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スタートオーバー  作者: 風時々風
6/9

ドッグの家に戻った柿郎はシャワーを浴びて来ると言って振り返り振り返り歩き去って

行ったコッドと別れると自室に入りベッドの上に寝転がって天井をぼんやりと眺めていた。

「柿郎。いるミャ?」

 閉じているドアの向こうからジェシータの声が聞こえて来る。返事をしようとする前にコッドの冷酷な声がジェシータに応じた。

「柿郎は部屋の中にはいないです。露出癖のある雌猫はどっかへ消えるです」

「ふーんニャ。じゃあ、どうしてコッドはここに来たニャ?」

 コッドが返事を考えているのか、しばしの間沈黙する。

「ミャアアァー。何してるニャー。その変形させた手をこっちに向けるのやめるニャー」

 柿郎の部屋のドアが勢い良く開かれる。

「柿郎。コッドを止めるミャア」

 ジェシータが上半身を起こした柿郎の姿を見た途端にピョーンと跳んで、柿郎の背後に

回り込んだ。

「柿郎。庇うです?」

 コッドが部屋の中に入って来ると、信じられないといった風に大きな声を上げる。

「庇ってない。ジェシータが勝手に後ろに回っただけだ」

「柿郎。裏切る気ニャ?」

「裏切るも何もないだろ。二人とも悪いけど、暴れる気なら出てってくれ」

「そうなのです。出て行くです」

 コッドが自然な動きでしれっと柿郎に抱き付いて来る。

「コッドだけずるいニャ」

 ジェシータもなぜか柿郎に抱き付いて来た。

「この泥棒猫離れるです」

「そっちこそ離れるミャ」

 柿郎は無言のままそそくさと二人の腕の中から脱出した。

「二人とも頼む。一人になりたいんだ」

 コッドが何も言わずに近付いて来てまた抱き付いて来る。ジェシータがその場に座った

まま口を開いた。

「からかい過ぎたミャ。ごめんニャ。様子を見に来たニャ。ドッグが心配してたニャ」

「そういう事だったのか。でも、別に心配されるような事はないよ。加耶音の事あれこれ

考えちゃうから、明るい気分にはなれないけど」

「柿郎の事はこれが見てるです。だから、露出猫は出て行くです」

 ジェシータがコッドの顔と柿郎の顔を順番に見てから優しい笑みを顔に浮かべた。

「随分好かれてるようなのミャ。柿郎はコッドの事どう思ってるニャ? 好きなのかミャ

?」

「何を言うです? 変な事聞くなです」

「コッドは俺を守る為に一緒にいてくれてるんだ。好きとか嫌いとかそういうんじゃない」

 ジェシータがあきれたという顔をする。

「柿郎。本気で言ってるミャ?」

「本気に決まってる。俺は加耶音を探しに来てるんだ」

 コッドがすっと柿郎から離れる。

「忘れてたです。ちょっと用事を思い出したです。すぐに戻るです」

 コッドが立ち上がりベッドから下りると、ドアに向かって歩いて行く。柿郎とジェシー

タは何も言わずにコッドを目で追う。

「あーあミャ。傷付けたニャ。追っ駆けなくって良いニャ?」

 コッドが部屋から出て行き、ドアが閉まった途端にジェシータが声を上げた。

「どうしてそうなるんだよ」

 ジェシータが立ち上がり、ドアの方に行く。ドアに顔を近付けて頭から生えている猫耳

をピクピクと動かした。

「いないニャ。本当にどこかへ行ったみたいニャ」

 ジェシータがドアから離れ、ベッドの端に腰を掛けた。

「柿郎。柿郎がフェンリルを好きな事は知ってるミャ。けど、コッドの事も少しは考えて

あげるミャ」

「どうしてそこでコッドが出て来るんだ」

「コッドは柿郎の事好きなのニャ。だから、柿郎の事を一生懸命守ろうと頑張ってるニャ。

その気持ちを無視する気ニャ?」

 柿郎は押し黙って、ドアの方に顔を向けた。

「何で黙るニャ。何か言うミャ」

「さっきのは悪かった。けど、さっきは冗談だと思ってたし、コッドもいたから」

「恥ずかしくなって、強がって、格好付けたニャ?」

「どう思っても良い。けど、俺は加耶音の事が好きだ。コッドの事は、良い子だとは思う

けど、好きとか、何ていうか、そういう気持ちにはなれない」

 ジェシータが背中をグイッと反らして伸びをした。

