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――第三変 虚無の世界――

 四人が外に出た時は、既に辺りは真っ暗な闇に包まれていた。時計を確認すると、八時を越えたあたりだった。暗闇の中、ある一部だけやけに明るくなっている箇所があり、近づくとクレーターの中央にヘリが存在していた。どうしてこんな所に停めたのだろうと疑問に思いつつも、ヘリに駆け寄る。中には紅羽の話通り、凛華が運転席に座っていた。

「凛華さん、マジで運転出来るんですねぇ」

「何で私が嘘をつくと思ってんのよ。凛華、話はあっちに戻ってから。とりあえず一度戻りましょう」

「……」

「凛華? どうし――」

 言葉を続ける前に突然凛華が紅羽をぎゅっと抱きしめた。その瞳は少しだけ潤んでいる用に見えた

「よかった――ッ! ほんっとうに、無事でよかった!」

「ちょっ!? いきなりどうしたの!? 私はなんともなかったって報告してたでしょ!?」

「だって心配だったんだものー」

 抱き着かれた紅羽は、驚きのあまり暴れていたが、凛華がそれだけ心配してくれたことに申し訳なくなり抵抗するのをやめた。ひとしきり抱きしめた後、紅羽を解放すると刻己に向かって手を広げた。

「――いやぁ、俺は行かないですよぉ?」

「刻己くんも心配だったんですよー? それに抱擁くらい海外なら挨拶くらいですしー」

「そ、それよりも! 早く戻りましょう! あんまり時間も残されてないんだしさぁ!」

 ぶーっとふてくされる凛華と、ジトッとした目で睨む紅羽の視線に耐え切れず、ヘリに乗り込んでしまう。流石に刻己も年頃の男だ。無自覚とはいえ、凛華のような美人に抱きつかれると困る。それに豊満な胸を押し付けられると理性が危険信号を送ることになる。

「凛華、この二人も乗せて。事情がどうあれ今は非常事態だから」

「はいはーい。じゃあ乗ってくださーい」

 藍の両親も後部座席に座り、紅羽の助手席に座る。そして凛華がヘリを浮上し始めた。

「十五分くらいで着くからー、ちょっと我慢してねー?」

 と、不穏な言葉とともにヘリが急上昇した。声を上げそうになるが上げることも出来ないくらいの衝撃が起こる。隣を見やると二人も頑張って耐えているようだった。

「じゃあ、行っくわよー」

「ちょっ――」

 レバーが前に押し出された瞬間、ヘリが見たこともない角度で前進した。刻己は、生きて地上に帰れることを切に願って意識を手放した。


「起きなさい、このムッツリ!」

「――はっ! なぁんか言われようのない暴言を聞いた気が」

「気のせいよ。ほら、着いたんだから降りなさい」

 紅羽叱責で意識を取り戻したときには既にどこかのヘリポートだった。地上に降りれた感動を味わいながら、あたりを見渡す。周りは柵で囲まれ、他には何もなかった。

「ここ、どこだぁ?」

「ホテルの屋上よ。早く中に入るわよ」

「……はぁ?」

 柵の端付近に梯子がかかっているのが分かった。さらに下を見下ろすと、先日ホテルから見たあの光景と同じだったことに気づく。

「ここ、ヘリポート完備なんかぁ?」

「あんたねぇ、そのくらいの手配くらいしているに決まってるでしょう?」

「いやぁ、普通ここまではしないと思うけどなぁ……」

 呆れか驚きか、素手のどちら共通りすぎて声が出ないくらいだ。気にしていたら霧が無くなりそうだ。

 梯子を降りると、エレベーターの隣の部屋に着いた。そのままリビングに向かうと既に凛華と藍の両親がソファに座って対面していた。

「おまたせ。さ、話を始めましょうか――って言いたいところだけど、先に凛華、お願い」

「はいはーい」

 と、話を始める前に凛華が手を組んだ。その姿に嫌な予感がしたが、的中してしまった。

起動セットアップ、『数数多の影達シャドウオブペイン』」

 大量の影が刻己へと向かい、刻己の身体へ侵食していく。その気持ち悪さに刻己はのたうち回る。

「無理無理無理ィ! 気持ちわりぃ!」

「少し黙って! 凛華が集中できないでしょ!」

「ムリなものはムリィ!」

「うるさい! 四の五の言わずに黙っていなさい!」

 ギャーギャー騒ぐ二人に全く気にしてもいないのか凛華は一心に集中し、影を巡らせていた。数分経過したあと、凛華は困惑した表情をした。

「おかしいわねー。中身を縫い合わせようとしたんだけどー、全くといっていいほど怪我は治ってるわよー?」

「え!? そんなことはないわ! だってついさっきまで歩くのがやっとだったのよ?」

「あー、言ってなかったけどよぉ、俺何でか分かんねぇけど怪我治るのがはえぇんだよ。切り傷とかも一日で治りきるしさぁ」

「……あんた、本当に人間?」

「じゃないかもなぁ」

 若干引いている紅羽に対し、冗談を言う。あまり冗談に聞こえていないようだが、その話はまた今度だ。三人共気持ちを切り替え、藍の両親へと視線を向ける。

「さて、改めて話をしましょうか。凛華、現状のことは伝えた?」

「先程説明したわー。今現在、異常能力者、近藤藍は第一地区の上空に存在するわー。今のところは暴走してないみたいだけどー、いつ力が溢れるかわからないわー」

「そう。まだ時間は大丈夫ってところね。――話は変わるけど、あなた達はあそこで何の研究をしていたの?」

「……とぼけても無駄、というところか?」

「ええ。地下のあそこ、研究施設だったようね。そのくらいは見当もつくわ」

 藍の父親が黙りこむ。数秒間沈黙していたが、やがて口を開いた。

「私達は、『ガンマ計画』というものに携わっていた」

「『ガンマ計画』?」

「あぁ、そうだ。厳密なことは私達研究者には聞かされていない。ただ目的は、人工的に異常能力者を生成することだ」

「――ッ!」

 紅羽がギリっと歯を食いしばる。それは刻己も同じ思いだった。ただ、凛華だけがいつもと表情が変わらないままであった。

「とはいえあまりに荒唐無稽な話だった。私達とて異常能力者になる条件は理解している。だから私達は異常能力者になる確率を上げることを目的していた。結果、実験は成功した」

