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ラブラブ人生を送ろうとしたら、神様のいたずらに巻き込まれました

作者:杞憂
初投稿になります。杞憂(きゆう)です。

原稿用紙約27ページの内容になります。

恥ずかしながら小説賞の落選作品です。面白い作品を書いていきたいので宜しくお願いします。
 太陽に恵まれた、六月一日、午前十時。
破滅スポットと称される波貝岬(なみかいみさき)で事は起こった。

「寧々(ねね)っ、早く来てって! こっち、こっち!」

 海上三十メートルに位置する岬の先端から、大きく手を振る男性。シャツとズボンを紺で統一し、動きやすいスニーカー姿である。心地良い風に茶髪のショートがゆらめき、透き通った瞳にさわやかな笑顔を浮かべていた。

 男性の声の先には、童顔な顔立ちに花柄のワンピースを清楚(せいそ)に着こなす女性が、肩までの綺麗(きれい)な黒髪をなびかせている。

「そんなに急かさないで下さい。大樹(だいき)さん」

 人が二人やっと通れる道幅を、女性はショートブーツで一歩一歩進んだ。草木もなく、灰色の岩肌を踏む度に、ゴツゴツとした感触が足底を伝う。道を踏み外せば、断崖絶壁に体を打ち付け、海へ落ちてあの世行きである。そんな想像をすると、全身がヒヤッとした。

 二人は堂島(どうじま)大樹(だいき)梶原(かじわら)寧々(ねね)。二十一歳の同い年で、三か月前から付き合っている。

 波貝岬をデートに選んだのは大樹であった。大樹が購読している雑誌に、破滅スポットとしてこの岬が載っていたのだ。変わったことが大好きな大樹は興味津々。電車とバスを乗り継ぐこと一時間。雑誌の地図を頼りに岬へやって来た。今日から二連休の寧々は、ただの迷信だろうと思い、ここに来ている。
 足元に神経を集中させながら、寧々はようやく岬の先端まで辿り着いた。並んで立つと、頭一つ背の高い大樹を横目に見た。

 ――昨年四月。一人っ子の寧々は、短大を卒業後、会社への就職に失敗して、アルバイト経験のある商店街のパン屋で働き始めた。
 その十一月。両親に迷惑をかけまいと貯金を積んでいた寧々は、職場近くにアパートを借り、一人暮らしを開始した。自由にさせてやろうと両親は反対しなかった。

 生活にも慣れた十二月。寧々は気になっていた職場近くのカフェへ通い始めた。――年末のある日、カフェの店員である大樹と偶然言葉を交わす事となる。それから、寧々が来店すると大樹が話しかけるようになり、二人は仲を深めていった。

 今年、三月初日。大樹が寧々を誘い初デートへ出かけた。帰り道、街灯の下で、大樹が寧々に告白した。「初めて見た時から、寧々のことが好きでした。三カ月だけ俺と付き合って下さい」と。

 突然の告白に戸惑った寧々は、三カ月の理由を聞くと、「それまでに、寧々を必ず振り向かせたいんだ!」とのこと。寧々は大樹をもう少し知りたく、「三カ月にしなくてもいいよ」と伝えた。しかし、「俺には不思議な力もあるからさ」と大樹は答えた。

 含みのある言葉に、寧々はそれ以上追求しなかった。大樹から話してくれる日を待ち、期間限定で付き合い始めた。

 ――大樹から前方へと寧々は目を移す。視界全てを埋め尽くす青い海。波は静かで、青い海のキャンパスに鮮やかな白を添える。空には雲も無く、海を映したかのような青一色が先々まで続いていた。

 破滅スポットから連想もできない絶景に、寧々の瞳は釘付けとなった。両手を広げ、潮風のいい香りと太陽の光を全身で受け、伸びをする。横にいる大樹が寧々へ顔を向けた。

「やっぱ来て正解! こんな景色、寧々と一緒に見れたんだからさ」

「もう……。あんまりはしゃぐと、大樹さんは色々なモノを呼び寄せてしまいますよ」

 呼び起される寧々の記憶。

 ――アクション映画を大樹と観た後だった。猫の集団に遭遇し、縄張り会議が聞こえ始め、一匹の黒猫がボスに君臨したこと。
またある時は、遊園地の帰り道だった。大樹が射的の景品で取った、クマのぬいぐるみが「森に帰る」と喋り、そのまま茂みへといなくなったこと。

