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スタートオーバー  作者: 風時々風
3/9

 加耶音が裏世界に行ってしまってから、五日が経過していた。加耶音が裏世界に行って

しまう切欠となったあのテロ事件の事は関係者以外は誰も知らない。表世界政府はあの事

件を隠蔽した。あの事件の日から一昨日まで柿郎はイェーガーの施設内に軟禁され、そこで事情聴取とこの事件の隠蔽についての説明を受けさせられた。帰宅を許された柿郎は一度家に戻ってからすぐに家を飛び出し加耶音を探し始めた。自分が今いる表世界に加耶音がいないのは分かっていた。裏世界に行きたいという思いはあった。だが、その思いをどうして良いのかが分からなった。もしかしたらどこかに加耶音がいるかも知れないと思いながら探し歩く事で何とか不安定になる自分の気持ちを落ち着かせていた。学校にも行かず、家にも帰らずに柿郎はいるはずのない加耶音の姿を探し求めて歩き続けていた。

「君。さっきからこの辺りをうろうろしているようだね。何をしているのかな?」

 背後から声を掛けられる。振り向くと、スーツ姿の見知らぬ男が立っていた。

「すいません」

 柿郎は小声で応じるとすぐにその場から立ち去ろうとした。

「十時柿郎。待ちなさい」

 名前を呼ばれ、柿郎は足を止めて再度振り向いた。

「どうして、名前を?」

「君は昨日も街中を徘徊していたね。何をしているんだい?」

 柿郎は相手の顔をまじまじと見る。

「何なんだ、あんた?」 

 柿郎が警戒を露わにすると、男が目を細めて微笑んだ。

「君を監視している者だ。あの事件に関しておかしな事をされると困るのでね」

 柿郎は男を睨んだ。

「関係者なんだな。俺はただ加耶音を探してるだけだ。あんたらは何もしてくれない。加

耶音の事で連絡を一度もして来なかった」

「うん? ……。そうか。そんな話もあったね。確か、君のクラスメイトが願を使って裏

に行ったとか何とか。裏の方には連絡は入れたはずだ。連絡がないという事は何も分かっていないという事だ。君はおかしな事をせずに大人しく連絡を待ちなさい」

「加耶音の家に何度行っても家族は誰も帰って来ない。イェーガーの施設に行ってみても勝之助君には会わせてもらえなかった。あんたらは何をしてるんだ? 事件の犠牲者はどうでも良いのか?」

