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第19話 毒。


邸中に響き渡った牛の鳴き声に、ハーシィーは息を吐き出した。

事情を知っているイジスは何時でも動ける様ハーシィーの傍近くに控えている。

そう、牛の鳴き声。それは以前に設置した魔法具が作動し、敵意がある物に対して警告を鳴らした音である。

それが牛の鳴き声。


ハーシィーはただ何か大きな音が鳴れば解りやすいのではと思ったのだが、ネルフェは面白いからと、牛の鳴き声に決めたのだ。フェルドから渡された器である置物が牛だったのも、間違いなく関係してはいるのだろうが。

利点はこの鳴き声が存外気の抜けるもので、相手に対して緊張感はなくせる効果がある事だろうか。フェルドで実証済みである。

なお、ネルフェがフェルドに協力してもらったその時に、効果は高いから有用だろうという事を含めて警報としてはあまりにもふざけすぎていると随分と説教はされたらしい。


そういうわけで。この敷地、つまりは門扉をぐるりと囲んだ内へ一歩でも入った時には有害かどうかが判別されるのだ。鳴いたという事はそういう事だ。

ただ流石に外への大音量での牛の鳴き声というのは迷惑以外の何ものでもない為、敷地内にしか聞こえぬ警報として邸勤めの者達には周知させている。牛の鳴き声が鳴った場合にはリングドット家に対しての敵意あり、と。

もしこの警報が鳴った場合の対処も執事とメイドに騎士達へ伝達は済んでいる。すぐにでも動くだろう。実際、すでに外では何かのざわめきが響いている。


今ハーシィーがいるここは玄関ホールであり、その魔法具が置いてある場所。

その為、牛の鳴き声が耳に痛い。

だが、ハーシィーはそれを微塵も顔に表さなかった。


「鳴きましたね」


そう呟いたのはネルフェだった。ハーシィーはこくりと頷く。

今日は新しい執事とメイドがやってくる日。

事前にネルフェはリングドット家へ来る旨を伝えダンから許可を得ていた。ハーシィーとしては心強く有難かったので、魔法士ギルドのギルドマスターであり普通であれば忙しいであろうネルフェからの申し出を受けたのだ。


「あれが鳴いたという事は敵意があると言う事。何よりそれを裏付ける物を持ち込んだのでしょうねぇ…」


くつくつと嗤うネルフェはじんわりと背後に黒い靄を背負っている。未来であった過去を知っているネルフェはよほど腹に据えかねている様だ。

ただ理性は残しているらしい。


「あの鳴き声を聞いたのなら、傍にいた父上が対処をしているでしょう。それにもうリングドット家の騎士達が動いた様です。それにイジェットやダンもいるようですね」


怒りにまかせて飛び出す事もなければ、以前の様に魔力が外へと必要以上に漏れている事もない。きちんと外で何が行われているのかを把握しているのは流石といった所だろうか。

ハーシィーはそんなネルフェを一度見やって、外へと視線を向ける。

予め決めていた事だ。牛の鳴き声が聞こえたのならイジェットもダンも即座に行動に移す事は。だが、ハーシィーは呼ばれるまでは邸の中で待機している事、と言い含められている。いくら未来であった過去からやり直しているとしても今のハーシィーはまだ幼い子供なのだ。悪意をわざわざ見る事はないとの配慮だった。


ふと、先程からのざわめきが静かになっている事にハーシィーは気がついた。

どうやらこの騒動も終わりの様だ。

そして扉が開かれる。


「申し訳ありません、お嬢様。遅くなりました」


扉の脇に控え、頭を下げそう告げるのはフェルドだった。扉が開けられた事で、その先が良く見える。

騎士達に取り押さえられ、縄をかけられる二人。

持っていた荷物も、すぐにその場で改められている。そこからは護身用なのか小ぶりのナイフや小瓶が取り出されていた。


「いいえ、遅くなんてないわ」


ハーシィーはしっかりとその光景を見やった。

目を逸らしはしない。逸らしてはいけないのだ。

スッと手を眼前へ奔らせる。するとそこには半透明の薄く四角いプレートの様なものが現れた。

これは索敵魔法を皆にも見せる事が出来る様に可視化させたものである。見えているプレートにはこの邸にいる人々が光る点として表されていた。青い色は無害。赤い色は敵意を持っている者。騎士達は青。縄をかけられ抑えられている二人は、赤。


「解りやすいねぇ…」

「そうですわね」


ネルフェの呆れた呟きにハーシィーはそう返した。

ネルフェの視線は脇の小瓶に向けられている。


「あの小瓶。中身は毒だね。しかもかなりの強さだ。けれど厄介なのは、毒だと解らないんだよ、アレ。ゆっくりゆっくり身体が衰弱していって、そして死ぬんだ。そう、まるで眠る様に」


その言葉は、ハーシィーにとって毒の様だと思われた。ぎゅっと握った手が痛みを訴える。

お母様。

未来であった過去がよみがえる。

伏せられた瞼に映る、あの日の母の、クミシィの、最期の姿。

じわじわとハーシィーを浸していく。怖いのだ。

失ってしまうのが。

もうあの日は来ないと、解っていても。


「お嬢様」


その姿に何を思ったのだろう、イジスの声がハーシィーに届く。

その声にハーシィーはゆるりと頭を振った。

表出させていたプレートを消して、ハーシィーは歩む。

その後ろを付かず離れずネルフェとイジスが付いていき、フェルドはさらにその後ろに控える。


ハーシィーは騎士達に取り押さえられ連れていかれる二人から視線を放さない。

レドは項垂れているのか顔を俯かせてぶつぶつと何やら呟き、ルルナは逆に顔を上げて何かをわめいていた。

イジェットもダンも眉間に皺を寄せて二人が引きたてられていくのを見ている。


これからあの二人には尋問が待っているのだ。

敵意を持ってこの邸に入った理由。ナイフや毒をどこから入手したのか。背後関係はあるのか。派閥との関係は。色々と聞きださねばならない事がある。

ある程度吐き出させたら、王都へ護送し裁かれ、罪状によっては過酷な罰が与えられるのだ。

自領での出来事とはいえいくら辺境伯という高位貴族といえども、勝手に裁く事は許されず、王都へ護送するまでは生かしておかねばならない。


すぅはぁとハーシィーは身体の奥底から息を吸って吐き出した。



一月ほど間が空いてしまいましたが、何時も読んで下さる方、有難う御座います。前回もでしたが割と難産でして、何度も書き直したりとしておりますが、次話でようやくレドとルルナの話は一応の決着となる予定です。

また投稿した際には読んで頂けますと幸いです。


閲覧・ブクマ・評価と頂き有難う御座います。

それら一つ一つがとても励みになりました!


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