「コッドの昔の話はもう聞いたかミャ?」

「酔っぱらった時に聞いたらしいけど、何も覚えてないんだ。その事はコッドに話した」

「コッドは何と言ってたニャ?」

「特には何も。覚えてなければそれで良いとかそんな感じの事を言ってた」

 ジェシータが壁に向かって両手を伸ばすと、爪を研ぎ始める。

「ニャニャニャ。柿郎は駄目過ぎニャ」

 ギーギー、ギリギリと壁が削られて行く。

「そんな事して良いのか?」

「平気ニャ。壁よりもコッドの事ニャ。柿郎。今からコッドの過去を語ってやるニャ。心

して聞くミャ」

「そんな事勝手に話したら、コッドが怒るんじゃないか?」

 ジェシータが爪研ぎをやめ、両手で膝を抱えて座る。

「じゃあ、柿郎は本人から聞けるニャ?」

「そんなの……。たぶん、聞けない。でも、一度聞いたんだ。そのうち思い出すと、思う」

「逃げるのミャ。コッドの心をもてあそぶ気ニャ」

「何だよそれ。そんなつもりじゃない」

「そもそもニャ。柿郎とコッドはどうして仲良くなったミャ?」

「それも覚えてないけど、いろいろ話をしたみたいで、それで」

「何を話したかも覚えてないニャ?」

「うん。覚えてない」

 ジェシータが目を細める。

「無責任ニャ。そんな事で良いのかミャ? フェンリルを好きだとしてもニャ。コッドの

事をちゃんとしておかないと駄目だと思うニャ。コッドを怒らせたり、悲しませたりして

それで良いのかミャ」

 ファイナルアルティメイトミサイルや絶対消滅光線砲を撃とうとしたコッドの姿が柿郎

の脳裏に浮かんで来た。

「それは困る。俺の所為で世界が滅んだり、何かが消滅したら嫌だ」

 ジェシータが膝を抱えた格好のままコロンと転がる。

「そういう事じゃないんだけどミャ。まあ良いニャ。だったら黙って聞くニャ。コッドの

すべてを受け止めて、それで、しっかりと考えるニャ」

「何を考えれば良いんだ?」

 ジェシータの目がキラリと鋭い光を放った。

「コッドの事をどうするかニャ。付き合うか付き合わないかニャ」

「何でそうなるんだ。俺は加耶音の事が好きだって言ってるだろ」

「分かってるニャ。けど、その上で言ってるニャ。まあ、その事は後で良いニャ。今は黙

って話を聞くニャ」

「何か納得できないけど、分かったよ」

 ジェシータが起き上がると、正座をした。

「良いかニャ」

「うん。でも、本当に勝手に聞いちゃって良いのか?」

「しょうがないミャ。時間がないのニャ。フェンリルが来て、万が一にも柿郎の事を思い

出したら、勝負にならなくなるニャ」

「ジェシータ? 今何て?」

「何でもないミャ。黙って聞くニャ。じゃないと引っ掻くニャ」

 ジェシータが壁で研いだばかりの爪を見せつけて来る。

「分かったよ。黙って聞く」

「よろしいニャ。では語ってやるニャ」

 ジェシータがコホンとかわいい咳払いを一つしてから語り出した。

「という事ニャ。分かったかニャ?」

 柿郎な神妙な顔をして頷いた。

「うん。コッドにそんな過去があったなんて。壮絶過ぎて、次に会ったらどう接しようかって思うよ」

「今までと同じように普通に接するミャ。それと、ちゃんと思い出した振りをしてこの事

に関しての話をするニャ。改めてちゃんと受け入れてもらえたと思ったらきっとコッドは

喜ぶミャ」

「けど、それでも俺はコッドを好きになったりはしない。俺には加耶音がいる」

「それは、まあ、今は良いニャ。けど、コッドには幸せになって欲しいミャ」

「うん。両親とか親戚から虐待を受けてて、それが原因で、ロボットになりたいと願った

んだもんな。俺だって、幸せになってもらいたいって思う」

「そうニャ。しかも、その後、虐待に関係した人達全員を殺して消滅しようとしたニャよ。コッドをそんな境遇から救ったドッグは偉いニャ」

「本当に壮絶過ぎる」

 柿郎は顔を俯けた。

「ニャ。コッドの足音がするミャ。柿郎が探しに来ないからきっと焦れて戻って来たニャ」

 柿郎は顔を上げて、ドアの方を見た。

「柿郎。ジェシータはまだいるです?」

「もういなくなったと言うニャ」

 ジェシータが小声で言いながら、ささっと動いてベッドの下に入って行く。

「ちょっと。何してんだよ」

