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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第二章 ユリシーズの出奔
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4



手紙をくわえたラヴァンを見送ったフェイは、いかんせん釈然としない表情のユリシーズを振り返った。


「さて。手紙も送ったことだし、部屋を案内するからついてきて」

「え、部屋…?」


確かに、先ほど彼女は「居たければここに居ていい」と言っていたが。

すでに応接室の扉に手をかけていたフェイは、戸惑っているユリシーズを見て眉をひそめた。


「他に当てがあるなら無理強いはしないけど?」

「…世話に、なります」


ユリシーズが軽く頭を下げたのを見て頷くと、フェイは「ついてきて」と言って廊下に出た。

やがて廊下の突き当りの部屋の前で足を止めたそこは、目当ての客間だ。

扉を開けると、そこにはベッドに机、クローゼットという必要最低限のもので構成された部屋となっていた。


「ここはたまにオスカーが泊りがけで調査にきたときに使っているんだ。この家には様々な世界の書物があるから…、どうかした?」


きょろきょろと辺りを見回しているユリシーズに問いかけると、彼は床をじっと見ながらつぶやいた。


「埃ひとつない…」


なぜ埃のことなど気にしているのかと思ったが、少し考えてあぁと納得した。

おそらく使用人の職業病で部屋の状態が気になるとか、もしくはユリシーズのことだから居候させてもらう代わりに掃除でもしようと考えていたのだろう。


この家は、ひとりで暮らすには大きすぎる。

しかしフェイにはこの家ほどの大きさが必要であった。

それは大量に所有している全世界からかき集めてきた書物のせいでもあるのだが。

このくらいの広さの家になると、ひとりで掃除をするにはかなりの時間がかかる。

埃というのは一日二日でたまってしまうもので、体裁を気にする貴族などは使用人を雇って日ごとに掃除するのが普通だ。

それなのに、この家には使用人の気配がない。

同じ使用人であるユリシーズにはそれが分かるので不思議なのだろう。


しばらくそうして部屋を見渡していたユリシーズは、客人らしからぬ態度をとっていたことに気付きハッとした。


「す、すまない不躾に…」

「別に。不思議に思うのも無理はない。私がいるところは自然と埃がたまらないからね」

「…どういう意味だ?」

「そのうち分かるよ。だから掃除してもらう必要はない」


すでに目論見がフェイにバレていたユリシーズはぎょっとしたが、この不思議な力をもった探偵の観察眼であれば仕方がないかと息を吐いた。

ユリシーズに出来ることといえば、掃除と護衛くらいしかない。

ギルバートの傍にいたときは仕事の補佐もしていたが、探偵と貴族では大きく異なることだろう。

しかもこの探偵は人外が関わった事件を調査しているのだ。

よって護衛も補佐も、徒人ただびとであるユリシーズが力になるとは思えない。

そう思案しながら荷物を隅に置いたユリシーズに、フェイは再び声をかけた。


「居候が嫌だと言うなら、尚更気にしないことだね。言ったでしょう?助手で雇ってもいいって」

「…それは、僕がお前の仕事を手伝うということか?この間のようなものを仕事というなら、僕にはとても…」


人の力が及ばない悪魔さえ退けた探偵。

さすがに彼女も同じようなことをやれとは考えていないだろうが、人外の存在を感じることさえできないユリシーズにはそれ以外のことも難しいように思えた。


「貴方にできて私にできないことなんて山のようにあるから大丈夫でしょう」


本当にそんなことがあるのだろうか。

年は大して変わらないはずなのに、この少女は随分と大人に見える。

不思議と、何もかもが彼女に及ばないと錯覚させられるほどに。


「例えば…私は嬉しいときも悲しいときも、泣くことができない」

「…どういうことだ?」

「そのままの意味。貴方は泣こうと思えば泣けるでしょう?」

「それは…まぁ」


しかし、彼女がなぜその話を持ってきたのか、ユリシーズは理解できなかった。

泣けない、泣けることが仕事の役に立つのだろうか。

そもそも泣けないなんてことはないだろう。

迷子になったとき、転んだとき、感動したとき、失恋したとき。

生まれてから死ぬそのときまで、人は幾度となく涙を流す。

感情を伴って流れるそれは、他の動物にはない人の特徴でもあった。


「お前だって泣いたことくらいあるだろう」

「ないよ」

「え…?」



「産声を上げてから今に至るまで、私は泣いたことが一度もない」





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