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スタートオーバー  作者: 風時々風
5/9

柿郎とコッドは全滅戦争以前に存在していた様々な国の様式の建物が所狭しと建てられ

ていて、すれ違う人々の姿形が皆違っているという混沌とした裏世界の街の中を加耶音の

姿を求めて歩いていた。

「昨日来た時は暗かったし、人通りもなかったから気付かなかったけど、改めて見ると凄

いな」

「何が凄いです?」

「この街だよ。人も建物もすべてがごちゃごちゃだ」

「こっちの街はこれが普通なのです。表は違うです?」

「コッドは向こうの事知らないのか?」

「興味がなかったです。これは随分と長い間存在してるです。けど、一度も行った事ないです」

 柿郎はコッドの顔をじっと見つめた。

「柿郎の心の声が聞こえるです。ロリババアと思ったです」

 コッドが睨み付けて来る。

「思ってない。全然思ってないよ。勝手に心読むな」

 コッドがふんわりと微笑む。

「表はどんな風になってるです?」

「場所によって違うんだけど、俺がいた所は国で言うと日本という国で、時代は平成とい

う年号の頃らしい。何ていうのかな。普通だったな。何もかも」

「全然分からないです。普通って何です? 柿郎の説明は意味不明です」

「ごめん。でも、難しいんだよ。これっていう特徴がないんだよな。そうだ。一度行けば

いんだよ。案内するぞ」

 コッドがピョンっと跳んだ。

「マジです? 一緒に行くです?」

「うん。加耶音が見付かったら帰るから、その時にでも一緒に行こう」

 コッドが満面に笑みを浮かべる。

「楽しみなのです~。柿郎と表世界探検。絶対行くですよ」

「俺も楽しみになって来た。早く加耶音を見付けて帰らないとな」

 柿郎は目を周囲に向ける。

「柿郎。そのままで聞くです」

 コッドが柿郎の服の袖を掴みつつ、朝の時のような冷酷な声で言った。

「急にどうした?」

 コッドの声が戻る。

「しっ。です。尾行されてるです」

 柿郎は思わず振り返ってしまう。

「何してるです。そのままで聞くです」

 柿郎は慌てて正面に向き直る。

「ごめん。でも、本当なのか?」 

「この状況で嘘なんてつかないのです。あそこの角を曲がるです。曲がって合図をしたら柿郎は一人で走って逃げるです。真っ直ぐに行って、次の角を右に曲がればこの道に戻れるです。そこで少し待っていて欲しいです。でも、五分くらいしてもこれが行かなかったから一人で家に戻るです。家までの道は憶えてるです?」

「憶えてるけど、逃げないぞ。コッドを一人になんてできない」

「何言ってるです。ドッグの言葉を忘れたです? 外に出たらこれの言う事を聞くのです」

 コッドが目顔で指し示していた角を曲がる。

「一人じゃ危険だ。二人でやろう」

 コッドがふんわりと微笑む。

「気持ちだけもらっとくです。柿郎。行くです」

 コットが立ち止まる。柿郎もその場で足を止めた。

「早く行くです。相手が来てしまうです」

「けど」

「柿郎。お願いだから行くですよ」

 コッドの声が優しくなる。

「……。分かった。待ってるから。ちゃんと来てくれよ」

「当たり前です。心配し過ぎなのです。相手が百人くらいいてもコッドは楽勝なのです」

 コッドが後ろを向く。

「コッド。本当に気を付けて」

「了解なのです。柿郎も気を付けて行くです」

「うん」

 柿郎は走り出した。すぐにコッドに言われた角を右に曲がり、斜めに走る路地を駆け抜

け、最初の角を曲がる前の道に戻る。

「コッド」

 柿郎は走るのをやめた。コッドが曲がった先にいるはずの角を見つめる。

「こいつ、強いぞ。駄目だ」

「お助けー」

 悲鳴が上がり半漁人と何やら分からないが耳と尻尾の生えた獣人が曲がり角から現れ、ほうほうの体で逃げ出して行く姿が見えた。柿郎はほっと胸を撫で下ろす。すぐにコッドは来るだろうと思うと、緊張の抜けた体を壁に預けた。安堵感に包まれて何かを見ているようで何も見ていない宙を彷徨っている柿郎の視線の先に、一人の女の子の姿が現れた。柿郎は息を飲んで、体を壁から離した。

