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スタートオーバー  作者: 風時々風
7/9

朝になり柿郎は目を覚ますと、誰もいない部屋の中を見回した。

「何か、寂しくなったな」

 柿郎はそんな言葉を口から漏らし、嘆息する。

「コッドの気持ちを拒んでおいて何言ってんだろ」

 柿郎はベッドから下りると着替えを始めた。

「少年。食事を持って来たのでございますが、起きていますか?」

 ドアがノックされウルフィーの声が聞こえて来る。

「ちょっと待って、今着替えの最中なんだ」

 言ってから柿郎ははっとした。

「そうでございますか。では、ここに用意しました食事を置いておきますゆえ、着替えが終わりましたら召し上がって下さいまし」

 着替えを進めつつ耳を澄ましていると、食器の鳴る音がし、次いでウルフィーの遠ざかる足音が聞こえた。着替えを終えた柿郎はドアに近付くと静かに開けた。廊下には誰の姿もなく、料理の載った食器だけが置かれていた。食器を部屋の中に持って行き食事をすますと、食器を返そうと思い持ち上げてから、どこに返せば良いのか知らない事に気が付いた。

「コッドがいた時はコッドに聞けばすぐに分かったんだけどな」

 コッドの姿が頭の中に浮かぶ。

「加耶音の時と同じだ」 

 柿郎は食器をテーブルの上に戻し、ベッドの端に腰を下ろした。

「落ち込んでるっすな。そんな少年に朗報っす」

 カイの声が突然間近から聞こえて来た。俯けていた顔を上げると目の前に黒い霧が現れ、それがカイの姿になった。

「コッドが見付かったのか?」

 カイが自身の顎に右手を当てると、難しそうな顔をした。

「そっちすか。少年は、コッドの方に会いたいんすか?」

 柿郎はカイの顔をじっと見る。

「どういう事だ?」

 カイが柿郎の横に座って来た。

「フェンリルの事かも知れないじゃないすか。それなのに、コッドの方しか気にしてない

みたいっす」

「加耶音の事なのか? 何かあったのか?」 

 柿郎は顔をカイの顔に近付けた。

「近いっす近いっす。けど、その勢いを見れば、分かるっすな。余計な事を言ったっす」

 カイが後ろにさがる。

「ごめん。つい。それで、どんな話なんだ?」

「フェンリルがここに向かってるっす。一人で来てるそうっす」

 柿郎は思わず立ち上がった。

「本当か? いつ来る?」

「嬉しそうっすな。もうすぐ着くと思うっすよ」 

 柿郎はドアに向かって駆け出した。

「ここにいれば良いっすよ。ウルフィーが案内して来てくれるっす」

 柿郎はドアノブに手を掛けたままカイの方に顔を向ける。

「そっか。でも、出迎えた方が良くないかな」

 カイが笑顔になる。

「そわそわしてるっすな。やっぱり好きな人に会うとなると緊張するっすか?」

 柿郎はカイの横に戻るとちょこんと座った。

「好きな人か。好きだけど、向こうは俺の事すっかり忘れてるんだよな」

「おっ。落ち込んで来たっすね。情緒不安定を絵に描いたような感じっすね」

「からかうなよ。いろいろ大変なんだ」

「そうっすね。コッドの事もあるっすからね。コッドの奴、どこにいるんすかね」

 カイがしみじみと言う。

「ドッグ達はまだ探してくれてるのか?」

「もちろんっす。ドッグは、フェンリルが来るっていうんで、フフェア達の警戒を始めま

したけど、他の連中は探してるっすよ」

 柿郎はドアを見つめた。

「コッドがまだ見付かってないのに、俺、自分の事やってて良いのかな」

「どうしたんすか? 昨日はフェンリル一筋だーみたいな事言ってたじゃないすか」

「カイって、結構意地悪だよな」

「ばれったすか。意地悪してるっすよ。余もドッグほどではないっすけどそこそこに長生きしてるんすよ。長く生きてると、いろいろな事に慣れ過ぎて、生きてるのがつまらなくなる時があるんすな。そんな時、懸命に悩んだり、考えたり、行動したりしてる人の姿を見ると、余ももっとちゃんと生きなきゃって思うんす」