「ちょうど良いニャ。ここで聞いててやるミャ。話、ちゃんとするニャ」

「そんな、急過ぎるだろ」

「今しないでいつする気ニャ? とにかく、聞いてるニャ。話をしなかったら後でお仕置

きミャ」

「お仕置きって何だよ。そんな事言われたって俺は」

「柿郎どうしたです? いないです?」

「早く返事をするミャ」

 カリッとベッドの端から垂れ下がっていた柿郎の足の脛をジェシータが引っ掻く。

「いって。何すんだ」

「柿郎、何かあったです?」

 コッドが部屋の中に飛び込んで来た。

「いや。何でもない。立とうと思ってベッドに手を突いたら、変な風に手首を捻っちゃって」

 コッドが心配そうな顔をする。

「痛いです?」

「大丈夫。ありがとう」

「気を付けるです。これは壊れても部品を換えればすむですけど、柿郎はそうはいかない

です」

「うん。そうだよね」

 柿郎の脳裏にコッドの過去の話が過ぎる。

「いって。痛いって」

 また、カリッと脛が引っ掻かれる。

「どうしたです?」

「何でもない。とりあえず、座れよ」

 柿郎はこれ以上引っ掻かれないようにとベッドの上で胡坐をかいた。コッドが隣に座って来る。

「あのさ、えっと、コッド」

 柿郎は言葉を切って、コッドの顔を見る。

「どうしたです? 何か言いたい事でもあるです?」

 ブスッとベッドの下から音がしたと思うと、柿郎の尻に激痛が走る。

「ぎゃああ。痛い痛い」

 柿郎は尻を押えて飛び上がる。

「どうしたです? 何があったです?」

 柿郎はベッドから下りると、部屋の角にある机の側に行った。

「何でもない。ちょっと、お尻の筋を捻ったみたいだ」

「お尻の筋です? そんな所に捻るような筋なんてあるです?」

 コッドが柿郎の側に歩いて来た。

「まあ、あるんだよ。それは良いんだけどさ」

 柿郎はさり気なくベッドの下に目を向けた。ベッドの下から少しだけジェシータが顔を

出して睨んでいた。ホラー映画染みたジェシータの姿に柿郎は恐怖を感じ息を飲んだ。

「どうしたです? さっきから様子が変なのです」

 柿郎は再度コッドの顔を見る。

「コッド」

「何なのです?」

 コッドが柿郎の顔を見て来る。目と目が合う。コッドが頬を赤らめ、顔を少し俯ける。

「ええっと。昨日の夜の事、なんだけど、少し、というか、だいぶというか、思い出した

んだ」

 コッドがはっとした顔をしてから、くるっと体を回して歩き出し、ベッドの端に腰を下

ろした。

「それで、その事で何か言いたい事があるです?」

 コッドが上目遣いに柿郎の顔を見て来る。

「うん。そうなんだ。言いたい事がある」

「何なのです?」

 コッドが不安そうな声を出す。

「俺は、あれだ。ほら。昨日、話したかも知れないけど、俺も、この体の所為で随分とい

じめにあって来た。コッドの境遇と比べると、全然大した事ないと思うけど、それでも、

少しはコッドの気持ちが分かるというか、理解できるというか、何というか。だから、俺

はコッドの事、ちゃんと受け入れてる、かな。ていうか、受け入れてあげたいと思ってる

というか」

 コッドの顔が真っ赤になり、バシューッと音がしてコッドの体が白煙に包まれた。

「な、何? コッド? どうした?」

 コッドの嗚咽交じりの声が白煙の中から聞こえて来る。

「嬉しいです。柿郎がこれの事受け入れてくれて嬉しいです」

「コッド。何も泣く事ないだろ?」

 柿郎はおろおろしながら声を掛けた。

「今朝、覚えてないと言われた時は、本当は凄く傷付いたです。でも信じて待ってて良か

ったです。こんなに早く思い出してくれて嬉しいのです」

「そっか。今朝はごめん。コッド。ありがとな。それでも、今日一日、俺に付き合ってく

れてたんだな」

「今日だけじゃないのです。これからもずっと付き合うのです」

 白煙が消えて行く。コッドの姿が見えて来る。

「コッド?」

 コッドは真っ白なドレスを着ていた。

「そんなに見られたら恥ずかしいのです。けど、正式に付き合う事になったらから、めいっぱいおめかししてみたです。これは、いつか、こんな日が来た時の為に作っておいたドレスなのです」