「つまり実験体になったのは、藍ちゃんだったのね」

 テーブルを叩いた音が響いた。それは他でもなく刻己自身が拳で叩いた音だった。

「どうして、そんなことを――ッ!?」

「……私達も、その被験者が誰かは知らなかった。まさか自分の娘だとは思いもしなかった」

 深い溜息をこぼし、藍の父親はうなだれる。母親の方が、今にも泣きそうになりながらも続きを話し始めた。

「あの子は何も知らなかったの。でも、私達が知らない間に実験対象とされ、薬を飲まされていたの。あの子、見た目は幼いけど高校生なのよ」

「……もう驚かねぇぞ。例え年齢詐称しててもなぁ」

「あら気づいていなかったの? まさか小学生だと思っていたんじゃないわよね?」

「うるせぇ。思っていたよぉ」

「はいはーい。話の腰を折らないのー」

 パンパンと手を叩く凛華。紅羽は咳払いをし、藍の両親へと向かい直す。

「事情が分かったわ。それであなた達は黒の教会と離反したと」

「流石だな。その通りだ。被験者が藍だということ、異常能力者を軍事力として利用するということを聞いて即座に手を切った。その時に藍が――」

 藍の父親が声を詰まらせる。その様子にいたたまれない気持ちになった。

「私達があの子を異常能力者にさせたんだ。だからこんなことは望んじゃいけない。でも、それでもあの子を助けてくれませんか?」

 藍の父親が頭を下げる。それに伴い、母親も「お願いします」と頭を下げた。返事は最初から決まっていた。

「勿論です。そのためにあなた達をここまで連れてきたのだから」

 紅羽が笑みを浮かべて答える。二人は涙を流し、「ありがとう……!」と震える声で感謝の声を発した。


 場所は変わって先日説明を受けていた書斎室に移動した。いくつかのモニターが様々な画面を映しだしていた。

「さて、それじゃあ作戦を考えましょうー」

 どこからか運び込まれたホワイトボードを背に、凛華がペンでいくつかの図を書いて説明し始める。

「まず、藍ちゃんは現在第一地区を北上中、つまりここ第六地区に向かっているという感じよー。今のところは力が落ち着いたみたいで、暴風も起こっていないわー。でも、彼女に近づくと強烈な風によって弾かれてしまって問題があるわー」

 凛華達がいるところに円を描き、下部に藍という字に丸で囲む。藍が記入された円から上部に向けて矢印を書く。思っていたよりも近くに居たことは幸いであるが、問題は彼女のいる場所だ。

「それにー、藍ちゃんは高度一万五千メートル程にいます。普通の人間はそこに辿り着くまでが困難よー。ですのでー、方法としては――」

 言葉を紡ぎながら、凛華は指を一本立てる。

「一つは藍ちゃんの場所まで辿り着くことよー。飛行機を使えば可能だけど、空中で会話することは難しいものねー。それに二人は力を使えない一般人だしー。あの子に近づくことすら不可能よー」

 飛行機のような絵を書き、藍ちゃんの方に矢印を書くが、間に罰印を書く。書き終えた後、凛華はもう一本の指も加えて立てる。

「もう一つは藍ちゃんを地上に下ろすことー。少し力押しになるけどー、地上に引きずり下ろすことで藍ちゃんと会話する事ができる、といった感じよー」

 藍ちゃんの図の下に人の絵を書き、矢印で地上に引っ張るような絵を加える。書き終えた凛華は皆に同意を求めた。

「どうー? 他に意見があれば聞くわよー?」

「……藍の、異常能力者としての力を抑えられるのか?」

 藍の父親が小さく呟く。確かに異能力よりも遥かに力が勝っている藍の力を食い止められるのだろうか。間近で感じた、あの強大な力を、抑えられるのだろうか。刻己も紅羽も少し不安に思っていた。

「大丈夫ですよー。私たちが、全力で抑えますからー」

 そんな中、凛華ははっきりと答えた。不安や恐怖などの感情は無く、出来ると信じている。その真っ直ぐさに全員が言葉をなくしていた。

「――ええ、そうよ! 私たちが全力であの子を引きずり下ろすわ。だからあなた達はあの子に声をかけてあげて」

「そうだなぁ。出来る、出来ないじゃねぇ。やるだけだもんなぁ」

「あんたは役に立たないでしょうが。壁しかならないあんたは、居ても迷惑だから」

「ちょっ! 俺の扱いひどくねぇかぁ!? 少しは役に立つっつーの!」

「はいはい、わかりました」

 紅羽は一切の容赦もなく、罵声を浴びせる。さらに、用意していた別色のペンを刻己の顔面目掛けてぶん投げる。案の定、額にぶつかり、うめき声を上げながら側に刻己は倒れる。

「まったく……それじゃ、方針はそれで。私たちがあの子を地上に引き降ろすから、その後は二人の対話に任せるわ。身の安全はあの子が暴走したら保証できないから」

「ああ……しかし、大丈夫なのか? 私達とて異常能力者の恐ろしさは知っている。君たちだけであの力を止められるのか?」

「それこそ出来る、出来無いの問題じゃないわ。やるしかないのよ。失敗したらこの都市は跡形もなく吹き飛ぶことになっちゃうもの」

 とんでもないことを言っているようだが、紅羽が言っていることはもっともである。出来ないのならここに住んでいる人をも巻き込むことになってしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。この都市に住む人のためにも。そして、今なお苦しんでいる藍のためにも。