 これらは大樹の力。堂島家で代々伝わる――人ならざるモノと対話する力である。

 大樹の祖先は、この世の全てのモノ達との共存を願い、この力を生み出した。しかし、この力を気味悪く思った人々は、堂島家を追放していった。時代が進むに連れ、堂島家はかつての願いを諦め、能力のみを親から子へ継承してきた。

 大樹は、二十歳の誕生日に父親からこの力を授かったが、未だに力をコントロール出来ずにいる。これが、付き合って一カ月目の大樹から寧々へ語られた全てだった――。

「寧々。なんか急に風強くなってきたな」

「また大樹さんの力のせいでしょうか?」

 心地良い風が一変し、ビュービューと音を立て、静かな波が荒立ち始める。空には大きな黒い雲が被さり、太陽の光を(さえぎ)っていった。やがて雲は円を描くように絡み合っていく。
 空には轟音(ごうおん)が鳴り響き、巨大な穴が開いた。その中心に向かい、分厚く黒い雲が渦を巻いている。まるでブラックホールだ。
穴の奥からは、老爺(ろうや)と思しき声が聞こえる。

「我を呼び寄せたのはお前か? ここは破滅の地。我は破壊神。お前に問おう」

 破壊神――、その言葉に寧々は一瞬キョトンとした。大穴に目を輝かせる大樹は、慣れたように破壊神と会話を始めた。

「破壊神。それで俺は何をすればいいんだ?」

「威勢のいい奴め。それでは選べ。お前が将来必要なのは、世界か彼女か。どっちだ?」

「大樹さん。止めましょうよ。なんだか怖いです。……きゃっ」

 突如、透明な球体が寧々を包み込んだ。その球体は宙へと舞い、地上から遠ざかっていく。――球体は海上で動きを止めた。

「やめろ! ちゃんと選択する。もちろん俺は寧々を選ぶ! 寧々は俺の一番だからさ」

 拳を握り、真剣な表情で大樹は叫ぶ。

 大樹の答えに寧々は顔が熱くなり、両手で頬を覆い隠した。――大樹は続ける。

「あと、寧々にこの世界で過ごしてもらいたい。これからも、ずっと……。だ、か、ら、寧々と世界、俺は両方を選ぶ!」

「えっ? どういう事ですか、大樹さん?」

 球体の内側に両手を貼り付け、寧々は大樹を不安な顔で見つめた。

 大樹の返答に破壊神は確認する。

「ほほう。一つではなく両方を選ぶのだな。どうなるのか、覚悟はあるか?」

「ああ」

「それでは、お前の選んだ彼女と世界を残し、それ以外を消し去ろう」

 ――破壊神は何やら呪文を唱え始めた。

空に浮かぶ寧々を見つめ、大樹は安心させるように微笑み、優しく語りかけた。

「大丈夫。俺も寧々と一緒にいる。必ずさ!」

 大樹を信じながらも、寧々は体を震わせていた。震えを必死で止めようと自分に言い聞かせる。これは悪い夢で、目が覚めたら、いつもの日常が待っていると。

――呪文が止み、一瞬の静寂のあと、破壊神の大きな声が岬に響いた。

「いざ、新しい世界へ」

 ――直後、岬の先端に立つ大樹は、足先から白に固化した。その白は、大樹の足首を越え、膝、腰へと伝い、体の自由を奪う。侵食は止まらず、一気に胸、首へと到達する。身動きを取れない大樹は、声を絞り出した。

「寧々……、また……、会えるさ……」

「いやーっ。大樹さん……」

 こんな時も大樹は笑顔であった。
 頭の先まで埋め尽くされ、大樹は石像と化した。――図ったように強風が吹き始め、石像が前後に揺れる。揺れに耐えきれなくなった石像は、後方へと大きく傾いた。