「加耶音」

 柿郎は叫んだ。加耶音らしき女の子は振り向かない。柿郎は走り出した。女の子の側に

行くと、もう一度名を叫ぶ。

「加耶音」

 女の子はそれでも何の反応も示さない。柿郎は女の子をまじまじと見た。黒い毛に覆わ

れたフェンリルの耳と尻尾が生えているが、間違いなく姿形は加耶音だった。

「加耶音」

 柿郎は女の子の肩に手を置いた。女の子がゆっくりと顔を柿郎の方に向けて来る。目が

合った。女の子の手が肩にある柿郎の手に触れた。

「ぬはっ」

 変な声が出た。柿郎の体は女の子に投げられ宙を舞っていた。鈍い嫌な音がして、背中

から地面に叩き付けられる。

「お前、誰だ?」

 声音は加耶音の物だったが、知らない口調で至極冷たい言葉が言い放たれる。柿郎は閉

じてしまっていた目を開けた。眼前、物凄く近い所に加耶音の顔があった。

「加耶音。俺だ。柿郎だ。探しに、来たんだ」

 背中を打った所為で呼吸が乱れ、声を出す事が困難だったが、必死に喉の奥から息を絞

り出した。

「加耶音? 柿郎?」

 女の子が目を細め怪訝な顔をする。

「加耶音。どうしたんだ? 俺の事忘れたのか?」

 柿郎は思い切り息を吸い込み、大きな声を出した。

「声が大きい。静かに話せ」

 女の子が柿郎の首を掴んで来た。

「くっ。加耶音?」

 首を掴む手に力がこもる。

「馴れ馴れしい奴だ。私はお前など知らない」

 更に手に力が加わる。

「か、やね。どう、した?」

 柿郎は何とか声を出す。

「何やってるです。柿郎から離れるです。じゃないと撃つのです」

 コッドの冷酷な方の声が聞こえ、女の子が素早く柿郎から離れて立ち上がった。

「待て。こいつの方から先に手を出して来たんだ」

 女の子がコッドに向かって言う。

「柿郎。そうなのです?」

 コッドが女の子の顔から柿郎の方に顔を向けて来た。

「加耶音だ。その子は加耶音なんだ。何だか知らないけど、俺の事を無視したから、肩に

手を置いたんだ」

 コッドが目を大きく開いて、女の子の方に顔を向ける。

「加耶音なのです?」

 女の子が否定するように頭を左右に振った。

「違う。私はフェンリーだ」

「嘘だ。どこからどう見ても加耶音じゃないか。加耶音。どうしたんだよ? 俺だよ。柿

郎だ。頼む。そんな態度しないでくれ」

 柿郎は立ち上がると、女の子に向けて手を伸ばしながら近付いて行く。

「加耶音。やっと会えたんだ」

「違うと言ってる。しつこいぞ」

 女の子が睨んで来る。女の子と柿郎との間にコッドが入って来た。

「柿郎。落ち着くです。何か事情があるかもなのです」

 コッドが柿郎を止めようと抱き付いて来る。

「落ち着いてなんていられるか。加耶音なんだ。加耶音。俺だ。柿郎だ。ずっと探してた

んだ」

「柿郎。やめるです。危ないです。そんなに押すと転ぶです」

 女の子に近付こうとする柿郎を止めていたコッドの体が不意に傾いた。

「ひぎゃっ。痛いです」

 コッドと柿郎はもつれるようにして転んでしまった。

「いててて」

 立ち上がろうとした柿郎の視界の中に下敷きにしてしまったコッドの顔が入って来た。

「コッド。大丈夫か?」

「大丈夫なのです。壊れてもすぐに治せるです」  

 コッドがふんわりと微笑む。

「ごめん。立てるか?」

 柿郎は立ち上がると手をコッドに向かって伸ばす。

「一人じゃ立てないです」

 コッドが甘えるような声を出す。

「手を」

「はいなのです」

 コッドが手を掴んで来たので、柿郎はそっと労わるようにしてコッドを立たせた。

「落ち着いて来たみたいです?」

 コッドがじっと見つめて来る。

「うん。さすがに今ので、頭が冷えたみたいだ。少し落ち着いた。君は本当に加耶音じゃ

ないのか?」

 柿郎はすがるように女の子の顔を見つめる。

「違う。フェンリーだ」

 女の子が柿郎の目を見て来る。

「そうか。ごめん。人違いだったらしい」

 柿郎はその場に力なく座り込み顔を俯けた。

「そんなに似てるです?」

 コッドが声を掛けて来る。

「そっくりだ。何もかも。本人としか思えない」

 柿郎は俯けていた顔を上げる。瞳に焼き付けるようにじっと女の子の顔を見る。

「人違いだと分かってくれたなら良い。さっきは突然の事だったので、手を出してしまっ

た。怪我はないか?」