「それじゃあ作戦会議はここまで。疲れているだろうし、休むことにしましょう。明日の朝一に藍ちゃん元へ行くわよ」

「え? 今からじゃねぇのかぁ?」

「あんたねぇ。こんな真っ暗な中でどうやってあの子を見つけるのよ。それに一般人に異能力を見せびらかす訳にはいかないでしょう? 明日の朝には避難勧告という名目で住民を避難させないといけないし」

「そ、それもそうかぁ。被害拡大させちゃあ意味ねぇもんなぁ」

 当たり前のことに気が付かなかった。細かい部分にも気を配れてるんだなと少し感心した。

「なんか失礼なこと考えてない?」

「いやぁ何も? それよりさぁ、腹減ったんだけどさぁ?」

 話をすり替え、夕飯の提案をする。あれから結局何も食べていないのだ。時刻も既に夜十時。遅すぎた夕飯にはなるが食べないよりかはマシだ。

「それもそうね。凛華、今からでも頼める?」

「はいはーい。二人はどうしますかー?」

「私達は遠慮しておくよ。ホテルのルームサービスというのは頼めるのかな?」

「分かりましたー。でしたら一つ下の寝室を使いますかー?」

「あぁ、そうしてくれると助かるよ。流石にこの部屋だとなんだか落ち着かなくてな」

「いえいえー。では着いてきて下さーい」

 凛華は二人を連れてエレベーターで降りていった。余談だが、一つ下の部屋も十分大きい部屋らしく、二人は落ち着かない夜を過ごしたようだった。


 凛華の手作りした夕飯を終え、刻己はのんびりとリビングでくつろいでいた。二度と味わえないであろうこの部屋を堪能使用したのだが、人間慣れというものは恐ろしい。既にこの部屋を昔から馴染んだ部屋のように感じてしまうのだ。

「はぁ……異常能力者、かぁ」

 あまりの出来事に頭が着いてきていなかったが、ようやく落ち着いて物事を考える時間が出来た。異能力者と異常能力者。そんな自分と同じような変質な力を持つ人間が居るなんて、思いもしなかった。

 しかし実際は存在した。いや、よくよく考えれば他にいてもおかしくはない。偶々今まで会わなかっただけなのだ。

「そういえばぁ、俺っていつからこの力使えたっけぇ?」

 根本的なことを忘れていた。刻己の異能力は、いつから使えたのだろうか、と。古い記憶を辿ろうとしたが、思い出せなかった。いや、記憶がなかった。

「あれぇ? 俺、何で覚えてねぇんだ?」

 覚えていないではない。記憶に存在しないのだ。忘れたとかではなく、そもそも頭の中に異能力が使えるようになった時期がないのだ。次第に奇妙さと焦りが混ざり合う。

「落ち着けぇ、俺。まずは実の両親の顔を――」

 思い、出せない。

 記憶に存在しない。

 いつ生まれ、どこで育ったのか、記憶に無いのだ。

「……あぁ?」

 混乱の渦に飲まれる。覚えている最古の記憶に探し出す。それはあっさりと見つかった。

「十年前の、災害前の記憶が、ねぇ?」

 深く考えたことがなかったからか、それとも考えようとしなかったからか。刻己は十年前の災害以降の記憶しかないことに気づく。

「おかしい……ありえねぇだろぉ?」

 しかし何度思い出そうとしても記憶は蘇らない。その事実に、頭が混乱し始めた。

「……駄目だぁ、分かんねぇ」

 立ち上がり頭を振るう。考えるのを止め、風呂に向かうことにした。悩んでも仕方ないことは、綺麗サッパリお湯とともに流してしまうのが最適だ。

 先日、結局入りそびれた風呂に心躍らせていた。脱衣所で服を脱ぎ、いざ風呂に入ろうとした。

 そこで気づくべきだったのだ。リビングに誰も居なかったこと。そして、脱衣所に二人分の服があったことに。

「へ?」

「あらまぁー」

「――んぁ?」

 まず目に入ったのは一望できる夜景だった。方角が違うおかげでまた別の夜景を見ることが出来た。

 次に呆けている様子な紅羽だった。浴槽に身体を沈めているが、その引き締まった腰と女性特有の柔らかさに視線を奪われた。

 最後に身体をボディソープで洗っている凛華の姿だった。紅羽とは違い成熟したような身体つきで、豊満な胸が特徴的であった。

 ここまでが刻己が一瞬で把握した事項であった。そしてこの後どうなるかは容易に想像できた。

「ちょッ、タンマ――」

「こぉんのぉ――ド畜生がァァッッ!!」

 抗議の声をあげようとしたが聞く耳持たず。紅羽は洗面器をフルスイングで刻己の急所目掛けてぶん投げる。躱せる速度ではなく、見事にクリーンヒット。

「おま……そこは、反則、だろぉが」

「うるさいうるさいうるさい! このドヘンタイ! 痴漢! 露出魔! 生きて帰れると思うな!」

「あらあらー。刻己くんも一緒に入りたかったのー?」

「凛華!」

「うふふー。年頃の男の子は、凄い積極的ねー」

「凛華ってばぁ!」

 紅羽と凛華が言い争っている中、刻己はほうほうの体で風呂場から逃げ出す。後でどう言い訳をしようか考えるが、妙案は浮かばず、平謝りするしかなかった。その時の紅羽は、ゴミを見るような冷たい眼差しをしていたが、記憶から消すことにした。


