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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第二章 ユリシーズの出奔
18/19

3



サリスフォード伯爵邸では、もうすぐ始まる伯爵就任の披露宴の準備で使用人たちが慌ただしく動いていた。

しかもとある理由でその忙しさは拍車をかけていた。

ギルバートの従者であるユリシーズが抜けてしまっていたからである。

というのも、先日のサリスフォード伯爵殺害事件から、彼の様子がおかしかったのだ。

普段は潔癖なほど完璧な仕事を行うというのに、度重なるミスが目立ったので今日は休むように言いつけておいた。

ただ、自分の主人が当主となる大事な日に暇を言い渡されたことで、彼のプライドをへし折ってしまったのではないかと不安もある。

昼頃の謁見の儀で「サリスフォード伯爵」となったギルバートは、自室のソファに腰掛け、溜息をつきたい衝動に駆られた。

これからの披露宴が憂鬱で仕方ないのである。

普段から、社交界への顔出しは必要最低限に抑えているギルバートにとって、自分が否応なしに主役となる今夜は障り事でしかない。

これも「必要最低限のうち」に入るのだから仕方がないと自分に言い聞かせていると、部屋にノックの音が響いた。


「…なんだ」


声をかければ、扉の向こうからヒューゴが現れた。


「ギル、ちょっとまずいことになったかもしれない」


ギルバートを「ギル」と愛称で呼ぶのは、ヒューゴだけだ。

彼とはギルバートがこの家の養子になる前からの付き合いで、良く言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁といった存在である。

それ故に、他の使用人たちとは違い、従者となってからも互いに「友達」のような付き合い方をしていた。

さすがに外へ出るとなればヒューゴもギルバートを「主人」として扱うのだが、ギルバートとしてはヒューゴがそういった態度をとることに薄気味悪ささえ感じていた。

だからユリシーズから小言をもらいながらも、ヒューゴはその態度を改めることはない。


「準備の方でなにか問題が?」

「いや、ユリシーズがいなくなった」

「………」

「さすがに部屋に引きこもっているだけじゃかわいそうかと思って、簡単なことでもやってもらおうと部屋に行ったんだ。そうしたら、もの抜けの殻だった。荷物もごっそり減っていたし」

「…俺の判断ミスか」


ギルバートは、先ほどから我慢していた溜息をついにこぼすこととなった。

ユリシーズの性格を考えれば、こうなることは予想できたはずなのに。

先日、実の父親と、同じく父親のように慕っていたブレンダン伯爵を同時に亡くしたことから、彼の精神は不安定になった。

もう少し大人であれば、あるいは折り合いをつけることができたのかもしれない。

しかしユリシーズはまだ大人というには幼く、何も知らない子供でもなかった。

そしてギルバートが伯爵となるための準備で屋敷中がそれ一色となり、誰もユリシーズのことを気にかけなかった。

加えて、主人であるギルバートから暇を言い渡されたとなれば。


「どうする?」

「捜しに行くに決まっている。何かあってからでは遅い」

「今から?今日の主役がいないんじゃ話にならないよ?」


立ち上がって外出用の外套コートをすでに手にしていたギルバートは、ヒューゴの指摘にぴたりと動きを止めた。

苛立ちを隠さずに手していた外套コートを元の場所に戻した主人を見かねて、ヒューゴはさも名案を思い付いたと言わんばかりに手を叩いた。


「そうだ、探しものならやっぱりプロに任せるのがいいんじゃない?探偵さんとか、さ」


探偵、という言葉にギルバートの肩がぴくりと揺れた。

そんなギルバートを、ヒューゴは意外そうにまじまじと見た。

今までは本当に機会がなかっただけで、この主人は「そういったこと」に関して存外分かり易い性質たちのようだ。

もうひと押ししてやろうとヒューゴが企んでいると、不意に窓の方からコツンという音が聞こえた。

二人が見れば、窓の外には真っ白な鳥がバタバタと羽を動かしながら足で窓ガラスをコツコツ叩いていたのである。

二人はその鳥に見覚えがあった。


「お前、確かあいつの…」


そう言ってギルバートが窓を開けると、飛び込んできた鳥は一通の手紙をくわえており、机の上にそれを落とすとギルバートを見てカァと一鳴きした。

ギルバートはヒューゴと顔を見合わせ、手紙を手に取り封を開けて中身を読んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ギルバート・ハウエル=サリスフォード伯爵様


お世話になっております。

先日は披露宴への招待状を送ってくださり、ありがとうございました。

大変光栄なことと存じますが、どうか欠席することをお許しください。

事件のこともあり心苦しいかとは思いますが、貴方の門出に幸があらんことを。


話は変わりますが、つい先ほどユリシーズ・アンブラーが私を訪ねてきました。

まだ本人が話せる状態ではないので詳しい理由は分かりませんが、一度こちらで責任をもって保護致します。

どうか、彼が落ち着くまでは一人にしてあげてください。

また状況が変わり次第報告する予定ではございますが、何かあれば手紙を持ってきた鴉に同じように返信を持たせてください。

よろしくお願い致します。


フェイ・リード

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「…へぇ、あのお嬢さんのところに転がりこんでいたとは意外だな。ていうかお前、ちゃっかりお嬢さんに招待状なんて送っていたのか」

「…人の、ましてや主人宛てへの手紙を勝手に盗み見るな」

「しかも断られてるし。伯爵ともあろう方が」


ギルバートが手紙を読んでいる後ろから内容を盗み見ていたヒューゴは、主人の鋭い視線をかわして明後日の方向を見やった。


「とりあえず、ユリシーズが無事そうで良かったな。で、返事書くんだろ?鳥くんも律義に待っていてくれていることだし」

「…あぁ、そうだな」





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