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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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綺麗に洗濯された元着ていた服を身に着け、ステラに礼を言ってからフェイはサリスフォード邸を出た。

やはり伯爵家というだけあって、その敷地は広大である。

庭園の入り口は割とすぐに分かったものの、この中にギルバートがいるとしてすれ違わずに会うことができるだろうか。

しかし、そんな疑念はものの数分で消え去ることとなった。

庭園の中でも目立つ大木を見上げる形で、ギルバートは静かにたたずんでいたのである。


「………ギルバート様」


ギルバートは何やら物憂げな雰囲気を醸し出していたが、このまま帰るわけにもいかないフェイは遠慮がちに声をかけた。

そして彼がゆっくりと振り向く。

フェイの姿をとらえたギルバートの瞳は一瞬驚きに揺れたものの、すぐに視線を大木に戻した。


「…体調は」


ただ一言、フェイに背を向けたままで告げられたその言葉は、その態度とは裏腹に気遣うような声音だった。


「もう大丈夫です。寝ている間に色々とお世話になったみたいで…、忙しい時なのにありがとうございます」

「別に、いい。お前が短剣を取り返してくれたようなものだし、それに…」


なぜかそこで、ギルバートの言葉は途切れた。

どうしたのだろうかとフェイが様子を窺っていると、ギルバートはぎゅっと拳を握りしめていた。

そんなに力を込めたら爪が食い込んで痛いだろうに。


「…俺だけでは、今回の事件の全貌を知ることは不可能だった。俺ではあの悪魔にたどり着くこともできなかった。…お前がいなければ、犯人に制裁を加えることもできなかった」


―――俺は、無力だ


最後の一言は、風にかき消されてしまうほど小さいものだった。

フェイはギルバートの背中をじっと見つめた。

なんとなく、ギルバートの言わんとしていることが分かったような気がする。


―――彼は、自らの手で、犯人を断罪したかったのではないだろうか


犯人が人間であれば、伯爵の権限で様々な罰を法的機関に要請することができただろう。

しかし実際はこんな子供に犯人の処遇を任せることしかできず、現実では犯人は未だに逃走中ということになっている。

ごく限られた人物は真実を知っている。

だがそれだけだ。

大多数の民衆が「サリスフォード伯爵の殺人犯はまだ捕まっていない」と信じている。

真実を知っている我々は、しかしそれを伝えることを許されない。

たとえ「伯爵の財力をもってしても犯人を捕まえることができないのか」と蔑まれたとしても、「かわいそうな息子さん」と憐れまれても、彼は皆が信じている真実を否定してはならない。

ただフェイが行ったことを隠し、オスカーの作り話を語ることしかできない。

そんな自分に、無力さを感じているのではないだろうか。


「貴方にしか、できないことがあります」


気づいたら、声に出していた。

今まで背を向けていたギルバートが、フェイを見て、互いに向き合う形になる。

彼の眉間には大きなシワが刻まれていて、こちらにまで苛立ちが伝わってくる。


「何だそれは?伯爵家を継ぐこととでも言うつもりか」

「それもそうですが、そちらではありません」

「…それ以外に何があるというんだ」

「大事なことですよ、とても」


「息子として、お父様の死をいたみ、悲しみ、寂しいと思うことです」


フェイとギルバートの間を、風が通り抜けた。

驚くほどに真剣な色を宿した金の双眸そうぼうに固まっていたギルバートは、彼女の言葉を何回も咀嚼そしゃくしてやっと飲み込んだ。


「っそれ、は」

「必要のない感情ですか?当主となる貴方にとって」

「…そうだ。養父ちちの死に悲しみや怒りを感じても、寂しい、などと…」

「では、ブレンダン様の死を悲しみ寂しいと思う”親族”の方がギルバート様の他にいらっしゃると?」


―――ギルバート、私は寂しかったのかもしれない


唐突に、生前の養父ちちの言っていたことが頭をよぎった。

まだ養子にもらって間もない頃、かつてギルバートがブレンダンに「なぜ養子にしたのか」と聞いた際の答えだ。

ブレンダンは妻に先立たれ、その妻との間に子はなかった。

そして後妻をめとることもなかったため、後継ぎには養子にしたギルバートを立てていた。

ギルバートの生まれと育ってきた環境は決して良い方ではなかった。

ブレンダンとの出会いも最悪のものだった。

それなのになぜ自分を伯爵家の養子にしようなどと思ったのか、純粋に疑問がわいたのだ。

そのときブレンダンは「寂しかった」と言っていた。

妻に先立たれ後継ぎもおらず、これから老いて死にゆく自分。

そんな自分を頼ってくれる人がいない中で、「頼ることを知らない」ギルバートと出会ったのだと。


そんな養父ちちを慕っていた気持ちにさえ蓋をしようとした。

ひな鳥が親鳥の後をついて行くように、「他人に頼ること」をゆっくりと教えてくれた思い出を辿るのは、つらくて、寂しい。

この気持ちをないがしろにしてしまったら、あの人は寂しがるのではないだろうか。


「確かに、その気持ちは貴方の弱さになります。けれど、人間として生きていくのに必要不可欠なものです」

「――――――」

「悲しみはいつか思い出に変わると、私は信じております。貴方はもう、独りではなのですから」


そう言って、フェイはきびすを返してサリスフォード邸を去ろうとした。

看病をしてくれた礼は言ったし、引っかかっていたギルバートのことについても話ができた。

だから今回の事件は収束したと、もう満足していたのだ。


―――しかし、彼のほうは違ったらしい


「………っ」


一瞬、息がつまった。

後ろから手が伸びてきて、抱きすくめられたのである。

そんなことができるのは、今この場にひとりしかいなくて。


「…お前のせいで、余計な感情ことを思い出した」

「そ、れは…申し訳ありません」


最初に感じたのは、衝撃。

それは緩やかに暖かく、穏やかなものに変わっていった。

強くも弱くもない力で絡めとられ、態勢のせいで彼の顔を見ることは叶わない。

寂しく、なってしまったのだろうか。


「確かに、俺は独りではない」

「そうですね。ユリシーズやヒューゴさんもいますし…あとはステラさんくらいしかサリスフォードの者は知りませんが、オスカーだって結構頼りに」

「―――お前は」


フェイの言葉を遮って耳元で囁かれたそれは、聞き間違いでなければすがるような声音だった。

お前は、違うのか。

そう言っているようで。


「―――私、は」


自分のお腹の前で交差しているギルバートの手に、フェイは自分の手を重ねた。

後ろで、ギルバートがぴくりと肩を揺らしたのが伝わってくる。


「私は、探し物がありますから」


だから、ひとつの世界に留まってはいられない。

きっとこの人の力にはなれない。

私は探し続けなければならないのだ。



私が、人間に成るために。


一章はここで終わりです。

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