「コッド? 今何て?」

 コッドの言葉を聞き間違えたと思い確認する。

「めいっぱいおめかししてみたです」

「そこじゃない。その前」

「正式に付き合う事になったというところです?」

「そこだ」

 柿郎は押し黙り、しばし躊躇ってから口を開いた。

「コッド。どうしてそうなった?」

 コッドが不思議そうな顔をする。

「今、柿郎が告白してくれたです。これの事をちゃんと受け入れたいと思ってると言って

くれたです」

「いや。それは」

「コッド。良かったミャ。おめでとうニャ」

 ジェシータがベッドの下から素早く這い出して来ると柿郎の言葉を遮った。

「ジェシータ。どこから出て来たです?」

 コッドが冷酷な声を出した。

「そんな事はどうでも良いニャ。話聞いてたミャ。本当におめでとうなのニャ。ドッグ達

に報告に行くニャ。コッドも来るミャ」

「何するです」

「良いから行くミャ。皆驚くニャ」

 ジェシータがコッドを部屋の外へ連れ出そうと引っ張って行く。

「待って。待ってくれ。コッド。ジェシータ」

 柿郎の声も虚しく、コッドとジェシータは部屋から出て行ってしまう。

「待てって」

 閉じられたドアを柿郎が開けようとすると、ドアが開き、ジェシータが一人で戻って来

てドアを後ろ手で閉めた。

「柿郎。コッドを泣かせる気ニャ?」 

「泣かせるも何も誤解してんだぞ。後でそれが分かった時の方が大変だろ」

「だったら誤解させたままにすれば良いニャ」

「何だよそれ。そんな事できるか」

「フェンリルを諦めれば良いニャ」

「何言ってんだ」

「フェンリルは両世界連合の一員ニャ。テロリストミャ。もうこっち側には戻れないニャ

「どういう事だよ?」

 柿郎はジェシータの顔をじっと見つめた。

「犯罪者って事ニャ。一生追われて過ごす身ミャ。フェンリルと一緒にいると、柿郎もテ

ロリストにされる可能性があるミャ」

「加耶音はテロリストなんかじゃない。あいつらと一緒にいるのだって理由があるはずだ。

記憶がないんだぞ。訳が分からないまま連れ回されてるだけだ」

「そうだとしてもニャ。今、テロリスト達と一緒に行動しているという事実は変わらない

ミャ。柿郎。コッドは嫌いニャ? コッドは柿郎の事本気ミャ。コッドはずっと一人で生

きて来たミャ。この家に住んではいても誰にも心を開いていないミャ。それが初めて心を

開いてるミャ。柿郎にもコッドにも不幸になって欲しくないミャ」

 ジェシータが話は終わりとばかりに振り返るとドアの方に体の正面を向けた。

「何だよ。……。けど、俺はそれでもこんなの認めない。コッドはまだすぐそこにいるんだよな? コッド。話があるんだ」 

 柿郎はジェシータの横をすり抜けようとした。

「ていっミャ」

「ぎゃふんっ」

 ジェシータの拳が鳩尾に入り、柿郎は気絶してしまった。

「はっ!?」

 柿郎は目を覚ました。鳩尾からぼんやりと感じる痛みに気付き、自分の身に何が起こっ

たのかを思い出す。

「ここは……? ベッドの上か」

 柿郎は自分がベッドの上に寝ている事を知った。

「少年。目が覚めたか」

 ドッグの声が聞こえた。

「何でも、この馬鹿猫が誤って気絶させてしまったとの事。後で、この露出癖猫にはき

つくお仕置きしておきますゆえ。どうぞ、寛大な心で許してやって下さいませ」

「このガチジジイミャ。勝負ならいつでも相手になるニャ。シャアアアア」

「少年。コッドが心配してるっすよ」

「柿郎。大丈夫なのです?」

 顔を皆の声のする方に向けると、ドッグ、ウルフィー、ジェシータ、カイ、コッドがベ

ッドの側に並んで立っていた。

「コッド。実は」

「そうだニャ。コッド。柿郎の為に何か食べる物を用意するニャ。手伝うミャ。料理しに

行くニャ」

「これは柿郎の看病をするです」

「ドッグ達がいるニャ。男同士で募る話もあるはずミャ。ささっ。行くニャ行くニャ」