「不老不死とか長生きとかそんなのばっかだ」

「そうっすね。それだけ、死の危機に直面した事がある人が多いって事っすかね」

 カイの言葉を聞いて、柿郎は押し黙った。

「おっと。来たみたいっすよ。余は消えるっすね。どうぞごゆっくりっす」

 カイの姿が黒い霧の塊に変わり、散り散りになって消えて行った。

「少年。フェンリルをお連れ致しました」

 ノックの音に続いて、ウルフィーの声が告げた。

「カイから聞いてる。案内ありがとう」

 柿郎は言いながらドアに近付くと静かに開ける。

「フフェアがしつこく言うから来た。中に入らせてもらうぞ」

 フェンリーがぶっきら棒に言い、部屋の中にずかずかと入って来る。

「それでは、ごゆるりと」

 廊下に残っていたウルフィーがドアを閉めた。

「あの、その、えっと、良く来てくれたね」 

 ぎこちない笑顔を顔に浮かべつつ柿郎は、部屋の中をきょろきょろと見回しているフェ

ンリーに声を掛ける。

「フフェアがしつこいからだ。私の意志じゃない」

 フェンリーが机の側に行き、木製の椅子に座る。

「何か、飲み物でもらって来ようか?」

「いらない。それより話ってのを早くすませたい。今日も私が食事当番なんだ」

 柿郎はベッドの端に腰を下ろした。

「食事当番。それは、やりたいからやってるのか? それともやらされてるのか?」

 何気なく聞くと、フェンリーが目を細め、嫌そうな顔をする。

「何だそれは? どういう意味だ?」

「あいつらに何をされたんだよ」

 柿郎は思わず大きな声を出した。フェンリーの表情と言葉が抑えていた気持ちに火をつけた。

「いきなりだな。皆は私の大事な仲間だ。何かをされたとかそんな事はない」

「騙されてるんだ。フフェアに言われたんだ。君は、加耶音なんだ。フフェアは君が自ら自分の記憶を消したと言った。でも、そんな事は絶対にしないはずなんだ。頼む。加耶音。俺の事を思い出してくれ。俺はお前に、伝えたい事があるんだ」