 深い睡眠から覚めた朝五時。眠気は殆ど無く、いつもよりも覚醒していた。凛華が作ってくれた朝食を摂り、エレベーターを降りるとエントランスに藍の両親が既に待っていた。

「それじゃあ、行きましょうか。さっき藍ちゃんの場所を調べたけど、もう第六地区のすぐ近くに居るようね。凛華の車で行けば十分ほどで着けるわ」

 藍の両親は硬い表情で頷く。凛華と藍の両親は車を取りに駐車場に向かっていった。エントランスに残ったのは紅羽と刻己だけだ。

「それで。あんた、身体どうなの? 先に言っとくけど、正直に言わなかったら正拳かますからね?」

「恐ろしいことをサラッと言うんじゃねぇよぉ。まぁ、完治とまではいかねぇけど身体は昨日よりかりぃ感じだなぁ。これなら、またあいつらとやりあうのも可能だぜぇ」

「別に、あんたが戦闘に参加してもらうことは期待してないわ。そもそもあんたは足手まといよ」

「……うわぁ、あまりにダイレクト過ぎて傷つくわぁ」

「事実だもの。それより、あんたはあの子の両親を守ってあげて」

 落ち込んでいる風に装っている刻己に、容赦なく紅羽が攻め立てるかと思いきや、ポンと肩を叩いて役目を告げた。

「適材適所ってやつよ。あんたは守ることなら私達より強いでしょ? なら、私達が楽に戦えるよう、殿は任せるわ」

「――あいよぉ」

 昨日の機械兵士の戦いの時、刻己は自分の無力さを実感していた。自分は力があるものの、戦闘なんてしたことはない。まして生き死にを賭けた戦いなど、ここ数日からだった。だから、自分のことが情けないと落ち込んでいた。

 しかし今、遠くに見えていた紅羽が、やっと隣に居させてくれることを許可してくれた。それはつまり、刻己のことを戦力の一部としてみなしてくれたことに等しい。そのことに喜びを感じ、でもまだ足りないのだと不満でもあった。それに――

「あんたはしっかりと守っていなさい」

 その守る対象に、彼女が入っていないことが妙に悔しく思えていた。

 刻己一同を載せた車は数十分走らせた後、途中の道路で急停止する。周りに人気は無く、あるのはどんよりした明け方の空だけだった。

 一同は車から降り、空を見上げる。地上からでは何も見えないが、凛華の情報によるとここの上空に藍がいると探知していた。

「この上に藍ちゃんが……それで、どうやって引きずり下ろすんだぁ?」

「一番手っ取り早いのは、あの子の所まで行って地上に叩きつけるのが最適ね。でも私の力じゃそこまで上がれないわ。だから――凛華、私の射程内に入るまでお願い」

「分かりましたー。紅羽以外のみなさんは、少し下がっていてくださいねー」

 紅羽と凛華の二人は道路の真ん中に進み歩く。勿論、昨夜凛華がいくつか根回しをしたことで、付近の住民に避難勧告がされている。そのため、車が走っているどころかどのビルにも人は居ない。

 つまり、どれだけ大規模に異能力を使おうとも、一般人に見られる恐れが無いということだ。

「集って、起動セットアップ、『数数多の影達シャドウオブペイン』」

 紡がれた言葉とともに、両手で祈るように目を瞑った凛華のもとに得体のしれない黒い物、影が集まる。ただしいつもとは違い、あらゆる場所に存在している影が凛華のもとへ集まっていった。

 そして集まっていった影は、蠢くようにし、一つの形を成していった。

「武装礼装、『黒影の魔手ダークシャドウズ』」

 集まった影は巨大な一つの手となり、上空に手のひらを向けている状態で留まる。

「掴んで、『黒影の魔手ダークシャドウズ』!」

 凛華の声と共に、巨大な手は上空へとの伸びていった。傍からでは真っ黒な柱が立っているように見える長い腕が、上空に居る藍を捉えようとする。

 ふと、凛華の方に見惚れていたが、紅羽の方も準備を済ませていたようだ。紅羽の異能力の象徴である『煉獄の鞭』を手にし、静かに呟く。

「武装礼装、『赤火の足甲インフェルノ』」

 すると鞭が真ん中で切断され、二本の細い糸のようになり一人でに動き出した。糸が紅羽の足元を覆うかのように巻き付かれると、爪先から膝までを覆う足甲となった。

 軽く爪先で地面を小突き、調子を確かめた後、紅羽はおもむろにクラウチングスタートをするかのように姿勢を整える。

「凛華! 補足出来た!?」

「もう少しよー。……見つけたわー!」

「オッケー! じゃあ行ってくるね!」

 声を上げて、紅羽は黒い柱に向かって走りだす。そして黒い柱に足を付けると、足甲が赤く光り、黒い柱に足がくっついたようになる。

 そのまま紅羽は黒い柱を走り、急激に上昇していった。それこそ、刻己たちには視覚出来ないほどの速さでだ。その様子を見た後、凛華は刻己たちの方を向いて口を開く。

「あとはあの子に任せましょうー。多分、すぐ地上に藍ちゃんを連れてくると思うわー」

「今のが、紅羽と凛華さんの武装礼装?」

「そうよー。私のはー、一度使えば認識した相手を捉える『黒影の魔手ダークシャドウズ』。紅羽のはー、熱と冷却で足元の熱を操作する『赤火の足甲インフェルノ』ねー。どっちも燃費が悪いからあまり使わないんだけどねー」