 石像は岬の道にバーンと音を立て、粉々になった。それを風が存分にばら撒く。――大樹であった存在は、空や海へと消えていった。

 その光景に力が抜け、寧々は球体の底へ両膝を付いた。魂の抜けた表情となり、瞳から涙が溢れ、そのまま声も出なかった――。

 その時、涙でぼやけた視界に眩い光が差し込む。寧々は手の甲で涙を拭うと、大樹のいた場所には光が五つ舞っていた。その光達は琥珀色の輝きを放っている。

 寧々の視線を引き付けたことを確認すると、琥珀色の光達は意思を持ったように散って行った。
 ――――徐々に、岬のパノラマは端々から白に包まれ、寧々の視界も埋め尽くしていく。一面が白一色となり、寧々の意識は途切れた。



 眩しそうに寧々は眼を開けた。窓から太陽の光が差し込み、ガラスのテーブルに反射して目に入る。寧々は、五畳半のフローリングに横たわっていた。自宅アパートであった。

(大樹さんは? どうなったの)

 我に返った寧々は起き上がり、傍にあったバックからスマホを取り出した。画面をスライドさせロックを解除する。日付が六月二日、時刻は午前十時と表示された。昨日から一日経過していた。

 そのまま大樹へ電話を掛ける。「――お掛けになった電話番号は現在使われておりません」の言葉が耳に入ってきた。何度も通話を試すが、結果は変わらなかった。

(必ず一緒にいるって大樹さんは言ったじゃない。こんなの嘘よ!)

 スマホをただ茫然と見つめる寧々。――ふと、目の端にテーブル上の光を捉えた。琥珀色の輝きを放つ光に、恐る恐る手を伸ばす。

 寧々がその光に触れると、ゆっくりと光は薄れ、中のモノが正体を現す。
――手紙だった。外書きには「寧々へ」という小さな文字が書かれている。
寧々は、その手紙を読み返した。手紙には「これから一杯迷惑をかけるけどよろしく」と書かれていた。大樹が付き会って一カ月記念に寄せたものだった。

(迷惑なんて思わないわ。大樹さん……。どこにいるの……。家に戻っているかしら)

 急いで支度を済ませ、手紙をバックへと入れる。玄関を出ると、寧々は走って大樹の家を目指した。

 大樹は両親から自立し、商店街の近所で一人暮らしをしている。寧々の家も近い。将来は、喫茶店を開くのが夢だと寧々に話していた。夢に両親も寛大であるという。

 寧々は自宅前の大通りを直進すると、大樹のアパートへ着いた。鉄の階段で二階へ上り、大樹の部屋の呼び鈴を押す。だが誰も出ない。再度呼び鈴を押し、木の扉をノックする。深刻な顔つきで大樹の名を繰り返し呼んだ。

 それでも返事はない――。

(どこにいるの。破壊神にさえ会わなければこんなことにならなかったのに……)

()け口の無い感情が、沸々と湧いてきた時、寧々の目に琥珀色の光が飛び込んできた。大樹の部屋のドアポストからだった。そこからはみ出た光を引き抜く。

 ――引き抜いた光は、大樹の勤務表だった。

 勤務表に目を通すと、大樹は本日早番のマークが付いている。

(カフェに行けば手掛かりがあるはずです)

 勤務表をバックへしまうと、寧々は大樹の務めるカフェ――喫茶ユニバースへ走った。

 アーチ状の門を通過し、商店街へと入る。赤レンガを敷き詰めた、人がまばらなメイン通りを進み、二つ目の十字路にある洋服店を目印に右へと折れた。OPENと書かれた木の表札が扉に見える。ここが喫茶ユニバースだ。

 息を整えて、扉を引くとカランと鈴の音が鳴った。アンティークな食器が棚に飾られ、ジャズが流れる店内。壁に寄り掛かる大きな古時計が、午前十一時の鐘を鳴らしていた。

 寧々は真っ直ぐに窓際へと向かう。白いレース柄のクロスが敷かれたテーブル席。フカフカの背もたれが付く椅子にぐったりと腰を下ろす。この席が寧々のお気に入りだった。

 寧々が席に着くと、店員が水を運んできた。
寧々はメニュー表を見ず、店員に注文する。

「コーヒーと卵サンドを下さい。あと、ここで働いている堂島大樹さん。来ていますか?」

「堂島ですか? その様な方はいませんが」

 店員に変な顔をされ、寧々は虚ろな表情で「そうですか」と答えた。

(ここにもいない。……なんで大樹さんが破滅スポットに行くのを止めなかったんだろう。最初から行かなきゃ良かったのよ)