 フェンリーが一瞬驚いた顔を見せてから、少し俯いた。

「その話なら、来る前に聞いて来た。私がなぜ自分の記憶を消したかも知っている。柿郎

と言ったな。お前は私を探しに来てくれたそうだな。正直、困惑はしているが少し嬉しく

は思う」

「本当か? なら、ちょっとだけでも良い。何でも良いから思い出してくれ」

「願を使ったんだ。そう簡単にはいかない」

「ごめん。俺。無理を言ってるな。そうだ。昔の話をしよう。加耶音は聞いてていれば良い」

「加耶音、か。お前と私の過去の話という事だな?」

「うん。聞いてくれるか?」

「ああ。聞こう」

 柿郎は思い出せる限りの加耶音との思い出話を話して聞かせた。柿郎が話し終えるとフ

ェンリーが小さく頭を振った。

「すまないが、何も思い出せない。私とお前は、本当に仲が良かったのだな。二人はまるで、恋人同士のようだ」

 柿郎はフェンリーの目をじっと見つめた。

「加耶音」

「昔の話をこれだけ聞いた今でも、ピンと来ないな。他人の事を呼ばれているようにしか感じない」

「加耶音。聞いてくれ。俺は、君と離れ離れになってはっきりと自分の気持ちを知ったん

だ。……。俺は加耶音の事が好きだ。いろいろ迷ってたけど、そんな事はもうどうでもい

い。俺は加耶音が好きなんだ」

 フェンリーがキョトンとした顔になった。

「加耶音が好き? それは、私の事が好き、という事か? お、おい。きゅ、急に、な、

何を言ってるんだ」

 フェンリーが顔を真っ赤にして、立ち上がる。

「帰る」

 フェンリーが歩き出す。柿郎はダッシュすると、ドアの前に立った。

「待って。まだ話は終わってない」

 フェンリーが足を止め顔を横に向ける。

「い、いきなりこんな滅茶苦茶な告白されて、これ以上話も何もない。そこをどけ」

「ごめん。もっと早く気持ちを伝えるべきだったんだ。俺は、お前の気持ちに気付いてた。けど、勇気がなくって。今更なのは分かってる。でも、好きなんだ」

 フェンリーがポカンとした顔で見つめて来る。

「む、無理だ。私は何も覚えてない。今の私はフェンリーだ。め、迷惑だ」

 フェンリーがまた横を向く。

「すぐに答えなくて良い。思い出してからで良いから。そうだ。それまで、ここにいてく

れ。帰らないでくれ」

「駄目だ! そんな事はできない。皆が待ってる」

 フェンリーが思い出したようにドアの前に立つ柿郎に向かって来る。

「頼む。一緒にいれば思い出すかも知れないだろ」

「それなら、そうだ。お前が来い」

 フェンリーと柿郎は見つめ合う。

「あいつらは、加耶音が一緒にいる連中はテロリストだ。このままだと、加耶音まで、仲

間だと思われる。戻っちゃ駄目だ」

「何をやっているかは知っている。彼らはテロリストではない。彼らの為に私の力が必要

なんだ」

「あいつらはテロリストだ。そんな事してたら加耶音だって、いつか捕まるか殺される」

「彼らはテロリストではない。お前は、どうしてそう思っているんだ? それは自分の目

で見てその耳で聞いて、そう思った事なのか?」

「そうだ。あの日襲われたんだぞ。その所為で加耶音は、願を使ったんだ。あいつらはテ

ロリストだ」

「違う。襲ったわけではない。理想を実現する為には止むを得なかったんだ」

「人が死んだんだぞ。何言ってんだ。加耶音。戻るな。戻ったら、本当にテロリストに、

