が良かったのかもしれないが。
しかし事件はその輸送中に起こった。
盗賊に襲われたのだ。被害は馬車を護衛していた冒険者数名、騎士数名、御者、道を同じくしていた商隊の者達、子爵に、ルルナだった。荷は根こそぎ奪われており、男は惨たらしく殺され四肢はばらばら、女は犯し尽くされている有様。
王族の直轄領への道すがら起こったこの事件に、すぐさま討伐隊が組まれ、盗賊達は根城にしていた洞窟で奪った荷を脇に酒盛りをしていた所で、酔っ払っていて碌に戦えず捕縛されたという。元は別の土地にいた盗賊達が、どうやらあまり同業者がいないという噂を聞きつけやってきたらしい。噂は噂。その噂の元は?と尋ねても、場末の酒場で飲んだくれていた所にやってきた冒険者だったか、それとも住民か、解らずじまい。
結局こちらもこちらで後味の悪い終結を迎える事となったのである。
本当は裏に誰がいたのか、いなかったのか。
解らない事だらけだった。
この件に関しては、これからもイジェットとダンで秘密裏に調べていく事と決めている。
何も知らないままであったなら、二人を執事とメイドとして雇い、それこそ重用していたかもしれない。いや、していたのだろう。
その『役』をレドはこなし、ルルナはただ『愛』の為に動いただろうから。
実際に未来であった過去でそうだったように。
ルルナは『愛に狂った者』であり、子爵が毒まで用意していた様だが、その毒がどこから手に入れたものか判明してない。レドは侯爵家の執事が言っていた事が真実ならば行方不明になった後、どこにいて、何をしていて、何をされたのか。
そして未来であった過去では、一体誰が動いて、動かしていたのだろう。
「知らない事ばかりね…」
報告書を読んで、ハーシィーは息を吐き出した。
あの日見たルルナとレドの姿。未来であった過去、あの時よりも若い二人。
盲目に二人を信じていた自分自身。
その決別。
「でも、少なくとも、変える事は出来た…」
まずは、一つ。
その一歩は始まったばかりなのだ、とハーシィーはこれからに思いを馳せるのだった。
また続きを投稿した際には読んで頂けますと幸いです。
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見て下さっているんだなぁ、と生きる気力になりました!