 罪悪感に(さいな)まれ、待つこと数分。注文したコーヒーと卵サンドが届いた。右手でマグカップの取っ手を掴むと、口元へ運ぶ。
 ――コーヒーを片手に、寧々は思い出していた。大樹と話すきっかけとなった出来事を。

 寧々は、お気に入りの席でコーヒーを片手に、小説を読み、一人の時間を過ごしていた。
 クリスマスも一段落し、喫茶ユニバースには新メニューが追加されていた。店員である大樹は、新メニューの試食を客に配っていた。ミルフィーユを一口大にしたものだった。

 大樹が寧々に試食用ミルフィーユを手渡す。

「こちらが新メニューの堂島です」

 真面目な顔つきで大樹は寧々に説明した。寧々はその姿に可笑しくなって、クスッと笑う。間違えたことに気付いた大樹も頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。
 いつの間にか、ドレス姿の人形を持った少女が、二人の元へ来ていた。その子が人形を使って寧々と大樹を指差す。

「ねぇ。二人って……、恋人同士なの?」

 その声を聞いて、慌てた母親が急いで少女を連れ戻しに来た。

「本当にすみません。人前では無口な子なんですけど。ほら、戻るわよ」

 寧々と大樹に気まずい空気が流れる。しかし、これが縁で寧々が来店すると大樹が話しかけるようになったのだった。

 ――思い出し終えた寧々は、少し気持ちが楽になり、思わず笑みをこぼした。それを隠すように顔を下に向けると、何か光っている。琥珀色の光だ。寧々はその光に手を伸ばした。

 光の正体は映画の半券。映画のタイトルはギャングザキャットと書かれていた。

(この映画を観て、大樹さん凄く興奮してたっけ……。そうよ! 次は、映画館ね)

 残ったコーヒーと卵サンドを食べきる。映画の半券をバックへ入れると、寧々は早々と会計を済ませ、映画館へと急いだ。

 映画館は、雨土(あめつち)駅に併設するビルの最上階にある。喫茶ユニバースを出た寧々は、十字路へと戻り、メイン通りを来た道とは反対に抜けていく。商店街を抜けると映画館は近い。

 正午過ぎ、寧々は映画館のあるビルへ到着した。自動ドアを抜けビルへ入ると、ジュエリーショップが並ぶ店舗街を通り抜け、エレベーターへと乗り込んだ。
 到着音が鳴り、エレベーターの扉が開く。映画館に辿り着くと、寧々はチケット売り場の店員に尋ねた。

「ギャングザキャットという映画、まだ上映していますか?」

「申し訳ございません。そちらの作品は先月までの上映となっております」

 寧々は店員に「そうですか」とうつむき気味に返した。

(映画がやって無いなんて……。私、これからどうすればいいの)

 泣きそうになるのを(こら)えて、他に手掛かりが無いか見渡す。スナック売り場には、子供を連れた客が列を成している。映画のグッズ売り場には、人気映画のポスターやぬいぐるみ、文具が揃い、ガラスケースにパンフレットが綺麗に並べてあるぐらいだった。

 肩を落とし、寧々はビルを降りた。入口の自動ドアを出る――

「そこのお姉さん。何か困りごとですかね」

 ビルを出た寧々は、紳士のような声を耳にした。声の主を探すが、誰も見当たらない。

「こちらですよ。私に着いてきなさい」

 寧々は首を傾げ、足元に目を移した。
 そこには見覚えのある黒猫がいた。寧々はその黒猫を凝視する。艶のある黒毛と細い体に、ピンと張った長い尻尾。大樹と遭遇した縄張り会議で、ボスに決まった黒猫だった。