犯罪者になる。まだ、人を殺したりはしてないんだろ?」

 フェンリーが目を伏せる。

「人を殺した事はない。だが、仲間の為なら殺しても良いと思っている。柿郎。そこをど

け」

 フェンリーが強い意志のこもった瞳を向けて来た。

「どかない。そんな事言うなら絶対に行かせない。俺は加耶音をテロリストにも犯罪者に

もしない」

 フェンリーが睨み付けて来る。

「ならば、無理やりにでもどかすまでだ。いくら、私の事を好きだと言ってくれても、邪魔をするのならば容赦はしない」

「殺されたってどかない。加耶音が助けてくれた命だ。加耶音に殺されるなら構わない」

 柿郎は両手を広げて目を閉じた。

「そんな事を言ったって私の気持ちは変わらないぞ」

 フェンリーが叫んだ。

「柿郎の気持ちを踏みにじる事は許さないのです。柿郎に手出しはさせないのです」

 コッドの声が柿郎の耳に入って来た。

「コッド?」

 柿郎は目を開けるとコッドの姿を探した。

「ちょうど、今さっき戻ったです」

 コッドが何事もなかったかのようにベッドの下から這い出して来て、柿郎を庇うように

前に立つ。

「本当か? ベッドの下って、どこかに繋がってるのか?」

 柿郎はベッドの下を覗こうと思い歩き出そうとした。

「見ちゃ駄目なのです」

 コッドが横に動いて、柿郎の邪魔をする。フェンリーがベッドの下を見た。

「嘘だ。床には穴も蓋も、それらしい物は何もない」

「二人して何やってるです。緊張感がないです。これの事はどうでもいいのです。続きをするです」

 ベッドの側にしゃがんでいたフェンリーが立ち上がった。

「そうだった。柿郎。そこをどけ」

「どかない」

「柿郎に手出しはさせないのです。フェンリー。柿郎を賭けて勝負するです」

「コッド。何言ってんだ?」

「そうだ。どうしてそんな勝負をしなければならないんだ。私は」

 フェンリーが言葉の途中で沈黙した。

「どうしたです?」

「加耶音。どうした?」

「すまない。ちょっと思い付いた事を考えていたんだ。その勝負やろう。私が勝ったら、柿郎。お前は私と一緒に来い。向こうで皆と一緒に暮らそう」

 柿郎はフェンリーの顔をまじまじと見た。

「加耶音。それって」

「柿郎。心が揺れてるです」

「コッド。……。加耶音。駄目だ。そんな勝負はやめてくれ。俺は絶対に行かない。加耶

音がこっちに残れば良い」

 フェンリーが不敵な笑みを顔に浮かべた。

「コッドとやらはやる気みたいだぞ。こうなったら、力づくで柿郎を連れて行こう」

「俺とそんなに一緒にいたいと思ってくれてるのか?」

 フェンリーがはっとした顔になった。

「そ、そんな事はない。いや。何というか、お前は、良いのか? お前はまた加耶音と離

れ離れになりたいのか?」

「離れたくない。加耶音はどうなんだ? 俺と一緒にいたいと思ってくれてるんじゃない

のか? 一緒にいよう。そうだ。フフェア達には手紙でも書けば良い。仲間なんだろ? ち

ゃんと話を通せばここにいても構わないじゃないか」

「二人とも何を盛り上がってるですか。これがいる事を忘れるななのです。早く勝負するです。その条件飲むのです。けど、これが勝ったら、フェンリーは柿郎を諦めて立ち去るです。そして、二度と柿郎の前に姿を見せるななのです」