 女の子が言った。

「大丈夫だ。こっちこそいきなりだった。ごめん」   

 女の子が頷く。

「本当に悪い。凄く驚いた」

 女の子が微笑む。

「やっぱりそっくりだ。どう見ても加耶音だ」

 柿郎はその顔を見て呟いた。

「フェンリーは、実は記憶喪失になった事があるとか、そんな事はないです?」

 コッドがフェンリーの方に顔を向けた。

「ない」

 コッドが柿郎の方に顔を向けて来る。

「こいつは良いねえ。トラブルか? とりあえず、殺しとくか?」

 背後からどこかで聞いた事のある声が聞こえた。コッドが振り向いたので、柿郎も体の

向きを変えて背後を見た。

「よお。どうしたフェンリー。からまれてるのか? 殺しちまうか?」

 長身痩躯の女が、言いながらニヤリと笑う。

「ウシーデラ」

 柿郎は女の姿を見て、すぐにその名前を思い出した。

「知り合いです?」

「テロリストだ。成就の日の式の時に襲って来た奴の仲間だ」

「あん? てめえは誰だ? 殺すぞ」

 ウシーデラが両手を後ろに回し、刃が波型に曲がっている大きなナイフを二本取り出す。

コッドが柿郎を庇うように前に出た。

「やるです? これが相手をするです」

 コッドが冷酷な声で言い放つ。

「面白れえ。やろうぜ。てめえから殺してやる」

 ウシーデラがナイフを顔の前で交差させる。

「ウシーデラ。フフェアに叱られる。やめとけ」

 フェンリーがウシーデラの片手を握る。

「フェンリー。ウシに触るな。邪魔すると、てめえから殺すぞ」

 ウシーデラがフェンリーを睨む。

「そうか。なら、私が相手をしようか?」

 フェンリーが目を細める。

「これを無視するなです。何なら二人纏めて相手するです」

 コッドが挑発する。

「おい。フェンリー。あのチビがあんな事言ってんぞ。殺させろ」

「駄目だ。用事はもうすんだ。帰ろう」

 フェンリーがウシーデラの手を少し引く。

「ちっ。分かったよ。殺し損ねたぜ。もういい。手を放せ」

 フェンリーが手を放すとウシーデラがナイフを背中にしまう。

「逃げるです?」

 コッドが煽る。

「コッド」

 柿郎はコッドの手を握るとそっと引っ張った。

「はぎゅんっ。どうしたです?」

 コッドがいつもの声に戻り、頬を赤らめる。

「俺達も今日は帰ろう」

「帰るです?」

「うん。何か疲れた」

「しょうがないです。柿郎がそう言うのなら、帰るです」

 柿郎はフェンリーの方に顔を向けた。何か声を掛けたいと思ったが、ウシーデラが睨ん

で来たので何も言わなかった。

「ウシーデラ。行こう」

「分かったよ。フェンリーがいると、殺しができねえ」

「そう文句を言うな。今日の晩御飯はウシーデラの好きなホワイトシチューコーン入りを

作ろうと思っている」

「ほんとか? 嬉しくて殺しちまうぞ」

「殺しても良いが、そうなるとシチューが作れなくなる」

「そうか。そうだよなぁ。そりゃ殺せねえな。その代りコーンはたっぷりで、ニンジンは

星形な」

「もちろんだ」

ウシーデラとフェンリーが楽しそうに話しながら歩き去って行く。

「コーンたっぷりに星形ニンジンなのです?」

「殺す殺す言ってる人だけど、食べ物の趣味は何かかわいいな」

 柿郎とコッドは歩き出す。

「フェンリーは本当に加耶音じゃないのかも知れない」

「どうしてです?」

「加耶音は料理なんてできなかった。たまに作ったりしてたけど、それは酷かったんだ。

一口でも食べたら悶絶して気を失うような物ばかり作ってた」

「それは凄いのです。これも料理をするですけど、そんな兵器みたいな物は作れないのです」

 コッドが何かに気付いたような顔をする。

「そうなのです。今度、これが何か作るです。何が食べたいです?」

 柿郎はコッドの顔を見つめる。

「そうだな。じゃあ、ホワイトシチューでも作ってもらおうかな」

「コーン入りです?」

「コーン入れると甘くなるからな」

「じゃあ、入れないのです。ニンジンはどうするです?」

「ニンジンは星形にしてもろうかな」

 コッドがやんわりと微笑む。柿郎も笑顔を作った。しばらく歩いてから柿郎ははっとし

て足を止めた。

「どうしたです?」

「あれ? ない。携帯電話がない」

「どこかに落としたです?」

「分からない。ああ。もしかしたら」

