四
ドッグの家に着いた柿郎を待っていたのは何の為かは分からない酒宴だった。酒ではな
いが、飲むと酒と同じように酔ってしまう不思議な飲み物を不意打ちでしこたま飲まされ
た柿郎は、そのままその酒宴の席で前後不覚に陥ってしまい意識を失っていた。
「朝なのです。起きるです」
柿郎の耳に、鼻にかかる甘ったるい声が聞こえて来る。
「はえ? 誰? 誰かいるのか?」
柿郎は目を閉じまま自問自答するようにゆっくりと口だけを動かした。
「誰とは失礼なのです。昨晩酔った勢いで君に押し倒された女の子の事を忘れたです?」
柿郎の額と頬にひんやりとした手が触れる。
「……!?」
柿郎は驚愕しつつ眼を開けて、飛び起きた。
「ぎゃひっ。痛いです」
柿郎が飛び起きた所為で女の子がベッドから転げ落ちたらしく悲鳴を上げた。
「ごめん。大丈夫?」
柿郎は女の子の方に顔を向ける。
「大丈夫なのです。このぐらい屁でもないのです」
女の子が立ち上がる。柿郎は女の子の姿をまじまじと見た。白金色の髪と透き通るよう
な青色の瞳が印象的なかわいい感じの背の低い女の子だった。
「恥ずかしいです。そんなに見ては駄目なのです」
女の子がくるりと回って背中を向けて来た。柿郎は慌てて横を向く。
「ごめん。もう見てない」
「本当です?」
「うん。横を見てる」
「じゃあ、チラッ」
柿郎はチラッという言葉につられて女の子の方を見た。
「見たです」
「それは、チラッとか言うから」
柿郎はまた慌てて横を向いた。
「しょうがないのです。こっちを見ても良いです。さっきみたいにじーっと見られなけれ
ば平気です」
「分かった。気を付けるよ」
「はいなのです」
柿郎は改めて女の子の方を見る。女の子が微かに頬を赤らめつつ柿郎の視線を受け止め
る。
「えっと」
柿郎が女の子の先ほどの衝撃発言について聞こうと思い言葉を出そうとすると、女の子
がそれを遮るように話し出した。
「君の名前は何というです?」
「俺は柿郎。十時柿郎」
女の子がふんわりと微笑む。
「柿郎と呼ぶです。君はこれをコッドと呼ぶのです」
「コッド?」
「そうなのです。これの名前なのです」
コッドが自分に人差し指を向ける。
「これって、自分の事なんだよな? 変な呼び方するんだな」
「これは物なのでこれというです。これは願で自分を物にしたです」
「どこからどう見ても人に見えるけど」
柿郎はわざと頭を上下に動かした。
「変形機能付なのです」
「変形機能付? 今、変形中って事なのか?」
コッドが恥ずかしそうに体をクネクネと動かした。
「乙女の秘密なのです」
コッドからは明らかに聞いて欲しいという雰囲気が醸し出されていたが、柿郎はその事
よりも衝撃発言の事を聞きたかったのでコッドの言葉を聞き流す。
「そうなんだ。それは大変だね。それで」
「気にならないのです?」
「うん。そんな事よりもっと気にある事がある」
「そんな事です? 乙女の秘密です。どうでも良いです?」
「まあ、わりと。それより、昨日の夜の事だ。俺は本当に、その、君に、何かしたのかな
?」
コッドが青い瞳を輝かせた。
「入るっすよ」
ガチャリと音がして、部屋のドアが開く。コッドの背後から、カイが姿を現した。
「少年。起きたっすか? 昨日の夜は……」
カイの動きが止まる。
「この子は何て言うか、起きたら部屋にいたっていうか、ええっと、何もおかしな事はし
てないはずなんですうぅー」
柿郎はすがり付くように声をカイに向けて放った。
「何をしているです? 邪魔をすると殺すですよ?」
コッドの顔から表情が消えたと思うと、カイに向かって冷酷に告げた。
「これが、変形?」
柿郎はコッドの迫力に気圧されつつ呟いた。
「ひゃあああ。大変っす。皆、起きるっす。コッドが出たっす。コッドが出たっすよー」
悲鳴のような声を上げながら、カイが転がるようにして部屋から飛び出て行く。ガチャ
リと音がして、ドアが閉まった。
「乙女の秘密の一端を垣間見せてしまったのです」
何事もなかったかのようにコッドがふんわりと微笑む。
「そ、そうなんだ。それで、昨日の事だけど」
柿郎は薄氷を踏む思いで言葉を紡ぐ。
「怖がってるです?」