「ここで君と我々の方針について無益な議論をする気はない。君はすぐに自分の日常生活

に戻りなさい。言う事を聞かないのなら、我々の施設に来てもらう事になる。君が言う事

を聞くようになるまでずっと面倒をみなければいけなくなってしまうよ」

 男が柿郎の肩に手を置いた。

「脅しかよ?」

「そう思ってもらって構わない。今すぐに」

 柿郎は男の手を叩くようにして払った。

「ふざけるな。元はと言えばあんたらの所為だろ。どうしてあの事件を防がなかった? ど

うして加耶音がああなる前に俺達を助けなかったんだ」

 男が少し驚いた顔をしてから、あきれた顔をする。

「君は知らないだろうが、ああいう事件は何度も起きているんだ。我々の仲間は何人も死

んでいる。防ごうとしても防げないのが現状だ。君は何かできたのかい? あの場所にい

て。何もできなかったから今、いもしないクラスメイトを探している振りをしてるのでは

ないのかな。君はただ自分の境遇と気持ちに酔っているだけだ。不幸な自分を楽しんでいるだけなんだよ」

「何だと? 黙れよ」

 柿郎は男に向かって殴り掛かった。

「これはいけないね。もしかして自覚があったのかな?」

 柿郎の拳は男にあっさりとかわされ、そのお返しばかりに下腹部に蹴りを入れられた。

「う、うう」

 柿郎を地面に這いつくばった。

「おっとすまない。大丈夫かな?」

 男がしゃがんで柿郎の顔に顔を近付けて来る。

「この野郎」

 柿郎は歯を食いしばって痛みに耐えながら拳を握った。

「まだやりたいのなら、どこか人目につかない所に行こうか。君のような何も分かってい

ないガキにはこういう荒療治が必要なのかも知れないね。我々がどれだけ苦労してこの世

界の平和を守っているか知らないだろうからね。あ。そうそう。君のクラスメイトはきっ

ともう死んでいるよ。裏に行って生きているはずがない。確か、女の子だったっけ? さぞかし無残な殺され方をしたんだろうねえ」

「何だとおおお」

 柿郎は男に飛び掛かった。

「まったく。しょうがないガキだな」

 柿郎の横に回った男の肘が背中に突き刺さる。次いで、顔、腹、腰が殴られ蹴られる。

「家に運んでおいてやるから。安心して気を失え」

 アスファルトの路面が急激に眼前に迫って来て、柿郎は意識を失った。

「柿郎。柿郎。いつまで寝てんのよ。早く起きなさいよ」

 加耶音の声がする。柿郎ははっとして目を開けた。

「加耶音? 加耶音、戻って来たのか?」

 体を起こして周りを見る。窓から入り込む月明かりに照らされた自室の景色が目に入っ

て来ただけだった。

「夢、かよ」 

 顔に手を当てる。

「いて。いててて」

 顔に無数の傷ができていた。体のあちこちが軋むような痛みを発している。

「くううぅぅ。くっそうううぅぅ」

 柿郎は泣いた。涙が顔にある傷に染みて、痛くて情けなくて更に涙が止めどなく溢れて

来た。家の玄関の方から呼び鈴の音が聞こえて来る。柿郎ははっとすると、痛む体を引き

ずるようにして玄関に向かった。玄関に到着すると勢い込んでドアを開ける。勝之助か加

耶音の家族かもしかしたら加耶音が来てくれたのだと思った。

「良かった。生きていたね。これ。食べて。上司にバレて怒られちゃってね。ご機嫌伺い

に来たんだよ。あれ? その顔、どうしたの? もしかして、泣いてた? あはははは。

僕にやられて悔しかった? それともクラスメイトを探せないから? でもさ。泣いてて

も何も変わらないでしょ。一人で裏に行くとかさ。何かしないと。あ。でもでも。本当に

行っちゃ駄目だよ。もしも、そんな所見たら、もっと痛め付けちゃうからね」

 男が侮蔑するような笑みを顔に浮かべた。

「てめえ」

 柿郎は男に向けて拳を振るう。

「すぐに手を出すんだね。元々そうなのか、それとも、また痛い所を突いちゃった? あ。

あれかな。自暴自棄になっているのかな。まったく。どっちにしても馬鹿なガキだな」

 男は柿郎の拳をかわすと、柿郎の足を蹴って床に転がした。

「動くなよ。これ以上やるとまた上司に叱られる。それじゃ僕は帰るから」

 男が手に持っていた袋を柿郎の頭の上に落とした。衝撃で袋の中に入っていた弁当のプ

ラスチック容器の蓋が開き中身が柿郎の顔と床に飛び散った。玄関の扉が閉じられる。柿

郎は体を起こした。男の言った一人で裏に行くとかさという言葉が頭の中を巡っていた。

「行くよ。行ってやる。加耶音。待ってろ」

 柿郎は立ち上がると、自室に戻った。暗示を解く鍵の入ったあの日潰れたままの卒業証

書筒を掴むとしばらく手の中にある筒を見つめてから他には何も持たずに玄関の扉を開け

て外に出た。柿郎は走った。あの日テロで破壊された壁を目指していた。潰れた卒業証書

筒を見て、破壊された壁の事を思い出したのだった。あれだけの大きさの壁をこの数日の

間に直す事ができるはずがない。柿郎は壁がなくなっている場所から裏世界に入れるのではないかと考えていた。街灯に照らされる夜道を走り続けて行くと、やがて、壁が破壊されている場所に到着した。壁がなくなっている部分には足場が組まれ、養生シートが掛けられている。柿郎は一度その前を通り過ぎ人気がないのを確認すると、戻ってできるだけ音をたてないようにしながら養生シートの周りを囲んでいるフェンスを乗り越えた。フェンスの内側に入った柿郎は養生シートの隙間を通り抜け足場の下を潜り壁のなくなっている部分を踏み越えて緩衝地帯の中に入り込んだ。緩衝地帯の内側にも通って来た壁の外側と同じように足場が組まれ養生シートが掛けられている。柿郎は足場の下を通り養生シートの側まで行って止まると、隙間から裏世界側の壁を見た。何もないグラウンドのような緩衝地帯の開けた空間の向こうに裏世界と緩衝地帯とを隔ている壁があり、その一部に柿郎が今いる場所と同じように養生シートが掛けられている所があった。柿郎は周囲の闇に視線を走らせてから、足を踏み出す。数歩進むと気が急いて自然と早足になって行く。

