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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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「―――フェイっ、大変だよ!」


重い空気を漂わせている部屋の中に、子供の甲高い声が響いた。

と同時にフェイの体からぬっとラヴァンが飛び出してくる。


「おかえり、ラヴァン。ギルバート様に何かあったの?」

「それが、ギルバート様に接触した人物で、やばいのがいたんだよ!」


やばいの、と聞いてフェイとオスカーは顔を見合わせた。

もしかすると、影の国のものだろうか。


「特徴は?」

「名前はセオドア。ここの使用人で、"カレイ"っていうみたい。いまギルバート様たちと馬車でこっちに向かってるんだけど、そいつ"悪魔憑き"だったんだよ!」

「は?悪魔憑き?」


悪魔憑き。

文字通り、悪魔が憑りついてしまった人間のことだ。

悪魔は、何か大きな野望、執着がある人間の魂を好む。

そういった人間と生前から契約を結び、その契約者に協力する代わりに契約者が死んだあとはその魂を貪るのだ。

しかし、悪魔がみな契約を守るとは限らない。

待ちきれなくて死ぬ前に魂を食べてしまうもの、興味本位でその人間にとって代わり人間界で生活するものと様々だ。


「セオドア・アンブラー、確かここの"家令"がそんな名前だったはずだよ。昨日捜査にきたときは不在だったんだけどね」

「ラヴァン、やばいって、どうやばかったの?」

「フェイもオスカーも視れば分かるよ!あれ絶対契約違反だよ、中が悪魔そのものだ!」


ラヴァンの言葉に、フェイとオスカーは顔を見合わせた。

おそらく、考えていることは同じはずだ。


「…オスカー、セオドア・アンブラーの部屋の位置は?」

「もちろん、邸の構図は初動捜査のときにバッチリと」

「さすが腕利き刑事」

「で、見つかった場合の言い訳は?」

「"帰ろうとしたら邸が広すぎて玄関が分からなくなった"」

「よろしい、模範解答だ」

「ラヴァン、ギルバート様たちが帰ってきたら知らせてほしい。くれぐれも悪魔憑きには近づかないように、警戒されるから」

「はーい」


影の国のものがこの事件に関わっていることが分かった矢先、悪魔憑きの存在までも明らかになった。

なぜサリスフォード伯爵が殺されなければならなかったのか、その理由はまだ釈然としないが、ひとつ分かったことがある。

影の国のものと悪魔憑きは、十中八九共犯だ。

何か手がかりを探すためには、どこにいるかもわからない影より、セオドアという人物を調べた方が何かにつながる可能性が高い。

勝手に人の部屋を荒らすのは忍びないが、この好機を逃すわけにはいかない。


「…ここだよ」

「鍵は?」

「使用人の部屋には基本的に鍵はついていないことが多いからね、それじゃ入るよ」


二階の書斎からメイドさんに見つからないよう一階に移動し、その突き当りとなる部屋がセオドア・アンブラーの自室だった。

周囲を確認しながら慎重に部屋に入ると、一見すればそこは何の変哲もない部屋だった。


「…とくに結界や呪いのトラップは見受けられないね。あまり用心深いタイプじゃないのかも」

「つい先日憑いたって可能性もあるね」


寝台のまわり、本棚、机の上、様々な場所を物色する。


「…おや、これは…」


引き出しを漁っていたオスカーが、ひとつの小さな紙袋を取り声を上げた。

オスカーとは反対側の棚を調べていたフェイは、オスカーの持っている紙袋を覗き込んだ。


「これ、薬?オスカー、なんの薬か分かる?」

「…鎮痛剤かな。しかもこれ、相当効き目の強いやつだね。…自殺の現場とかでよく見つかるんだ」

「…なるほど。じゃあセオドアさんは何か自分の命に関わることで悪魔と契約してしまったのかな。…あ、これって日記?」


薬の袋があった下に、日記と思わしき一冊の本がある。

あまり他人の日記を勝手に盗み見るのは心苦しいが、きっと手がかりになるようなことがあるはずだ。

本人が書いたであろう最期のページに目を通す。


――――――――――――


○月×日


いつものかかりつけの病院へ行った。

医者からいつもの鎮痛剤を処方されたが、主治医が「おそらくこれが最後です」と言った。

つまり、「この薬を飲み切ることはないだろう」ということだ。

半年ほど前、いま患っている不治の病にかかっていると知った。

徐々に体が痛みを伴って朽ちていく病気だ。もう長くはないだろう。

このことを知っているのは旦那様だけだ。

子息であるギルバート様にも、実の息子であるユリシーズにも伝えていない。

薬を飲んでも日に日に体が動かなくなってきた。

そろそろ休暇をとり、余生をどこかで静かに過ごそうと思う。

唯一心残りがあるとすれば、やはりユリシーズのことだろうか。

数年前に母親を病で亡くしてしまったから、私までいなくなってしまったら一人になってしまう。

普段からギルバート様やヒューゴと共にいるせいか、年の割には大人びた息子だとは思う。

けれど、まだまだ子供であることも確かなのだ。

旦那様には、ユリシーズがもう少し成長するまで私の死は黙っていてほしいと伝えてある。

明日、長期休暇を取るとこの邸の皆に伝えよう。

仕事の引継ぎなど、まだやるべきことはたくさんある。


――――――――――――


「…この日記の日付け、二か月も前だよ」

「日記に書かれている状態からして、余命はあと一月くらいまで迫っていたはずだ。しかも、薬が全然減っていないところを見ると、この日記を書いて日が経たないうちに悪魔に体を乗っ取られたかな」

「ユリシーズ、セオドアさんの息子だったんだ…。あっ、この本の最後のページ…契約書になってる」

「契約書?」

「悪魔は人間と契約を結ぶとき、その人間の何か大事なものを担保として契約書にするんだよ。セオドアさんの場合はこの日記だったんだね。意外と悪魔の契約っていうのも手続きが…」


契約書のページを指でなぞっていたフェイは、ある一か所でその指をとめた。


「どうしたの?というかそれ、読めないんだけど…何語?」

「悪魔たちが使う文字だよ。この一番下のところにセオドアさんのサインがあるでしょう」

「へぇ、他の隣人たちの言葉も分かるなんてさすが博識だね。…って、なにその顔」


悪魔の契約書を見下ろしながら、フェイが不敵な微笑みを浮かべていた。

オスカーは知っている。

フェイがこうして笑っているときは、大体無敵だ。


「…いいもの見つけちゃった。悪魔の尻尾は掴んだも同然だね」

「はぁ、それはなによりで」


確信めいた笑みを浮かべたフェイと未だに釈然としない様子のオスカーとの間に、ラヴァンの声が響いた。


「―――二人とも!みんなが帰ってきたから早くそこから脱出して!」

「了解」


フェイとオスカーは素早く手にしたものを元の場所に戻し、セオドアの自室から出て玄関へ速足で向かった。

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