 寧々と目が合うなり、黒猫はクルリと身を翻して歩き始めた。戸惑いながらも寧々は着いて行くと、細い裏路地に辿り着いた。――黒猫が立ち止まり、寧々の方へと振り向く。

「あなたが探しているのはこの光ですね?」

 黒猫の前に琥珀色の光が灯っていた。それを寧々は優しく手に取る。
 ――遊園地のチケットだった。

「これです。この遊園地――ネイチャーランドで、大好きなクマのぬいぐるみを大樹さんが取ってくれたんです。あの時、最後の一個だったんですよ。ありがとう黒猫さん」

「にゃー?」

 黒猫は澄ました顔で寧々を見つめ返した。
 寧々が確認のためもう一度話し掛けるが、黒猫は喋らない。そして、黒猫は何処かへ走り去って行った。

(黒猫さんが喋るなんて、きっと大樹さんの力よ。諦めちゃいけないわ。大樹さんはこの世界に絶対いる! 次はネイチャーランドね)

 寧々の心に希望が差し、急いでチケットをバックへ入れ、ネイチャーランドへ向かった。

 ――映画館の隣にある雨土駅から電車とバスを乗り継ぎ、寧々はネイチャーランド前に降り立った。時刻は午後二時を回り、バス停付近に人影は少ない。午後六時には閉演する小さな遊園地。緑豊かな立地には、園内に流れるパレードの音が微かに聞こえる。ここで大樹と過ごした日が懐かしい。

(クマのぬいぐるみが喋った地点が怪しいですわね。確かこのあたりなのですけれど)

 寧々が探索を開始した直後――

「何だお前か」

 背後からダンディーな声がして、ビクッと振り向く。そこには、両手に収まるぐらいのクマのぬいぐるみが挑発するように見上げていた。服は白と青のボーダー柄で、蝶ネクタイを付けたクマ。大樹が射止めたものだった。

「私、あなたを探していたの。一緒に来てくれないかしら」

「嫌だね。なんでお前の言うことなんて聞かないといけないんだ。俺は森のクマだぞ」

「そんな。あなたがいないと大樹さんに会えないのです」

「それなら簡単だ。俺を捕まえてみろよ」

 その言葉の直後、クマは近くの茂みへ勢いよく逃走した。寧々も間髪を入れずにクマの後を追った。

 二足歩行のクマは逃げ足が速かった。クマが茂みを進み、カサっと鳴る音を頼りにする。

 途中、長々と伸びる草の葉や、垂れ下がる木の枝に擦れ、全身がピリピリする。草木を掻き分け、立ち塞がる古い丸太を越えると、右肘を枝に引っ掛け、鋭い痛みを感じた。咄嗟(とっさ)に右肘を左手で庇った。左掌がベタッとして、肘から離すと、掌全体が赤く染まっていた。

 右肘に目をやると数センチの深い切り傷が出来ていた。拭っても、傷から滲み出る血液。

 止血する暇も惜しい。再び左手で傷を抑え、寧々は息を切らし走り続けた。

「きゃっ……」

 ――つま先に何か当たり態勢を崩す。寧々の体は前のめりとなり転倒した。寧々の膝には激痛が走る。痛みを(こら)え地面に目をやると、木の根がいくつも張り巡らされていた。

 その間も、クマの音は遠ざかっていく。
 寧々は、右手を突き出した。

「お願い。待って、クマさん。私から大好きな人を奪わないで……」

 心からの叫びが、茂みに響く。

 ――寧々の声も虚しくクマの逃げる音は完全に聞こえなくなった。

 両手を地面につくと寧々はゆっくりと立ち上がった。服に付いた土を払い、涙が溢れる。懸命に涙を抑え、当ても無く茂みを進んだ。

 草木を掻き分けることを、ひたすら繰り返した。このスピードでは、クマに追いつける可能性は極めて低い。

(もう……、駄目なのかな……)

 そんな諦めが寧々に浮かぶ。

 ――その時だった。目の前にある茂みの中が琥珀色に光っている。

 寧々は残った気力を絞り、茂みを進んだ。
「あった。大樹さん、やったよ」
 興奮した大樹のように、寧々は喜ぶ。光の正体はクマのぬいぐるみ。クマは力尽きたように仰向けになっていた。クマに指先を伸ばすが微動だにせず、もう喋らない。寧々はクマのぬいぐるみをそっと握った。

 ――その刹那、寧々の脳裏に波貝岬の光景が映し出された。

(次は、岬へ行けってことですね)