 簡単に説明する凛華。燃費が悪いと言ってたが、その割にはあまり疲労が見えなかった。

「その割には疲れてないんじゃねぇっすか? 余力を残してるって感じでぇ?」

「バレちゃったー? 私達の戦う相手は、藍ちゃんだけじゃないからねー」

「それって――」

 冷や汗が垂れる。悪い予感がしたが、刻己はこういうとき、大体予感は的中してしまう質なのだ。

「ほらー、お出ましよー?」

 後ろを振り向くと、空に何らかの物体が浮いているのが分かる。それらはこちらに向かっており、刻己たちはあれらが何なのか予想出来ていた。

「機械兵士――ッ!」

「刻己くんは二人を守ってー! 私がなるべく対処するからー」

「対処って、あれ何機居ると思ってんですかぁ!?」

 上空を見やるとゆうに百機は越える機械兵士が飛んでいた。

「大丈夫よ―。私を信じて――ッ!?」

 凛華は途中で言葉を切り、急に焦った顔をして黒い柱の上空を見上げた。

「どうしたんですかぁ?」

「最悪な状態ねー。『黒影の魔手ダークシャドウズ』が振りほどかれたみたいー」

 少し凛華は眉をひそめて上空を見上げる。先ほどまでそびえ立っていった黒い影は霧散していく。すると、上空には二人の人物が見て取れた。

 一人は言うまでもなく影を足蹴にして登っていった紅羽。もう一人は可視化されている風の翼にて浮遊している藍だった。

「藍ちゃん!」

 声を上げるが届くことはない。そうこうしている内に、地上に何台ものの機械兵士が降り立った。

「ったくよぉ。お前らもしつっけぇんだよぉ!」

 両手をかざして複製を始める。ここが正念場だ。紅羽が藍を下ろすまで、耐えればいいのだから。


 藍の目の前まで来られたが、状況は最悪だった。並みの異能力者なら逃れることは不可能な、凛華の『黒影の魔手』をたった数分で振りほどいたのだ。それによって、足場も無くなるため、ここでのアドバンテージは完全に藍の方が優位である。

 風によって作られた二対四翼をはためかせ、藍は優雅に浮遊している。だがその表情は無表情であった。目の前にいる紅羽を見えておらず、以前よりもさらに人間味が薄れていた。

 一方、紅羽は熱量を操作し、藍が発生させている風を利用して浮いていた。

 しかしそれは単なる付け焼き刃だ。藍は意志のない目を紅羽に向けると、強烈な突風が吹き荒れる。紅羽はそれを足元を熱で爆発させ、上昇して躱す。

「ここまで来たのに地上に下ろせないなんて……! もう次はないっていうのに!」

 凛華の力も紅羽の力も、かなり疲労を伴うものだ。それをフルで使うのは、一日に一回が限度であろう。

 しかし相手は異常能力者。二人でなんとか食い止めたものの、一人では戦いにすらならない。それが相手の独壇場である空ならばなおさらだ。

 それでも紅羽は諦めようとはしなかった。単に性格からしてというのもあるが、それだけではない。この子が絶望する理由なんて、本当はなにもないのだから。

 藍の両親はちゃんと生きている。今ここで地上にさえ連れていくことが出来れば、彼女は元に戻れるはずだ。

「藍ちゃん目を覚まして! あなたの両親は生きているのよッ!」

 紅羽の言葉大空に轟く。しかし藍は聞こえていないのか、再度風を放つ。

「あなたが悲観することはないの! だって――あなたは誰も殺していないのだからッ!」

「――――ァ?」

 ほんの少し、藍の表情が困惑へと変化したように見えた。しかしすぐに無表情へと戻り、紅羽に向けて風を放つ。

「――くッ! 私の声が届いているのなら、地上に降りて! そして両親に会って!」

「――――お、父さん? お、母さん?」

 紅羽の声が届いたのか、藍は小さく声を発すると、頭を抑えて苦しみだした。紅羽その隙を逃すまいと、風を避けながら近づく。

 しかし事はそう上手くいかない。制御仕切れていない荒れ狂う風が舞い、紅羽の身体を襲う。風は鋭い刃となり、紅羽の身体を切り裂いた。

「ぐッ――ああァァッッ!!」

 切り裂かれた痛みに耐えながらも、藍に近づく。後距離にして五歩。目の前で苦しんでいるこの子の痛みに比べれば、紅羽が感じている痛みなんて蚊に刺された程度だ。そして次の一歩を踏み出した直後。

「う、ぐゥゥ――アァァッッ!!」

 藍が両手を紅羽に向けると、叫び声を上げながら先ほどよりも強力な風を巻き起こした。それは局地的な竜巻に等しく、それを真横に向けて放った。紅羽は竜巻を目の前にして、直撃する。

 ――かのように思われた。

 だが紅羽は足甲による爆発を利用し、弧を描くように浮いた。この急速移動によって竜巻を躱した。そしてちょうど藍の真上に、天地をひっくり返したような状態で身構える。

「ちょっと荒っぽいけど、許してねッッ!!」

 再度足甲による爆発を使って、藍に急接近する。先程まで襲いかかってきた風も、今やあさっての方向に出力している。急な力の放出移動は出来ないはず。紅羽は藍の身体目掛けて、地上に叩きつけるように足を振り下ろした。

「――ッッ!?」

 紅羽の一撃は藍の身体に届いた。しかし藍は蹴られる直前に、翼として象っていた風を一瞬にして自分の周囲にまとわせ、球の様な障壁を作った。障壁によって紅羽の蹴りは遮られたものの、その衝撃までは緩和できていないようだった。