コッドが小首を傾げる。容姿とその仕草が相まって至極かわいい。かわいさ六十パーセ
ント増しくらいかも知れない。けれど、先ほどのカイに対する態度と発言の所為でそのか
わいさは柿郎には毛ほども伝わってはいなかった。
「こここ、怖がってなんてないよ。まったく、全然」
柿郎は言ってから己の言動の不自然さにはっとする。
「あの、これは、違うんだ。何か、ここ寒いよね。ちょっと震えが来ちゃって」
コッドがカクッと首を折るようにして俯いた。
「怖がってるです。これは凄く悲しいのです。うわーんなのです。うわーんなのです」
コッドが泣き声を上げながら座り込む。
「あのちょっと? コッド?」
「うわーんなのです。柿郎が怖がるです。辛いのです。切ないのです。死にたいのですうぅー」
「ごめん。分かった。分かったから。泣くな。な。悪かったから」
柿郎は狼狽えつつ、コッドの側に寄る。
「じゃあ、甘えて良いです?」
「うひぃー。何? 何なの? 掴まったのかーこれー」
柿郎はアシダカグモに掴まる小虫の如くにコッドにがばりと抱き締められていた。
「こうしていれば落ち着くのです。ごめんなさいです。これは物だけど、時々おかしくなるです。怖がらないで今だけこうしていて欲しいのです」
コッドが柿郎の胸に顔をぐいっと押し付けながら、くぐもった小さな声で告げた。
「あの」
柿郎はコッドの体が小さく震えているのに気付き、出そうとしていた言葉を飲み込む。
ガチャリと音がして、ドアが開いた。
「コッドが出て来たって?」
「これはこれは。いきなり濡れ場に遭遇でございますか」
「こんニャ貧乳が良いのかミャ?」
「やばいっすよ。さっき、いきなり殺されかけたんすから」
部屋の中にドッグ、ウルフィー、ジェシータ、カイが入って来た。
「何でもない。これは、ただの偶然っていうか、とにかく何でもないからあぁぁ」
柿郎はコッドから体を離そうとする。
「離れないで欲しいのです。これは怖くて寂しくて切ないのです。お願いなのです。このままでいて欲しいのです」
コッドが哀願するように言った。
「でも、ほら、皆、見てるし」
柿郎はドッグ達の方に顔を向けた。
「良いんだ。少年。そのままで良い」
ドッグが諭すように言う。
「主様。我々も部屋に戻り、二人きりで過ごしましょうぞ」
ウルフィーがドッグの事を熱い眼差しで見る。
「この変態クソジジー。ガチホモは帰れニャー」
「皆何言ってんすか。そんな事よりコッドを何とかしないと駄目っすよ」
「ほら。ね。皆もいるし。コッド。一旦離れてさ」
コッドの震えが止まる。
「皆がいなければ、もう少しこうしていてくれるです?」
コッドがカイと接した時のような冷酷な声を出した。
「コッド?」
コッドが柿郎から離れ、ドッグ達の方を向く。
「とっとと部屋から出て行くです。早くしないと、これは攻撃するです」
バシューっと音がして、コッドの体を白い煙が包み込む。
「待て。コッド」
ドッグの声が煙で視界がなくなっていく部屋の中に響いた。
「待たないです。これは、柿郎だけがいれば良いです」
金属製の何かが動き、擦れ、繋がり、外れる音が連続して鳴り響く。
「ジェノサイドモード起動」
コッドのいる場所から、機械音声が聞こえて来る。
「コッド。待ってくれ」
「主様。ここは撤退して出直した方がよろしいかと」
「逃げるが勝ちミャ」
「余も逃げるっす」
煙が消えて行く。コッドのいた場所には実にメカメカしい砲台のような物があった。
「ファイア」
機械音声が冷静にそんな言葉を作った。
「少年。コッドを止めろ」
銃声と砲声と何やら分からない光線らしき物が発射される音などが連続して間断なく鳴
り響く中、器用に向かって来るそれらすべてを巧みに避けながらドッグが叫ぶ。
「止めろって言ったってどうすれば良いんだよ」
飛び散る家具や壁の破片を体に浴びつつ、柿郎も叫んだ。
「抱き締めるっす。コッドは柿郎に惚れてるっすよ。そこを利用するっす」
耳元からカイの声がする。顔を向けると、小さな蝙蝠が一匹顔の近くを飛んでいた。
「抱き締めろ? 無理だ」
「どうして無理なんすか?」
「そんな事できるか。俺は加耶音の事が……、何でもでもない。他に何か方法はないのか?」