「そういうもんです?」

「そういうもんニャ」

 ジェシータがコッドを連れて部屋から出て行こうとする。

「コッド。待って」

 振り向いて口を開き掛けたコッドをジェシータが強引に部屋の外に連れて行った。

「コッド」

「お待ち下さいませ。すぐに戻るはずでございます。お体に障りますので、ここは寝ていた方がよろしいでしょう。いやはや。片時も離れたくないとは、さすが付き合いたての二人。熱々でございますな」

 ウルフィーが上半身を起こした柿郎の肩に手を置いて来た。

「俺とコッドの事はもう知ってるのか?」

 柿郎はドッグ、ウルフィー、カイと三人の顔を順番に見た。

「コッドと付き合う事になったっていう奴っすか?」

「あれは、誤解なんだ。コッドが誤解して、それをなぜか、ジェシータが応援するみたいな事をして」

 ドッグが目を閉じて頷いた。

「そういう事か。おかしいとは思っていた。少年はあの少女を追って来たはずだからな。

ただ、心変わりをしたならしたで、それは悪い事ではないと思ってはいたが」

「そうでございましたか。残念ではございますな。コッドがあれほど元気な姿を見せた事

は今までになかった事でございますから」 

「ジェシータも余計な事をするっすな」

 カイがドッグの方に顔を向けた。ドッグが閉じていた目をゆっくりと開いた。

「小生の責任だ。ジェシータは小生の事を好いてくれている。けれど、小生はその気持ち

に応えていなくてな。恐らく、自分の姿を少年に恋い焦がれるコッドの姿に重ねたのだろう。何としてもコッドには想いを遂げて欲しいと思ってしまったのだろうな」

「ジェシータってドッグの事好きなのか?」

「そうっすよ。気付かなかったんすか? ドッグの話とかしてなかったすか? 余と話し

てる時なんて、すぐにドッグの話題が出るっすよ」

 柿郎は小さく頭を左右に振った。

「全然気付かなかった」

「少年。すまなかったな。ジェシータの事もそうだが、コッドが初めて人に懐いたのを見

たからといって安易に少年の護衛に付けたのもまずかった。何とかしないといけないな」

「しかし、残念至極でございますな。コッドが当家に来てから二百年余り。あれだけ明るい姿を見せたのは今回が初めてでございますからな」

「二百年余り?」

 柿郎は大きな声を出してしまった。

「そうだ。あれも不老不死だからな。小生よりは短いが、かなり長く生きている。小生は、

この世界で生きる事に苦労している者にこの家に来るようにと声を掛ける時がある。来た

者と一緒に暮らすようにしているんだ。それで、昔、コッドもここに来たのだ」

「どういう事なんだ?」

「主様に代って、ご説明致しましょう」

 ウルフィーが言葉を切ると誇らしげな表情を顔に浮かべた。

「この世界が今の願が使える世界に変わってしばらくしての事でございます。主様は二人

の神と考え方の違いから袂を分かったのでございます。主様は願を使ったが為に不幸にな

ってしまった者達を救済しようと考えたのでございますが、神二人は違ったのです。彼ら

はすべては自己責任だと述べたのです。主様はこの世界を作った自分達にも責任の一端は

あるのだから、面倒をみるべきだと主張したのですが、神二人はその考えに最後まで賛同

しませんでした。主様はこの城を建て、たくさんの願で苦しむ者をここに集めたのござい

ます。コッドもそんな者の一人でございました」

「じゃあ、今、ここにいる皆もそうなのか?」

「主様の考えに賛同してこの事業に参加した者もございます。カイやこのウルフィーめも

そうでございます」

 柿郎はドッグの方に顔を向けた。ドッグが恥ずかしそうに頭を掻いた。

「そんな大層な物ではない。ただ、住処と食事を提供しているだけだ。小生は長生きしているからな。いろいろあった結果、財産だけは腐るほどある。時に少年はこの城の中をもう見て回ったか?」

