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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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閑話 地獄の官吏と探求者

悪魔・バルベリスとフェイがどのようにして出会ったのか、そんなお話。


とある世界の、とある時刻。

悪魔たちの仕事を束ねる官吏・バルベリスは、日課である邸宅近くの散歩を行っていた。

普段はひたすら書類と向き合う仕事をしているので、気分転換に一日に一度、外へ出るのだ。


散歩といっても、ここに心安らぐ景色などはないのだが。


霧に覆われ、薄暗いという万年変わらない天気。

地面は砂というには硬く、岩というには柔らかい味気ない茶色い土で連綿と続いている。

草木と呼べるものは一応存在するが、雷に打たれたような木が点々と存在するだけである。

この世界には、人間たちのいう「時間」の概念が存在しない。

昼も夜もなく。何も変わらない不変の世界だ。

しかし悪魔の商談相手が人間であることから、人間界に合わせた生活を送る悪魔も多い。

各言うバルベリスも、人間と同じく二十四時間を一日と見なしていた。


悪魔には「情」がない。

損得だけを考えて生きる生き物だ。

人間にもこういった考えをもつ者もいるらしく、そういった点では悪魔も人間も大差ないのかもしれない。

それに、この世界の景色を「味気ない」と感じる点においても、悪魔と人間は感覚が近いところもある。


そんな答えが出るわけでもないことを考えていたバルベリスは、前方にふと違和感を覚えた。

霧が徐々に晴れていっているのだ。

何事かと思っていると、前から何かが歩いてくるのが見えた。


「それ」は、およそこの世界には似つかわしくない容姿をしていた。

清廉潔白の名を呈したかのような少女。

その少女の「気」が、わずかな風をはらみ、周囲の霧を退けている。

明らかにこの世界の住人ではなかった。

何やら本を読みながら歩いているようで、少女はまだバルベリスに気づいていない。

人間のようにも見えるが、人間がこんなところに来れる訳もないし、あのような「気」を起こせる訳もない。


―――妖精エルフか?


容姿から考え得る可能性はそれだったが、あの隣人たちはこの鬱蒼うっそうとした空間をそれはそれは嫌っていたはずだ。

バルベリスがじっと観察していると、少女の金の瞳とかち合った。

やっとこちらに気が付いたと思ったら、少女は足早に近づいてきて、持っていた本の一部を指さした。


「あの、すみません。この単語の読み方を教えて欲しいのですが」


そう言って。


バルベリスは、彼女が普通に話しかけてきたことにも驚いたが、彼女が読んでいる本が悪魔の言葉で書かれた本だと分かり、更に驚いた。


「…貴様、悪魔の文字が読めるのか」

「いえ、まだ勉強中です」


なぜこんなところにいるのか、なぜ悪魔の文字を勉強しているのか、この少女は一体何なのか。

様々な疑問が浮かび上がってくるが、彼女の目が質問の続きを催促しており、バルベリスはひとまず彼女の疑問を解決することにした。


「それは”バルベリス”だ。悪魔の名だな」


しかも、あろうことか彼女が読めなかったのは自分の名だった。


「なるほど、ありがとうございます。やっぱりまだ固有名詞は難しいですね」


そう言って少女の意識は再び本の中に吸い込まれていったようだった。


「なぜ悪魔の文字を読もうとしている。貴様には必要のないものだろう」

「だって、無知は罪なのでしょう?」

「…なんだそれは」

「ご先祖さまがそう言っていたらしいです」


バルベリスを見上げる少女の目には曇りひとつない。


「では、貴様はそのバルベリスという悪魔がどういうものか知っているのか」

「はい。悪魔と人間の契約のすべてを取り仕切る悪魔、です」


たったいま読んだところにそう書いてありました。

少々得意げに言い切ったその表情は、彼女の雰囲気をより幼くさせた。


「全部を取り仕切るなんて、大変そうですね」

「…大量の書類にサインをし続け、ならず者どもを取り締まる、まぁ忙しいな」

「その書類がなくなることはないのですか?」

「ない、だろうな。永遠に」


サインを書いても書いても減ることのない書類の山を思い出し、バルベリスは渋い顔をした。

いっそ人間が消えてしまえば書類もなくなるに違いない。

そうしてしまうと自分の存在意義もなくなってしまうわけだが。

渋い顔をしているバルベリスの下で、少女は眉尻を下げていた。


「…永遠は、嫌ですね」

「そうか?永遠の美貌や永遠の命を求める者などごまんといる。変化を恐れる者もな」


そういった文言は契約書で幾度となく目にしている。

人間のように限られた時間の中でしか存在できないものは、そういった永遠に憧れるのだと聞く。

しかし、少女は悲痛な顔で首を振った。


「永遠は、悲しいのです。変わることができず、もがき、苦しみ、全てに置いて行かれ、最後は独りになってしまうのです」

「………」

「これは、パンドラが言っていました」


パンドラ、というのはこの少女の友人か何かだろうか。

そのパンドラというものは、永遠というものの苦しみをよく理解しているらしい。


そして、バルベリスはこの少女に興味を持った。

変わることのない世界、不変の世界での変化の兆し。



この少女がバルベリスと個人的な取引ができるまで成長するのは、もう少し先の話である。




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