「本当に来たっすね」

 そんな男の声が、背後から聞こえて来た。柿郎は走り出そうとする。

「おっと。いけないね。そこで止まってもらおうか」

 前方から別の男の声がする。裏世界側にあった養生シートの隙間からゆっくりとした動

きで人影が出て来た。

「こいつが取引のネタっすか?」

 背後の男が大きな声を出す。

「ああ。いくらで買ってくれるのかな?」

 養生シートの隙間から出て来た人影が柿郎に向かって歩いて来る。

「何でだよ」

 相手の容姿を視認した柿郎は驚きの声を上げた。

「驚いているね。無理もない。けれど、僕の思い通りの展開だよ。馬鹿な君のお陰だね」  

 男が嬉しそうに微笑む。柿郎は男を睨み付けた。

「何が思い通りなんだ?」

 柿郎が凄むが、男は笑顔を崩さない。

「僕が君をここに来るように誘導したからね。君に暴力を振るったのも、君が傷付くよう

な事を言ったのも、君をここに来させる為さ。裏に行こうと思い立った君は壊れた壁の所に向かう。その鍵と一緒に。正に僕の思い通り」

 柿郎は手に持っていた卒業証書筒を強く握った。

「俺をイェーガーの施設内に閉じ込める気なのか?」

「あははは。全然違うよ。これはイェーガーの隊員としての仕事じゃない。これは僕個人

の小遣い稼ぎだ。君を売ってしまおうと思っているのさ。あのテロリスト達と同じように

ね」

 柿郎は一歩後ろにさがった。

「逃げられないよ。君の後ろには、もう買い手が来ている。裏世界の奴だ。何でもヴァン

パイアになりたいと願った人らしい」

 柿郎の背後、背中に触れるくらいの所から凄まじい数の蝙蝠の羽音が聞こえた。

「御紹介どうもっす。余は、ヴァンパイアのカイっていうっす。よろしくっす」

 柿郎の右肩に手が乗せられる。反射的に振り向くと、ヴァンパイアという言葉からはま

ったく連想ができないような好青年に見える人物がニカッと歯を見せて爽やかに微笑んで

立っていた。柿郎は男の手を払い、後ろにさがる。

「君はエビか何かか? 後ろにさがってばかりだね。カイさんだっけ? で、いくらなの

?」

「そうっすね。いくらっすかね」

 カイの歯がキラリと輝く。

「からかわないで欲しいな。あまりのんびりもしていられないんだよ。警備の連中が来た

らまずい。そっちだって同じだろ?」

 男が周囲に目を向ける。

「少年。駄目っすよ。こんな屑の言葉に煽られて行動しちゃあ」

 柿郎は言葉の意図が分からずカイの顔をじっと見た。

「随分だな。君に売らなくっても良いんだ。そういう態度をするならこの取引はなしにす

るよ」

 男が嫌味ったらしく言う。

「うざいっすね。だいたい、偉そうなんすよ。どうしてそんなに偉そうなんすか?」

「な、なんだ、君は? 気分が悪いな。本当にこの取引をなしにするぞ」

 男が柿郎とカイの側に来る。

「なしで良いっすよ。そもそも、この取引自体嘘っぱちっすしね」

「何を言ってるんだ君は?」

「嘘なんすよ。テロリストと接触する為の嘘取引なんすよ。ちなみにこれはちゃんとした

リベレーターのお仕事っすよ。んなもんで、捕まえさせてもらうっす」

「冗談だろう?」

 男が柿郎の右手を握って来る。

「そういうの無駄っすよ」

 カイの体が闇に溶けるように消えたと思うと、男が驚きの声を上げた。

「な、なんだこれは?!」

「ヴァンパイアっすから。いろんな事ができるんすな」

 男の体を黒い霧のような物が覆っている。

「少年。少し待ってるっす」

「おい。待て。こんな事して良いと思っているのか? 私はイェーガーの隊員なんだぞ。

外交問題になるぞ」

「御心配なくっす。ここでの事はすべて記録してるっす」

 男の顔が忌々しげに歪む。

「おい。ガキ。助けろ。このままだとお前だってどうなるか分からないんだぞ」

 男が柿郎の手を握る手に力を込める。

「何を言ってるんすか?」

「お前ら裏世界の奴らは、平気で人を食うらしいじゃないか。おいガキ。願を使え。僕を

助ければ、悪いようにはしない」

「面白い事言うっすね。少年。どうするっすか? 願、使うっすか?」