「ああァァァァッッッッ!!」

 異能力で作った足甲が剥がれる。あまりの風で切り裂かれているのだ。既に蹴っている足は血に染まり、見るも痛々しい状態だが、気合を振り絞って振り切った。

 気合の一撃によって、藍をサッカーボールのように、地面へと蹴り飛ばした。急激に落下していく藍を眼下に、紅羽も重力に従うように落下する。

 元々、紅羽に空を飛ぶ力は備わっていない。先程のは凛華の力に沿って熱量を操作して、足元を凍らせて壁を走ったにすぎない。それにもう、藍の風を利用することは出来ない。

 だんだんと地面に近づく。見えてきた地上には大きなクレーターができていた。その中心に藍がいるのだろうが、力を使いすぎて意識も朦朧としていた。

「あぁ、異常能力者に、一矢報いた、わよ」

 傷を負わせるとまではいかなかったが、地上へと降ろすことには成功した。それだけでも満足だった。

「あとは、任せるわ」

 そして、地面まで数メートルというところで、柔らかい感触を感じた。

 それは超低反発なベッドのようで、紅羽が受ける衝撃を和らいでくれた。とはいえそれだけで完全に落下を防げるわけもなく、大きくバウンドする。

 しかし何度か同じ柔らかい感触を感じた。少しずつ衝撃が和らぎ、最後はほぼ無反発な状態で地上に降り着いた。

「――大丈夫かぁ!?」

 横たわっている紅羽に駆け寄る一人の少年。紅羽は顔を見ることもなく、それが誰であるかは容易に理解できた。

「――無事よ。……ありがと、刻己」

 やり遂げた笑顔を、とても不安そうな表情をする刻己に向け、弱々しく手を挙げる。

 刻己は少し分かりかねていたが、すぐにニッと笑い、同じように手を挙げる。

「――……バトン、タッチ」

「あぁ……後は任されたぜぇ!」

 二人の手が重なり、乾いた音が響く。刻己に残りを任せ、紅羽はゆっくりと目を閉じた。


 数台の機械兵士と対峙してからものの数分。後方に轟音が響いたと思うと、急に機械兵士は戦闘するのを止め、音源の方へと向かっていった。

 それに安堵するのも束の間、上空から紅羽が落ちてきているのに気づくと、慌てて落下地点へと向かい、大量のクッションを複製することで衝撃を和らげた。紅羽は体中が傷だらけで、特に右足が見るのも痛々しい状態だった。

 気絶した紅羽を寝かせ、足を応急処置してから立ち上がる。

「……任されたからには、俺も行かないとなぁ」

 一人にしておくのは少し気がかりではあったが、藍の方も心配であった。先ほどの轟音は藍が落ちてきた音だろう。ならば周りには機械兵士達が居るはずだ。あいつらを退かして、早く両親に会わせてあげれば、藍ちゃんも元に戻るはずだ。

 藍の居る方へ身体を向けた瞬間、目の前から烈風が走った。当然刻己が耐えられるはずもなく、空中に投げ出される。突然のことで思考が回らず、受け身も取れずに残っていた布団に顔面からダイブする。

「ぶッッ!?」

 痛みは軽かったが驚きの方が大きすぎた。起き上がり、すぐさま紅羽の位置を確認すると、眠ったまま違う布団の上に落ちたようだった。良かった、と胸を撫で下ろすと同時に、目つきを変えて風が起こった方を向く。

 見ると機械兵士があちらこちらに吹き飛ばされていた。全て藍の力によってだろう。どれもこれもスクラップのようになっており、再起不能だった。

「こりゃあやべぇわな。早く皆の所へ戻らねぇと」

 おおよその辺りを見渡すが凛華達の姿はなかった。おそらく、藍の方へと向かっていったのだろう。

「俺も、行くかぁ」

 一度紅羽の方を見、決心して風の発生源へと向かっていった。今度こそ、最後なると信じて。

 風が何度も起こるせいで足止めを食らったが、なんとか近くまで辿りつけた。時折、機械兵士が刻己目掛けて飛んでくることもあったが、咄嗟に複製して防いだ。

 そして遂に、藍が墜落したクレーターに辿り着いた。すると、吹き荒れていた風が急に止んだ。

「おぉ? 何だぁ?」

 あまりの変化に驚いたが、すぐに理由がわかった。刻己とは真逆の位置に藍の両親と藍の姿が見えた。ようやく出会えたのだ。

「全くよぉ。人騒がせな迷子だぜぇ」

 ほっとため息をつく。これで一件落着、というやつになるのだ。気も楽になる。

 ただ、刻己は気付いてしまった。上空に居る、一台の機械兵士に。そしてそれは、両手のナイフをある人物に狙っていたのだ。

「――よせ」

 全身に鳥肌が立つ。止めろ。それだけはしてはいけないと。それでも機械兵士は止まらない。

「やめろォォッッ!!」

 刻己は叫んだ。しかしその声が届くはずもない。機械兵士のナイフは、藍の両親の心臓目掛けて飛来し、貫いた。

「あ、ああぁ――ッ!?」

 目の間に居た藍にはどう見えたのか。絶望した藍の表情こそ分からないが、地上から天にまで伸びるほどの黒い渦が出現した。

「…………」

 刻己は何も言わず、凛華たちの方へ歩いて行った。その挙動は、あまりに不審であった。

「刻己くん! ごめんなさいねー」

 声こそは軽そうではあるが、凛華も辛そうな表情をしていた。しかし刻己は凛華に視線を向けようとはしなかった。

「空から機械兵士が来てねー、二人を殺し――刻己、くん?」

 凛華が不思議そうに首を傾けてたが刻己には見えていない。見えているのは、おびただしいほどの赤い液体だけだ。

 目を見開き、あの光景を思い出す。刻己はそれを、思い出したくはなかったが、記憶から消えてくれなかった。

「――けないと」

 刻己の様子がおかしいと感じた凛華は、刻己に声をかけようとした。しかし刻己は呪詛のように、ブツブツと何か呟いた。

「助けないと――直さないと――治さないと――戻さないと――創らないと――生かさないと――与えないと――動かさないと――」

 操られた人形のように、藍の両親に近づく。それはあまりに奇妙で、異常であった。

「刻己くん! もう手遅れよー! 二人共心臓を刺されたのー!」

「駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ――ッ!! 助けないと――誰も喜ばない――こんなことがあっていいはずがないッッ!!!!」