「コッド。俺の気持ちはどうなるんだ? 俺は加耶音の事が好きだ」

「これの事はどう思ってるです? 嫌いなのです?」

 コッドが振り向いて、柿郎の顔をじっと見つめて来た。

「それは。それは、えっと、嫌いとかそういうんじゃないけど」

「ないけど何なのです?」

「ないけど、でも」

 柿郎はどうしても、その先を言う事ができなかった。コッドの表情がふっと緩む。

「しょうがないのです。賭けの内容を変更するです。これが勝ったらフェンリーはここで暮らすです。フフェア達とは縁を切るです」

「何だと?」

「コッド」

 コッドがくるりと体を回して、フェンリーの方を向く。

「さあ、とっとと戦うのです」

「分かった。どうせ勝つのは私だ。やろう」

 フェンリーが鋭い目付きになる。

「柿郎。部屋を出てどこか安全な所に行くです」

「行けるか。二人とも勝負なんてするな」

「柿郎。早く行け。怪我をさせたくない」

 フェンリーの体が真っ黒な獣毛に包まれ、形を変えて行く。

「フェンリルになるです。柿郎。早く行くです」

「嫌だ」

「ならば仕方ない。コッド。私達が別の場所に行こう」

 フェンリルに変身し終えたフェンリーが口から真っ赤な炎を覗かせながら、言葉を紡い

だ。

「上の階に行くです」

 コッドの背中から前進翼のような物が生えて来た。

「上だな。分かった」

 フェンリーが飛び上がる。天井を突き破り、上の階に行った。

「柿郎。絶対について来ては駄目なのです」

 コッドの足の裏から炎が噴き出し、コッドの体が浮かび上がる。

「コッド。加耶音」

 コッドも天井を突き破って、上の階へ行ってしまった。

「二人とも何やってんだ」

 柿郎は部屋の外に出ると、上の階へ行く階段を探し始めた。

「どうしたんすか? 何か騒がしいっすね」

 天井からカイの声がする。顔を上げると、一匹の蝙蝠が天井から逆さまにぶら下がって

いた。

「カイ。ちょうど良い。上の階に行く階段はどこにある?」

「上の階っすか。何かあったんすか?」

「早く教えてくれ。コッドと加耶音が大変なんだ」

「コッドっすか? コッドが戻ったんすか?」

「うん。俺の部屋のベッドの下から出て来て」

 上の階から何かが爆発したような轟音がし、城全体が振動した。

「まさか、コッドとフェンリルが戦ってるんすか?」

「そうだ。だから早く止めないと」

 蝙蝠が巨大化し、カイの姿になった。

「けど、行って何かできるんすか? 誰かに来てもらった方が良いんじゃないすか?」

 柿郎は天井から逆さまにぶら下がっているカイに近付くとカイの頭を両手で挟むように

して掴みガクガクと前後に揺さぶった。

「早く教えてくれ」

「分かったっす分かったっす。やめて欲しいっす」

「ごめん。つい」

 柿郎はカイの頭から両手を放した。

「少年は勢いだけはあるんすよね。おっと。また無駄話をしてると何かされそうっす。こ

っちっす。ついて来るっす」

 カイが天井から回転しながら下りて来ると、廊下を走り出す。

「この階段っす。少年。ここで待つっす。誰か呼んで来るっす」

 階段の前に着き、カイが足を止める。

「頼む。けど、待つのは無理だ。先に行く」

 柿郎は階段を駆け上がった。

「少年。待つっす」

「ごめん」

「しょうがないっすね。気を付けるっすよ。できるだけ早く戻るっすから。死んじゃ駄目

っすよ」

 カイの声を聞きつつ、柿郎は階段を上って行く。やがて階段が終わると、柿郎は礼拝堂

のような場所に到着した。

「二人はどこだ」 

 柿郎は顔を巡らせて二人の姿を探す。

「加耶音!? 大丈夫なのか?!」

 右側の壁がひび割れていて、その前にフェンリルとなっているフェンリーがいた。

「柿郎。どうした来たです」

 柿郎が走り出すと、コッドがゴオーっという噴射音を響かせながら、柿郎の目前に下り

て来た。

「止めに来たに決まってるだろ。コッド。頼む。戦いをやめてくれ」

 コッドが口を開く前に、フェンリーの咆哮が響き渡った。

「やってくれたな。次は私の番だ」

 大音声で言い放つと、フェンリーが獰猛な動きを見せて飛び掛かって来た。

「柿郎。飛ぶです」

 コッドが柿郎を抱き締め、飛び上がる。

「良く避けたな」

 コッドと柿郎がいた場所の長椅子と床を着地で破壊したフェンリーが吠えた。

「フェンリー待つです。柿郎がここにいるです」

「柿郎が?」

「そうなのです。止めに来てしまったです。柿郎を下の階に戻すのです。それまで休戦なのです」

「本当か? 人質にしようとしているのではないだろうな?」

「加耶音。俺が勝手に来たんだ。コッドは人質になんてしようとしてない。コッド。下ろ

してくれ」

「もちろん下ろすのです。けど、下ろしたら、すぐに逃げるのです」

 コッドが着地する。

「嫌だ。二人が戦いをやめるまではここにいる」

 柿郎はコッドから離れると、二人の顔を交互に見ながら大声を上げた。

「柿郎。言う事を聞くのです」

