四日目 小さな女の子
・・・あまりの出来事に、昨日の夜のことを忘れた俺が馬鹿だった。
俺は埃を払った本を、バックの中に入れた。
案外、小さかったし・・・。
問題は時間だ。
だいぶ長く立っていた気がするからな・・・・
「・・・って、もう夜かよ!?」
油を注せばいいのに、と思うほどがたついてる扉を超えれば、
空の色は、黒に近い、深い藍色だった。
そして、その空には満月が、不気味に赤く、輝いていた。
そんなにいたっけなぁ・・・。
「さて、コンビニによって弁当でもかおっかな?」
今日はそんな気分だ。
家に帰って、米とぎしておかず作って食器をならべて・・・なんて、
今の気分じゃ、やる気も失せる。
というにも、暗くなりかけた空を照らす、商店街の光は、あまりにも少なすぎた。
みんな、店を閉じていくからだ。
代わりに、消えてはつき、ついては消える繰り返しの、ボロい電灯だけが残る。
・・・無理だな。
どうせ暗いなら、裏の林を通っていった方が断然速い。
真っ直ぐ抜けられる。
本屋の裏に回り、林に足を入れ込んだ時だった。
「……彼方は此処へ来てはならなかった。」
小さな声にハッとし、振り向いた。
入ってきたばかりのはずなのに、そこに古びた店はなかった。
一歩しか、入ってねぇぞ・・・?
て、いまなんて・・・・。
「……でも彼方は来てしまった。」
聞き覚えのある言葉・・・。
この声、聞いたことがある・・・。
・・・夢・・・。
夢で聞いた言葉だ。
夢で聞いた声だ。
ここ、夢じゃないはずだ。
それなのに、なんで、聞こえる?
ふと、視線を感じ、また後ろを向いた。
・・・小さな女の子が立っていた。
本屋で見かけた、あの小さな子・・・。
5〜7歳くらいに見えるその子は、
夜空にも負けないほどの、黒い髪。
肩にかかる長さの髪を、少し取って赤いリボンで結び、
耳の近くには、やはり赤色のピンが二つづつ、両方についていた。
ルビーのように輝く瞳を、夜空に浮かせている。
小柄な体には、淡い赤のワンピースを着ていて、小さなリボンが見事に合っていた。
可愛らしい女の子だ。
だけど、腕を後ろで組み、俺をじっと見ているこの子は、まるで人とは違う感じがした。
・・・なんだ、この子?
まず、店が見えなくなってしまっただけで、俺は混乱した。
タダでさえ何か可笑しいのに、こんな小さな子まで迷ってしまっているのなら、これほど厄介なことはない。
「君の親は?迷子?」
少女は俺の問いには答えなかった。
平然とした顔で、少女は言った。
「私は迷子じゃない。
むしろ、彼方の方が迷子じゃない。」
ドキッとした。
この子の話し方、まるで大人じゃないか。
状況の理解が速すぎる。
そんで、この子の声・・・。
あの声とそっくりだった。
まさか、夢の中の声?
ま、まさかなぁ・・・。
「なんでそうなるのよ。」
あはっ。
なんだよ、その言い方。
まるで、自分がそうかのように・・・・。
「そうなんだけど。」
「信じられる訳ねーだろっ!」
つい怒鳴った。
だって、そんなことがあるはずがない。
あの夢は、俺が生贄になるような夢だった。
それが、正夢になる訳・・・。
「正夢になるとしたら・・・?」
怒鳴られたにも関わらず、無表情で少女は言った。
何を言えばいいんだ・・・。
・・・ここ、現実だよな・・・。
「彼方は生贄に選ばれた。
私は、そこまでついていくお供みたいなもの。
で、どうする?
此処に残れば、彼方はここから出られずに、ここで死ぬ。
死の無い世界に来て、生贄として生きる。
…どちらでも彼方は結局死ぬんだね。
どうする?
彼方が決めてもいいの。
本来なら、強制的に連れてかなきゃならないんだけど、
私が担当だから、まだ時間がある。
でも、早くしないとやっぱり強制的に連れてかなきゃならないの。」
ここは、現実だよな・・・?
夢って、正夢になること、少ないんだよな・・・?
じゃあ、これは夢・・・?
試しに、頬っぺたを抓ってみた。
・・・痛い。
痛みのある夢も、あったんだな。
「…まだ、信じられない?
もう時間が無いのに。」
少女は少し、悲しげな顔をした。
リアルな夢だ。
でも、これが、・・・本当だったら・・・?
此処で死ぬか、
向こうで生きるか?
急に人生の選択かよ。
でも、此処で死ぬよりは・・・。
「…『むこうで生きる方がマシ。』」
「!」
「…でしょ?」
そうだった。
ここで16年を終わらすよりは、まだましだ。
でも、生贄になったとして、何年生きられるかなんてわかりゃしない。
いってすぐ、死んでしまうかも知れない。
でも・・・。
「・・・こんなところで、死んでなんかいられるかよ。」
ぼそっと言った言葉に、少女は反応した。
「うん。私もそれがいいと思う。
向こうで生きているのは、此処より辛いかもだけど・・・。」
・・・は?
なんだと?
「じゃあ、扉を開くよ。」
少女が空に手をかざすと、星は集まって一つの光になり、
月は、赤い光を飛ばして、黒い輝きを発した。
星の光はやがて、一筋の道になり、
月の扉は、黒い穴となって、浮かび上がった。
「ちょっと待っ・・・!」
俺の言葉は、全部言い終わらぬうちに、
暗闇に吸い込まれてしまった。