 柿郎は男を睨んだ。

「使うかよ。この願は加耶音の為に使うんだ」

「格好良いっすね。うん? 加耶音? どこかで聞いた気がするっすな」

「ぐじぇっ」

 男が奇妙な声を上げると白目をむき、崩れ落ちるようにして倒れた。黒い霧のような物

が男から離れ、カイの姿になって行く。

「霧になって絞めてみたっす。凄かったすか?」

 カイが二カッと微笑む。

「俺はこれからどうなるんだ?」

 柿郎は表情を硬くする。カイが遠い目をする。

「無視っすか。そうっすか。通常だと事情聴取してから、さよならっすかね。そんな事聞

くなんてひょっとして何か訳ありっすか?」

 柿郎は束の間躊躇ってから、頭を左右に振った。

「ただ気になっただけだ。疲れたから帰りたい。事情聴取を早くしてくれ」

 カイが目を細め柿郎の顔をじっと見つめて来る。

「余の眼は俗に言う魔眼っす。実は何でも見通す能力があるんすよ。少年は、加耶音とい

う女の子を探してるんじゃないっすか?」

「加耶音の事知ってるのか?」 

 柿郎は詰め寄るようにカイに近付いた。カイが困った顔をする。

「申し訳ないっす。何も知らないっす。魔眼も嘘っす。加耶音という女の子が願を使って

フェンリルになって余らの世界に入ったって事しか知らないっす」

 柿郎はカイの両肩を手で掴んだ。

「どこにいるか知らないのか?」

 カイが泣きそうな顔になりながら頭を左右にブルブルと振る。

「知らないっす知らないっす」

 柿郎はカイの顔をじっと見つめてから手を放した。

「ごめん。助けてもらったのに」

 柿郎は目を伏せる。

「こっちこそ、嘘ついて申し訳なかったっす。ちょっと驚いただけっす。あまりに必死な

顔をしてたっすから。良かったら、探すの手伝うっすよ」

 柿郎は顔を上げた。

「え?」

「今度は嘘じゃないっすよ。余はこう見えても情報収集担当なんすよ。ヴァンパイアの能

力を使っていろいろやってるっす」

 柿郎は冷静な声を出した。

「何が目的なんだ?」

 カイの目が露骨に泳ぐ。

「別に目的なんてないっすよ。ただ、手伝いたいって思っただけっす」

 柿郎はカイに背を向けた。

「急ぐからもう行く」

「駄目っすよ。事情聴取があるっす」

 柿郎は走り出す。

「ああっ。待つっす」

 柿郎の眼前にたくさんの蝙蝠が飛んで来る。柿郎が足を止めると、蝙蝠が合体してカイ

の姿になった。

「ジャジャーン。凄いっしょ」

「邪魔しないでくれ」

 柿郎は足を踏み出すとカイの横を通り抜ける。

「待つっすよ。余らの世界に一人で行っても何もできないっすよ。また売られたりしちゃ

うっすよ」

 カイが人の姿のままで柿郎の前に回り込んで来る。

「邪魔するなって言ってるだろ」

「そうはいかないっす。折角助けたのに意味がなくなるっす」

 柿郎は足を止める。

「裏があるんだろ? 本当はあんたも俺の願を狙ってるんじゃないのか?」

「ギクッ」

 カイが声を上げた。

「ギクッって何だよ。そんな事言うか普通?」

 柿郎は思わず怒鳴った。カイが二カッと微笑む。

「余は正直者なんで、嘘はつけないんすよ」

「は? あんた、さっきあの男と俺に思いっ切り嘘ついてよな?」

「そうだったっすかね? おっかしいっすな」

 柿郎は走り出した。

「ああ。また。待つっすよ」

 柿郎の眼前に黒い影が立つ。

「しつこいんだよ」

 柿郎は止まりながら、目の前にいた人物の胸倉を掴んだ。

「いきなり酷いな。これはどういう事なんだ?」

 カイの声ではない誰かの声が顔前から聞こえて来る。柿郎は胸倉を掴んでいる相手の顔

を見る。

「あんた、怪我はもう治ったのか?」

 柿郎は相手がドッグだと気付くと、驚き慌てつつ胸倉から手を放した。ドッグが柿郎の顔を見つめて来る。

「ちょっと待て。どこかで会ったな」

「忘れたのか? 加耶音が裏世界に行った時に会ったじゃないか」

「加耶音?」

「フェンリルっすよ」

 カイが口を挟む。

「おお。あの時の。少年。元気そうじゃないか」