「そうだぞ柿郎。大丈夫だ。相手を殺すような事はしない」

「そういう問題じゃない。戦うのをやめて欲しいんだ。こんな事意味がないだろ?」

「意味はあるです。この問題は力でしか解決できない問題なのです」

「その通りだ。何をどう言っても私もそいつも納得はしない。ならば力で解決するしかな

い」

 柿郎は叫ぶ。

「コッド。それじゃ、さっきの加耶音と同じだ。加耶音。戦う力が欲しくてその姿になっ

たのか? 違うだろ? 今は忘れてしまってるんだろうけど、あの時、加耶音は俺を守る

力が欲しくて願を使ったんだ。こんな事の為じゃない」

「柿郎……。格好良いのです」

「確かに、このように必死な姿を見ると、ぐっと来るものがある」

「とにかく、やめてくれ。俺の部屋に戻ろう。今後の事は話し合いで決めよう」

「しょうがないのです。柿郎がいると戦えないです」

 コッドが背中に生えている前進翼のようなものをしまう。

「元に戻るか」

 フェンリーがお座りをする。

「こっちっす。柿郎。大丈夫っすか?」

 カイが礼拝堂のような場所の中に入って来た。

「少年。加勢致しますぞ」

 ウルフィーも姿を現す。

「二人ともありがとう。もう終わったんだ。コッドも加耶音も納得してくれて」

 二人の方を向いた柿郎の背後からフェンリーの冷たい声が聞こえて来た。

「仲間を呼んだのか? まさか私を捕まえる気ではないだろうな?」

 思わぬ言葉に柿郎は、驚きながら振り向いた。

「違う。二人の戦いを止めるのを手伝いに来てくれたんだ」

「そうっすよ」

「喧嘩両成敗という言葉をご存知ですかな? どちらか一方を助けるなどという事は致し

ません」

 フェンリーが声音を変えずに言葉を紡ぐ。

「信用できない。今日は帰らせてもらう」

「加耶音。待ってくれ。俺の部屋に行こう。皆には来ないでもらう。それなら良いだろう

?」

 フェンリーの青い瞳がじっと見つめて来る。

「そうしてやりたいが、やめておこう。このコッドの時の事もある。先ほどは同意したが、

お前の部屋の中も安心はできない。柿郎。お前が私とともに来れば良い。やはりそれはできないか?」

 柿郎はフェンリーの青い瞳を見つめ返す。しばし考えてから言葉を出した。

「フフェアの所、加耶音が戻らなきゃいけないって言ってる場所以外なら行く。二人で、どこか、誰にも干渉されない場所へ行こう。それならお互いにおかしな心配をしなくて良いはずだ」 

 フェンリーが目を閉じる。少し間をおいてから口を開いた。

「妙案だな。それで良い。柿郎。私の背に乗れ」

 フェンリーが目を開き伏せをする。

「柿郎。駄目なのです」 

 コッドが柿郎の目の前に立ちはだかる。

「少年。行っちゃ駄目っす」

「少年。ここは我慢でございます。外は危険でございます」

 コッドの右側にカイが左側にウルフィーが並ぶようにして立つ。

「皆。ごめん。行かせてくれ」

 柿郎は少し顔を俯けて皆の顔を見ないようにしつつ、コッドとカイの間を通り抜ける。

「柿郎。本当に行くのです?」

 コッドが泣きそうな声を上げる。

「少年。マジっすか?」

 カイが小さな声を出す。

「本来ならここは力づくにでも止めなければならないのでございましょうが、そのように

動けば戦いになるは必定。主様。申し訳ございません」

 ウルフィーが無念そうに呟く。

「ごめん」

 柿郎は通り抜けた後にもう一度謝った。

「柿郎。これを一人するです? これは、もう、寂しさには耐えられないのです。これは、

きっと、壊れてしまうです」

 コッドが喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。柿郎は足を止めた。

「ごめん。でも、行かないと」

 背後から人が倒れたような音が聞こえて来た。柿郎は咄嗟に振り向いた。

「コッド!?」

「コッド。コッド。大丈夫っすか?」

「倒れるとは余程ショックだったのでございましょう。少年。今のうちに行って下さいま

し。コッドの事はしっかりと面倒をみますゆえ」

 柿郎はコッドの元に駆け寄ろうと踏み出していた足を引いた。

「ごめん」

 柿郎は振り向いて歩き出すと、フェンリーの元へと行く。

「柿郎。辛いな。すまない」

 顔の横まで行き、足を止めた柿郎の腕にフェンリーが鼻を軽く押し当てて来る。

「加耶音だって、フフェアの所には戻れないんだ。お互い様だよ」

「優しいな、お前は」

「乗って良いか?」

「ああ。どこに行くかは外に行ってから考えよう。安心してくれ。お前の身は私が守る」

「ありがとう」

 柿郎はフェンリーの背中に登る。

「しっかりと掴まっているのだぞ」

「うん」

 フェンリーがひび割れている壁に向かって走る。

「あそこから外に出る」

 壁が迫り、柿郎は目を閉じた。軽い衝撃があった後に目を開けると、城の外の景色が目

に飛び込んで来た。


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