第15話 魔法具作成。
このリングドット領は亜人に対して最も開かれた土地だろう。
亜人に対する不当な奴隷制度の廃止や法の整備はここ近年で整えられた。そのおかげでこの地へと希望を持ち訪れる亜人は少なくない。
切欠は、百年は前になるだろう流行病だ。
その年は王国中がこの病に苦しめられ、分かっているだけで何百、いや、もしかすると何千人も亡くなったのではないかと言われている。今も当時の資料などを元に調べが進められているが、領によっては病に罹った者達を廃村に集めて焼き払っただの陰惨な事実も出ているという。
だが、リングドット領だけは初期の対処が早かった為か、死者は出していない。それどころか病の対処法を他領に広めるなどして病の終息に一役買った。そのおかげでリングドット辺境伯は名を上げ、王家だけでなく、公爵家とも縁ができたのである。
病の終息に貢献したのは、何とフェルドだった。
当時のフェルドは奴隷としてイジェットの曾祖父の元で働いていて、その時からリングドット領は他領よりは亜人に対して開かれた土地だったのだという。故に、フェルドの言葉も用意した薬もきちんとイジェットの曾祖父の下へと届けられ、病に侵されていたイジェットの曾祖母に祖父、そこで働いていた者達を救う事が出来た。
それだけではない。
リングドット領全体が救われ、さらに王家や公爵家とも縁を持つ事が出来たのだ。
この功績はフェルドの身分を奴隷から解放し、イジェットの曾祖父の下で教育が施され、専属執事という当時では考えられない職務を与えられる事となり、さらには亜人達の待遇改善を加速させた。
なお、その時にメイドをしていた女性とフェルドは結婚し、後にネルフェが生まれている。
「当時はね、奴隷…特に亜人の奴隷なんて待遇は本当に最低で……不当に扱われる事も酷使される事もない、それがどれだけ有難い事か。父上はこの地で領主様に買われて本当に良かったって、何度も話してくれたよ。イジェットの曾祖父…ディート様の伝手を頼りに、奴隷にされて他の貴族に買われていった仲間を探したらしいけれど、残念な結果に終わったと、言っていたから」
「御先祖様……。私、それを聞いてとても誇らしいと思いますわ」
あの後。通常通りハーシィーはネルフェの元へとやってきて、魔法の勉学に励んでいた。
その前にダンの元へ赴き、クミシィの事を聞き、実際に執事やメイドの採用は何時頃になるのかを尋ねたりもしたのだが。
ダンが言うには、早くても一週間後になるだろうとの事だった。
リングドット家が執事やメイドを募集していると商業ギルドを通じて告知を出し、書類審査に面接をして、それくらいになるのではという予想である。邸で働く者達にも推薦したい者がいれば遠慮なく言う様に、と話をしているとの事なので、もしかしたらもっとかかるかもしれないとは言っていた。
それを聞いたハーシィーは考える。ならば、自分にも出来る事をしよう、と。
そうはいっても今の自分に出来る事など限られていると解ってもいるハーシィーはその為に力をつけようとしている。
まずは力の使い方を知らなくてはならない。
前回の続きから、という事で、魔法具に魔法を込める作業がどのような工程で行うのか、素材は何を使うのか等々、基礎の基礎から学んで実践に入っているハーシィー。
魔法具の作成は本来であれば、学園へ行き、さらに希望者あるいは適性のあった者が学ぶ事になる一応高等技術に属するはずなのだが、ネルフェは流石魔法士ギルドの一ギルドマスターをしているだけあり、ハーシィーへ色々な事を教えてくれた。
これがまた面白く、のめり込むハーシィーはもうすでに簡単なものなら作成出来る。
二人で意見を出し合いながら、次はこれを作ろう、ああしたら良いのではないか、と話し合うのが楽しくて仕方ない。
その話の中で、魔力の強さの話になり、種族的なものならエルフや魔族が強く、それから亜人に対しての話に発展し、先程の話に帰結したのだが。
