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妖精探偵事務所  作者: 緋秧鶏
第一章 始まりの事件簿
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最初に感じたのは、お日様の香りだった。

この匂いはきっと干したてのシーツの匂いだ。

しかし果たして昨日シーツを洗濯しただろうかと疑問が浮かび上がる。

フェイはゆるゆると重い瞼を持ち上げた。

目が覚めた、という事実に気づいたことによって自分は眠っていたのだと気づく。

ぱちぱちと数回瞬きをすると視界が鮮明になり、見慣れない天井が映り込んだ。

ここは一体どこだろうかと思案にくれていると、横から元気な女性の声が響いた。


「…まぁ!目が覚めたのですね、良かったぁ」


頭だけを横に倒して、声のした方を窺う。

まだ若い女性が、安堵の表情でこちらを見ている。

メイドの恰好をしているところから推測すると、どうやらここは病院ではないらしい。

そう考えて、また別の疑問が浮かぶ。


―――なぜ、いま自分は「ここは病院かもしれない」と思っていたのだろうか


「気分はいかがですか?何かお飲み物をお持ちしましょうか」

「…あぁ、では水をお願いします」


思っていた以上に掠れた声が出た。

メイドさんが「まぁ、大変」と言って部屋の隅にある水差しからグラスに水を注いでいる。

ぼんやりとその様子を眺めながら上体を起こした。

自分は寝起きが良い方だと自覚していたが、どうにも体がだるく意識がはっきりしない。

メイドさんからグラスを受け取り、半分ほど一気に飲み干す。

喉から食道を通り、水が胃に落ちていくのが分かった。


「あの…ここはどこですか?」

「サリスフォード伯爵邸でございますよ。フェイ様は強盗に人質に取られ、気を失ってしまったとか。さぞ怖い思いをされたのでしょう、御可哀想に…。刑事さまは病院に連れて行こうとしたのですけれど、うちの坊ちゃまが”うちで面倒を見る”と仰ったようでしてねぇ」


思い出した。

廃工場でセオドアに憑いていた悪魔を引きはがし、オイフェから短剣を返してもらったところで、フェイは力尽きたのだ。

慣れない悪魔の術式を使用したせいで、体力やら精神力やらが疲弊したのだろう。

そしてこのメイドさんの話を聞く限り、アドキンズ刑事は今回の事件の顛末てんまつを「そういうこと」にしたらしい。


「…すみません、気を失ってしまったせいか、事件のことをよく覚えていないのですが…」

「そうなのですか?…でも、あまり思い出さない方がよろしいのでは…」

「いえ、これでも探偵として雇われた身ですので。事の顛末てんまつを知らずに帰るのは…ちょっと」

「まぁ…、まだお若いのに真剣にお仕事をされているのですね。…分かりました。私も刑事さんから聞いた話なのですが…」


メイドさんの話によると。

サリスフォード伯爵の殺人犯およびサリスフォードの短剣の強盗犯はフェイを人質にして逃走。

アドキンズ刑事によって追い詰められた犯人は、フェイを放り出して更に逃走。

アドキンズ刑事は人命救助を優先したことから犯人のことを深追いせずに、フェイの救助につとめた。

またフェイは、犯人から解放される際にサリスフォードの短剣を奪い返していたという。


「短剣が帰ってきたのはフェイ様のおかげだと、坊ちゃまもそれはそれは感謝しておりまして」

「はぁ…それは、どうも」


実際には殺人犯は悪魔で、強盗犯は影の国の魔法戦士な訳だが。

正直にそう報告するわけにもいかず、今回アドキンズ刑事はそのようにでっち上げたようだ。

よく出来た話だと思う。

強盗犯ごときに人質にされたくらいで怯えて気を失うか弱い少女にされたのは気に食わないが。

グラスに残った水も飲みほしてメイドさんにグラスを返すと、彼女は悩ましげに溜息をついた。


「すみません、本当はもう少しおもてなししたい所なのですけれど、短剣が帰ってきたことで坊ちゃまが女王様に謁見する準備で忙しいのと、うちの家令が亡くなったのでそのお葬式をしておりまして…」


うちの家令、というのはもちろんセオドア・アンブラーのことだ。

伯爵と使用人の長である家令がほぼ同時期に亡くなったのだ。

いまサリスフォード家は混乱の真っただ中にあるのだろう。

その忙しいときにこれ以上お世話になるわけにもいかない。


「こうして寝かさせてもらっただけでもありがたいです。あの、貴女のお名前は?」

「申し遅れました、私、サリスフォード家でメイドをしております、ステラと申します」

「ステラさん、ありがとうございました。もう目が覚めたのでおいとましようと思います」

「えっ!?そんな、いけません!フェイ様は三日も眠っていらしたのですよ?まだ動かない方が…」

「…三日も?」


今までは、どんなに異界渡りをして疲れていても丸一日眠れば回復していた。

今回の件はそれ以上の力を駆使したということだろうか。

なんだか年を取って疲れが取れにくくなったみたいであまり認めたくない事実である。

ステラの制止の声を振り切りベッドから降りて立ってみても、特に異常は感じられなかった。

今更だが、どうやら着替えもしてくれたようで、フェイは普段あまり着ることない真っ白な可愛らしいネグリジェに包まれていた。


「ほら、大丈夫そうですよ」

「でも、みなさん本当に心配していらしたのですよ?アドキンズ刑事なんて一日に一回はお見舞いにいらっしゃっていましたし、この三日間は私の他にヒューゴやユリシーズ、坊ちゃままでも交代で看病していたのですから」

「確かにそれは…大事おおごとですね」


オスカーの行動はなんとなく想像できるにしても、ご主人様以外わりとどうでもよさそうな従者二人に加え、ギルバートまでもが看病をしているところは全く想像できない。

しかしそれなら尚更目が覚めたことを伝え、置いてもらったお礼を言ってすぐに出ていくべきだろう。

探偵で雇われ、その仕事が終わったというのに世話になるのは良くないことだ。


「短剣を取り返せたのはフェイ様のおかげでもありますし、今晩の夕飯にだけでも出席していただけませんか?」

「いえ、私は給料分の仕事をしただけですから」

「しかしそれですと坊ちゃまが…」

「ギルバート様がどうかされたのですか?何か要件があるならばこれから伺いますが」

「え?あぁ、いえ。な、なんでもありません」


なぜか急に歯切れを悪くしたステラは、誤魔化すように「フェイ様が大丈夫と言うのなら、お着替えをお持ちしますね」と言ってクローゼットに向かった。

少々気になるが、大事なことだったら言ってくるだろう。


「挨拶をしてから帰ろうと思うのですが、ギルバート様はどちらに?」

「そうですね…。本日は先ほども申したように家令のお葬式がありましたが、そろそろお帰りになっているかと…。邸の中にいないとなると、庭園の方でしょうか」

「なるほど…。ありがとうございます」


邸の主が帰ってきたとなれば、当然ここにもその連絡が入る。

ステラがまだそれを聞いていないということは、まだ邸の中には入っていないのだろう。

庭園に居なければラヴァンに空から探してもらおうと考えて、フェイはステラから受け取った服に袖を通すのだった。


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