 クマのぬいぐるみを拾い上げ、バックに入れ、ハンカチを取り出した。右肘にハンカチを結び、傷を保護すると、寧々は岬へ急いだ。

 ――――ネイチャーランドから雨土駅まで戻り、寧々は大樹と来た経路を辿りながら波貝岬に到着した。入口にある「ようこそ波貝岬へ」の立て看板を越えるが、辺りには誰一人見当たらない。

 岬の先端へと向かう寧々は、日の傾く空と、穏やかな波を見渡す余裕があった。

 岬の先端に到着すると、寧々のバックが琥珀色に光った。バックを開けると、集めた手紙、勤務表、映画の半券、遊園地のチケット、クマのぬいぐるみが光彩を放っていた。

 そのモノ達は空へ浮かぶと、一つの大きな光となり、球体を形成していく。
 ――球体の透明度が増し、人影が浮かび上がる。寧々は確信して大声で叫んだ。

「大樹さん!」

 姿を現わしたのは、消えた日と変わらない大樹だった。大樹が目を開け、寧々に気が付くと、微笑ましい眼差しを向けた。

「寧々。無事だったんだな。良かった」

 本当に大樹は生きてた。しかし、球体に入り空に浮いたままだ。あの日の寧々のように。

 急遽、岬の風景が一変した。風が強まり、海は荒れ、空には黒い雲が渦巻く。鋭い眼光を空に向け、寧々は叫んだ。

「破壊神。大樹さんを返して下さい!」

「返す? それは彼が選んだ結果だろう」

「そんな選択を大樹さんにさせる必要はありません。いいから大樹さんを返して!」

「我は彼の願いを叶えたまでだ。では、君も選択してみるがいい。彼と世界、一つだけを」

 寧々の頭には、大樹を探し回った出来事が走馬灯のように浮かんだ。

(大樹さんに私のような思いはさせたくない。私は、大樹さんと一緒にいたい)

 ――寧々の答えが決まった。迷いは無い。

「私は大樹さんを選ぶわ。大樹さんがいない世界なんて嫌よ!」

「それでいいのだな。では、君と彼。二人だけの世界にご案内しよう」

 破壊神が呪文を唱え始める――。

 不安そうに大樹は寧々に尋ねた。

「いいのか? 選ぶのが俺でさ」

「私ね……、わかったの。大樹さんのことをどう思っているのか……」
 ――破壊神の呪文が止み、静寂に包まれる。

「いざ新しい世界へ」

 空、地、海が漆黒に染まりだす。寧々は、最後まで見届けず、静かに目を閉じた。


「こんな大怪我して。巻き込んでごめんな」

 右腕に柔らかい感触を覚え、寧々は眼を開けた。ハンカチを結んだ腕を大樹が撫でていたようだ。

「ここは? 星が出ていて、今は夜ですか?」

目に飛び込んでくる無数の煌き。ゆっくり寧々は立ち上がると、足元にも星々が広がる。入り混じる光は散乱し、眩しさが際立つ。大小の寒色、暖色が混在し、どれ一つ同じ輝きは存在しない。時に光は流れ、先の見えない闇に、存在した証を刻む。
 大樹は、いつになく真剣な表情で答えた。

「たぶんさ……、ここ宇宙なんじゃないかな」

「えーっ! 宇宙?」

 半信半疑で寧々は端の方へ歩くと、見えない壁に頭をぶつけた。大樹が心配して声をかけると、「大丈夫ですよ」と笑顔で返す。頭をさすりながら、壁に左手添えて歩くと、大樹を中心に一周できた。半径十メートル程度のスペース。二人だけの空間――。呼吸も可能で、宇宙を漂うモノが接近しても当たらない。モノの軌道を逸らしているようだった。

「さっき寧々が俺を選んだからさ。今度は世界が消えたんじゃないかな」

「そんな……。私は地球の人達を消してしまったのですね」

 徐々に寧々は冷静さを取り戻す。選択した事の重さを実感し、陰鬱な表情を浮かべた。

「暗い顔しないの。寧々のおかげで俺は生きてる。そうだな……、違うこと考えようか! 今日で付き合って三カ月目。約束覚えてる?」

「えっと……。あっ、はい……」

 寧々は大樹の方に向き直す。大樹が必死に慰めてくれている事がわかった。あと、ここで決断しなくてはいけない事も。

 今の寧々は――

「大樹さんが消えたあと、私は琥珀色の光に導かれました。そして、大樹さんとの思い出に触れて気付いたのです。
 大樹さんといると、不思議なことに巻き込まれます。そんな大樹さんを私は放っておきたくありません。
 だからね、二人で変なことにいっぱい巻き込まれるの。もっと、ずっと……。こんな体験、大樹さんとでなければできませんよ。
 これからも……、付き合って下さい」