 柿郎は道を戻ろうとして、また足を止めた。

「コッド。先に行っててくれ。すぐに戻る」

「駄目なのです。一緒に行くです」

「すぐそこなんだ。一人で良いよ」

「何かあったら困るです。行くです」

 柿郎はコッドの手を握る。

「はぎゅっ。唐突に何なのです?」

 コッドが顔を朱に染める。

「ここにいてくれ。こんな事まで付き合わせたら悪いから」

 コッドがもじもじしてから、柿郎の手をキュッと握り返して来た。

「すぐ戻るです?」

「うん。ほんの数分」

「分かったです。待つのです」

「ごめんな」

 コッドの手から手を放すと柿郎は駆け出した。

「あれは絶対に加耶音だった。あのテロリス達に何かされたんだ。このままにしておける

かよ」

 柿郎は二人の歩き去った方角に向かって走って行ったが、どこにも二人の姿はない。二人の姿を探し求め、結構な距離を走り続けた柿郎はやがて息を切らせながら足を止めた。

「これはこれは。ええっと、確か、柿郎君と言いましたか。こんな所で誰かの尾行でもし

ていたのですか?」

 頭の上から声が落ちて来る。柿郎が顔を上げると、翼を生やしたフフェアがゆっくりと

降りて来る姿が見えた。

「加耶音に何をした?」

 柿郎は噛み付くように声を上げた。

「我が怖くはないのですか?」

 フフェアが目の前に降り立つと翼をたたむ。

「怖い。今すぐにでも逃げ出したい。けど、加耶音の方が大事だ。あんた達が何かしたん

だろ」

 フフェアがにんまりと微笑む。

「フェンリーに会いましたか。彼女の事を聞きたいのですか?」

「フェンリーは加耶音なんだろ?」

「さて。どうでしょうか。この世界はどんな願いでも叶ってしまいます。神が許しさえす

ればね。誰かが、加耶音さんと同じ容姿になりたいと願えば、そっくりな人間が二人存在

する事になります」

「そんな事は聞いてない。教えろ。フェンリーは加耶音なんだろ?」

 フフェアが何かを考えるような顔をしてから、翼を広げた。

「我らの家に来ませんか?」

「行けば教えてくれるのか?」

「どうしましょう。真実を知るのが怖くはないのですか? 君にとって真実が必ず都合の良い物だとは限りません」

「どういう意味だ?」

 フフェアが右手を顔の前に持って行くと、人差し指を伸ばして自身の唇に当てる。

「柿郎君は、しーっです。そこに隠れている君、我に用があるのですか?」

「柿郎。帰るです。行っては駄目なのです」

 背後からコッドの声がした。柿郎はすぐに振り向く。

「コッド。どうして?」

「随分待ったですよ。戻るのが遅いから探しに来たです」

 柿郎はコッドの側に行った。

「ごめん。でも、あれは加耶音だったんだ。コッドを巻き込みたくなくて」

「これも悪かったのです。無理にでも連れて帰れば良かったです」

 コッドが拗ねたような口調で言い唇を尖らせる。

「おやおや。柿郎君。その子は誰ですか? こっちに来て新しいガールフレンドを作った

のですか?」

 コッドがフフェアの方を見る。

「黙ってるです。じゃないと殺すです」

 コッドが冷酷な口調で告げる。

「柿郎君はこういう子が好みなのですか?」

「コッド。行かせてくれ。俺は加耶音の事が知りたい。このままにはしておけない」

 コッドがいつもの口調に戻る。

「じゃあ、こうするです。これがあの失礼な屑をぶっ飛ばして柿郎の質問に答えさせるで

す」

コッドがフフェアに近付いて行く。

「コッド。やめろ。フフェアには変な力があるんだ」

「変な力なのです?」

「体を操られるんだ」

「柿郎君。言ってしまいますか」

「体を操る力なのです? たぶん、大丈夫なのです」

「たぶん大丈夫って何だよ。コッド。頼むからやめてくれ」

「任せるです」

「コッドやめろ」

「気の強い子ですね。少し黙っていましょうか」

 フフェアの目が赤く光った。

「さっき柿郎がした質問に答えるです。断るのなら、無理やりに話をさせるです」

 コッドが斬るような冷たい口調で言い放つ。

「おかしいですね。我の力が効いていない」

 フフェアが小首を傾げる。

「仕掛けて来たのはそっちなのです。容赦はなしなのです」

 コッドが跳躍したと思うと、フフェアの頭頂部に踵落としを決めた。

「ぐべぇっ」

 前のめりにフフェアが倒れる。

「これで終わりじゃないのです」