 壊れた機械のように呟き、刻己は両の手を二人に向ける。

「――復元開始リストア

 紡がれた言葉と共に、光が生じる。しかしそれは今までの一瞬の電気が走ったような光ではなかった。ぼんやりと光る、真っ白な光。その光が、二人を包み込んだ。

 時間にして数秒。その合間に何が起こったのか凛華には分からなかった。いや、理解できなかった。

 彼らの周囲に飛び散っていた液体が、独りでに彼らの内部へと戻っていった。それはまるで、動画を巻き戻しているかのように。

 真っ赤だったコンクリートが元に戻り、最後に二人の傷が閉じていったのがわかった。

 光が完全に消えた後、どこからともなく大量の機械兵士が現れた。それは上空にも滞在しており、合計二十機といったところだ。

「――『虚無の大鎌』(メフィストフェレス)」

 足をコツンと叩くと、刻己の足元から一本の大鎌が生成された。その鎌を見て、凛華は青ざめた。

「そんな、あり得ないわー!? だってそれはー」

「時よ、とまれ」

 いつもとは違う、機械的な声で呟く。機械兵士のナイフが目前まで来ているが気にも留めない。

「そなたは、うつくしい」

 大鎌を振るう。ただそれだけだった。機械兵士たちは鎌に触れることもなく、一斉に消滅した。否、虚無へと還ったのだ。

 振るった鎌は瞬時に消え、操られた人形の糸が切れたように刻己はその場に倒れた。

「刻己くんー!?」

 凛華は声を上げるが、あまりの衝撃に身体を動かすことが出来なかった。その場で心配そうに刻己を見つめていると、ムクリと起き上がった。

「いってぇ……なんか吐き気と頭痛がすんだけどぉ……」

 何もなかったかのように刻己は起き上がる。気分は悪そうでしかめっ面ではあったが、いつもの刻己だった。

「刻己くん、大丈夫ー!? それにさっきのは――」

「えぇ? 何か俺やってました? てかなんで凛華さんそんな所に居るんですかぁ?」

 さっきまでの記憶が無いのか、刻己は首を傾げる。それは凛華も同じであった。

 あの光景の刻己の力が不可解だとしても、桁外れである。何しろ彼は死んだ人間を蘇らそうとし、挙句の果てにあの大鎌を生成したのだから。

「――って、二人共大丈夫ですかぁッ!?」

 思い出しかのように刻己は藍の両親の肩を揺する。本当なら手遅れであったであろう状態だったのに、今では傷もなければ微かに呼吸をしているのが分かる。

「なんだ気を失っているだけかぁ……心配させるなよぉ」

 彼自身がまったく覚えていないということは、なにか潜在的なものがあるのだろうか。凛華はそう一人で納得しつつも、やはり考えられないと、頭を振るう。

「刻己くんー。二人は気を失っているみたいだけど、この場に残してたら危険だわー。どこかに避難させないとー」

「了解ですよぉ。って重ッ!?」

 刻己は意気揚々と藍の父親を背負おうとしたが、気絶している人間はあまりに重すぎて持ち上げることが出来なかった。

「ふんっ――ぐぐぐぐッ!!」

「――刻己くん。無理しなくていいわよー」

 凛華は歯を食いしばって持ち上げようとしている刻己をたしなめ、軽く手を振るう。彼女の足元から影が広がり二人の身体をしっかりと掴んだかと思うと、宙を浮いているかのように二人を持ち上げて遠くに運んだ。

「ふぅ……これでとりあえずあの二人は大丈夫でしょー。すぐに救助隊が来てくれるはずよー」

「……どうもっす」

 刻己はなぜか落ち込んだ表情をしながら答える。その様子は拗ねているようにも見て取れるが真相は本人しかわからない。凛華は純粋な好奇心で刻己に問いかけた。

「どうしたのー、刻己くん? さっきよりも元気が無いように見えるけどー?」

「……別に大したことじゃねぇっすよ。ただ単に――」

 刻己は一度言葉を切り、少し迷ったように視線を外した。

「――俺って、なぁんにも役に立ててないなぁ、って」

 ボソリと、彼らしくない弱音を吐いた。

「紅羽のように藍ちゃんを力づくに地上に引っ張ることも出来なければ、今だって二人を背負うことすら出来ねぇ。前の戦いだって、俺は足手まといだったしさぁ。――そりゃあ、ド素人だからしょうがないかもしれないけど、何も出来ないって分かっちゃうと、堪えたって思っただけっすよぉ」