「少年。早くするんだ。家と小生とが壊れてしまう」
ドッグの腕を一発の銃弾がかすめ、血が流れ出る。柿郎はメカメカしい砲台になってい
るコッドの方を見て叫んだ。
「コッド。やめろ。本当に殺す気か?」
「駄目っすよ。今のコッドは必死になってるから気付かないっす。抱き締めるとか、キス
するとか強烈な事をしないと駄目なんすって」
「主様。止むを得ません。コッドを沈黙させます」
部屋の外に出て、ドアの向こう側から傍観していたウルフィーが部屋の中に戻って来た。
「駄目だ。そんな事したら、またコッドが引きこもる。少年。頼む。コッドを止めてくれ」
「少年。主様の頼みです。お聞き下さるよう」
ドッグとウルフィーが説得するように言う。
「迷ってる暇はないっす」
「じれったいニャ。がばっと行くミャ」
背後からジェシータの声がして、柿郎は背中を押された。
「わっ。ぶばっ」
柿郎はメカメカしい砲台の側面に張り付くようにしてぶつかる。
「そ、そんなです。いきなり、そんなのは駄目なのです」
普段のコッドの声が告げ、銃声やら砲声やら光線が出る音やらが止まった。
「柿郎。ちょっと待って欲しいのです」
恥ずかしそうなコッドの声がすると、バシューっとまた煙が出て砲台が見えなくなる。
金属音が鳴り響き、煙の中から人の形になったコッドが出て来た。
「続きをして欲しいのです」
コッドがもじもじしながら頬を赤らめ上目遣いをしつつ柿郎に向かって両手を伸ばして
来る。
「あの、えっと、それは、何というか」
柿郎は躊躇いつつ後ろにさがった。コッドが目を見開く。
「今、これから逃げたです?」
コッドの目から涙が溢れ出す。
「逃げてない。誤解だ。今のはただ躊躇っただけなんだ」
コッドが俯く。
「躊躇ったです? 何を躊躇ったですか? もういいです。全部壊すです!」
バシューとまたまた白い煙が出て、コッドが変形を始める。
「ジェノサイドアンドデストロイモード起動。ファイナルアルティメイトミサイル発射ま
で十、九、八……」
煙が消えると自身の体よりも大きな砲身となった右手を天井に向け、顔も上に向けてい
るコッドの姿が現れた。
「少年。ファイナルアルティメイトミサイルを撃たせるな。世界が滅ぶ」
「はい? 世界が滅ぶ?」
「ああ。今までに五回世界はコッドの所為で滅んでいる。だから止めるんだ」
「何だよそれ」
「世界はすぐに神の奴の願で再編されるが、それは今の世界とは違う。今のこの世界の
存続を願うなら止めろ」
「俺には無理だ。それにもし滅んだとしても再編されるなら良いんじゃないのか? 違いって言ったって大した事はないんだろ?」
「少年達、不老不死ではない者には分からない変化が起きてしまうんだ。いるはずの者が
いない、あるはずの物がないなどという事やその逆の事が起きる。少年が好きなあの少女
がいないという事が起きる可能性だってある。しかも、少年はその事に気付く事すらない。
そんな世界が来ても良いのか?」
柿郎は顔を動かし、ドッグからコッドの方に向けた。
「どうしても俺じゃなきゃ駄目なのか?」
「コッドは少年の事を気に入ってるようだからな。少年の言う事なら聞くはずだ。もう一度がばっと行くんだ」
「世界の存続がかかってるとか重過ぎるだろ。でも」
柿郎はコッドに向かって駆けた。
「三、二、一」
「頼む。やめてくれ」
柿郎はコッドを抱き締めた。
「はぎゅんっ。急にどうしたです?」
コッドが顔を柿郎の方に向ける。
「コッド。さっきは悪かった。だから、ミサイルの発射をやめてくれ」
「もっとギュッとしてくれるです?」
コッドが不安そうな顔をする。
「もっと、ギュッと?」
「はいです」
「……。分かった」
柿郎はコッドを抱く手に今よりも少しだけ力を入れた。
「嬉しいのです。ありがとうなのです」
コッドがふんわりと微笑み、砲身となっている右手を下ろした。砲身の中から何かが滑
り落ちる音がする。
「あ。ファイナルアルティメイトミサイルが落ちるです」
「落ちる? それってまずくないか?」
「時限式信管と瞬発信管が組み込まれてるです。時限式信管はタイマーみたいな物なのです。瞬発信管は着弾の衝撃に反応してミサイルを爆発させるです」