 コッドが倒れたフフェアにこれでもかと蹴りを入れ始める。

「ごへ、ふは、げほ、ぐふ」

 執拗に蹴りを入れたコッドが動きを止めた。

「早く答えるです。じゃないと、もっと蹴るのです」

 コッドが冷酷な声で告げる。

「分かりました。本当に容赦なしでしたね。柿郎君。すまないが手を貸してくれませんか? この格好で話すのはあまりにも情けない。せめて座らせて下さい」

 柿郎は声を掛けられたので、フフェアの方に顔を向けた。フフェアの目が赤く光る。

「柿郎。放っておくです。絶対に罠なのです」

「罠というほどの物ではありませんが、もう遅いです。君を操るのはなぜか無理ですが、

柿郎君はやっぱり操れました」 

 柿郎の体が勝手に動き出し、コッドを抱き締めた。

「はぎゅんっ。どうしたです?」

 柿郎は口を開いたが、声が出なかった。

「君は人なのですよね?」

フフェアが立ち上がり、コッドを見つめる。

「教える必要はないのです」

「では、柿郎君。教えて下さい」

「コッドは人じゃない。自分は物だと言ってた」

 フフェアが納得したというように数回頷いた。

「なるほどなるほど。我の力は物には効きません。けれど、我の勝ちですね。柿郎君。そ

の子を痛め付けましょうか」

 柿郎の体がコッドから離れると右手が拳を作る。

「まずは。お腹に一発入れましょうか。女の子ですからね。顔はやめておきましょう。分

かっていると思いますが、避けたり抵抗したりすると、柿郎君に酷い事をしますよ」

 柿郎の右の拳がコッドの腹部を打った。

「大丈夫なのです。これくらい屁でもないです」

「まあそうでしょう。物なのですからね。おっと。我ばかりが口を開いても面白くないで

すね。柿郎君。しゃべって良いですよ」

「コッド。大丈夫か? ごめん。本当にごめん。頼む。逃げてくれ。自分じゃどうにもならないんだ。また俺が酷い事をする前に早く逃げてくれ」

 柿郎の口から叫び声が出た。

「何言ってるです? 帰る時は一緒なのです」

 コッドが抱き締めて来る。

「コッド」

「素晴らしい。愛ですね。けれど、コッドさん。柿郎君の動きを封じてはいけないですね。

すぐにその手を放して下さい」

「分かったです。手を放すです」

 冷酷な声でコッドが言うと、右腕だけを柿郎の体から放し、フフェアの方に向けた。

「何の真似ですか?」

「ロボット物のお約束なのです。ロケットパンチなのです」

 シュバッと音がして、コッドの右手が射出される。コッドの右手がフフェアの首を掴ん

だ。

「これは、参りました。驚きですね。物とはロボットだったのですか」

首を掴まれたフフェアが、かすれた声を出した。

「死ねです」

 骨の砕ける音が聞こえた。おかしな方向に首が曲がってしまったフフェアがその場に倒

れ込む。シュバッと音がして、コッドの右手が戻って来た。

「柿郎。ごめんです。思わず殺してしまったです」

 コッドが申し訳なさそうな顔をして、小さな声を出す。

「そんな顔しないでくれ。コッドは悪くない」

「悪いのです。加耶音とフェンリーの事が分からなくなったです」

 柿郎は笑顔を作った。

「また、探すよ。今日だってこうやって見付けられたんだ。またきっと会えるはずだ」

「柿郎」

 コッドが飛び付いて来る。

「コッド。転んじゃうよ。危ないって」

「ご褒美なのです。これは頑張ったです」

「ありがとうな。コッド。本当に助かった」

「じゃあ、このまま帰るです。家までこの格好なのです」

「いや、コッド。それはちょっと」

「駄目なのです。こうしてないとこれは活動停止するです」

「まったく近頃の若い人達と来たら困ったものです。人が首を折られて死んでいるという

のにイチャイチャしているのですからね。実にけしからんという奴ですね」

 フフェアの声が聞こえて来た。

「フフェア?」

「生きてたです?」

「一度は死にましたよ。死因は窒息死でした。けれど、我はそう簡単には死にません。不

老不死ではないのですけれどね」

 二人は顔をフフェアの方に向けた。フフェアは立ち上がっていて両手で頭の位置を真っ

直ぐになるように調節していた。

「首が座るまでこうしていないと駄目ですね。それにしても、躊躇がない人ですね。いき

なりボキッでしたものね。おっと。人ではなくロボットでしたか」

