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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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「お前には、この殺人事件の犯人探しを依頼したい」


そう、先ほど青年から依頼内容を告げられたフェイは。


「…それは警察(ヤード)の管轄では?」


思わずこう切り返していた。

いくら探し物といっても、殺人犯の捜索など事務所始まって以来の案件である。

そして密室殺人で手がかりがないとはいえ、警察(ヤード)がいち探偵の協力を許すとは思えない。

青年は溜息をつくと、上着の胸ポケットから一枚のメモを取り出しフェイに手渡した。


「その警察(ヤード)から"きっと力になってくれる"とお前を紹介されたんだ。こんな子供(ガキ)だったとは知らなかったが」

「…なるほど、オスカー・アドキンズか」


青年に手渡されたメモには、「この事件にはきっと人外の手が入っている。君の力が必要だ。―――オスカー・アドキンズ」と書かれていた。

オスカー・アドキンズ。

スコットランド警察(ヤード)に所属する飄々(ひょうひょう)とした中年刑事で、現代では珍しくフェイと同じ「視える側」の人間である。

以前、何度か彼の依頼で事件の犯人を逮捕するための証拠探しを手伝ったことがある。

そして今回は犯人の捜索ときた。

オスカーの刑事としての腕前は一流だ。

ほぼ「刑事のカン」と「ひらめき」だけで事件を解決しているようなものだが、検挙率の高さと尋問の巧妙さには誰もが一目おいている。

きっと今回も何かしらの「カン」が働いたのだろう。


「…この依頼、お受けします。それでは早速ですが、貴方と被害者の関係性、そして事件について知っていることを説明していただけますか」

「調書などは、取らないのか」


フェイが手ぶらで話を始めたのを見て、青年は眉をひそめた。

警察(ヤード)でも探偵でも、こうして依頼主や関係者の話を聞くときはメモや調書を取るものだからだ。


「あぁ、気に障ったのなら申し訳ありません。紙に書いたら物が残りますから。"私たち"にとって"足跡を残さない"ことは普通のことなのですよ」


隣人たちや同業者と関わるときは、いたずらに自分が存在した証拠を残してはならない。

髪の毛一本でさえ、呪術に悪用されかねないのだ。

なるほど、と青年がつぶやいて話をはじめた。


「俺の名前はギルバート・ハウエル=サリスフォード。10年ほど前に被害者のブレンダン・ハウエル=サリスフォード伯爵の養子に入ったから、彼とは親子関係にあった」

「………ギルバート?」


つい先ほど、その名前を目にした覚えがある。


「…ギルバート様、貴方容疑者になってますけど」


そう、つい先ほどの号外に載っていたのだ。

「爵位の強奪目的の殺害、容疑者は養子であるギルバート・ハウエル=サリスフォード(21)」と。

安直だが、確かに動機についてはクリアしている。密室殺人のトリックについては未だに尻尾を出さないが。

そもそも真犯人が自分への容疑を晴らすために犯人探しを依頼するだろうか。


「っこの無礼者!ギルバート様が旦那様を手にかけるなど、そんなこと有り得ない!」

「こら、ユリシーズ」


一歩間違えば自首するのも同然だとつらつら考えていたフェイだったが、少年の怒鳴り声で我に返った。

今まで口を挟まなかった従者二人のうち少年の方が怒りのあまり震えていた。ユリシーズという名前らしい。

もう片方の従者がなだめているが、きつくフェイを睨んだまま動かない。


「すみません、話の腰を折ってしまいました。続き、よろしいですか」

「おい女、訂正しろ!ギルバート様は…」

「…ユリシーズ」


なおフェイに突っかかろうとした少年は、ギルバートに名前を呼ばれるとぐっと押し黙った。

主人には忠実らしい。

ギルバートはひとつ息をついてから、事件の顛末について話し始めた。


「事件は昨日の正午、父の書斎で起きた…」



―事件概要―

その日、ブレンダン・ハウエル=サリスフォード伯爵は朝から書斎に籠り、公務を行っていた。

部屋の内側から鍵をかけ、部屋の外には軽食や飲み物を用意した従者を一人配置していた。

ちょうど正午に差し掛かる頃、部屋の中から一発の銃声が聞こえた。

部屋の外に待機していた従者が数分かけて扉を蹴破り、中に入ったがすでに伯爵は息絶えていた。

致命傷となったのは心臓を真っすぐに打ち抜いた弾丸であった。

書斎には誰かが争った形跡などなく、部屋にひとつだけ設置された窓が開いていたことから、犯人はこの窓を使って侵入および逃走を図ったと思われる。

現場からは「サリスフォードの短剣」が持ち去られており、未だに行方不明である。



「………なるほど、事件の概要は掴めました。それで、"サリスフォードの短剣"というのは?」

「サリスフォードの爵位を相続する際に必要なものだ。金の装飾が施された短剣だが、それがないと正式に伯爵になることができない」

「ほーん、古き良き習わしということですか」


爵位は基本的に終身制である。

それに加え、サリスフォードの爵位を相続するためには(くだん)の短剣を持って女王に謁見する必要があるらしい。

ギルバートが何らかの理由で早急に爵位を欲し殺人に及んだとして、なぜ短剣が行方不明なのか。

おそらく昨日のうちに身体検査やら家宅捜索やら隅々まで調べられているはずだ。

何かが、おかしい。


「…お話ありがとうございました。少々調べたいことがありますので、オスカーに会ってこようと思います。ギルバート様方はどうなさいますか」

「邸に戻る。遺品の整理や相続など山積みだからな」

「それでしたら。―――ラヴァン」


フェイが名を呼ぶと、彼女の胸のあたりから白い鴉がぬっと飛び出てきた。

まるで、体から生えてきたかのように。


「なっ、そ…そんな…っ」

「へー、すごい手品だねお嬢さん」


ユリシーズと呼ばれた従者は驚愕の表情で、もう片方の従者は感嘆の表情で固まっていた。


「これは私の従魔(セルヴァン)です。ギルバート様にお貸ししますので、何か用があればこちらに」

「………俺は魔法だの妖精だのは信用しない」


「魔法だの妖精だの」専門の探偵事務所で、「信用しない」など言われたのは初めてだ。

そんな存在するかも分からない視えない存在にすがるまで、この事件の解決を望んでいるのだろうか。



「ここは"妖精探偵事務所"、人と人ナラザル者の仲介所。人の目に映るモノだけが真実とは限りませんよ」

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