「着弾の衝撃? ひょっとして、このまま落ちたら爆発するんじゃ?」
「するですね」
砲身の先から禍々しいほどに極彩色なミサイルの先端が顔を出し、部屋の床にゴトンと
音をたてて接触した。
「えいです」
コッドが砲身である右手を体を傾けて床に向かって伸ばし、砲身の先から出ていたミサ
イルの先端を中に戻した。
「蓋をしてっとです。これで大丈夫です。コッドは消えるですけど、世界は滅ばないです。
柿郎は早く離れるです。部屋から出れば大丈夫なのです」
「消えるって何だよ?」
「そのままの意味なのです。爆発で消えるです。早く離れるです」
コッドが左手で柿郎の胸をそっと押して来た。柿郎はコッドの青い瞳をじっと見つめる。
コッドがやんわりと微笑む。
「何か消えなくてすむ方法はないのかよ?」
「ないのです。さよならなのです。早く離れるです。柿郎。少しの時間だけだったですけど、一緒に入れて楽しかったのです」
柿郎は手を放そうとして途中でやめると、コッドの体を抱き締め直した。
「放さない。だから、コッド。何とかしよう。俺は死にたくない。コッドにも消えて欲し
くない」
「ぎゃひんなのです。格好良いのです。本気で惚れてしまうのです」
「コッド。時間がないんだろ。そんな事言ってないで何かしないと」
柿郎は砲身となっているコッドの右手に目を向けた。コッドの右手がパシュッと音を鳴
らして、肩から外れた。
「柿郎。右手から離れるです」
「ええ?! どういう事?」
「パージしたです。これは物です。パーツの交換ができるです。壊れた部分や不必要にな
った部分は切り離せるです」
「それでどうなるんだ?」
「砲身と部屋の中を巻き込んで爆発するです。被害はそれくらいのはずなのです」
「あの、さ。だったらどうして消えるなんて言ったんだ? 全然平気じゃないか?」
「柿郎の愛を確かめたです。てへっ☆はぎゅ」
「てへっ☆はぎゅって何だよっ」
コッドが左手を柿郎の腰に回すと柿郎を持ち上げてドッグ達の側まで駆けた。
「よし。部屋から出るぞ」
ドッグの声と共に、皆が急いで部屋から外に出る。凄まじい轟音と震動が、皆が部屋か
ら出た途端に中から響いて来た。
「主様。館の修理費がまた嵩みますな」
「言うなウルフィー。コッド。ちょっと良いか?」
コッドが柿郎を抱き上げたまま、ドッグの前に行く。
「何なのです? コッドは悪くないです。謝らないのです」
「その事はいい。出て来てくれて良かった。頼みがあったんだ」
「頼みです?」
「ああ。そこにいる少年の事だ。その少年は表から人を探しに来ている。この家から外に出る時には護衛をしてやってくれ」
「マジなのです?」
「ああ。探してたんだぞ。お前がどこに引きこもっているか分からなかったから大変だっ
た。あまり心配掛けるな」
「ふんっだです。心配なんていらないのです」
「主様。あのわがままメカっ子をお仕置きしたいのでございますが」
「ウルフィー。今回は良い。少年。そういう事だ。外出する時はコッドを連れて行け。た
だ、その時はコッドの言う事を聞くようにな。こっちには危険な場所が少なくない。分か
ったな?」
「分かった。加耶音を探しに行く時はコッドと一緒に行くようにする」
「それで良い。さて。用事もすんだな。ウルフィー。ジェシータ。カイ。仕事に行くぞ」
「ドッグ。少年の部屋はどうするミャ? 今ので使えなくなったニャ」
「おっと。そうか。では、そっちはどうだ? 空いていたと思うが」
ドッグが顔を今いる場所から少し先にあるドアに向けた。
「使用できます。では、少年とコッド。こちらの部屋をお使い下さい」
ウルフィーがドッグの示した部屋の前まで行き、ドアを開けてくれた。
「柿郎入るです」
「うん。あの、何ていうか、皆、いろいろありがとう」
「気にするな。あの少女の事が何か分かったらすぐに伝える。しつこいようだが、外に出るコッドの言う事をちゃんと聞いて行動するようにな」
「分かった」
「では少年。また後でな」
「失礼致します」
「少年。またニャ」
「後で遊びに来るっすよ」
三人が廊下を歩き去って行く。
「コッド。下ろしてもらって良いか?」