 コッドが柿郎から離れ、柿郎を庇うように前に出る。

「消滅させてやるです」

 コッドが冷酷な声を出す。

「それはいけません。さすがに消滅してしまっては再生できなくなってしまいます。けれ

ど。こうしてしまってもできますか?」

「はっ、うう、う」

 柿郎の両手が勝手に動き出し自身の首を掴むと締め始めた。

「何するです。すぐにやめるです」 

 コッドが叫びながら柿郎の腕を掴み、首からは手を放させようとする。

「無理はしない方が良いですよ。腕と首が折れてしまいます」

「すぐにやめるです」

 柿郎から離れたコッドが冷酷な口調で告げる。コッドの右手が変形を始めた。青白い光

を内包した半透明の筒のような物になった。

「何ですそれは?」

「絶対消滅光線砲です。これが生み出した、撃たれた物は必ず消滅する光学兵器です」

 フフェアがにんまりと微笑んだ。

「恐ろしい物を作りましたね。願を使ったのですか?」

「これは三つ願を叶えたです」

「多幸者だったのですか。良ければ何を願ったかお教え願いますか?」

「教えるはずないです。死ねです」

「待って下さい。そんな物で撃たれたらたまりません」

 柿郎の両手が首から離れる。柿郎は崩れるようにして座り込んだ。

「柿郎」

 駆け寄ってきたコッドが、しゃがんで柿郎の顔を覗き見て来る。

「大丈夫。心配させて、ごめん」

「少し待つのです。すぐにこれが優しく介抱してあげるです」

 コッドが立ち上がると、右手をフフェアに向ける。

「柿郎君に手出しをするのをやめたのですよ。そっちもそれを引っ込めて下さい」

「とっとと終わらせるです」

 キュイーンという音が鳴り始め、絶対消滅光線砲の半透明の砲身の中の青白い光が強く輝き始める。

「怒らせ過ぎましたかね。止むを得ません」

 フフェアが素早く動き柿郎の背後に回ると首に腕を掛けて立ち上がらせ盾にした。

「撃てますか? 撃てば柿郎君も消えますよ?」

「卑怯なのです」

「お褒めいただきありがとうございます。さあ、そのご自慢の絶対消滅光線砲とやらをしまって下さい」

 コッドが柿郎とフフェアに砲口を向け直し、ふんわりと微笑んだ。

「それならそれで良いのです。柿郎も消滅させて、これも消滅するです」

「あははは。そう来ましたか。君は、死にたがりなのですか?」

「コッド」

「柿郎。ごめんです。これは柿郎を守る事ができなかったのです」

「コッド。本気なのか? 待って。撃つなって」

「ファイア」

 柿郎の叫びも虚しく、コッドの冷酷な声が静かに告げた。絶対消滅光線の発射されるキ

ュウーンという音が鳴り響く。

「リョー。リョー、リョー」

「リョー。リョー」

 奇怪な甲高い声と共に煉瓦が敷き詰められている地面を突き破って黒色の全身タイツ姿で顔の部分に漢字で両と書かれている得体の知れない者達が大勢飛び出して来た。

「何してるです」

 コッドの右手、絶対消滅光線砲はその全身タイツの連中の一人によって砲口を上に向けられていた。絶対消滅光線は何もない空の彼方に向かって放たれていた。

「間一髪でした。もう少しで消滅するところだったのですよ」

「リョー。リョー」

 全身タイツの連中が奇怪な声を上げながら、コッドを取り囲む。

「やるですか?」

 コッドが冷酷に凄むが、全身タイツの連中はまったく怯まずに大勢でコッドに掴み掛る。

「しっかりと拘束して下さい。それから、そうですね。動けないように四肢を全部折って

しまって下さい」

「リョー」

 全身タイツの連中が殺到した所為でコッドの姿が見えなくなった。

「コッド。コッド。やめろ。コッドに手を出すな。やるなら俺にしろ」

「格好良いですね。けれど、君を痛め付けても意味がないのですよ。まあ、安心して下さ

い。四肢を壊すだけです。待っている間に君の質問に答えておきましょうか」

「すぐにやめさせろ。その手を放せ」

 柿郎は全身を使って、フフェアの腕の中から脱出しようと試みる。フフェアが背後から顔を寄せて来ると、目を光らせつつにんまりと微笑んだ。柿郎の体が動かなくなった。

「いえ。まだこのままでお付き合い下さい。それと、君に聞く気がなくともお答えはして

おきますよ。加耶音さんとフェンリーは同一人物です。フェンリーは加耶音さんで間違い

ありません。あの日、君と別れた加耶音さんは願をもう一つ使ってしまったのです。幸か