「そーう? でも、あなたがいて助かったこともあったわー」

 刻己は意外そうな顔をして凛華を見る。凛華は辛そうに息をしているが、その表情は子を思う母親のようであった。

「刻己くんは気づいていないかもしれないけれどー、私は一つあなたに助けてもらったわー。それにあなたの力は、まだ不明な部分が多いからねー」

 先ほど二人を助けた力がその一つだ。助かるはずがない彼らを、いとも簡単に治したのだ。それは凛華にも紅羽にも成し得ない力だ。

「それにー、今もまだ重要な役割を、あなたは担っているはずよー」

「俺の、役割ぃ?」

 理解できていない刻己は頭をポリポリと掻く。凛華は当たり前のことを、刻己に伝える。

「藍ちゃんを助ける王子様、ってところよー」

 刻己はポカンとした表情をした後、一変して笑みを浮かべる。彼自身の迷いは、今の一言で吹き飛んでしまった。

「――そうでしたねぇ。五体満足に動けんのって、今じゃ俺だけですしねぇ」

「ええー。だからお願い。藍ちゃんを助けに行く役、任せてもいいかしらー?」

 刻己は首を左右に振り、首の骨を鳴らす。そして凛華に向けて親指を立てる。

「あいよぉ。その役、任されましたぁ!」

 刻己は凛華に背を向け、竜巻が発生している方に向かって走る。彼自身は力がないと嘆いていたが、過小評価しているだけだ。

 彼には他の誰にもない力がある。それは応用が効き、使い方が難しいだけなのだから。

 凛華は走り去る刻己を見送った後、軽く溜息をつく。そして傷んだ身体を無理やり立たせ、竜巻とは別の方向を向いた。

「――こそこそと盗み聞きなんて、失礼じゃないかしらー?」

 軽く指を鳴らす。すると凛華の影が、ある一点を狙うかのように走りだした。

 影が向かったのは少し離れたビルの瓦礫の奥だった。人一人ぐらいは余裕に隠せる大きさであり、凛華の予想通りそこから一人飛び出してきた。

「ちょッ、ととッ! いきなり攻撃するなんて見境ないんじゃねーか?」

「別にないわねー。黒の教会の人なんて、私達の敵だものー」

「ヒッデーな。せっかくこうして会いに来たっていうのによ」

 現れたのは黒い軍服を着た一人の少年だった。程よい長さの漆黒の髪をたなびかせ、小柄で中性的な顔立ちの少年だ。左目に大きな切り傷があるのが特徴的であるが、他はどこにいても普通な少年だ。落ち着いた雰囲気と掴みどころのない笑みによって実年齢がわかりにくく思わされる。

「そう。それで、あなたはどこのどいつかしら?」

「つれねーな。少しは世間話とかしねーのかい?」

「あいにくねー」

 男は辛辣な言葉受を受けても動じることなく、やれやれといった風に首をすくめた。

「全く、昔はもっとやさしかったのにな。――母さん」

「――ッ!? あなた、もしかして」

「ああ、そうだよ。機械兵士、タイプアルファだよ。今では來先、って名前でいるけどな」

 來先はニヤリと笑みを浮かべる。その言葉に驚愕せざるを得なかった。

「あり得ないわー! あなた達、タイプアルファは破棄したもの。それに、あなた達に人間と同じ感情と肉体は与えていないはずよー」

「ああそうだな。確かに俺達は感情なんてものはなかったし、身体も機械仕掛けな仮初しかなかった。でもよ、お前らが俺に与えた力は何だったと思ってんだ?」

「――異常能力ね」

 來先は「ビンゴ!」とでも言いたげな表情で頷く。

「異常能力で、人間と同じ身体、精神を作り上げ、複製したんだよ。最も、俺は複製の方に向いてねぇから少しミスっちまったがな」

 言葉を続けながら來先は左目を小突く。なるほど、それなら理解も出来る。

「十年前のあの災害、今でも忘れられないな。破棄される前に俺たちは目覚め、原初の異常能力者として暴走した、あの日を!」

「そういうことねー。あなたがあの悲劇を」

「おいおい何勘違いしてんだよ。あれを引き起こしたのは紛れも無くお前らだろう? 黒の教会共が」

 その言葉に凛華の表情が歪む。來先は凛華の様子を見て愉快に思ったのか、さらに言葉を重ねる。

「元黒の教会で、俺達『アルファ』計画を実施させ、その時の責任者はお前だろう? 立入凛華」

「……そうねー。確かに否定はできないわー」

 十年前、凛華は黒の教会に所属していた。その頃は、異常能力者や異能力者なんてものは存在せず、ただ研究のためといって日々勤しんでいた。

 しかしいつからだろうか。『アルファ計画』という、機械仕掛けの生命体の生成に抜擢されたのは。

 実際凛華は優秀であり、『アルファ計画』を完遂させることが出来た。その力の脅威さに気づくまでは。

「あなた達はあまりに強大すぎたのよー。だから破棄したのー」

「それが産みの母親の言い分か? 生み出しておいて、危険だから死ねと? そんなものはお前らの都合だろうが」

 初めて、來先は怒りの感情を露わにした。しかし目を閉じ、深呼吸すると冷静になったようだ。

「まぁいい。お前らに復讐するのは二の次だ。だがそれよりも聞きたいことがある」

「何よー?」

「俺の兄貴を知っているか?」

「――知らないわ。そもそも、あなた以外にも生き延びたの?」

 凛華は返答するが、冷や汗をかいていた。まさか他にもタイプアルファが生存しているなんて思いもしなかったのだ。

「ああ。生き延びたのは後一人だけだ。だが、どうにも見つからなくてな。先ほど、異常能力の余波を感じたと思ったんだけどな」

「異常能力って言ったら、あの子じゃないの?」

 凛華は黒い竜巻が発生している方を指す。すると、來先は面倒そうな表情で首を横に振る。

「あんな紛い物と一緒にするな。もっと純粋な、『虚無』の異常能力だ」

「『虚無』の……?」

 その言葉に思い当たるフシがあった。ついさっき、目の前で見てしまったものではないか、と。

「知らないなら仕方ないな。出直すとするか」

 凛華の様子に気づいていないのか、來先は凛華に背を向けて立ち去ろうとした。來先の行動に凛華は呆けたが、声をかけた。

「あなた、一体何しに来たのよー?」

「言っただろう? 兄貴を探しているんだよ。――もっとも。見つけたら殺しあうことになるがな」

 物騒なことを言い残して、來先は急にその場から消えた。比喩ではなく、本当に消えたのだ。來先がいなくなると、凛華はその場に座り込んだ。

 表情は悪く、走ってもいないのに息は乱れ、大量の汗をかいていた。

「機械兵士、タイプアルファが二台も……? じゃあ、もう一台っていうのはー」

 誰に言うでもなく、自分に対して呟く。思考を巡らせるが、結果は全て同じだった。

「刻己くん。ごめんねー」

 目の前にある動かない竜巻を見つつ、凛華は向かっていった少年に聞こえるはずのない謝罪をした。

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