「あんたこそ。体は大丈夫なのか?」

「体? 何かあったか?」

「撃たれたじゃないか。加耶音を守ってくれただろ」

「おお。そんな事もあったな。小生は死なないからな。怪我もすぐに治る。所謂不老不死

って奴でな。心配させていたならすまなかったが、大丈夫だ」

 柿郎はドッグの体を矯めつ眇めつした。

「不老不死ってそんな事あるのか?」

「願を使えば少年だってなれる」

 カイが近付いて来た。

「ドッグ。この少年がネタっす。取引相手はそこのイェーガーの隊員っす。外れっすな」

 ドッグが頷く。

「そうか。それじゃ、その寝てる男を連れて帰るか」

「ドッグ。ちょっと良いすか?」

「何だ?」

「ちょっとこっちに来るっすよ」

「何だ? ここで話せ」

「いや。良いからちょっと来るっす」

 カイがドッグの腕を引っ張る。

「何だよ」

「来るっすよ」

 ドッグとカイが柿郎から離れて行く。二人は柿郎からある程度距離を取ると、チラチラ

と柿郎の方を見ながら何やら内緒話をし始めた。

「分かった」

 ドッグが柿郎に聞こえるくらいの声量で言うと、戻って来る。

「マジっすか? 臨時ボーナスっすか?」

「カイ。帰ったらウルフィーとサウナに入れ。二人っきりでな」

「ひえっ。どうしてっすか?」

「小生は願をそんな方法で手に入れる気はない。何度も言ったはずだ」

「けど、チャンスじゃないっすか。この少年なら足は付かないっすよ」

「カイ。お前の気持ちは嬉しい。だが、小生にその気はない。良いな?」

 立ち止まっていたカイが小走りにドッグの後を追って来る。

「分かったっすよ。また別の機会を探すっす」

「そうだな。小生の気もいつかは変わるかも知れん。また頼む」

 ドッグが柿郎の側で足を止める。カイもすぐに来てドッグの横に並んだ。

「少年。カイから話は聞いた。あの加耶音という少女を探したいんだな?」

 柿郎はドッグの顔とカイの顔を交互に見た。

「探したい。けど、一人で行く」

 柿郎はドッグの目を見つめる。

「カイがさっき言っていた事は気にしなくて良い。小生が約束する。見返りなしに少年の力になる」

 柿郎はドッグの目を見つめたまま口を開く。

「何が目的なんだ?」

「さっきもそれ言ったっすよ。ドッグは何も狙ってないっす」

「ギクッ」

 ドッグが声を上げた。

「ギクッて言ったぞ」

「ドッグ?」

 柿郎とカイはほぼ同時に言葉を出した。

「言った方が面白いと思っただけだ。そんなに驚くとはやって良かったようだな。それは

ともかく、早くここから離れよう。イェーガーの連中が来ると面倒だ。カイ。その男をリ

ベレーターの詰所へ頼む。小生は少年を連れて先に帰る」

「余だけでっすか?」

「その代りにウルフィーとサウナはなしだ」

「行くっす行くっす」

 カイが嬉しそうにしながら、倒れている男の元へ駆けて行く。

「さ。少年。行こう」

 ドッグが柿郎の肩に手を回して来る。柿郎はさっと横に動いてその手を避けた。

「あんた、何か隠してるだろ?」

 ドッグが微笑む。

「どうしてそう思う?」

「こんな状況だ。そう思うのが普通だろ」

 ドッグが真面目な顔になる。

「そうか。そういう物かも知れんな。そうだな。では、隠している事はある。だが、それ

は少年にとって悪い事ではない。これでどうかな?」

「何だよそれ」

「まあ、あれだ。おいおい話す。今はまだ言いたくないのだ」

「俺は一人で行く」

「加耶音という子を早く見付けたくはないのか?」

「見付けたい。けど、あんたを信用できない」

「一緒に来い。少年に他の選択肢なんて最初からなかったのではないのかな?」

 ドッグが握手を求めて来る。柿郎はドッグの掌を掌で強く打った。パチンと乾いた音が

鳴る。

「分かった。行く」

「うん。今はそれで良い。裏での事は小生に任せろ」

 ドッグが歩き出す。

「こっちだ」

「分かった」

 柿郎はドッグの後を追った。


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