不幸か、加耶音さんは多幸者だったようなのですよ。ああ。多幸者というのは、複数回願

を使う事ができる人間の事です。普通は一つしか使えないのですがね、稀に何度か願を使

う事ができる人間が生まれるのです。神などはその最たるものでしてね。あれは、無限に

願を使う事ができてしまうのです。だから、神などと呼ばれ、この世界をもてあそんでい

るのですよ。おっと。話が脱線してしまいました。加耶音さんは自らの記憶を願を使って

消してしまったのです。余程、あの日に経験した事がショックだったのでしょう。加耶音

さんを捕えようとした我らの目の前で加耶音さんはすべての記憶を失ったのです」

 柿郎は目を伏せた。

「……」

「何ですか? 何か言いましたか?」

「信じられるか」

「聞こえませんね? もう少し大きな声で言って下さい」

 柿郎はフフェアを睨み付けた。

「信じられるかって言ったんだ。加耶音が自分の記憶を消しただと? そんな事するはず

がない。どんなにあの日の事がショックだったとしても、記憶を消すなんて事するはずが

ないだろ」

「あははは。けれど。柿郎君はその目で見て、その耳で聞いて、その口で話をしたはずで

す。どうでしたか? フェンリーは君の事や自分の事を覚えていましたか?」

 柿郎は一瞬言葉に詰まったが、すぐに口を開いた。

「お前らだろ。お前らが加耶音に何かしたんだ。返せ。加耶音を返せ」

「なるほど。そう思っても仕方がないのかも知れません。けれど、我は真実を述べただけ

ですよ。この真実は君とって都合の良い真実ではなかったのでしょうね。フェンリーはあ

の日、君や表の人達の自分に対する態度や扱い方を見て酷く傷付いたのです。君という愛しい存在すら含めたすべてを忘れたくなるほどにね」

「嘘だ。全部でたらめだ。そんな事あるはずない。加耶音が俺を忘れるはずなんてないん

だ」

「信じているのですね。とても素敵な事だと思いますよ。その真っ直ぐな気持ちに、報い

てあげましょうか。近いうちに君の所にフェンリーを行かせましょう。君は、今、どこに

身を置いているのですか?」

「加耶音を返してくれるのか?」

「違いますよ。けれど、君が彼女に過去を思い出させる事ができれば、自然と彼女は君の

元に戻るはずです。願を使ったりしては駄目ですよ。あくまでも彼女が自身の力で思い出

さなければ意味がないのですからね」

 柿郎はしばし沈黙してから口を開いた。

「ドッグの家だ。そこに今は住んでる」

「分かりました。では今日は引き上げると致しましょう。戦闘員の皆さん。コッドさんの

方は終わりましたか?」

 柿郎はコッドを覆い隠すように居並ぶ全身タイツの連中の方に目を向けた。

「リョ、リョリョリョリョ」

 全身タイツの連中が突然体を痙攣させ、あの奇怪な声をおかしなリズムで連呼し始めた。

「これは。やられましたか」

「コッド。大丈夫なのか?」

 全身タイツの連中が一人また一人と倒れて行く。

「百万ボルトスパークなのですー」

 コッドの冷酷な声が上がる。それとほぼ同時に全身タイツの連中が全員地面の上に倒れ伏した。

「柿郎君。我はお暇しようと思います。フェンリーは必ず行かせますから、楽しみに待っ

ていて下さい」

 翼のはためく音がして、背後にいたフフェアが宙に浮かび上がる。

「待つです」

 コッドが右手をフフェアに向ける。コッドの右手の先から青白い火花放電が迸り、フフ

ェアに向かって行く。

「おっと。危ない。またお会いしましょう」

 フフェアが火花放電をかわし、天高く舞い上がって行く。

「追うのです」

 コッドの背中から前進翼のような物が生えて来る。

「コッド。待て。待てって。もう良い。帰ろう。また変な連中が出て来たら大変だ」

 コッドが柿郎の方に鋭い目を向けて来た。

「さっきまでこれの事を忘れたくせに勝手な事を言うです。これが全身タイツの変な連中に襲われてたのにずっと無視して話をしてたです」

「ごめん。加耶音の話を聞いて、夢中になってた。けど、助けたかったけど、フフェアに体の自由を奪われてたんだ。だから、何もできなかった」

 柿郎は口を閉ざすと、頭を下げた。

「言い訳するですか。ちゃんと反省はしてるです?」

「本当にごめん」

「えいっなのです」

「うわっ」

「お仕置きなのです」