「いや。まだ見てない」

「時間ができたら、見て回ってみると良い。いろいろな者達がいる。この世界がどんな物

か知るには良い場所だ」

「基本的には皆良い奴らっすよ。今度案内するっすか?」

「うん。でも、加耶音の事が解決したらかな。それまでは他の事は何もしたくない」

「そうっすね。こっちに来るって話になってるんすよね?」

「うん。フフェアがそう言ってた」

「フフェアっすか。嫌な野郎っすな。そうそう。あいつも昔ここにいた事があるんすよ」

「ここにって、住んでたのか?」

「ああ。ほんの数日だけだったがな」

「随分と昔の事でございますな。懐かしゅうございます」

「そういえば、さっきドッグと神二人が世界を作ったとかって言ってたけど、本当なのか

?」

 ドッグが昔を懐かしむような目を見せる。

「全滅戦争は知っているか?」

「うん。この世界が来る前の世界が滅んだっていう戦争の事だろ?」

「そうだ。核兵器という物が使われてな。この惑星、地球自体が破損してしまった。その

所為で、自転という惑星の回転が逆になってしまってな。それが人類を変えたと言われている。滅びた世界にほんの僅かに残った人類達は世代を経て行くにつれて、どんな願でも叶えられるという力を身に付けたんだ。俺と神達は多幸者だった。多幸者の事は知っているか?」