「嫌なのです。このままベッドインなのです」
「ベッドインって何だよ。そうだ。なあコッド。俺は本当に君を押し倒したのか?」
コッドが柿郎を抱いたまま部屋の中に入って行く。
「あれは嘘なのです」
コッドが柿郎をベッドの前で下ろす。柿郎はその場で胸を撫で下ろす。
「良かった。だいたい俺にそんな事ができるはずがないんだよ」
「怒らないです?」
「怒りたいけど、良いや。これから世話になるし。頼むなコッド」
コッドがベッドの端に座った。
「はいなのです。柿郎が好きな加耶音という女の子を探すですね?」
柿郎はコッドの顔を見つめた。
「好きなって、そんな事俺いつ言った?」
「昨日の夜言ったです」
「また昨日の夜か。何も憶えてないんだ。俺、何を言ったんだ?」
コッドが嬉しそうに微笑む。
「いろいろ話したです。昔の事も、こっちに何をしに来たかも聞いたのです。これもいろいろ話したです。本当に全然憶えてないです?」
「ごめん。全然憶えてない」
コッドが大げさに落胆する仕草をする。
「はふぅー。あれだけ理解し合ったのに酷いのです。けど、それはそれで良い事かも知れないのです。これの話した事は忘れてもらった方が良いかもなのです」
柿郎は小首を傾げた。
「あれ? でも、さっき起きた時に名前聞いて来たよな? 本当にいろいろ話なんてした
のか?」
コッドが頷く。
「はいです。あれはしょうがなく聞いたです。辛くて寂しい思い出になったです。すっか
りこれの事忘れてたのです」
「そっか。ごめん」
柿郎は深く頭を下げる。
「思いっ切り気にするですよ。これからこれと接する時はいつもこれの事を大事にするで
す。そうすればいつか許されるかも知れないのです」
柿郎は顔を上げる。
「何だよそれ。大事になんか絶対しないからな」
コッドがふんわりと微笑む。
「それで良いです。柿郎。今日はこれからどうするです? 外行くです? それとも、家
の中でも探検するです?」
柿郎は部屋の中を見回した。
「そういえば、ここってでっかいお城みたいな建物だったんだよな。それは憶えてる。家
の中を探検か。それもしてみたいけど、外に行こう。加耶音を探さないと」
「了解なのです。このままが良いです? それとも、何かに変形して行った方が良いです?」
コッドがくるりと一回転する。
「そのままで良いんじゃないか?」
「じゃあこのままで行くです。何かあったらすぐに変形すれば良いのです」
「変形するのは良いけど、さっきみたいなのは勘弁な。あれじゃ命がいくつあっても足り
なくなる」
「ふぎゅっ。馬鹿にされてるです。こうなったら外に出てすぐにファイナルアルティメイ
トミサイルを発射してやるです」
コッドが右手を前に向けて伸ばす。
「やめてくれ。頼む」
「分かってるです。ジョークなのです」
コッドが嬉しそうに言いながら立ち上がり、部屋のドアへ向かう。
「コッド。悪いんだけど、外まで案内してもらって良いか? たぶん、玄関までの行き方
も忘れてる」
柿郎は苦笑を顔に浮かべる。
「しょうがないのです。柿郎はコッドがいないと何もできないです。ついて来るです」
コッドが部屋の外に出ると、柿郎が出て来るのを待ってくれる。柿郎が側まで行くと、
コッドが先に立って歩き出す。二人して廊下を進んで行く。
「加耶音という女の子が見付かったら柿郎は向こうに帰るです?」
「そのつもりだ。願を使って」
柿郎ははっとして言葉を途切れさせた。卒業証書筒を持っていなかった。
「ない。ない。鍵がない」
その場で自分の体を隅々まで見る。
「これが持ってるです。昨日の夜、この中にある鍵が大事なんだとか言いながら、寝たら
速攻でベッドの上から落としてたです」
コッドが服の中から見慣れた卒業証書筒を取り出した。
「ありがとう」
柿郎は飛び付くようにして卒業証書筒を掴む。
「これが持つです? その方が良いと思うです」
柿郎は卒業証書筒とコッドの顔を交互に見た。
「外にいる時は頼もうかな。今ままでも持っててくれたんだもんな」
卒業証書筒から手を放した。
「任せるです。これの中にしまっておけば絶対になくならないです」
コッドが卒業証書筒を服の中に戻した。