 コッドが抱き付いて来た。

「コッド。ちょっと。離れろって」

「嫌なのです」

「何やってるんすか。ここは外なんすよ」

 カイのあきれた声がしたと思うと、二人の前に蝙蝠の群れが集まり、カイの体を形作り

始める。

「二人とも大丈夫だったか?」

「主様。カイにフフェア追跡の任を」

 カイの背後からドッグとウルフィーが走って来た。

「ああ。そうだな。カイ。頼めるか?」

「了解っす。アジトを突き止めて来るっすよ」

「くれぐれも気を付けてな」

 カイが大気に溶けるように霧に変わって姿を消すと、入れ替わるようにしてドッグとウ

ルフィーが柿郎とコッドの目前に来た。

「何しに来たです?」

 コッドが冷酷に言い放つ。

「カイからの報告を受けてな。二人が襲われてると聞いて来たんだ」

「そうでございます。ご無事で何よりでございます」

「コッド。とりあえず、離れよう」

「嫌なのです。このままでいないと暴れるです」

「少年。コッドは良くやってくれていた。そのままでいてやってくれ」

「そうでございます。コッドは少年をしっかりと守り抜いておられました。立派でござい

ます」

 コッドがドッグの方へ、右手を向ける。右手が変形し、絶対消滅光線砲になった。

「コッド?」

「柿郎は黙ってるです。これと柿郎の事をこそこそ見てたです?」

 コッドの言葉を聞いて、柿郎はドッグとウルフィーの顔を交互に見た。

「すまん。任務の事もある。フフェアの情報を少しでも集めたかったんだ」

「主様は悪くはございません。お責めにならぬよう」

 コッドが砲口をウルフィーに向けた。

「いつから見てたです?」

 ウルフィーが何でもない事のように砲口を一瞥してから、ドッグの方に顔を向けた。

「人が褒めたのにこの態度とは。主様。このメカ娘にお仕置きを致します」

「ウルフィー。やめろ。二人とも本当にすまない。小生とウルフィーは途中からだが、カ

イは最初から見ていた。余程の事がない限り手出しをするなと命じたのは小生だ」

 ドッグが頭を下げる。

「消えるです」

 絶対消滅光線砲がキュイーンという音を発し出す。

「コッド。やめろって」

「ひぎゅっ。分かったです」

 柿郎はコッドの体を抱き締め返して、光線の発射を止めた。

「ドッグ。俺が言うのもおかしいかも知れないけど、任務とかいろいろあるとは思うけど、結構危なかったんだ。途中で助けてくれても良かったんじゃないかって思う」

 柿郎はコッドの顔を見つつ言いながらコッドからさり気なく離れようとする。

「逃がさないのです」

 コッドが気付き柿郎の体を抱く手に力を込めた。

「少年の言う通りだ。今後は気を付ける」

 ドッグが下げている頭を更に深く下げた。

「主様だけが悪いという事はございません。少年もよろしくない所がござりました。少年。

コッドに嘘をついて道を引き返しましたな。ご自分の行動の事も考えてから、お言葉を述

べますよう」

「それは。確かにそうかも知れない。けど、今言ってるのはそういう事じゃなくて」

「柿郎。やっぱり撃つのです」

 コッドが下げていた砲口をウルフィーに向ける。

「コッド。駄目だって。ドッグ。コッドがこの調子だから、ここでこうしてても堂々巡り

だ。別々の道で別れて帰ろう」

「コッドの所為なのです?」

「違うよ。違うから、右手を元に戻して」

「もっとギュッしてくれたら考えない事もないです」

「コッド」

「二人とも本当にすまなかった。とりあえず、先に行く。また後でな」

「主様。よろしいので?」

「ウルフィー。余計な事を言うな」

「御意」

 ドッグとウルフィーが歩き出す。

「とっとと帰るです。ぺっぺっ」

 コッドが唾を吐き掛ける真似をする。

「コッド。やめろって。俺達も行こう。とりあえず、離れよっか?」

「嫌なのです。このまま帰るです。じゃないと、消滅光線を適当にその辺にぶっ放すです」

 コッドが体を一旦放したと思うと柿郎の腕に腕を絡めて来る。

「何か、性格が悪くなってないか?」

「これは元々性悪なのです」

「性悪って。自分で言うか普通」

「早く行くです。また襲われたら困るです」

 コッドがぐいっと腕を引っ張って歩き出した。


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