「知ってる。一度だけじゃなく、何度か願を使えるっていう人の事だ」

「そうだ。小生は願いの数に限りがあった。だが、神と呼ばれるようになったあいつら二

人には限りがなかった。世界をより良くしようと願を何度も使ってな。今の世界ができあ

がった」

 ドッグが寂しそうな顔になった。

「良いじゃないか。俺はそんなに悪い世界だとは思わない」

 ドッグが微笑む。

「少年は優しいな。けれど、……。こんな話は今はどうでも良い事だな。今はコッドの事

と、少年とあの少女の事だ」

「うん。まずはコッドの誤解を何とかしないと。コッドは喜んでくれてるから、辛いんだ

けど、俺はコッドとは付き合う気はないってはっきり言わない駄目だと思うんだ」

「そうだな。コッド達が戻って来たら、皆で話をしよう」

「ジェシータも本当は困ってるんじゃないすかね。コッドを応援したは良いけど、少年の

気持ちが変わらないっすからね。余達に後始末を押し付けて逃げたんじゃないすか」

「あり得ますな。あの馬鹿猫ならやりかねません」

「ジェシータってそんな奴なのか?」

「そんな事はないのだが、猫だけに気分屋で気まぐれでな。良くも悪くも振り回される事

が多い」 

「ヤバいかもっす」

 不意にカイが大きな声を出したと思うと、ドアに向かった。ドアの外からガッシャーン

と食器らしき物が落下する音が聞こえて来る。

「コッド待つっす。コッド」

 ドアを開けて外を見たカイが叫ぶ。

「コッドが外にいたのか?」

 ドッグがカイに駆け寄る。柿郎とウルフィーも二人の側に行った。

「走って逃げたっす。聞かれたっぽいすね」

「聞かれたって、今の話の事か?」

「逃げたっすからね。何もなければ逃げたりしないはずっすよ」

 カイが柿郎の言葉に応じながら廊下の床に目を向ける。

「これ、お粥か?」

 柿郎も廊下の床を見た。

「恐らく、少年の為に作って来たのでございましょう。もったいのうございますな」

 ウルフィーが廊下に出ると、床の上に転がっている鍋や小皿などを片付け始める。

「まったく困ったものニャ。皆して何やってるミャ」

 廊下の先、コッドが走り去ったのと反対の方向からジェシータが歩いて来た。

「おやおや。露出猫のご登場でございますか。コッドが走り去りましたが、その事はご存

じでございましょうな?」

「知ってるニャ。コッドは泣いてたミャ」 

 ジェシータが鋭い目を柿郎に向けて来た。

「小生達はコッドの誤解を正す事について話をしていたんだ。どうやらそれを聞かれて

しまったらしい」

 ジェシータが目を丸くする。

「そっちになのかミャ? どうして、柿郎を説得しないミャ」

 ジェシータが目を細め声を荒げる。

「ジェシータ。少年にはあの少女がいる。少年の気持ちを考えなくては駄目だ」

「そういう事ニャ。分かったニャ。ドッグはそうやって、柿郎の肩を持つニャ。自分が未

だに未練たらたらだから柿郎の気持ちが良く分かるミャ」

 ジェシータがくるりと踵を返す。

「ジェシータ。それは違う」

「違わないミャ。ドッグは神様のあの女に未だに恋してるニャ。けど、あの女はドッグの

事なんて見てないニャ。世界をいじる事に夢中ニャ」

 ジェシータが歩き出す。

「ジェシータ。コッドはどうするんだよ」

「柿郎が自分で何とかすれば良いニャ。折角人が頑張ったのに全部台無しミャ。もう知ら

ないミャ」

 ジェシータが走り出した。

「何だよあれ」

「少年。すまない。後で話をしておく。あまりあの猫を嫌わないでやってくれ」

「主様。甘やかし過ぎでございます」

「コッドを追わないんすか?」

「そうだな。コッドを追おう」

「主様達は先に行って下さいまし。この場を片付けてから向かいますゆえ」

「行くっすよ」

「うん」

「少年。少年はここにいてくれ」

「どうしてだ?」

「コッドが戻って来た時の事がある」

「そうっすね。戻って来る可能性が高いっすね。それに、少年は体を痛めてるっすから。

休んでおいた方が良いっす」

「けど、人手は多い方が良いだろ?」

「それなら平気だ。さっきも言ったがこの城の中には大勢住んでいる。協力してもらうさ」

「主様。悠長に話をしている時間はございません」

「そうだった。カイ。行くぞ」

「はいっす」

 ドッグとカイが走り出す。

「少年。部屋に戻って寝てて下さいまし。何か動きがあり次第、ご報告致しますゆえ」

「じゃあ、ここの掃除ぐらいやるよ」

「いやはや。これは、ありがたいお言葉。けれど、これはこのウルフィーめの仕事でござ

います。お任せ下さい」

 ウルフィーがお粥を拾った小皿や蓮華などを使って器用に鍋の中に入れ始める。

「ウルフィー。ありがとう」

 言ってから柿郎は部屋の方を見た。

「コッドの事を待っていてやって下さいませ。あれはあんなですが、この城の大事な仲間

でございます。そうそう。接していれば分かる事でございますが、あれは自分の事を物だ

のこれだのと申しますけれども、心はちゃんと持っているのでございます。物になりたい

と願っても心を失いたいとは願わなかったのでございましょうな。かわいそうというか、

悲しいというか、健気というか。それを思うと何とも言えない心持になるのでございます」

 柿郎はウルフィーの方に顔を向けた。

「ウルフィーってもっと冷たい人かと思ってた」

ウルフィーが顔を上げてちらりと柿郎の顔を見た。

「人の印象というのはその時々の心情で変わる物でございます。あの猫めも、こんな場合

でなければ、良い印象を与えるやも知れません」

「ジェシータの事は嫌いだと思ってた」

「嫌いでございますよ。恋敵でございますからな。けれど、いなければいないで、つまら

ない物でございましてな。これが終わりましたら主様に内緒で探しにでも行こうか、などと思っていたりしておるのでございます」

 お粥を綺麗に鍋の中に戻したウルフィーが着ている執事服のポケットからハンカチを取

り出すと床を拭き始める。

「恋敵?」

「そうでございます。このウルフィー。主様に恋をして、もうウン百年でございます。あ

あ見えて主様はそれはもうツンツンでございましてな。中々にデレてくれません。かなり

手強いのでございます」

 柿郎は目を見開くと、すすっと、静かに後ろにさがり出した。

「そう、なんだ。ふーん。何ていうか、頑張って。俺はもう寝るかな」

 ウルフィーが顔を上げた。目と目が合う。

「少年は結構良い男でございますな。今後が楽しみでございます」

 にこりとウルフィーが微笑んだ。柿郎は背筋にゾクリと悪寒を感じた。

「あ、あ、ありがとう。じゃあ、また」

 柿郎はドアを閉めると、鍵があるかを確認した。ドアノブの真ん中につまみがあったの

でそれを回すと、カチャっと音がして鍵が閉まった。

「少年。コッドが戻った時の事を考えて鍵は開けておい方が良いのではありませんかな?」

 柿郎はビクッと体を震わせてからゆっくりとつまみを回して鍵を開けた。

「う、うん。そうだね。開けておく」

 柿郎はドアを凝視しつつ、ゆっくりとベッドに向かった。


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