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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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閑話 サリスフォード家のメイドは見た

フェイのことが気になりだしている様子のギルバート様を、ステラさんがバッチリ目撃してしまったお話。


それは、フェイ・リードが目覚める二日前のこと。

サリスフォード家のメイド、ステラはひとり困惑していた。

この屋敷の主人となるギルバートが、未だにベッドで眠り続けている少女の世話をするといってこの部屋に訪れたからである。


フェイという少女がここに運ばれてきたのは昨日の明け方であった。

ヒューゴに抱きかかえられた少女について、ギルバートが「これの目が覚めるまで面倒を見る」と言ったとき屋敷内がにわかにどよめきに包まれた。

実は、ギルバートが見知らぬ誰かを急に屋敷に連れきて、「こいつを今日からここに住まわせる」と言ったことは過去に何度かあった。

ブレンダン伯爵やギルバートは、よく身寄りのない子供や路頭に迷った人々を使用人に迎え入れていたためである。

使用人たちが騒いだのはその点についてではない。

「あのギルバート様」が、「女の子」を連れて帰ってきたからである。


「…ステラ、何か拭くものを」

「は、はい。ただいま」


小さなスポイトで、栄養剤を口の端からフェイにせっせと与えていたギルバートは、ステラから少し濡れたタオルを受け取るとフェイの口元をごしごしと拭いた。


―――信じられない


こんな甲斐甲斐かいがいしく、女相手に世話を焼くギルバートを見たことがあるだろうか。

先日病で倒れてしまった、この屋敷に一番長く勤めている家令でさえ怪しいものである。


フェイを寝かせるための部屋を用意させている間、好奇心旺盛なメイドが「失礼ですが、そちらの方は?」と聞くと、ギルバートは「俺が雇った探偵だが、今回の事件に巻き込まれてしまったので責任を持って目が覚めるまでここに置く」と答えていた。

筋は通っていた。

しかしその後お見舞いにきたアドキンズ刑事の話によれば、病院へ連れて行こうとしたところを「うちで預かる」といって押し切られたと話していた。

ただの探偵に責任を感じてそこまでするだろうか。


ギルバートは成人してから数年が経つが、未だに女性関係のウワサが持ち上がったことがない。

使用人たちの耳に入ってくるものと言えば「足蹴にされた」「誘惑してもなびかない」「堅物にもほどがある」等々のギルバートへの女性たちからの評価である。

伯爵家の次期当主ともなれば、成人と同時に結婚というのも珍しくはない。

その場合、多くは幼少の頃より決められていた婚約者との政略結婚だ。

確かギルバートにも良家の娘との婚約の話が持ち上がっていたような気がするが、その彼女と年に数回しか会っていないのではなかろうか。


そんな「女嫌いの堅物」と称された彼が、曲がりなりにも「女性」を連れて帰ってきた。

使用人たちはフェイに興味津々だったが、この部屋に入ることが許されたのは世話を命じられたステラだけだった。

ステラには、ギルバートがそうした理由が、少し分かるような気がしていた。


「―――きれい」


ギルバートから使い終わった濡れタオルを受け取る際に、思わずそう呟いてしまう。

するとまるで「何がだ」と言わんばかりのギルバートと目が合ってしまい、ステラは慌てて口を開いた。


「いえっ、あの…フェイ様はお綺麗ですよね。まるで妖精さんみたい。私、恥ずかしながらおとぎ話や神話が好きなので、まるで本の中の主人公に会ったような気分です」


フェイは、良く言えば浮世離れした美しさ、悪く言えば奇異な見た目をしていた。

静かに眠っている今の彼女は、さながら人形のようだ。

その見目は、良くも悪くも好奇の目にさらされる。

だからギルバートは、フェイに関わるものを最小限にしたかったのだろう。


「妖精、か。…お前とこいつは気が合いそうだな」

「本当ですか!?」


前のめりになったステラに、ギルバートはぎょっとして半身を引いた。

意図せず普通に会話するときよりも大きな声が出てしまったようだ。


「す、すみません、はしたない真似を…。あの、ということはフェイ様も私と同じようなものが好きということですか?」

「好きかどうかは分からないが…そういった話には詳しかったと思う」


そう言ったあとに、ギルバートは手を口元にあてて考え込むような素振りを見せた。


「そういえば…俺は存外、こいつのことを何も知らないな」


口元にあてている手とは反対の手で、ギルバートはフェイの頬をするりと撫でると、「まだ体温が低いな」と呟いた。

そんな主人の行動を見て、ステラはびしりと音を立てて硬直した。


―――「あの」ギルバート様が


女相手に興味をもって、自分から触りにいくなどと。

ステラは、確信した。

数年ギルバートに仕えてきた使用人の勘だ。

いや、この際女の勘と言ってもいいかもしれない。


「ギルバート様」

「何だ」

「私、絶対フェイ様とお友達になります。このお屋敷に何度も遊びにきていただきます。その際はギルバート様、ぜひ同席していただきたく思いますわ」

「…なぜ俺が同席しなければならない」

「さぁ、なぜでしょうね?」


くすくすと微笑むメイドにギルバートはいぶかしげに視線を投げたが、その真意を問うのは諦めることにした。


かくして、のちに多くの使用人たちを巻き込むこととなる「ギルバート様とフェイ様をくっつけるぞ計画」が始まったのであった。




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