「このリングドット領が栄えているのも、人と亜人が手を取り合って、知恵を出し合い、力を合わせて暮らしているからだと思うよ」
ネルフェの話にハーシィーも同意する。
「ここは亜魔森がすぐ側にありますから。人だけではどうにもならない事も、亜人の方々と協力し合えば、それこそ亜魔森の奥も探索して、役に立つ素材を手に入れる事が出来るかもしれませんわ」
「そうだね。それこそもっと良い装備とか作れるだろうし、まだ見た事のない薬草もあるかもしれない。………あぁ、ハーシィー、もうちょっと、ちょっとだけ魔力を抑えて」
「あ、申し訳ありません先生」
会話しながらの魔法の付与。
そう、先程からずっと、会話を続けながら魔法の付与を施していたハーシィー。
先にも述べたとおり、一応魔法具作成は高等技術である。
本来集中が必要で話しながら、というのはありえないのだが。ネルフェは普通に話しながら付与に関して実践し教えていた為に、ハーシィーもこれが普通なのだという認識がなされている。
なお、さらに言うと、物に魔法を込めるのは集中が必要だが、これは膨大な魔力を使い緻密な魔力の操作が必要だからで、一つ間違えば元となる魔法具が壊れるだけで済めば良いが、最悪爆発する。故に高等技術と言われるのだが。
これが普通ではない、という事をハーシィーが知る事が出来る日が来るのかは定かではない。
今作っている物はハーシィーが提案して、ネルフェが「面白い!」となり作成に入ったものである。
ハーシィーは思ったのだ。
もし、今回の執事やメイドの中にルルナとレドがいたら、と。
時期的には間違いなくいるのだろうが、両親祖父母にはどう説明したら良いのか悩んでいたのだ。ルルナやレドの事は、まだ誰にも伝えていない。確証があるわけではないし、上手く説明が出来る気もしなかった。時間を巻き戻ってここに生きなおしているハーシィーを受け入れてくれている両親祖父母であれば、伝えれば良い様に取り計らってはくれるのだろうが、自分の目で確かめてもいないのに…ともハーシィーは思ってしまうのだ。
それならば、と思って提案したのは、邸に来た人間が、悪意や危険物を持っていた場合に何か音を鳴らして伝える装置。
魔法に索敵や罠を発見するものがあるし、活かせないかと思ったのだ。
実際に冒険者はこれらの魔法を駆使して普段は冒険に役立てているのだと本に書いてあったし、両親祖父母に邸の人間も、街の外で活動するならあると便利という認識である。
「いや、大丈夫。これくらいなら私がもう少し抑えて…うん、これで良いね。索敵も上手く付与出来ているし、風属性による音の伝達に振動で、良し」
「ふぅ…」
ネルフェの言葉でハーシィーは魔法を注ぐのを止めた。
少しだけ気だるい気もしていたが、これくらいなら動くのに支障はない。
イジスは壁際でそんなハーシィーを心配しているのがありありと解る顔をしていたが、魔法具作成、いや、ネルフェの授業には口を出す事はなく、毎回こうして見守っているのである。
「後は『それ』が上手く起動して、誤作動なく動くかは見てみないとね」
そう言いながら『それ』を手に持って、あらゆる角度から眺めるネルフェ。ハーシィーも『それ』を下からしげしげと眺めた。
魔法具にする為に選んだのは、普段邸にあっても違和感なく置いておける物としてフェルドに「これでしたらお持ちいただいても構いません」と言われた物である。
「まぁ失敗する事はないだろうし、一応私の方で確認しておこう。大丈夫な様であれば、次の時に実際に邸に設置するという事で」
「解りましたわ」
フェルドにはどういった意図の魔法具を作っているのかも話しているので、選んでくれた『それ』に満足しているハーシィーはやりきった顔をしていた。
反応するかもしれない、しないかもしれない。
今はまだ解らないが『それ』が作用した時には悪意を持って邸に来た事になる。
信じたい気持ちを胸に、ハーシィーはその時を待つ。
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