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サリスフォード伯爵殺害から三日が経とうとする頃、犯人と思わしき人物からの誘いに乗り、オスカー、ギルバート、セオドア、ユリシーズ、ヒューゴの五人は地図に記された指定の場所、廃工場へと来ていた。
時間は深夜で、もう使用されていない工場だ。
明かりはなく、不気味な廃工場を照らすのは各々が持っているランプのみ。
どこにいるかも分からない犯人に誰もが警戒する中、たったひとりだけ余裕の笑みを浮かべる者がいた。
サリスフォード家にこの愉快な招待状を送りつけた「犯人」である。
「―――さて、みなさんお揃いのようですので始めますよ」
「アドキンズ刑事…?一体何のつもりですか?」
含み笑いを浮かべたオスカーに対し、ユリシーズが眉を寄せて半歩引いた。
それを気にした風もなく、オスカーは全員と対峙する形をとる。
「あのお手紙を出してみなさんをここに連れ出したのは、僕です」
「なっ…!?」
あまりにさらりと告げられた告白に、家令と従者二人がギルバートを庇うようにオスカーとの間に入った。
「馬鹿な…、あなたが短剣を盗み伯爵様を殺した犯人だと言うのですか!?」
「いや、違いますけど」
「は…?」
「こんなところに来ていただいたのは諸々事情がありまして…、短剣を盗んだのも伯爵を殺害したのも別のものですよ。…ギルバートさんは、もう犯人が分かっているのではないですか?」
オスカーの言葉に、ギルバートはぴくりと肩を揺らした。
ヒューゴとユリシーズは確認するようにギルバートを振り返るが、彼は何も言葉を返さなかった。
その無言こそが肯定だ。
ギルバートが黙っていることに気を止めず、オスカーは話を続けた。
「おそらく、ギルバートさんはかなり早い段階で伯爵を殺害した犯人に気づいていた。だからこそアリバイも証言できなかった」
「…事件が起こった時間、俺がどこにいたのか知っていると?」
今まで黙っていたギルバートが口を開いたことに、オスカーは満足げに頷いた。
「えぇ、もちろん。病院に行っていたんですよね?余命宣告されてなお、ぴんぴん家令として働いているセオドアさんの病状を知るために。…そしてこう言われた。"病の進行具合から見て、セオドア・アンブラーが現時点で生存している可能性は限りなくゼロに等しい"、違いますか?」
「え…?」
ギルバートに投げかけられた言葉に反応したのは、セオドアの息子であるユリシーズだった。
信じられないといった風でセオドアとオスカーを交互に見ている。
「ユリシーズくんは知らなくて当然だ。セオドアさんは主人である伯爵にしか病気のことは伝えていなかったからね。そしてギルバートさんは伯爵からそのことについて相談されたんじゃないかな。しかし、ギルバートさんはアリバイについて証言できなかった。セオドアさんの病のことを知っていると言えば、"自分も"殺されてしまうと思ったから」
「…その刑事さんの言い回しですと、まるで私が口封じのために旦那様を殺したように聞こえますな」
オスカーの推理に水を差したのは、意外にも話題の中心となっていたセオドアだった。
そしてオスカーが言わんとしていた確信をついてきたのだ。
「―――とぼけるのも大概にするんだね」
今まで一体どこに隠していたのか。
セオドアの言葉に、オスカーは一瞬にして殺意を彼に向けた。
セオドアに向けられた眼差しは、刑事というより凶悪犯のそれのようだ。
オスカーが醸し出す空気によって、場の雰囲気がピリピリとしたものに変わる。
「こう見えて、今時珍しく僕は"視える側の人間"でね。お前が何なのか、そして影の国のモノと結託して今回の事件を起こしたことはもう調べがついているんだよ」
正確に言うと、その調べをつけたのは今ここにいない人物ではあるのだが。
おそらくこの言葉の意味を理解しているのは、この場でセオドアしかいないだろう。
いや、「セオドアの中のモノ」か。
セオドアは一瞬その細い目を見開き、一呼吸分おくと小さく肩を揺らし始めた。
「…ふ、はは…はっはっはっはっ、そうか。もうそこまで知られているのであれば話は早い」
「と、父様…?」
いきなり糸が切れたように笑い出した父親を目の当たりにして、ユリシーズは困惑したように父を呼んだ。
しかし、もうそこに父の姿はなかった。
あったのは、父の姿形ではあるが、見たこともないほど醜い笑みを浮かべた知らないモノだった。
「悪魔としての生活に飽き飽きしていたところに、都合良く死にかけのこいつがいたものでなぁ。体を拝借したところまでは良かったが、こいつのご主人様が中々死なないこいつを疑いはじめたから邪魔になったんだ。"アイツ"も伯爵の短剣を狙っていたし、丁度良かったんだよ!」
「と、父様?なに、いって…」
「よせユリシーズ!今の家令は正気じゃないぞ!」
あまりに豹変したセオドアにふらふらと近付こうとしたユリシーズを、ヒューゴが押さえた。
凄絶な笑みを浮かべたセオドアが、周囲をぐるっと見渡す。
「まぁ知られたからと言ってどうということはない。ここにいる奴らも皆殺しにすれば済む話だ!」
そう叫んでセオドアがギルバートたちに一歩踏み出した、その瞬間。
セオドアの足元の地面が光り出した。
それは淡く紫色に光りながらセオドアを取り囲むようにして円を描き、見たこともない文字が宙に浮かんではセオドアの体に吸い込まれていく。
そしてその文字が踊る度に、円の中にいるセオドアはもがき苦しんだ。
「な…なぜこれが…まだバレていないはずなのに…!」
「―――そんなの決まっているじゃない。もうバレているからでしょう」
全員が声のした方向を見ると、そこには闇が広がっていた。
コツコツと足音が聞こえてこちらに近づいてきているのだと分かる。
声の主の正体が分かっているオスカーは、先ほどまでの殺気を消して安堵の溜息をついた。
「…あぁ、フェイ。君ってやつは最高にかっこいいよ」
もう使われなくなってしまった工場の屋根は、所々穴が開いていた。
その隙間から僅かに月明りが差し込んでいる。
足音が止まって、月明りに声の主の顔が照らし出された。
妖精探偵事務所の女主人。
隣人たちは彼女を親しみを込めて妖精の探求者と呼ぶ。