「寧々。ありがとう」
 寧々は、大樹の唇にそっとキスをした。不意打ちを受けた大樹の頬が赤く染まっていく。そんな大樹が可愛らしい。

 無数の星々に見守られ、二人はしばし見つめあった――。寧々は、小声で呟く。

「大樹……。大好きだよ」

 ――その言葉の直後、宇宙は轟音に包まれた。寧々と大樹の足元は揺らぎ、悶々とした破壊神の声が響く。

「我の力を打ち消すなど……。そんなことが出来るとは」

 慌てた表情で、寧々は破壊神に尋ねる。

「今度は何が起こったのです?」

「わからぬのか。彼は、先祖の力を持つゆえ、君に拒絶される事を恐れていた。その負の感情に我は呼び寄せられたのだ」

 状況が飲み込めない寧々へ破壊神は続けた。

「当初、彼は君と世界を選んだ。そのため彼の存在は消え、何も恐れなくて済む状況となった。もし彼が世界を選べば、君の存在が消え、彼の恐れも無くなる。
 今回、君は彼を選んだ。二人だけの世界となり、彼は先祖の力に悩む事は無くなった。だが、君は我の力を打ち消したのだ」

 思い出したように、大樹は寧々へ告げた。

「そういえば、寧々。光に導かれたって……。親父から聞いたことがある。この力でピンチになったら、一番傍にいる者が助けてくれるって……。確か『光の導きにより、人ならざるモノを否定する力を第三者に授ける。その力は、物事に心惹かれる感情によって発動する』だったかな」

「私はそんな力を授かったのですか」

 ――大樹の説明の後、宇宙全体に亀裂が入った。様々な角度で亀裂が交差し、闇の塗装が剥がれ、宇宙に光が溢れる。
寧々は大樹にギュッと抱き寄せられた。

「心配無い。ちゃんと一緒に戻れるさ」

「うん。大樹のこと信じています」

 大樹の腕の中で、寧々はそっと目を閉じた。

 寧々が目覚めると、大樹が心配そうに覗き込んでいるのが見えた。後頭部には温もり感じる。――大樹の膝枕だった。

 星々の輝きは消え、太陽の光が垂直に注ぐ。傍には波貝岬の看板が立ち、岬の先端へ続く道が見える。ここは岬の入り口付近だろう。

「ちゃんと戻れたんだね。大樹」

「ああ……。なんだか寧々が俺の名前を呼び捨てだと、新鮮だわ!」

 大樹の表情が和らぎ、寧々も戻って来れたと実感した。寧々は体を起こすと、恥ずかしそうに大樹が話し始めた。

「この力があるからさ、寧々は俺のこと絶対嫌いになるって思ってた」

「最初は驚いたわよ。今回は破壊神だなんて。でも、大樹と一緒だからできる経験ですよ。それと、その力を私が打ち消せるなんて。私達ベストカップルよね?」

「そうだな……。ベストカップルさ! 俺もこれからは、一人で悩まないようにする」

 大樹は息を吐き、寧々の両肩を掴んだ。大樹に見つめられ、寧々は顔を赤らめる。

「改めまして……。俺は寧々が大好きです!」

「うん。私も大樹がだーい好き!」

 寧々は満面の笑みで返した。大樹と居なければ出来ない経験がある。それは、喜びだけでなく苦労も伴うだろう。そんな貴重な思い出は二人の絆を強くする。神の幻惑、俗世さえも幸福に変えて。

「大樹っ! 将来の事なんだけど。大樹の喫茶店でパンとか焼けたらなぁ……、なんて思うんだ……」

「俺と寧々で喫茶店か。それいいね!」

 大樹と寧々は、手を繋ぎ、夢を膨らませながら岬を後にした。
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